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8/11

六号路アンド六号路(高尾山)

 まったく、酷いタイミングで酷いことになったものである。

 7月も後半の某日。高尾山口駅。

 あえて電車で来たのは「そういや、高尾山には電車で行ったことないな」みたいなボンヤリした理由である。まあ、その場のノリってのもまた重要だろう。

 今日は、六号路で山頂に行き、そのままそこで折り返して六号路で帰ってくる予定である。

 ことによっては3時間もかからず終わりそうで、登山と言えるかどうかすら怪しいものだ。

 だが、ただのシンプル登山ではない。腰痛がドカーンと爆発しないかと不安を抱えての超ビビり登山である。なんという無駄なスリリングだ。

 それでも、登らねばならぬ。そう、登らねばならぬ理由があるのだ。

 順を追って解説しよう。


 ことの始まりは前回の山行、愛宕山~御岳山への縦走が無事に終わり、家に帰ったあとのことである。

「高尾山~陣馬山」そして「愛宕山~御岳山」。これらの縦走登山を無事に達成できたら、「富士山に登る準備が整った」とみなして、富士山ツアーを予約することに決めていた。

 そう、いよいよ富士山へと挑むのだ。

 ……とは言え、不安は多い。登るルート、日付、それにガイドの有無など、決めなければならないことも多い。

 が、実のところ、高尾山~陣馬山までの縦走を達成して富士山が現実的に思えてきた辺りで、好日山荘の登山教室に参加し、富士山講習やらテーピング講習やらを受けていた。

 一通りの知識はすでに持っているので、それほど迷うことはないだろう。


 さて、決めるべき事項その1、登山ルート。

 富士山に登ると一言で言っても、富士山には4つの登山ルートがある。

 富士吉田ルート、須走ルート、富士宮ルート、そして御殿場ルートである。述べた順に難易度が上がって行き、富士吉田が比較的簡単、御殿場が最も険しいとされている。

 ついでに言えば、もちろん難易度が下がると登山人数も増え、山頂付近での渋滞が激しくなる。

 しかしまあ、正直、ルートに関しては殆ど悩む余地はない。

 ただでさえ富士山に登頂できるかギリギリのラインなのだ。せっかく難易度の低いルートを提示されているのだから、それを選ばない理由はない。


 決めるべき事項その2、日付。

 休日は混雑がひどく山頂付近では大渋滞。ご来光に間に合わず、登山道の途中で日の出を迎えることも多いという。

 平日でも渋滞はあるにはあるが、休日に比べたらかなり快適に登れるそうだ。

 幸いにして私は平日にかなり自由に動けるので、ここも迷うことなく平日を選んでおこう。


 決めるべき事項その3、ガイドの有無。

 さて、ここが悩みどころだ。

 フリープランとガイド付きプランのどちらにすべきかということだが、好日山荘の登山教室で聞いてみたところ、「まあ、初の富士山でフリーは現実的じゃないですね」だそうだ。

 実際のところ、初の富士山をガイドなしで挑む人(特に若い人に多いそうだ)は常に一定数いるが、かなりの割合が途中でリタイアして帰ってくるという。

 理由は「疲労」と「高山病」、あるいはその両方だ。この二つは絶妙なコンボで襲いかかってくるらしく、意気揚々と挑んだ若者たちを次々に撃退しているという。

 確かに、山小屋のチェックイン時間もあれば、帰りにはバスの出発時間もあるのだ。

 あとどれくらいの時間で、どれくらいの勾配を、どれくらいの距離登らねばならないのか。初の富士山ということは、これらをすべて目隠しされた状態でペースを保てと言われているに等しい。

 ペースはもちろん、休憩時間の過多も判断できず、充分な休憩を取れないか、あるいは休憩を取りすぎて身体が冷えてしまったりするわけである。

 結果的に疲労を溜め込むわけだが、それでも若い人は根性とか気合とか、そういうのでなんとかなったりするものだ。

 だが、疲労で呼吸が乱れると、そこに高山病が襲いかかってくる。

 筋力や体力の疲労は若さや馬力でカバーできても、酸欠からくる高山病だけはどうしようもない。かろうじて宿泊予定の山小屋に辿り着いても、次の朝には頭痛と吐き気に苛まれ、山頂を目指すどころではなくなるケースが後をたたないという。


