尾行者の斉藤と鈴木は銃撃戦で殺された。
斎藤は突然の敵の銃撃に驚いた。被弾したフロントガラスにひびが入り穴が空いた。気が動転した斎藤は思わずハンドルを切りアクセルを踏んだ。斎藤の運転する車は濡れた車道を横滑りして路肩に鈍い音を立ててぶつかり跳ね上がった。跳ね上がった車は街路樹のヤシの木にぶつかって止まった。
鈴木と斉藤はシートベルトを外していたために衝突の衝撃で斎藤はハンドルに胸を強く打ち、鈴木もダッシュボードに胸を打ち、頭がフロントガラスにぶつかりそうになったが腕で防いだ。ひびの入ったフロントガラスは鈴木の肘が当たって割れた。激しい雨と風が車内に浸入した。
「大丈夫か斎藤君。」
斎藤は苦しそうにうめいていた。鈴木は外を見た。大城と梅津が近づいてくるのが見える。鈴木は割れたフロントガラスの間から拳銃を撃った。そして、
「斎藤君。」
と斎藤の名を呼んだ。
「す、鈴木君。苦しい。」
と斎藤は胸を押さえてあえぐような声を出した。
「しっかりしろ斎藤君。車の中は危険です。外に逃げよう。」
鈴木は斎藤の肩を引っ張った。しかし、斎藤は胸の痛みがひどくて動けなかった。鈴木は斎藤を運転席から引っ張り出すことができなかった。
「斎藤君。」
鈴木は何度も斎藤の名を呼んだ。そして、斎藤の肩を引っ張った。斎藤は鈴木の声に反応し徐々に助手席に移動した。
ガウリンとハッサン、シンが銃を構えて斎藤達の車に近づいている時に、
「ガウリン。」
と背後で呼ぶ声があった。振り返ると梅沢と木村、ミルコ、ジェノビッチがトレーラーの方から走ってきた。
「尾行している奴はどうなった。」
「車の中に居ます。大城さん達と撃ち合っています。私達は後ろから攻めようとしています。
「そうか。木村。ミルコ。お前達も行け。」
「へい。」
木村、ミルコ、ガウリン、ハッサン、シンの四人が腰を低くして斎藤達の車に近づいていった。
鈴木はドアを開けて車の外に出て、助手席に移った斎藤の頬を叩いた。
「斎藤君。大丈夫か。」
「胸がひどく痛いです。」
「敵は拳銃で襲撃しています。反撃しましょう。」
「あ、ああ。」
斎藤は胸の痛みを我慢しながら拳銃を握り、起き上がると大城達に向けて拳銃を撃った。
「斎藤君。早く脱出しないとまずいです。動けますか。」
「なんとか動けます。青木隊長に連絡しなくては。」
斉藤は応戦しながら内ポケットから携帯電話を出した。
「駄目だ。壊れている。」
斉藤の携帯電話はハンドルに胸を打った時の衝撃で壊れていた。
「内ポケットに入れていた私の携帯電話はハンドルとぶつかって壊れています。鈴木君。青木隊長に電話をしてください。」
「携帯電話が見つかりません。」
「え。」
「落としたようです。」
鈴木は車が衝撃を受けた時に携帯電話を落としていた。
「探してみます。」
斎藤は助手席の回りを探した。
「ありました。」
鈴木の携帯電話は助手席の下に落ちていた。
「う。」
斎藤の肩に激しい痛みが走った。銃弾が肩を射抜いたのだ。斎藤は肩の痛みを我慢しながら、携帯電話を鈴木に渡した。
「鈴木君。早く青木隊長に電話した下さい。」
「はい。」
鈴木は斎藤から受け取った携帯電話を開いた。しかし、開くと自動的に明るくなる画面が明るくならなかった。鈴木はスイッチを押した。しかし、画面は明るくならなかった。
「変です。携帯電話がつきません。」
「え、どうして。。」
斎藤は助手席の床に手を置いた。床は浸入した雨で水が溜まっていた。
「床は水浸しです。携帯電話に水が入ったと思います。」
携帯電話のスイッチを押し続けていた鈴木の親指が止まった。
「ああ、もう駄目だ。」
鈴木は絶望の声を上げた。
梅沢の指示でハッサンは車の後ろに回り、車の中の様子を調べた。ハッサンは助手席に一人、助手席の外に一人居ることを伝えた。梅沢は大城達に拳銃を撃たせて鈴木達の注意を大城達に向けさせながら、助手席の斎藤を狙って運転席の方にはガウリンと木村を、車の外にいる鈴木を狙って車の左側にはハッサンとシンを配置した。
梅沢の合図で四人は立ち上がって斎藤と鈴木を狙って一斉に拳銃を撃った。
