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青木も天童も眠らされた。啓太の危険な逃走劇の始まり。

窓から顔を見せた男はウチナー訛りのない標準語を使った。どうやら男はウチナーの人間ではないようだ。丁寧な言葉使いだからヤバイ人間ではないだろうと啓太は直感した。ポマードの髪は強風に煽られ乱れている。啓太はウインドーを一杯に開いた。

「つかぬことをお聞きします。あなたは大型のトレーラーを見ましたよね。トレーラーの荷物を見ましたか。」

スーツにネクタイ。おまけに近眼メガネを掛けている典型的な日本男性で怪しい男には見えないが、ミサイルを積んだトレーラーについて質問するのは普通の人間ではないかも知れない。啓太はウインドーのハンドルに手を掛け、いつでもウインドーを閉める体勢を取りながら、男をジロジロと凝視した。

啓太が疑いの目で見、なにも言わないのでポマードの髪の男は内ポケットから身分証を出して見せた。

「怪しい者ではありません。私は防衛庁の人間です。国家公務員です。」

身分証の上に防衛庁と記され、ポマードの髪の男と似た短い髪の顔のカラー写真が写っていた。名前は青木義雄と書いてあった。啓太には防衛庁イコール自衛隊のイメージしかなかったから、私服で髪にはポマードをつけた男が防衛庁の人間を名乗るのに違和感があった。啓太はポマードの男が身分証を見せても彼が防衛庁の人間であることを疑い返事をしなかった。

「おい、お前も身分証を見せなさい。」

青木の後ろに立っている男は二十代で髪は短く、体の姿勢もよく、自衛隊服が似合いそうな体格をしていた。青木に言われて若い男は身分証を見せた。名前は天童宗孝であった。

「唐突な話ですみません。私達はあることについて捜査をしていまして、それであなたに二、三点お聞きしたいのです。手間は取らせません。よろしいですか。」

 青木の丁寧な話し方に啓太は青木への疑念は薄らいだ。啓太は頷いた。

「済みませんがあなたの車に入ってよろしいでしょうか。雨風が強いので。」

啓太は迷ったが防衛庁の人間がわざわざ話を聞きたいというのだからなにか重要なことを聞きたいのだろう。啓太は助手席と後部座席のロックを外した。青木が助手席に座り、天童は後部座席に座った。

「お忙しい所を済みません。お聞きしたいのはあなたが見た大型トレーラーについてです。あなたはトレーラーの荷物をみましたか。」

「ああ、見たよ。」

「荷物の中身は何でしたか。」

「ミサイルだった。」

「え、ミサイル。」

ミサイルと聞いた瞬間に青木と天童は驚いて顔を見合わした。

「隊長。」

天童は絶句した。

「ミサイルだったのか。信じられない。とんでもないことをする連中だ。奴らはミサイルを盗んでどうする積もりなんだ。」

と自問自答した青木は気を取りなおして啓太への質問を続けた。

「ミサイルはどのくらいの長さでしたか。」

「だいたい九メートルから十メートルくらいあったと思う。」

「そうですか。」

「ミサイルは何基積んでありましたか。」

「五基かな。」

「五基もですか。」

ポマードの男は愕然として言葉を失った。

「隊長。そのミサイルは核爆弾搭載可能のミサイルなのでしょうか。」

青木は唇に指を当てて、天童に黙るように合図した。天童はあわてて口を覆った。

「やつらはなんてことをするんだ。」

と青木は怒りのこもった声で呟いた。

アメリカ軍のトレーラーにミサイルを五基積載していることがなぜポマードの男を愕然とさせたのか啓太にはその理由が全然わからなかった。そもそも防衛庁とアメリカ軍は味方であるはずだ。防衛庁の人間がなぜアメリカ軍のミサイルについて根掘り葉掘り啓太に質問をするのか、それが啓太には奇妙であった。二人の男は本当に防衛庁の人間なのかと啓太は怪しんだ。