 ここまで脅かされて、「それでもフリーで行こう」と決断できるほど、私は健康でも若くもない。健康どころか、腹筋機能と右腕力がない。

 富士山ツアーにだってそれなりの金額を払って参加するのだ。あえて「失敗するために参加する」ような真似をしたいとは思わない。

 だが、どうやっても、ひとつだけ懸念が残る。

 それは私が普段からソロ登山を好んでいる理由でもあるのだが、この身体的ハンデゆえに、他人とペースを合わせづらいのである。

 場合によっては、私以外の参加者にひどい迷惑をかける事になりかねない。

 これも好日山荘で相談したが「お年寄りも参加しますから大丈夫ですよ」だそうだ。つまり、お年寄りも参加して、ガイドさんはそのペースに合わせてくれるから問題ないと。

 だが、大岳山の山頂付近の岩場では、お爺さんお婆さんにガンガンぶち抜かれていった実績のある私である。やはり不安は否めない。

 とはいえ、結局の所、フリープランを選びマイペースで登ったところで、山小屋やバスの時間制限から逃れられるわけではないのだ。

 疲労で動けなくなる程度ならまだしも、道を間違えて違うルートで下山してしまったりしたら、迷惑どころの騒ぎではない。下手したら捜索願を出されてしまう。

 こう書くと「富士山なんかで迷うわけないじゃん」こう思われるかも知れない。確かにそうである。なにしろ渋滞しているのだから、前の人についていけば迷うはずがない。

 ……ただし、それは上り方面に限られる話だ。あまり知られていないが、富士山における下山時の道迷いは非常に多いのだ。

 考えてみれば当然でもある。上り方面は行き先がたった一つ。これで迷うほうがどうかしている。

 だが、下り方面は行き先が4つある。しかも、富士吉田ルートと須走ルートはしばらく一緒で、途中から分岐するのだ。

 下山時となれば、疲労も積もりきっている。注意力も散漫になる中、分岐の道標を見落としたまま前の人について行ってしまい、気がついたら別のルートを下りていた……などという事例は後を絶たないそうだ。


 いずれにせよ、初の富士山でフリープランを強行するのは無謀としか思えない。

 ここは、とにかく他人に迷惑をかけないようにすることを大前提として、「もしも無理だと感じたら早々にリタイアすること」という条件を自分に課した上で、ガイド付きプランを選ぶのが最善だろう。


 ……そんな感じで、申し込んだ。申し込んでしまった。

 申し込んだ後に「おいおい、本当に申し込んじゃったよ」感が湧き上がってくるが、もうこうなったらジタバタしても始まらない。全力で挑むことにしよう。

 さて、申し込んだ以上は、実際に富士山に登る前に足慣らしとして軽く登山をしておく必要がある。

 あまり激しい冒険にならず、できればよく知っている山が望ましい。

 考えるまでもない。私には高尾山があるではないか。

 富士山までにはあと二週間ある。一度などとケチなことを言わず、2,3回高尾山に登って足を慣らしておこうじゃないか。

 そういったわけで、冒頭に戻る……わけではない。もうひと悶着あったのだ。


 ――話は変わるが、去年の11月頃から筋トレにはまっている。

 メインでやっているのはエアロバイク。アマゾンプライムでくだらない映画を見ながら2時間ほど最大負荷で続けると汗がドバドバ出て調子がいい。

 その間、腕がお留守になるのでダンベルやら自分で作った大胸筋増強スプリング? みたいなもの? をギコギコとやって、さらなるゴリラ化を図っている。(※ただし左腕に限る)

 ついでに、普段からやっているアーチェリーの近射練習も、ポンド数を上げた近射専用のリム(弓のしなる部分)を使用して、筋トレを兼ねるようにしている。

 こんな感じでわりと体力もついてきたと思っていたのだが、富士山の申込みをした翌日あたりに事件は起きたのである。

 今日も今日とてアマゾンプライムでエアロバイクのお供を探すわけだが、ゾンビ映画などの「おポンチ系映画」はあらかた見尽くしてしまった。

 マーベル系も何だかんだで有料のやつまで含めて全部見て、エンドゲームも最近映画館で見てしまった。


 いい加減見るものがなくなって、ガキの頃に見損ねたアニメでも見るかなー。でも昔のアニメって途中が超だるいんだよなー。とか思っていたところ、ダンベルがどうのとか言うアニメが目を引いた。

 ちょいちょい無駄にエロを挟み込んでくる一方、わりとガチめな内容で定評のあるあの筋トレアニメだが、これがなかなか面白い。

「ほほう、スクワットってそんなに大変なのか。どれどれ……」

 アニメに影響されて、スクワットをやってみる。うむ、思ったよりも全然きつくない。こんなところにも登山で鍛えた成果が現れているようで、なんだか嬉しい。

 調子こいて結構な数やったわけだが、終わった後に気づいた。気づいて、顔面から血の気が引いた。

「コルセット、着け忘れてた……」

 何度も言うように、このゴリラ、腹筋というものを持たない。コルセットが身体の一部である。家の中など身体を支えられる場所ならばどうにかなるが、家の外を歩くときには背筋の力を腹筋側に回せる特注品のコルセットが必要だ。これがなくては、真っ直ぐ歩くことすらおぼつかない。

