ミサイル窃盗のはじまりだ
二〇〇四年、九月六日の朝に台風十八号はラジオやテレビが予報した通りに、ジャパン国の南端に浮かぶウチナー島に上陸を始めた。ウチナー島の空はどんよりと曇り時々激しい雨が降り風も強くなっていった。
梅沢が待ちに待っていた台風の到来である。梅沢の計画は開始された。
台風十八号とミサイル
一
カリーナ弾薬庫の広大な森林地帯の中に弾薬倉庫は木々の緑葉に覆われて潜むように散在している。弾薬倉庫の中でも山の斜面を削って建てた特別に大きな弾薬倉庫が森林地帯の奥にあり、その弾薬倉庫には五基の高性能弾道ミサイルが格納されていた。
二〇〇四年九月六日。朝。高性能弾道ミサイルが格納されている弾薬倉庫の前に一台の大型トレーラーと三台の自家用車が停まった。
弾薬倉庫の周囲にはもくもうの木やすすきがうっそうと茂り五、六メートルも伸びたもくもうはウチナー島に上陸しつつある台風十八号の強風に大きく揺れて枝は今にも折れそうである。
自家用車から下りた三人の男たちは弾薬倉庫のシャッターの前に来た。一人の男が弾薬倉庫の裏に回り、密かに作った合鍵で裏口のドアを開けて弾薬倉庫の中に入った。窓のない弾薬倉庫の中は暗闇であった。男は懐中電灯を点けた。すると目の前に二段に積まれているミサイルが見えた。
「こいつをトレーラーに乗せるのか。」
男は独り言を呟きながらミサイルを電灯で照らした。ミサイルは下に三基上に二基と二段に積まれていた。
ミサイルの長さは九八〇センチメートル、直系は八七センチメートルであった。核爆弾搭載可能のミサイルは到達距離が五〇〇キロメートルのANN―X?と呼ばれている高性能弾道ミサイルである。男は懐中電灯で弾薬倉庫の壁を照らしてブレーカー盤を探した。奥の壁にブレーカー盤があるのを見つけた男はブレーカー盤の方に行き、ブレーカーのスイッチを上げた。それから、ドアの方に行き、スイッチを上げると弾薬倉庫の中が明るくなった。男は正面の壁に行き、スイッチを上げると弾薬倉庫のシャッターが金属の擦れる音を発しながらゆっくりと上がっていった。
シャッターが上がり終えると、恰幅のいい男が大型トレーラーの運転席に来て
「ロバート。トレーラーを中に入れろ。」
とトレーラーの運転手に指示した。その男がグループのリーダーのウインストンである。
トレーラーはゆっくりとバックしながら弾薬倉庫の中に入った。
「ようし、ここで停まれ。」
トレーラーは運転台が倉庫に入る直前に止まった。
「ようし、ミサイルをトレーラーに乗せろ。」
五人の男達は慌しく動いた。靴音やウィンチの動く音や金属と金属の軋む音がコンクリートの壁にこだました。弾薬倉庫のミサイルは次々とトレーラーに積まれていった。
「ミサイルは弾頭の爆弾は外してあるし、燃料も抜き取ってある。ミサイルが爆発することはない。少々乱暴に扱っても大丈夫だ。作業を急くのだ。」
ウインストンは仕事を急がせた。
ミサイルはトレーラーの床に置かれた固定用の台に三基が並び、三基の上に設置した固定用の台の上に二基が並んだ。ミサイルは高さが約四メートルの台形の形に積まれた。
「ようし、カバーを被せろ。ミサイルが見えないようにしっかりと被せるんだ。」
積み終えた五基の弾道ミサイルには緑色のカバーが被せられた。
「ようし。作業は終わりだ。ロバート。トレーラーを倉庫から出せ。」
ロバートはトレーラーの運転席に戻りエンジンをかけた。五基のミサイルを載せた大型トレーラーは弾薬倉庫からゆっくりと出た。急に降ってきた強烈な雨がミサイルを覆ったカバーに当たり、バババーと音を立てた。
