焼肉転生
気が付くと俺は、異世界で焼肉に生まれ変わっていた。
な、何を言っているのかわからねーと思うが(以下略)。
いや、本当に訳が分からないよ!
ちょっと待て、落ち着け俺。
こういう時は、最初から順番に考えて行くんだ。
まず、前世で俺は死んだ。まあ、残念だがこれは仕方がない。人間何時かは死ぬのだ。
死因やどんな人生だったのかは思い出せないのだけれど、日本の知識は色々あるから、たぶん日本人で、それなりの年月を生きていたのだと思う。
次に、俺は生まれ変わった。正直、生まれ変わりなんてものが本当にあるとは思っていなかったが、生まれ変わってしまったのだから仕方がない。
むしろ、死んで終わりでなかったのだから儲けものだろう。
そして、生まれ変わった先が異世界だった。これもまあ良い。
生前は異世界転移や転生する物語もよく読んだ。パラレルワールドだか、どこかよその惑星だか知らないが、異世界くらいあっても良いだろう。
ここまでは、まあいいんだ。生まれ変わったことも、異世界の存在も、そういうものだと受け入れるしかない。
最後に、異世界転生を果たした俺は、焼肉に生まれ変わっていた。
何だよこれ! 本気で訳分からん! 責任者出て来い!
物語では人外転生ものもよく読んだが、そういうのはだいたい魔物とかだろう。非生物になるにしても、意思を持った武具とかじゃないか?
焼肉ってなんだよ、焼肉って!
ハア、ハア、落ち着け、落ち着くんだ、俺。
今の俺の状態を説明するのは少々難しい。
別に食肉用の動物になったわけではない。
焼肉用の肉片に意識が宿ったわけでもない。
強いて言えば、焼肉という状態そのものが俺だ。
食材の肉や野菜があり、肉を焼くための調理具があり、肉につけるタレがあり、焼肉を食べる者がいる。
それらの全てが俺を構成しているのだ。
肉を焼き、そして食べる。その一連の行為が、まるで血流のように俺を生かしている。
だから、肉を焼かれて熱いとか、食われて痛いとか言ったことはまるでない。
それにしても、俺の本体というか実体というか、肉体に相当するものはどうなっているのだろう?
目は無いけど周囲の様子は見える。耳もないけどジュージューと肉の焼ける音は聞こえる。鼻は無いけど美味そうな焼き肉の匂いが――畜生、俺も食いたい!
あっ、味も分かる。美味いな、俺。
食べている連中も俺の一部らしいから、その感覚が伝わって来るのだろうか?
そう、現在俺は食われている真っ最中だ。
場所はたぶん異世界の食堂か何か。そこで焼肉パーティをしている四名が俺を食べている奴等であり、俺がここを異世界だと確信した理由だ。
まず、連中の話す言葉は日本語ではない。英語でも中国語でもロシア語でもない。少なくとも俺の知る限り地球の言語に似ていない。おかげで何を喋っているのかさっぱり分からない。
次に、決定的なのが種族。一人ずつ見て行こう。
一人目は、エルフの女性。整った顔に尖った耳、真っ平らな胸。まさにイメージ通りのエルフの姿だ。
ここまでイメージ通りなら、寿命も長くて若く見えるけど実は百歳を超えているとかあるんだろうか?
イメージと違うのは、エルフが焼肉を食っていることだろう。いや、エルフが焼肉食わないというのが一般的なイメージなのかは知らないが。
しかし、このエルフ、さっきから肉しか食ってないな。野菜も食え、野菜も。
二人目は、猫耳の少女。獣人というのだろうか? 猫耳以外はパッと見人間と変わらないから獣人という感じはしないが。しっぽもあるかもしれないが俺からは見えない。
この娘は野菜も肉もバランスよく食べている。肉が焼け過ぎないようにこまめに面倒を見ているし、この面子の中では一番まともだ。
あれ、猫は玉ねぎ食べて良かったんだっけ? 猫耳娘は猫じゃないから問題ない、のかな?
三人目は、ドワーフ。こちらもイメージ通りのドワーフだ。小柄で髯面のおっさん……おっさんだよな? 髯面だからおっさんにしか見えないが、実は子供だったり、女性だったりする可能性も……分からないからまあいいや。
このドワーフ、行動も実にイメージ通りのドワーフだ。焼肉を肴に酒を飲む飲む飲む。他のメンバーを無視してひたすらに酒を飲んでるよ。
こいつ一人だけ、焼肉ではなく飲み会やってるよ。
四人目は、竜人? リザードマン? なんだかトカゲっぽい顔のヒューマノイドだ。頭に角が生えているから、たぶん竜人だろう。彼だろうか、彼女だろうか? 竜人の性別は良く分からない。
この竜人、先ほどから野菜しか食べていない。菜食主義の竜人か? エルフと逆じゃね?