銃声が止んだ。梅沢は銃弾を打ち込んだ車に駆け寄った。大城と梅津も駆け寄ってきた。木村は銃を構えながら運転席に近寄った。斎藤が助手席から体をずらして仰向けに倒れている姿が見えた。木村は斎藤を凝視しながら車の窓から顔を入れて斎藤を見た。斎藤も銃弾を浴びてすでに死んでいた。
ハッサンは鈴木に近寄っていった。開いているドアに後頭部をつけて体をくの字にして鈴木もすでに死んでいた。
木村は梅沢に、
「梅沢さん。二人とも死んでいます。」
と斉藤と鈴木が死んでいることを伝えた。
「そうか。」
梅沢は尾行していた男達が死んでほっとした。しかし、なぜ二人の男が大城達の車を尾行していたのか、そのことに対する不安は消えなかった。
梅沢が一番恐れていたトラブルが発生してしまった。暴風雨でもカリーナエアーベースから目的地まで車なら二十分しか掛からない。大型トレーラーなら四十分あれば到着できる距離である。たった四十分もかからない道程だというのにカリーナエアーベースから出て間もない場所でトラブルが発生してしまった。一難は去った。しかし、こんなにも早く難がやってきたということは二番目の難もすぐにやって来るのかもしれない。
不安と苛立ちに梅沢は、
「ち。」
と舌打ちをした。
しかし、どのような事態が起こっても一世一代の大仕事を仕掛けた梅沢にはぐずぐず迷っている余裕はない。一分一秒でも早く最悪事態を処理してミサイルを目的地まで運ばなければならない。
「二人を引きずり出して身元を調べろ。」
梅沢の命令で梅津とハッサンが鈴木を引きずって車の側に運んできて仰向けに寝かした。木村とシンは助手席から斎藤を引きずり出して鈴木の側に並べた。
「こいつらは何者なのだ。」
梅沢の後ろに居たミルコが、
「ミスター・ウメザワ。」
と梅沢を呼んだ。
「なんだ。」
と言って後ろを振り返るとミルコがトレーラーの方を指さした。
トレーラーを見て梅沢は唖然とした。ミサイルを覆っていたカバーがめくれてしまい、めくれたカバーが吹き上げる暴風雨と激しく踊っていたのだ。全然予想しなかった光景である。踊っている緑のカバーがバーンと倒れてミサイルを覆った。あっけに取られている梅沢は呆然とトレーラーを見た。倒れたカバーは再び立ち上がり狂ったように踊り始めた。
止まっていた梅沢の思考が動いた。カバーが破れたのだろうか。暴風雨とはいえミサイルが丸見えの状態で国道を走るわけにはいかない。暴風雨でも国道を通っている車はあるだろう。トレーラーと交錯する車の運転手がカバーが破れて露わになったミサイルを見れば警察に通報するに違いない。パトロール中のパトカーとすれ違う可能性だってある。パトカーにミサイルを見られてしまえばミサイル窃盗計画は頓挫し、梅沢達は刑務所行きだ。最悪の事態だ。なんとかしなければならない。
「くそ、なんでカバーが破れるんだ。ロバート、ジョンソン。俺と一緒に来い。」
梅沢はロバートとジョンソンを連れてトレーラーの方に走った。
「くそ、今日は厄日だ。」
梅沢は忌々しげに言葉を吐いた。
「くそ、最悪だ。最悪の事態だ。」
しかし、梅沢は最悪な事態に困惑している余裕はない。早く決断し早く行動し早く目的地に到着しなければならない。なにしろミサイルをアメリカ軍から盗むのは梅沢一世一代の大仕事なのだ。破れた箇所を応急処置して、一刻も早くカバーをミサイルに被せなければならない。
「ロバート。カバーのどこが破れているのだ。修理はできるか。」
ロバートはミサイルの上で踊っているカバーを調べた。激しく動き回っているカバーは裂けてはいないし穴が開いているようでもなかった。
「カバーは破れては居ません。」
「本当か。カバーは破れていないのか。」
梅沢はカバーが破れていないと聞いてほっとした。
「はい。カバーを繋いでいたロープが切れています。」
「良かった。直せるか。」
「ロープを繋ぐだけだから直せます。」
「それじゃ、ロバートはジヨンソンとトレーラーに上ってカバーを直せ。できる限り早く直せ。」
「この暴風雨では二人では無理です。あと二人か三人の応援が必要です。」
「分かった。おうい。木村。ミルコ、ジェノビッチ。」
梅沢は木村、ミルコ、ジェノビッチの三人を読んだ。梅沢に呼ばれた三人が走ってきた。
「お前らもトレーラーに上れ。ロバートを手伝って早くカバーを直すんだ。」