「済みません。あなたはトレーラーの事故の原因を知っていますか。」

「ああ、どうも乗用車と衝突したようだよ。」

啓太は斎藤達の車とトレーラーが衝突した事故であると勘違いをしていた。

「トレーラーと事故を起こした乗用車の車種と車体の色は分かりますか。」

「車種は知らない。色は白だった。」

「車のナンバーを覚えていますか。」

「車のナンバーか。」

啓太は車道に乗り上げて大破していた車を思い出したが、ナンバープレートを見た記憶はなかった。

「車のナンバーは知らない。」

「そうですか。自家用車の運転手の怪我の具合はどうでしたか。」

「それは知らない。車の近くまでは行かなかったから。しかし。」

「しかし、なんですか。」

「二人の人間が車の側に横たわっていた。」

啓太の話を聞いて青木と天童は顔を見合わせた。二人は言葉を失い呆然とした。

「本当に二人だったんですか。」

と青木は啓太に聞いた。

「雨も降っていたしちらっと見ただけだから一人だったか二人だったかはっきりはしない。でも、多分二人だったと思う。」

「そうですか。」

と青木は力なく言うと、天童は、

「隊長。最悪の事態を招いたようです。」

と沈痛な声で言った。

「済みませんが、二人で話がありますので。」

と言って青木は天童に外に出るように言い、青木と天童は車の外に出た。

「まさか、こんなことになるなんて。」

と青木はつぶやいた。

「私達がやつらを見くびっていたようだ。やつらがこのような強行手段に出てくるのは全然予想していなかった。」

「隊長。彼らはミサイルをどうするつもりでしょうか。ミサイルを海外に運び出すつもりでしょうか。しかし、簡単に運び出すことはできないと思います。」

「そうなんだよ。ミサイルを盗むなんてむちゃくちゃだ。今、考えられないことが起こっている。」

「自分はミサイルが盗まれたなんて信じられません。」

「ああ、私も信じられないよ。しかし、考えられないことが現実に起こったのだ。上に連絡して急いでカリーナエアーベースの司令官に連絡するように言おう。」

青木と天童は深刻な顔で話し合った。

防衛庁の二人の様子は深刻であり、なにか凄いことになっているようだが啓太とは別の世界の事である。啓太が気になるのはいつ停電するかも知れない自分のコンビニエンスのことだった。ここでまごまごしてはいられない。早くドライアイスを店に運ばなくては。

 青木と天童が車の中に入って来た。青木は啓太に質問を続けた。

「あなたはあの現場でどんな人を見ましたか。詳しく教えて下さい。」

「日本人やアメリカ人やインド人などがいたな。」

「あなたは彼らと話をしましたか。」

「したよ。」

「どんな話をしたのですか。」

その時、車の後方を見張っていた天童が、

「隊長。」

と言って旧道の入り口の方を指差した。青木と啓太は天童が指さした旧道入り口の方を見た。二台の車がゆっくりと旧道に入って来る。あの車はミサイルを積んだ大型トレーラーの後ろに停車していた二台の車に違いない。


