第16話 この世界が地獄だと、私は知っている【ミストSide】
幼いころからモノを作るのが好きだった。
それは大人になっても変わらず、僕はプログラマーの道を選んだ。
どうやら才能もあったようで、ハンドルネームもネット界隈では有名になった。
仕事のない日もシステムを作ったり、ゲームを改造したりして遊んでいた。
はまったゲームに関しては攻略サイトも更新していたくらいだ。
アニメも好きで、転生という設定に関しても見慣れていた。
だから自分が転生したときも、驚きはしたけれど今までにない世界への期待が勝った。
この世界がクソゲー鬱ゲーと名高いEverlasting、通称エヴァラスの世界で、しかも自分がもっとも不遇なライバルキャラ、ミスト・ライヘンリッツでなければの話だが。
『ハインズさまから離れてください……目障りです』
どこかおっとりとした見た目からは想定もつかない毒舌でプレイヤーの度肝を抜いたミスト。
けれどその見せ場は学園編までで、卒業後はとても悲惨な目にあう。
洗脳魔法で自分の意思を、体を好きに操られ、無理やり主人公たちと敵対させられ、そして絶命するのだ。
それも、どのルートでもミストは死亡する。
他のライバルキャラも皆どのルートでも死亡する。
しかしミストのように意思を奪われ、体を限界まで酷使され、死ぬようなキャラはいない。
そのことを再確認し、僕は0歳の時点で絶望したのだ。
しかし、落ち着いて考えてみるとこの絶望しかないミストの生き様を、変えられるのではないかと思いついた。
洗脳魔法で操られて死ぬなら、それをなんとかすればいいのだ。
とはいえキルシュ国に生まれた段階ですでに魔法にかかっている可能性は高い。
ならば、それを解除するしかない。原作でその魔法が解除できたのはたったの2通り。
強い闇魔法と、主人公ウリア・アルトリウスの持つ力だ。
ミストは特別な力を何も持たないために、情けない話だが他人の力を借りるしかない。
とくにゲームそのものを考えても主人公の近くに居ることは大きなアドバンテージだろう。
とはいえウリアとミストではそもそも所属している国から違う。
また謎のルールにより、前世の知識をどんな手段でも伝えることはできないみたいだった。
そのため、原作で出会っていない主人公の話を両親にする事すらできない。
エディンバラの学園に入学するまで手詰まりになった僕は、ひとまず技術を伸ばすことにした。
『攻略対象と主席を争うライバルキャラ』
そのキャッチコピーが表すように、ミストは技術の適性がとても高い。
技術はテスタロッサを調整する技術的能力を指す。
ゲームではその才能を買われて、エディンバラのローズ皇女にスカウトされていた。
ローズ皇女もライバルキャラで、主人公を嫌っている。
生き残るために、近づくべきではない。
できればウリア本人にスカウトされたいものの、原作におけるウリアはアルトリウス伯爵家で立場がないようなものなので、こちらも厳しい。
やはり、学園で友好を深めるしかないかと思った。
ゲームではウリアに技師はついていなかった
なので、専属技師として接触すれば断られる可能性はないだろう。
僕が生き残るためにも、主人公に貢献するためにも、技術を伸ばすのが今は得策だ。
そう思い、テスタロッサの勉強を始めた。
勉強を進めるうちに、前世でのプログラミングと似たところが多いと分かった。
完全に同じではないが、プログラミングを知っているのと知らないのとでは、理解に大きな差が出るだろう。
結果として僕は次々と知識を吸収し、キルシュの貴族界隈でもちょっと有名になった。
両親は努力する僕を心配しつつも、あり余るほどの愛情を注いでくれた。
僕はそれに甘えるように、専用のテスタロッサもねだった。
10歳でテスタロッサガチャに成功し、11歳で歴代最年少で高位技師の資格を取得した。
この時には僕はキルシュ国内で有名人になっていた。
天才児、なんて呼ばれるようになったのもこの時からだ。
実際には人生2周目なので、天才でも何でもないのだが。
名を、ミスト・テスタメントと名乗るようになった。
テスタメントは技術者としての名前だ。
ライヘンリッツ家は貴族なので、そちらで評価されてしまうことが多々あった。
それを不快に思って、両親に断って技師名を付けた。
そんな僕に転機が訪れたのは12歳の時だった。
「ミスト。技師奉公人制度だが、使わないのかね?お前ならば各国の王族でさえ選ぶことができるだろう」
「なんたって、キルシュ国歴代最年少ですからね。それに、他国とのコネクションは将来の仕事を考えると必要ですよ」
両親の言葉に僕は何のことか分らず、色々と聞いてみた。
ゲームにはなかったが、キルシュ国には技師奉公人制度というものがあり、若い技師が他国の貴族のところに、ホームステイのようなことができるらしい。
そのことを聞いて、僕はすぐにアルトリウス家を選択した。