しかしこの四人、どういう関係なんだろう?
あんまり仲が良いようにも見えないんだよな。
あ、エルフと竜人が口論を始めた。
何だろう、美形のエルフなのに、表情と口調が妙にオヤジっぽい。美女が台無しだ。
対する竜人は……トカゲ顔の表情はさっぱり分からん。ただ、喋り方はオヤジなエルフと大差無さそうだ。
二人とも何言ってるのかさっぱり分からないが、きっとくだらないことに違いない。
あ、猫耳娘が間に入って二人をなだめている。苦労性だな、この娘。
もう一人、ドワーフは我関せずと酒を飲み続けている。
ほんと、まとまりがないなこいつら。
ん、誰か入ってきた。店員かな?
ああ、食材の追加か。肉と野菜が増えている。
ずいぶん食うな、こいつら。
あれ、なんか違和感が……。
ああ、フルーツが追加されているのか。デザートかな? さすがにこれは焼かないだろう。
え、なんだか猫耳娘の様子がおかしいぞ。フルーツを一個取り出して頬擦りしている。
あれは、キウイフルーツ? そういえば聞いたことがある。キウイフルーツはマタタビの仲間だって。
いや、猫耳娘は猫じゃないんじゃなかったのか? ああ、椅子の上で丸くなっちゃった。あ、猫しっぽもあった。
おいおい、ここでお前が脱落してどうする。この面子の中でまともなのはお前だけなんだぞ。
ああ、端の方の肉が焼き過ぎて硬くなっている。早く食べないと焦げるぞ!
ダメだ、こいつら。エルフは大雑把過ぎて肉の焼け具合何て碌に見ていない。ドワーフは酒ばかりだし、草食竜人は気が付いても肉を取らない。
あーあ、焦げちゃった。もったいない。
うっ、なんだこの不快感は。どうなっているんだ、俺の体は?
もしや、焼肉として美味しく食べられないと駄目になるのか? 状態異常、焼焦げ? 今の俺は病気か?
だ、誰か、その焦げた肉を取り除いてくれ~
あ、ドワーフが食いやがった。焦げた肉だぞ、それ。
ドワーフは全く表情を変えずに酒を飲み続けている。実は酔っぱらっているだろう、お前!
ふう、とりあえず助かった。後でドワーフが腹を壊しても、俺は知らない。
ありゃ、またエルフと竜人が口論を始めたよ。お前らなんでそんなに仲が悪いんだ?
しかし、ちょっとまずいな、これ。今は二人をなだめていた猫耳娘が機能していないぞ。
あらら、取っ組み合いになっちゃったよ。って、なんでエルフが竜人と力で張り合えるんだよ。
あれか、実はエルフとは似て非なる戦闘民族なのか? それとも魔法でも使っているのか?
しかし、まずいな。もう焼肉って感じじゃなくなってきたぞ。今はかろうじてドワーフが肉を食っているだけだ、酒の合間に。
わっ、こら、暴れるな! 焼肉がひっくり返ったらどうする!
あ、店員がやって来たみたいだ。そりゃあ、これだけ暴れていれば様子を見にも来るか。……なんか、さっきの店員よりもずいぶんとマッチョなのが来たな。
おおっ、一瞬で暴れる二人を取り押さえてつまみ出した。凄い早業だ。
それから、いまだに酒瓶を放さないドワーフとすっかり眠りこけた猫耳娘を連れだし、……ずいぶん手馴れているな。もしや、こいつらしょっちゅう同じことをしているのか? 猫耳娘の苦労が偲ばれる。
そして戻って来た店員は残った食材を片付け始める。ずいぶん余ったな、もったいない。他に客に食わせるのかな? 店員の賄い用かな?
いや、ちょっと待て。そうすると俺はどうなる? 食べる人がいなくなったのだから焼肉は終わりだ。そうすると焼肉そのものになっている俺の存在は……
俺が混乱している間にも、食器を片付け、テーブルを拭き、火を落とし、
あっ、ちょっと待って、まだ心の準備が――
そこで、俺の意識は途絶えた。
異世界転生というと、世の中には様々な物語が作られてきました。
様々な立場や種族の人、魔物、器物等々、色々な存在に生まれ変っています。
どうにか新しいパターンは作れないかと思い、実験的に書いてみました。
この主人公、基本的に何もできません。見ているだけです。さらには成長も進化もしません。
あらゆる異世界転生の物語を読んだわけではありませんが、ここまで何もできない主人公の話はそうは無いだろうと思いまして。
同じパターンで、「麻雀転生」というのも考えたのですが、私は麻雀はよく知らないので断念しました。