          十二


 梅沢の車はカリーナエアーベース第三ゲートの十字路に出た。

「くそ、どうしても捕まえるんだ。逃がすものか。」

梅沢は苛々しながら言った。

「奴らの車は左に曲がったのですかね、それとも右に曲がったのですかね。」

梅津は梅沢に聞いた。

「あの若造は県道が冠水して通れなかったから間道に入ったと言っていた。つまり左折したら冠水している所があるということだ。奴らが右に曲がったのは確実だ。」

梅沢は十字路を右折するとスピードを上げた。苛々している梅沢は、「くそくそ。今日は厄日だ。」と何度も呟いた。

旧道の側を通り過ぎた時に梅沢の携帯電話が鳴った。電話を掛けてきたのは梅沢の車の後ろを走っているガウリンからだった。

「ウメザワさん。ガウリンです。ウメザワさんが追っている車は今通り過ぎた所に停まっていました。」

「え。」

道路沿いに一台の車も見えなかった。梅沢はガウリンの話したことが理解できなかった。

「どういうことだ。」

「さっき過ぎた所には左に入る道路がありました。その道路の奥の方に車が二台停まっていました。ひとつは赤い車でした。」

「ああ、あの旧道のことか。」

あせっていた梅沢は旧道の方を見逃していた。

「戻るぞ。」

梅沢は車をユーターンさせた。旧道の側を通り過ぎる時に旧道に赤い車が見えた。

「若造の車だ。」

赤い車の後ろに白い車が見えた。

「ようし、奴らの後ろに回るのだ。」

梅沢は県道をユーターンすると旧道にゆっくりと入っていった。

前方に白い車が見え白い車から十メートルほど離れた場所に赤い車が停まっていた。梅沢は車を停めて白い車に人間が乗っているかどうかを確かめようとしたが激しい雨が降っているために車の中が見えなかった。

「梅津。あの車に人間が乗っているかどうか調べてこい。」

「はい。」

梅津は車から下りて、背を屈めて車に近づいた。車の後ろから中を覗いた梅津は横に手を振って中には誰もいないという合図を送りながら帰ってきた。

「車の中には誰もいません。」

「そうか。防衛庁の奴は前の赤い車に乗っているということだ。よし、行くぞ。」

梅沢はゆっくりと車を進ませた。青木の車の後ろに来ると車を停めた。

「下りるぞ。」

梅沢、梅津、ハッサンは車から下りた。梅沢は後ろのガウリンも車から下りるように手で合図した。車を下りた五人の男たちはゆっくりと啓太の車に近づいていった。



青木と天童は旧道に入ってきた二台の車の動きを見ていた。二台の車は青木の車の後ろに停まり、一台目の車からはトレーラーの事故現場で啓太を追い返した日本人と啓太の前に走ってきて啓太に殴りかかりそうだったインド系の人間と事故車の側から啓太を凝視していた日本人が出てきた。後ろの車からは東南アジア系の男とインド系の男が出てきた。五人の男達はゆっくりと啓太の車に近寄って来る。

「どうしますか、隊長。」

「彼らと話し合ってみるしかないだろう。前の中央の人間は知っている男だ。梅沢という人間で武器密輸に暗躍していると噂のある人間だ。梅沢は私の正体を知っているから誤魔化しはできない。どんな事態になるか知らない。覚悟しておけ。」

「はい。」

青木は啓太に、

「引き止めて済みませんでした。民間人のあなたには関係のないことですから、今直ぐ逃げて下さい。」

と言って、青木と天童は啓太の車から出た。

 啓太はゆっくりと車を出した。啓太は防衛庁の人間が、「民間人のあなたには関係のないことですから、今直ぐ逃げて下さい。」と言ったことが気になった。なにやらヤバイことが起きそうな雰囲気である。ヤバイことに巻きこまれるのは御免である。啓太は県道に出て左折するとカリナーシティーに向かった。


