c.1 H2は魔改造で生まれ変われるか
此処は理科準備室。
石油ストーブの上に乗っているヤカンから蒸気が噴出している。
12月初旬にしては気温が低い。
外では雪がちらついているようだが、ガラス窓は結露していて外の様子はほとんどわからない。
化学教師の三谷朱人は考えていた。
超加速を誇るKawasaki750マッハⅣ、型式はH2。空冷2ストローク3気筒で74馬力のじゃじゃ馬マシン。当時、世界最高峰と言われたその加速性能こそが、例の計画を実現するための切り札だと感じていた。
友人宅の車庫から偶然錆だらけのH2を発見した。その時偶然閃いたあの計画。実現するなら今しかない。
「ふはははははあ~。これだ、魔改造を施すベースマシンはこれしかない!!」
「セミラミス発進!」
その間抜けな一言に我に返る三谷だった。
そう、ここは理科準備室。何故か教え子の黒田星子がお弁当を持参してもぐもぐと食べているのだ。右手で箸を掴み、左手でスパークプラグを握りしめ妄想に浸っているらしい。
エビフライをガリガリをかじりゴックンと呑み込んだ後に呟く。
「貴様の心臓を握りつぶしてやる」
何かのアニメのセリフらしい。
丸顔で可愛らしい容姿。胸もぽっちゃりと膨らんでいるなかなかの美少女なのだが、そのオタク趣味のおかげで孤立している残念な女子生徒だった。
「くっ。こいつら何考えてやがる。表と裏で言ってることが真反対じゃねえか!」
準備室の備品であるデスクトップPCのキーボードを叩きながら某SNSのやり取りを監視している女子生徒がいる。こいつの名は綾川知子だ。出所不明なネット関係の技術を駆使し、クラスカースト上位の連中が入り浸っている裏のグループに侵入しているようだ。おっとりしている星子とは違い、活発な知子は午前の休み時間のうちに弁当を食べてしまったらしい。唯我独尊であるが曲がったことが大嫌いな正義感あふれる少女である。しかし、そのきつい性格故クラスの中では孤立している。こいつも美形なのに残念な女子生徒だった。
(まあ、担任教師の田中に代わって問題児の面倒を見るのも楽しいものだ)
三谷自身も学生時代はグループになじめず孤立していた経験がある。こういうクラスになじめない生徒と接すると何故か心が落ち着くのだ。
「さて諸君。今宵、わが家へ集まらないかね?」
「ああ? 何するんだよミミ先生」
PCのモニターから目を離さずにぶっきらぼうに返事をする知子。星子はまだ弁当をモグモグと食べている。
「これだ。このH2を今夜魔改造するのだ」
私はスマホに保存してある画像を見せる。
H2という型式名に食いついてきたのは知子だった。
「H2って、空冷3気筒のナナハンですか?」
「その通り」
「見たい乗りたい触りたい」
「良いぞ、いくらでも触らせてやる。ところで星子はどうする。エンジンもバラすからピストンやらクランクシャフトやらいっぱい触れるぞ」
「行きます。私も行きます!」
「では、今夜8時に集合だ」
「ラジャー」
元気のよい返事をする知子。
その一方で星子は食べ物を胸に詰まらせて喘いでいた。