梅沢はミルコ、ガウリンもトレーラーに上らせた。
「ぐすぐすするな、早くやるんだ。」
苛々している梅沢は怒鳴った。梅沢はカバーの補修の手配をやって、急いで大城たちのところに戻った。
「二人の正体は分かったか。」
と梅沢は聞いた。
「梅沢さん。こいつら防衛庁の人間ですぜ。」
梅津が言った。
「なに、防衛庁だと。」
梅津達の車を尾行していた人間が防衛庁の人間と聞いて梅沢は驚いた。ミサイル窃盗の実行計画の全容は梅沢だけが知っている。今日ミサイル窃盗を実行するのは直前まで大城以外は誰も知らなかった。防衛庁が今日のミサイル窃盗を知っているのはあり得ないことである。
「本当に防衛庁の人間なのか。」
尾行していた二人が防衛庁の人間であるのが梅沢は信じられなかった。
「ポケットに身分証が入っていました。写真付きです。二人が防衛庁の人間であるのは間違いないです。」
「どうして防衛庁の奴らに尾行されたのだ。考えられない。」
梅沢は呟いた。鈴木を見た大城が、
「ひょっとすると梅津はこいつにずっと尾行されていて、こいつは梅津と一緒にウチナーに来たのかも知れないな。」
「え、どうしてだ。」
梅津が驚いて大城に聞いた。
「こいつの膚が白い。まだウチナーの陽に全然焼かれていない。一週間もウチナーに居ればナイチャーの膚は赤くなる。こいつはウチナー島に来て間もないな。」
と大城は言った。
陽射しの強い亜熱帯気候のウチナー島に住んでいる大城は膚の焼け具合で温帯気候の本土から来た人間がウチナー島に来てどのくらいの日数を過ごしたかを判別することができる。本土から来た直後の人間はウチナー島の強烈な太陽の紫外線を受けていないから膚が白い。本土から来た人間は一週間もすればウチナーの強烈な太陽の日差しに焼かれて膚が赤くなり、一年が過ぎれば赤っぽい赤銅色になり、数年もすれば黒っぽい赤銅色になる。鈴木の膚が白いということは鈴木はウチナー島に来てまだ数日しか経っていないということになる。
「梅津の膚の色とこいつの膚の色は同じ白さだ。ということはこいつは梅津と同じ日にウチナー島にきたことになる。」
「なるほどな。」
梅沢は頷いた。梅津は鈴木の膚の色を見、自分の膚の色と比べた。鈴木と梅津の膚の白さは同じだった。
「俺が尾行されていたのか。くそ、気づかなかった。」
梅津は恐る恐る梅沢の顔を見た。梅沢は斉藤を指して大城に聞いた。
「こいつはどうだ。こいつも本土から来たのか。」
「こいつはウチナーに来て一年くらいは住んでいる。」
「そうか。」
梅津をこっぴどくとっちめたい梅沢であったがしかしそんな時間的な余裕はない。防衛庁の尾行者二人と銃撃戦をやり、トレーラーのミサイルを覆ったカバーがめくれた。トラブルがたてつづけに起こってしまった。トラブルを早急に解決して、目的地に出発しなければならない。梅津が防衛庁の人間に尾行されていたことの問題に触れる余裕はなかった。梅沢は事故の後始末を急いだ。
「二人をここに放置しておくのは拙いな。大城の車のトランクに入れて置け。」
と言ったが、すぐに車のトランクに入れるのはまずいと考えた梅沢は、
「いや、死人をトランクには乗せない方がいい。」
と言いながら梅沢は辺りを見廻わした。歩道の側にうっそうと雑草が生えている場所があった。
「梅津。あそこの草むらに死体は隠しておけ。車から見えないように草の中に隠すんだ。」
「はい。」
苛立っている梅沢は大声を出した。
「死体を隠したら急いで出発するんだ。」
「梅沢さん。車はどうする。草むらに隠そうか。」
と大城は聞いた。
「車を移動するのは時間がかかる。車はそのままでいい。とにかく急げ。くそ、今日は厄日だ。」
その時、トレーラーに一台のスポーツカータイプの車が近づいてきた。車に気づいたミルコが横で作業をしている木村の腹をつついた。木村がミルコを振り返るとミルコは赤い車を指さした。赤い車はトーラーの後ろに停めてある梅沢の車の後ろに停まった。木村は大声で梅沢を呼んだ。赤い車から一人の若い男が出て来て、トレーラーに近づいてきた。
「梅沢さーん。」
と木村は梅沢を呼んだが暴風雨のせいで梅沢の耳には届かなかった。木村は、
