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幸運な時間

日常に埋もれそうな時間、

ある日、日常のつづきのような時間が…。

ガタン ゴトン

ガタン ゴトン


ボクは、仕事で、うんと田舎の方へ出むきました。残念ながら、成果はなく、疲れはてて、電車に乗ったのです。時間ばかりかかりました。。


ガタン ゴトン

ガタン ゴトン


都会から、長く電車にのっていると、ビルが消え、のどかな山と小さな町なみがつづきます。なんだかだんだん時間をさかのぼって行くような気がします。


キィィィーン


電車はきしみながら、山にむかいます。

長いトンネルを抜けると、景色がガラリとかわりました。


真夏の太陽がてりつけて、群青色の海に、光がきらめきながら、白い道ができあがります。

岬をおおった緑の葉っぱは、風にゆれ、キラキラ光っています。

自然の強い力は、なえたからだを元気にします。


「それにしても、暑いなぁ」


のどがカラカラでした。


ヤシの並木が出むかえてくれて、

大きな丸いガスタンクが見えて、海がどこまでも広がっています。


あれ、この景色をどこかで見た気がするぞ。


ふいに、小学校の夏休みに、

家族で海水浴でここに来たことが、よみがえってきました。


焼けて歩けないほどの砂浜で、タオルで目かくしをして


「エィッ!」


棒をふり降ろすと、砂を叩いただけだった。


「当たり~!」


父さんと母さんが大笑いびしたっけなぁ…。


きっと、ここだったんです!


電車は、しだいにスピードを落として行きました。


ガタン ゴトンゴトン シュー


電車が駅に着き、ドアが開くと、

パアーッっと、熱風がはいってきました。

ドアがずっと開いていて、

決心するのを待っているようです。



ボクは電車を、降りていました。


ピリリリリィ  シュー

 

ベルが鳴り、ドアが閉まりました。


田舎のでん車は、日に、何本かしか走りません。

だけどボクは、お腹がすくと、とたんに動けなくなるたちでした。


ボクは駅員さんに、おいしい食堂を教えてもらうつもりでしたが、

姿が見えません。


「二時間以内に、戻りますから~」


駅員室にむかって叫びながら、

飛び出しました。


駅前は、さびれて町ぜんたいが忘れさられたようでした。

もしかしたらここには、食堂すらないのではないか? 


そんな不安も頭をよぎります。


壊れたアーチの商店街を歩いてみることにしました。

くたびれたシャッターの奥には、確かに人の気配がするのですが…。

通りを少し歩いたところに、かなり広い空地があります。

でも、食堂は見あたりません。


ひとつだけ新しい看板を見つけました。


『農園喫茶・ドールハウス』


お店の名前は月並みです。

でもカンバンのうたい文句に、ひかれました。


「農園喫茶って、何?」


矢印の通りに歩いて行きますと、焼けこげたレンガでできた壁だけが立っています。おどろいて見ていると、


「いやね、三年前の火事でやけてそのままになってね…」


おじさんがふいにあらわれて、通りすがりに教えてくれました。


「ああ、そうですか。どうも」


 ぼくは、ふき出した汗をふきながら、ここではじめて人としゃべったことに気がつきました。


壁の向こうは体育館分ぐらいの畑が広がっていました。黒い土でうねをつくり、ダイコンや、ネギ、ニンジンや、トマト、ナス、キュウリ、サツマイモ、カボチャなどが植わっていました。 


ボクは、その細い道を歩いて、入口らしい場所にたどりつきました。


『農園喫茶・ドールハウス』


木彫りの看板がありますから、まちがいなく、ここのようです。


敷居が高いので、僕は足をまたいで中へ入りました。

外は、真夏の明るさで、家へ入ると真っ暗で何も見えません。 


「いらっしゃい…」


小さな声がしました。

ところどころ、でこぼこしながらも、ツルンとなめらかな土間は、土の匂いがします。 

土間にカマド、隣の石ガマでは、パンやピザも焼けるようです。

あがり口の、大きなくつぬぎ石の上に、

ワラゾウリとゲタがちょこんと置いてあります。


「どうぞ、座敷へおあがりください」


モンペをはいた女の人がやってきました。

長い髪をうしろにたばねた、色白のきれいな女性です。


奥の部屋には、丸いチャブ台がひとつ。

メニューがおかれています。


ピザパイ

パンのバイキング

玄米のぞうすい

玄米のピラフ

インドふうチキンカリー

とれたてサラダ


次の電車までの時間はたっぷりありますから、ゆっくりでいいのです。

 