啓太が逃げたので五人の男たちは慌て出した。リーダーの梅沢は、

「ガウリン。赤い車を追え。必ず捕まえるんだ。殺してもいい。若造を絶対に逃がすな。」

とガウリンに啓太を追うように指示した。

「はい。」

シンとガウリンは車に引き返した。梅沢も車に戻った。

「ガウリン、ちょっと待て。」

と言って、トランクを開けると拳銃と通信機のようなものを取り出して、ガウリンに渡した。

「ガウリン。これを持っていけ。絶対に逃がすな。」

ガウリンは梅沢に頷いて、車を発進させた。

天童はガウリンの車の前に立ちはだかって車を停めようとしたが車はそのまま走り続け、天童はあやうく轢かれそうになった。天童は轢かれる寸前で横に飛びのき難を逃れた。

「大丈夫か天童。」

「大丈夫です。」

梅沢は青木達に近づいてきた。

「久しぶりです、青木さん。」

梅沢の両側にはハッサンと梅津が身構えて立っていた。

「こんな悪天候の日に青木さんと会ってしまうとは。奇遇ですね。再び青木さんと会えてうれしいです。」

「梅沢。お前はなにを企んでいるんだ。」

青木が話した途端に梅沢は右手を少し上に上げた。するとハッサンと梅津は拳銃を出して構えた。青木にとって梅沢の行動は予想外だった。青木は梅沢が最初は穏やかな腹の探り合いの会話をすると思っていた。ところが梅沢はいきなりハッサンと梅津に拳銃を構えさせたのだ。

「防衛庁の人間に拳銃を向けるとは大した度胸だな梅沢。ミサイルをどうする積もりだ。私の部下になにをした。」

青木は危険な状況の中でも梅沢と話をして梅沢の目的を探り出したかった。そして、梅沢達に隙ができたら梅沢達と格闘をする気持ちでいた。二対三で人数としては不利であるが青木も天童も肉体を鍛えている。二対三でも青木達をねじふせる自信があった。しかし、梅沢は最初から二人の子分に拳銃を構えさせた。これでは青木はどうすることもできなかった。

梅沢は青木にゆっくりと近づいた。

「青木さん。動かないで下さい。少しでも動けばこいつらが遠慮なく拳銃の引き金を引きますから。」

梅沢の右手には睡眠薬の入った注射器が握られていた。

「青木さん。暫くの間眠ってもらいます。抵抗するのは止めてください。本当に拳銃が火を噴きますから。」

「梅沢。お前はなにをたくらんでいるのだ。」

梅沢は青木の質問を無視して抵抗のできない青木の腕に睡眠薬の注射を打ち、天童にも睡眠薬の注射を打った。

梅沢は青木が今度の梅沢達の仕事についてどの程度知っているか、青木以外にも梅沢達を尾行しているグループがあるかどうかを青木の口から聞き出したかったが、どうせ青木は口を割らないだろうし、梅沢には青木を問い詰める時間の余裕はなかった。大仕事は残り三、四時間あれば終わることができる。その間は誰にも邪魔されないことが重要であるし邪魔する者があれば片付けるだけだ。だから青木と天童には麻酔薬で眠ってもらった。

「二人を車のトランクに入れろ。」

梅沢は麻酔薬で眠った青木と天童を車のトランクに入れた。

「二人はどうするんですか。」

「わからん。とにかく今はミサイルを運ぶのが第一だ。二人を殺すか殺さないかは仕事が終わってから考える。」

青木と天童は睡眠薬を打ちトランクに入れたから、二人が梅沢達のミサイル窃盗を邪魔する可能性は消えた。残るのは赤い車の若造である。

青木はトレーラーの荷物がミサイルであることを知っていた。赤い車の若造が教えたのだろう。あの若造は青木に防衛庁に連絡するように頼まれたかも知れないと梅沢は推理した。あの若造を逃がすのは危険だ。梅沢はガウリンに電話した。

「ガウリンです。」

「梅沢だ。ガウリン、その男を絶対に逃がすな。殺してもかまわない。いいな。」

「はい、ウメザワさん。」

梅沢は電話を切ると、青木の自動車をその場に放置してミサイルを載せたトレーラーの方に引き返した。


          十三


 啓太は県道七十四号線に出るとスピードを上げた。小雨が大雨に急変した。激しい暴風雨になった。ワイパーの回転を最速にしてもフロントガラスには次々と雨が殴りかかり視界が悪い。カリナーシティーのヤラを過ぎ、道路が直線道路になった時、ガウリンの運転する車が啓太の車の横に並んだ。シンが窓から顔を出して車を止めるように手で合図した。