トレーラーが弾薬倉庫から出ると、シャッターがきしみ音を発しながらゆっくりと下りていった。
「私達の仕事はミサイルをトレーラーに乗せるまでだ。これで私達の仕事は終わりだ。後はロバートとジョンソンの仕事だ。」
ボブはジョージに、
「今日はタイフーンで仕事は休みだ。家でウイスキーでも飲むか。ジョージはどうするんだ。」
と聞いた。
「俺は映画でも見るよ。ウインストンはこれからどうする。」
「そうだな。家に帰ってから考えるよ。」
「じゃな、ウインストン。」
と言ってボブとジョージは車に乗ると去って行った。
ウインストンは携帯電話を出して梅沢に電話した。
「ハロー。私はウインストンだ。ミスター・ウメザワ。聞こえるか。」
「おう、ミスター・ウィンストン。梅沢だ。」
「ミスター・ウメザワ。ミサイルをトラックに乗せ終わった。これからカリーナエアーベースに向かって出発する。」
「トラブルはなかったか。」
「トラブルはない。仕事は順調だった。」
「そうか。安心した。」
「トレーラーを運転しているのはロバートだ。助手席にはジョンソンが乗っている。二人がミサイルを運ぶ。三十分以内にはカリーナエアーベースの第三ゲートに着くだろう。ミスター・ウメザワの準備はオーケーか。」
「ああ、オーケーだ。」
「そうか。これで私の役目は終わりだ。後はロバートと連絡をしてくれ。それじゃ、電話を切るよ。」
ウインストンは電話を切ると、大型トレーラーの運転台に近づき、ハンドルを握っているロバートに声を掛けた。
「ロバート。」
ロバートはウインストンを見た。ロバートの顔は強張っていた。ウインストンは運転台に上って来て、
「緊張しているのかロバート。緊張していると事故を起こすぞ。もっとリラックスしろ。」
と言いながらロバートの頬を軽く叩いた。
「は、はい。」
ウインストンはロバートに携帯電話を渡した。
「ロバート。カリーナエアーベースに出たらミスター・ウメザワに連絡することを忘れるな。第三ゲートに到着する時間を伝えるんだ。その後はミスター・ウメザワの指示に従って行動するのだ。なにしろ、この大型トレーラーが第三ゲートを出てどこに行くか私はミスター・ウメザワに教えられていない。トレーラーの行方はミスター・ウメザワだけが知っている。それからなロバート。第三ゲートの歩哨に積み荷のことを聞かれたらこの証明書をみせながら交換済みの古い土管だと言え。それで全てOKだ。歩哨がカリーナエアーベースから出て行く積み荷をいちいち調べることはしないから心配するな。ゲートの歩哨はテロ侵入を用心してカリーナエアーベースに入って来る車を厳しくチェックしているだけだ。カリーナエアーベースから出て行く時の車はフリーのようなものだ。それにタイフーンが接近しているからタイフーンのことが気になって積み荷には無警戒になっている筈だ。お前もタイフーンを気にしている振りをするんだ。タイフーンが来る前に急いで土管を集積所に運ばなければならないと話すんだ。それで絶対にゲートを出れる。分かったなロバート。」
「は、はい。」
ロバートの声は緊張の性で固かった。ウインストンはロバートの緊張した返事に苦笑した。
「ロバート。もっとリラックスしろ。緊張していたら歩哨に怪しまれるぞ。ほれ、ガムでも噛みな。」
ウインストンはポケットからチューインガムを出してロバートにあげた。
「ロバート。後は頼むぞ。」
「はい。」
ウインストンはトレーラーから下りた。トレーラーはゆっくりと弾薬倉庫を離れていった。トレーラーが車道に出ると、
「さて俺もさっさと引き揚げるとしよう。」
と言い、ウインストンは自動車に乗って去って行った。