どれにしようか迷いましたが、メニューの、『採れたてサラダ』に目がとまりました。


「じゃあこの、『採れたてサラダ』にします。これ、ください」


「ハイ」


モンペをはいた店主はそういうと、

おぼんに水のはいったコップと、『ザル』を持って来て渡されました。


「え?」


「これに、盛れるだけの野菜を、採って来てください! 洗って、切りますから…」


「ハイ」


どうやら、採り放題のバイキングのようです。

土間のすみに、紺色のゴム長靴が、置いてありました。


「長靴、はいたほうが、いいですよ~」


「ああ、そうですか」 

あれは、自分用なにかと思いながら、

何かがひそんでいそうな、はき古した紺色のゴム長靴に、

おそるおそる足をつっこみました。


…だいじょうぶそうです。


裏口から出ると、また、強烈な日ざしで目がくらみそうになりました。

夏の青くさい草の匂いがします。


ふいに、小さいころ、

夏休みに長野の親せきに遊びに行ったことを思い出しました。


トウモロコシ畑へはいり、大きいトウモロコシをたくさんときもいで、大鍋でグツグツにて、いっぱい食べたことがあります。

ザルにヤサイをどんどん摘んでいきました。


ミズナ、ミニトマト、き色いパプリカ、キュウリ、チシャ、ニンジン、

それに赤いラディッシュもおいしそう、てんこもりです。


昨日の雨がぬかるんで、長ぐつもどろだらけ、なるほど土間は便利です。

モンペの女性は、外に行って、キーコ キーコ と、井戸水を出していました。ボクは、思わず、かけよりました。


「え! 井戸があるんですか? 」


「やらせてください!」


「どうぞ~」


店主はそのまま、ゆっくり家の中へはいって行きました。


キーコ キーコ キーコ 


ジャァ~


水はいきおいよく出て、しぶきが顔にかかりました。


「うわぁ、冷たい!」


ついでに顔も洗いました。


ところで、店主はなかなかやって来ません。


水が冷たくて気持ちいいので、そのまま野菜を洗ってしまいました。


「あの~、洗いましたけど~」


「じゃあそれ~、切ってください~」


 えっ、自分が切るの?

なんだか遠くから聞こえます。


「ハ~イ」


時間がかかりましたが、切り終えると、


「そこの、ドレッシングかけて…」


「ハ~イ」


見ると、きれいなガラスの栓がついたローズマリーの入った細長い瓶。

水滴がついていますから、冷やしてあったのでしょう。


ゆで玉子とハムを切ったのが、お皿にのっています。きっと、それもサラダにのっけるのでしょう。

チシャとトマトをフォークでつきさして、食べると、レモン味のドレッシングのおいしいことと言ったらありません。

ニンジンの甘い匂い、それにトマトのあおくさい匂い、シャキシャキして、歯ごたえもいい。


それだけで元気モリモリになれる気がします。


「全部お客さんがやったのに、お金を払うのだろうか? 」


首をかしげつつ、ここは他人家だし、野菜もここの畑のだからと、自分を納得させて、メニューに書いてある代金をおいて、帰って行きました。


そんなに長くいたつもりはなかったのですが、二時間はあっという間に過ぎていました。

次の電車が来るギリギリでしたから。


それにしても、あいかわらず駅員はいません。

電車は、ドアを開けたまま、ボクを待っているみたいに思えます。


電車に飛び乗ると、ベルが鳴り、ドアがピシャ~っと閉まりました。


「ふう。間にあってよかった、よかった」


ゴトン ゴトン ガタン ゴトン


電車は、ゆっくりと走り出しました。

また、長い旅がつづくのでした。


「あっ」


ボクは小さな声をあげました。


サラダしか食べていなかったのに、それだけでお腹がいっぱいで、夕ご飯の時間になっても持ちました。


ボクはまた、都会でのあわただしい生活に戻ってしまいました。


一週間たっても、『農園喫茶』のことが忘れられません!


「こんなに変わった『農園喫茶』という名前の店があったんだよ」


職場の人にいっても笑われて、なかなか信じてもらえません。

そうすると、あれは幻だったように思えてくるのです。


「また、行ってみたいのですが、

なかなか時間がとれなくて残念です。

あれは、夢のできごとのように思えるのです」


ボクは、ブログを書いて、写真をのせました。そ

して、こう書きました。


『農園喫茶・ドールハウス』、誰か行った人いませんか?