 もちろん、筋トレするときにも必ず装着している。

 そうしなければどんな結果になるか……。それは、夜遅くに実感を伴って襲いかかってきたのである。


 まあ、結論を言うのであれば、富士山ツアーに申し込んだ直後というこの時期に、腰痛で一週間まともに動けなくなったわけだ。やらかした翌日など、冗談抜きに立ち上がることができなかった。

 控えめに言って最悪である。

 実は、前にも同じことをやらかしたことがある。あのときはコルセットを着け忘れたままアーチェリーの近射練習をやってしまい、同じように腰痛で動けなくなった。知っていたはずなのに、またやってしまったのだ。

 腰痛一日目は本格的に動けないので一日中寝てて、腰痛二日目になんとか這うように医者に行った。最後の手段とも言える、かなり強力な湿布薬を処方してもらい、ひたすら安静にして回復を願った。

 それで「なんとか動けるかな?」という程度にまで回復したのが昨日の話である。

 富士山ツアーは一週間後に迫っていた。

 そして、ようやく冒頭の高尾山に戻ってきたというわけだ。


 さて、本日の予定。

 行き:六号路。帰り:六号路。以上!

 いや、実際にこうなのだから仕方ないが、しかし既にクドいくらいに解説した道を改めて語るのもどうかと思うので、今日の登山テーマについて述べておこう。

 今回は腰痛のリハビリというのは置いていて、それとは別にテーマをふたつほど決めてある。

 ひとつは、ペース配分。

 高尾山~陣馬山への縦走でペースについて学んだのち、いくつかの山を登りはしたが、やはりペース配分がまだ甘い気がする。

 特に、三頭山や御岳山など、初っ端から勾配がきつい山では、ペースを作る前に「一生懸命登るモード」になってしまい、気がついたら体力を消耗してしまっていた……などという場面が目立った。

 そこで今回はペース配分のおさらいとして、再び六号路をのったりのったりと歩いて行くことにする。


 そして、テーマのもうひとつは、ポンポンピーピー警報のコントロール。

 要するに、トイレのタイミングを完全制御できないものかという試みである。

 実は、腰痛に呻いていたこの一週間、どうせ登山ができないのだからと食事とトイレの時間を事細かにメモに記し、その時間的関係を調べていたのだ。

 それによれば、どうやらしっかり食事したのち2時間ほど経つとポンポンがピーピー言い始めるらしい。

 ならば、登山を始める2時間前にご飯をしっかりめに食べれば、登山直前に駅とかでトイレを済ませることが出来る、そういう計算になる。

 完璧だ。これでいこう。

 ……そういうわけで、今日は朝4時に起きておにぎりやらサンドイッチやらを腹に詰め込んである。

 そして今、高尾山口駅に着いたのが6時ちょうど。さあ、ポンポンピーピー警報よ、いつでも来い。


 ……来ない。来ないぞ。いったいどうなってる。

 お腹にものすごい膨満感を抱えてはいるが、それが腹から出ていこうという気配がこれっぽっちもない。マジでどうすんだよこれ。

 気配すらもないのでは、如何ともし難い。このまま高尾山口駅で待つわけにもいかぬ。とはいえ、トイレのある高尾山の山頂までおよそ1時間半。微妙なラインである。

「ま、しゃーないか」

 靴紐をしっかり締めて、トレッキングポールを伸ばす。ハイドレーションチューブをザックのベルトに固定して、準備完了。

 さあ、足慣らしの始まりだ。……それにしても、ひどい膨満感だ。


 ペースだ。ペースを作れ。

 とにかく、意識してゆっくり歩くこと。なんだかんだで早足になったりしないように、のったりのったりと一歩一歩、足裏の面全体を使って丁寧に。

 岩屋大師、琵琶滝と進み、かつては疲労困憊で座り込んだベンチを横目に通り過ぎる。

 行程の2/3、大山橋まで進んだ頃には、身体は随分と温まった気がする。さて、ここのベンチを通り過ぎたら、休憩ポイントは階段エリア終盤までおあずけだ。

 呼吸はほとんど乱れていない。心臓は若干早くなっているが、むしろ全身がホットな感じで不快ではない。今のところ、腰にも嫌な感覚はない。

 よし、このまま休憩せずに行けるところまでいってみよう。

 何度きても、飛び石はいいものだ。いくつかの山を歩いたが、ほどよい流れの水の中をちゃぷちゃぷと歩ける道は、今のところここしか知らない。

 ここを超えると、すぐに階段エリアが始まる。階段だけはもうペースが乱れるのを覚悟して、太ももを使ってグイグイ登るしかないだろう。

 むしろ、階段エリアは筋トレのつもりで登ったほうが精神的には楽な気がする。太ももの付け根、股間の両サイドが痛くなるということは、ここの筋力が足りないということである。よし、望むところだ。