これは願ってもない好機だ。キルシュ国から出ることができるだけでなく、ウリアと接点がもてる。
アルトリウス家からは、是非にという返答が返ってきた。
おそらくエヴァ・アルトリウスのテスタロッサで決めたと思われたのだろう。
確かにエヴァの持つテスタロッサはエクセラ級だが、エヴァはライバルキャラだ。
今も家でウリアをいじめているに違いない。
そんなウリアの助けとなり、彼女と友好を深める。
さすがにアルトリウス家も実績を出している僕の言葉を無視はできないだろう。
今後の計画に問題がないことを確かめ、僕はアルトリウス家へと向かった。
「初めまして、ミスト・テスタメントです。体は小さいですが、テスタロッサ調整に関しては誰にも負けません。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。伯爵夫人のリリス・アルトリウスです。こちらがエヴァ・アルトリウスです。姉のウリアはそろそろ来るはずです」
数日後、僕はアルトリウス家の一室で2人と向き合っていた。
一人はアルトリウス伯爵夫人のリリス・アルトリウス。原作ではウリアに対して無視をしたり、料理や衣服を与えないクズだ。
もう一人はライバルキャラのエヴァ・アルトリウス。
姉であるウリアの全てを奪い、彼女に使用人以下の扱いを強制し、魔法の標的にするような人格破綻者だ。
2人は貴族らしくドレスに身を包み、優雅に微笑んでいる。
この場にはウリアはいない。その差別に、怒りがこみあげてくる。
しばらく話したくもない相手と他愛ない会話をしていると、扉が開いた。
入ってきた人物に、僕は言葉を失った。
そこには、綺麗なドレスに身を包んだ主人公、ウリアの姿があった。
血色も良く、健康そうに見える。身長も年相応だ。
「紹介しますね。エヴァの姉でウリア・アルトリウスです」
「初めましてミストさん。ウリア・アルトリウスです」
「え……ええ、初めまして……」
ふと、僕とウリアの間に居るエヴァが笑った気がした。
慌てて視線を向けると、しかし彼女は無表情に戻っていた。
視線をウリアに戻す。その後ろに、どこか見覚えのある女性が目に入った。
間違いない、あれは。
「後ろに立っているのは侍女のリフィルです」
「お嬢さまの専属侍女のリフィル・フローディアです。よろしくお願いします」
「……ご丁寧に……どうも」
僕が凝視していることに気付いたのか、ウリアが紹介してくれた。
それに応じて後ろの侍女も頭を下げる。
間違いない。リフィル・フローディア。魔王【傾国】だ。なぜこんなところに?
原作では絶対にありえない光景に、僕はただ空返事をする事しかできない。
ウリアが健康で。侍女が魔王で。一体何がどうなっている?
頭がパンクしそうになった時に、扉が開かれた。
そちらに目を向けると、またしても見覚えのある女性が部屋に入ってきていた。
輝く銀髪に、この世の物とは思えない美貌の持ち主。
僕がウリアやエヴァと同じようによく知っている、冷酷な皇女。
ライバルキャラ筆頭の最強キャラの一人。
「あら、丁度良いタイミングでしたね。初めまして。私はロゼリア・フォン・エディンバラ、この国の皇女です。ウリアさん、エヴァさんとはお友達なんですよ。私とも仲良くしていただけると嬉しいです」
誰だ……これ……。
原作での冷酷無慈悲な皇女とはまるで違う穏やかな表情と仕草。
それらが、僕の知っているローズではないことをつきつけてくる。
僕は……エヴァラスの世界に転生したのではないのか?
そう思ったときに、少しだがローズの口角が上がっているのに気付いた。
とっさにエヴァを見る。彼女もまた、笑いをこらえるような顔をしていた。
(嘘!?エヴァもローズも、僕と同じ転生者!?)
この世界での自分以外の転生者に、ようやく僕は思い至った。
その後、しばらくアルトリウス家で過ごしてみて、分かったことがいくつかある。
まず、エヴァとローズ、いやロゼリアは転生者確定であること。
そしてリフィルに関してはかなり怪しい線だと考えた。
一方でウリアが転生者である可能性は低い。
また、それ以外の者達、リリス伯爵夫人やアルトリウス伯爵も転生者ではないように思えた。
エヴァとロゼリアがこの流れを作り出したのだろう。
彼女達2人とも、僕と同じようにエヴァラスを何周もプレイしているはずだ。
けれど、熱心なプレイヤーであるという印象が強い。
少なくとも僕みたいに攻略サイトを編集したり、特殊Modを自作するような技術屋ではなさそうだ。
とくにエヴァに関しては知識に少し偏りがあるように思える。
どちらにせよ、この2人が味方なのはかなり心強い。
とくにエヴァが転生者であるおかげで、ウリアが準備舎から学園に通える可能性が高い。
前世の知識に関して意思疎通ができないのがもどかしい点だが、あの【傾国】を死なせることなく、味方に引き入れているのは素直にすごいと感じた。
これは僕も負けていられないな。そう気合を入れ直す、よい機会になった。