さあ、これで出します。


「送信!」 

        

しばらくすると、カキコミがありました。


「あたしもそこ知っています。最高においしかった」


一人知っている人がいる。


ボクはなぜだか、泣けてきたのです。


職場の仲間に、ボクは、思い切って声をかけてみました。


「それじゃあ、それがウソだというのなら、試しに行ってみたらどうでですか!」


ボクがいうと、笑っていた先輩が、真顔になり、嘘ではなさそうだと思ったみたいです。


「そんなにいうなら、行ってやるよ」


仕事がますます忙しくなって、調整が大変でしたが、

みんなで行ける日が決まりました。



久しぶりに、『農園喫茶・ドールハウス』に行ってみると、看板にごはんの焚きあがる時間が、書いてあります。

それをめがけて、お客さんも来るのでしょう。


店主は、おなじ女性です。

戸は開けっぱなしにして、あみ戸に変わっていました。


「木々に囲まれると、涼しいな」

 みんなは、気に入ったみたいです。


今度は、四人になったので、奥のテーブル席に座ることにしました。


囲炉裏もありましたが、夏は使わないので、

フタをしてあります。


壁のわきに、ウチワもあります。


メニューを開くと、食べ物の種類が増えていました。


ピザパイ

パンのバイキング

げん米のぞうすい

げん米のピラフ

インドふうチキンカリー

おにぎり

みそしる、おしんこ

ひやややっこ

えだ豆

アジのひもの

アユのしおやき

しゅんのヤサイのあえもの

コーヒー

生ビール

かきごおり

スイカ


「スイカぁ~?」


そして、最後にしっかりと『採れたてサラダ』もありました。


紺色のゴム長靴も数が増えていました。


黄色い花が、咲きみだれているヘチマのトンネルを抜けると、大きなナスがしげっています。

カボチャや、スイカもワラをしいた地面をはって大きな実をつけています。


路地にこれみよがしに、咲かせてあるから、今度はどれくらいに育っているのだろうと、気になる人がまた来るのでしょうか?


アユの塩焼きに、ビールにえだ豆、のどがゴックンとなりました。


採れたてサラダがかりは、ザルを持って、飛び出しました。それを見たいといってけっきょく、真夏の炎天下で、いつもの四人の話がはずみます。 

張り紙が、ひとつありました。


巻き割り体験の無料教室


店主が教えるそうなので、挑戦してみることにしました。


「あの、女の細腕に、負けるわけにはいきません!」


腕力ではなく、コツで、斧を振りおろすのだそうです。


先輩は、むきになって、やりつづけました。


「災害の時には、役に立ちそうだな」

これで、男として自信がつきました。


お客さんは、みんなよろこんで、一束ぐらい平気で割ってしまうそうです。

汗が吹き出し、息があがったところで、

次の選手に、交代です。

みんなは、力を出しきって、ハアハア言って座り込みました。

汗びっしょりです。


割った牧は、のき下に山のように積みました。


店主が、奥から、声をかけました。


「じゃあ、お風呂わかしましょうか?」


「えっ、本当に!」

乾いた薪で、お風呂を沸かすのですが、それもやってみたくなりました。

みんなもはじめてです。それも、交代して、やりとげてしまいました。


信じられないことに、風呂からあがると、浴衣が四枚出されていました。

「これに、着替えるんか?」


 これで、お風呂でさっぱりしたみんなは、裸のつきあいをしたことになります。


それから今まで味わったことのない、しあわせな宴会がはじまりました。

話は、つきることがありません。


「こんなにうまい料理は、はじめて!」


「こんなにうまいお新香は、はじめて!」


「こんなにうまいビールは、はじめて!」


「こんなに楽しい、宴会は、はじめて!」


みんなは、口ぐちに叫びました。


そうなんです。おいしい料理は、記憶に残ります! 

なん十年たっても!


そして、しあわせな感動は、思い出として永遠に刻まれます。


結局その日は、よいも醒めた深夜に帰りました。


さっきとはうってかわって、押し黙っています。

みんな、帰りたくないのです。

そののちの笑い話になりました。


そのうちにボクは、転勤になってしまいました。

みんなも、バラバラに転勤して、出世していきました。

もちろん、仕事はたいへんで、つらい思いもたくさんしました。

だからこそ、あの時にできた絆は、ずっとつづいたのです。


「今度、会おうよ」

といっては、集まりました。すると、

いつも、『農園喫茶』の話になるのです。


「いや~、あのころは楽しかったなぁ~」


「よかったなあ」


「うん、よかった」


「また、行きたいもんだね~」


「うん」


あの、たった一度の楽しい思い出のおかげで、心深く、仲間と語りあうことができ、あの時代全体が、しあわせ色に染まったのです。


みなさんも、しあわせな時に食べた、おいしいお料理を思い出すと、しあわせな気分になれるでしょう?

            



あとになればなるほど、

あれはいい時間だったと

思える時が

みなさんにもあったでしょう。

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