青木が「民間人のあなたには関係のないことですから、今直ぐ逃げて下さい。」と言ったことを啓太は思い出した。こいつらは普通の人間じゃない。ヤバイ連中だろう。得体の知れないヤバイ人間に車を止めろと言われて車を止めるバカはいない。

啓太は車を止めるどころかガウリンの車より前に出ようとスピードを上げた。


暴風雨の最中に、ミサイルをアメリカ軍基地から外に運び出すというのは考えてみると変である。それにアメリカ軍のミサイルを運んでいるトレーラーであるのに周りには日本人やインド人などがうろついていた。それも妙なことである。そして、防衛庁の人間にミサイルのことを質問され、啓太が答えるたびに防衛庁の人間は驚いたり絶望したりしていた。そして、防衛庁の人間と話している間にミサイルを積んでいたトレーラーの所に居た男達がやってきた。すると防衛庁の人間に逃げろと言われた。わけが分からないで逃げると、今度はインド人らしき人間が追って来て車を停めろと指示する。

五基のミサイル、アメリカ兵、得体の知れない日本人、狂気の目をしたインド人、アジア人、防衛庁の人間。・・・・啓太は頭の中が錯綜した。


防衛庁の二人は、トレーラーに積んでいたものがミサイルであると言ったら非常に驚いた。そして、ミサイルは盗んだものであると言っていた。啓太が見たトレーラーの五基のミサイルはカリーナエアーベースから盗んだものであったのだ。すると、トレーラーの回りにいた連中はミサイル泥棒達であったということになる。信じられないことであるが、防衛庁の人間が話していたのだから本当なのだろう。

防衛庁の人間に「逃げろ」と言われて旧道を出て県道七十四号線を走っていたら一台の車が追ってきた。啓太の車を追ってきたインド系の男もミサイル泥棒の仲間である。そいつの指示通りに車を止めたらヤバイことになることははっきりしている。こいつらに捕まったらなにをされるか分からない。啓太はひたすら逃げるだけだ。 

偶然、トレーラーに積まれたミサイルを見てしまったために啓太はヤバイ連中に追われる破目になった。


ガウリンの車がスピードを上げて啓太の車の前に出ようとした。啓太はあわててスピードを上げガウリンの車より前に出た。

前に出た啓太の車は鈍いショックを受けた。啓太の車を追ってきた車が啓太の車に体当たりをしたのだ。内側車線を走っていた啓太の車はゆっくりと回転しながら外側車線に移動し、側溝にぶつかってそのまま内側車線に流れていった。水に濡れた車道で車が滑った時はハンドルやブレーキを無闇に操作しない方がいい。何度も暴風雨の中を運転したことがある啓太はあわてふためくことはなく、ハンドル操作ができるタイミングを待った。車の回転が止まると、啓太はアクセルを踏み再び国道五十八号線に向かった。啓太の車にぶつかった車も回転しながら雨に濡れた車道を滑り側溝にぶつかって車は反対向きになった。運転技術は啓太の方が上のようだ。なにしろ元暴走族の啓太なのだ。

カリナーロータリーから五十八号線に出た時、啓太は南の方に逃げるかそれとも北の方に逃げるか迷った。北の方はヨミタンヴィレッジ、オンナヴィレッジと続き次第に人家が少なくなる。南の方はミジガマ、スナビと続き、ミハマという新興タウンに出る。ミハマタウンなら暴風雨でも車の往来は多いに違いない。啓太以外の車が走っていれば追跡車も無謀なことを仕掛けてはこないだろう。啓太はミハマタウンのある南の方に進路を取った。

 暴風雨がますます激しくなり、雨混じりの突風がガタガタと車を揺らす。ハンドル捌きを間違うと直ぐにスキーのように車は車道を滑っていきとんでもない方向に流されそうだ。追跡車が接近してぶつかりそうになると啓太は車のスピードを上げたり、方向を変えたりして衝突を防いだ。追跡車の運転手は暴風雨の中の運転には馴れていないようで、側溝にぶつかったり車を回転させたりした。しかし、側溝にぶつかっても、車を回転させても、体勢を立て直すとハイスピードで啓太の車に襲い掛かってきた。