「梅沢さーん。」
と大声で呼んだ。
「なんだー。」
と梅沢はトレーラーの方を振り向いた。
「男が一人やってきた。」
「なにー。」
梅沢の声ははっきりとは聞こえなかった。
「男が一人トレーラーに近づいてきたー。」
と木村は若い男を指しながら叫んだ。
「大城、ちょっと待って。」
梅沢は大城達が二つの死体を移動するのを止めて、
「なんだー。」
と言いながら、トレーラーの方に走った。
「男が一人、やってきていますぜ。」
走って来る梅沢に木村はトレーラーの側まで来ている若い男を指しながら言った。
「男がやって来ただと。」
と梅沢が聞くと、木村は頷いた。
その男は防衛庁の人間なのだろうか、それとも一般人なのだろうか。トレーラーに近づいてきた男が防衛庁の人間であろうが一般人であろうが事故現場も二つの死体も見せるわけにはいかない。
「くそ、どうして災難がこうも続くんだ。」
と苦々しく呟きながら梅沢はトレーラーの運転台を回った。その途端に若い男と鉢合わせになった。
青木隊長は最後尾を走っている梅沢の車の後を追った。暫くすると梅沢の車がスピードを落として停まった。
「隊長。梅沢の車が停まりました。」
「天童、車を止めろ。」
天童は車を停めた。
梅沢の車の前を走っていた車も停まっていて、その車の前には間道を横断して止まっているトレーラーが見えた。トレーラーの後ろに停まった二台の車に乗っていた人間達は車から下りて梅沢を先頭にトレーラーの反対側に走って行った。
「隊長。あれはなんでしょうか。」
天童はトレーラーの荷台を見て言った。激しい雨の中でトレーラーの荷台の上で激しく動き回るものが見えた。
「カバーだ。トレーラーの荷物を覆っていたカバーのロープが解けたのだろう。」
「トレーラーは事故を起こしたのでしょうか。」
「うむ。その可能性もあるな。
「鈴木さん達に電話で聞いた方がいいのではないですか。」
「そうだな。聞いてみよう。」
青木は携帯電話を取り出して鈴木に電話をした。しかし、鈴木の電話は、電波の届かない場所かスイッチが切られているというメッセージを繰り返し、鈴木は電話を取らなかった。
「変だ。」
青木は悪い予感がした。
「どうしたのですか。」
「鈴木の電話に繋がらない。」
「本当ですか。」
青木は次に斎藤に電話した。しかし、斎藤の携帯電話の反応も同じだった。
「斎藤の電話にも繋がらない。」
天童の顔が強張った。
「鈴木さん達はトラブルに巻き込まれたのでしょうか。」
「ううん。トレーラーが事故を起こしただけなのか、それとも鈴木達も巻き込んだトレーラーの事故なのか。」
「心配です。」
「電話に出ないということは鈴木達に何かが起こった可能性が高い。」
「はい。」
「二人とも無事であればいいのだが。」
青木の斎藤達を心配する言葉に天童は黙って頷いた。
トレーラーの向こうでなにが起こったのか。斉藤と鈴木の二人は無事なのか。青木は斎藤と鈴木の身が心配であった。しかし、武器窃盗団がいる危険な場所に行くわけにはいかなかった。しばらくは様子を見るしかない。青木は回りを見た。
「ここに停車していては怪しまれてしまう。彼らに見られない場所に移動しよう。」
反対車線の近くに石灰岩が山のように積まれた空地があった。
「天童。あの空地に車を移動してくれ。あそこに車を停めて様子を見よう。」
「わかりました。車を移動します。」
天童は車をゆっくりとターンして石灰岩が積まれている空地に車を入れた。
青木と天童の二人が斎藤達からの電話が掛かってくるのを待っていると赤い車が目の前を通り過ぎていった。
「赤い車が通り過ぎていきました。仲間でしょうか。」
「そうではないだろう。あの車はカリーナエアーベース第三ゲートで私達の車の側を通ってカリナーシティー方面に走っていった車ではないかな。」
「そう言えばあの時の車に似ています。」
天童はドアのロックを外した。
「隊長。私は様子を見てきます。」
「そうしてくれ。」
天童は車から下りて歩道の近くに移動した。歩道の側にはすすきが生えていた。天道はすすきに隠れながらトレーラーの方を見た。赤い車は二台の車の後ろに停まり、中から若い男が出て来た。若い男はトレーラーに近づいていった。