 ミジガマを通過した時、前方に二台の車を発見して啓太はほっとした。前方の二台の車の間に入れば追跡者は二台の車に遠慮して強引に襲ってくることはないだろうと啓太は考えた。啓太は激しい暴風雨の中をゆっくりと走っている二台の車に追いつき、二つの車の間に潜り込んだ。啓太を追いかけて来た追跡車は啓太の車の横についた。啓太が予想していた通り、追跡車は啓太の車にぶつけることはしなかった。もし、啓太の車にぶつけたら啓太の後続車が啓太の車か追跡者の車と衝突して大事故になる可能性がある。追跡車は二台の車の間に入って走っている啓太の車にぶつけるような無謀なことはやらなかった。

「このまま、ミハマタウンあたりまで行けば追跡者に襲われない方法が見つかるだろう。」

啓太はほっとした。そして、前の車にスピードを合わせて走りながらミハマタウン辺りに着いた時の戦術を練った。

 しかし、啓太の安堵は直ぐに壊された。突然左のウインドーからガツッという音が聞こえた。何の音だろう。小石がぶつかったのだろうかと啓太は左のウインドーを見た。ウインドーはクモの巣のようなヒビがありその中央には小さな穴が開いているようだ。激しい暴風雨の最中の運転である。左のウインドーをじっくり観察する余裕はない。啓太が一瞬見たクモの巣のようなヒビと小さな穴。一体どうしてできたのだろう。啓太の車のウインドーは暴走族をやっていた頃に取り付けた強化ガラスである。簡単に穴が開くようなウインドーではない。タイヤにはじかれた小石がぶつかったくらいでは穴が開かないはずである。なぜ穴があいたのか。もしかしたら・・・啓太に恐怖が走った。

再びガツッと後ろのウインドーで音がした。ガツッという音は非常に固い物が激しい勢いで車のガラスにぶち当たり穴を開けた音であることに違いない。ガツッという音が連続して聞こえたということは偶然の出来事とは考えられない。啓太は車のガラスに穴が開いたことに恐怖が増していった。強化ガラスに穴を開けた物の正体が何であるか。追跡車から啓太の車にガラスに穴を開けた物の正体を発射したのであればその物の正体はひとつしかない。弾丸だ。信じ難いが、追跡者が啓太の車を目掛けて拳銃を撃ったに違いない。ガツっという音は拳銃から発射された弾丸がウインドーをぶち抜いた音だろう。

恐怖で啓太の血の気が引いた。昼の国道で拳銃をぶっ放すとは。考えられない。こいつらは狂っている。啓太の後ろを走っていた車はスピードを落として離れたようでバックミラーの視界から消えていた。後ろを走っていた車の運転手は拳銃を啓太の車に向けて撃っている姿を見て恐くなってスピードを落としたのだろう。

 危険を感じた啓太はスピードを上げて前の車を追い抜いた。すると追跡車もスピードを上げて追ってきた。道幅が広い国道五十八号線は横に並ばれて銃で襲われやすいので危険だ。国道五十八号線より道路幅が狭くカーブが多い二車線の方が襲われにくいだろうと考えた啓太はミハマタウンに行くのを断念した。

啓太は国体道路入り口に来た時、スピードを急にダウンさせた。啓太は左折して国体道路に入って行った。急に啓太の車が左折したので、啓太の車の横に並ぼうしていた追跡車は慌てて急ブレーキを掛けた。車は回転しながら国道五十八号線を百メートル以上も滑降していった。滑降が止まるとガウリンが運転している車は国道五十八号線を逆走して啓太の車を追って国体道路に入った。


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