 ……とまあ、こんなふうに考えられるのも余裕があるからこそなわけで、初めてここを登った頃を思うと、随分とまあ成長したものである。

 筋トレ気分で登っていくと、ベンチが見えてくる。最後の休憩所だ。

 さて、さすがに筋肉もいい感じにアガってきているが、どうするか。多少の疲労はあれども、まだまだ座りたいと言うほどではない。

 考えてみれば、まったく休憩せずに山頂まで登ったことは一度もなかった気がする。なら、このままやってみるか。

 ベンチをスルーして山頂へ向かう。五号路と合流、続けて一号路と合流して、あっさりと山頂についた。


挿絵(By みてみん)


 うーむ……。楽勝だった。強がりとか抜きで、本当に楽勝だった。

 時刻は7時40分。歩き始めてから1時間40分が経過している。標準コースタイムより10分多くかかっているが、なに、これくらいで丁度いい。

 しかし、腹いっぱいになってから、都合3時間40分経っているわけだが、お腹の具合はまったく変わらない。

「腹いっぱいになってから2時間後」というポンポンピーピー予測はどうやらハズレのようである。

 むしろ、朝の4時、起きてすぐに食い物を腹に詰め込むという行為が、なにやら良くない方向に作用してしまって、お腹が止まっている気がする。

 なにごとも、やってみなければわからない。トイレ時間のコントロールに関しては、もう少し研究が必要なようだ。


 天気は曇り。景観は残念状態だ。

 あまりにも楽勝すぎて、ついムラムラと「このまま陣馬山に向かっちまうか」みたいな気分が湧き上がってくる。

 いかん。悪い病気だ。さすがに陣馬山はまずい。

 なにしろ、腰がこの先どうなるか、まだわからないのだ。

 もしかしたら、家に帰った後にまた歩けないほど痛み始めるかも知れない。それどころか、万が一にも山の真ん中で歩けなくなったりしたら、「高尾山でヘリコプターを呼んだゴリラ」とかいう屈辱的な称号を与えられかねない。

 ペース配分の練習も上々だったし、ポンポンピーピー予測もハズレたとは言え一定の結果を出すことが出来た。

 今日の目標は文句なく達成したのだから、おとなしく帰ろうじゃないか。

 すべては、来週に迫った富士山のため。そう自分に言い聞かせ、さっき登ってきた道をそのまま引き返す。

 そういえば、六号路を下るのは初めてだ。

 確か六号路は、土日祝日や混雑日には制限が設けられ、下山が禁止されると聞く。今日は平日だが……うん、混雑はしていない。というか、7時40分では人影もまばらと言った様子だ。よし、問題なさそうだ。


 しばし歩いて納得した。なるほど、六号路は下りのほうがずっと難易度が高くなるのか。登りのときにはほとんど気にならなかった狭い道やぬかるみがすべて「足を滑らせたら数メートル下の沢に真っ逆さま」という危険地帯になる。

 更に危険なのは、登山者とのすれ違いだ。ぬかるむ狭い道でのすれ違いは、かなり気を使う。それほど多くはないが、岩の足場や木の根で滑りやすい場所でのすれ違いもある。

 登山者の多い日にこの道が下山禁止になるのは、そうしないと事故が後を絶たないのだろう。

 ちなみに、歩き方とかと一緒に調べたのだが、登りと下りのすれ違いには、一応ルールがある。

 ルールは大きく分けてふたつ。


 ①登りと下りでは、登り優先。止まって通過を待つこと。

 ②通過を待つ間は、登山道の山側と谷側のうち、山側にて待機すること。


 おおむねこれが基本である。

 どちらも「万が一ずっこけた際に、他人を巻き込まないため」というのが最大の理由だ。

 ①に関しては、登りと下りのすれ違いでは、当たり前だが登ってくるほうが下に位置する。上から下りていく人がずっこけた場合、「落ちた先に人がいる」という状況になってしまうのだ。

 ②の待機位置にしても同じ理屈だ。移動中と待機中、ずっこけやすいのはもちろん移動中の人だ。待機中の人が谷側に陣取っていた場合、山側で人がずっこけたら、これまた「落ちた先に人がいる」という状況になってしまう。特にこの場合、その人を巻き込んで谷へと滑落しかねない。

 これらの事態を避けるために、登山者の間で暗黙のうちに決められたルールなのだそうだ。確かに合理的だ。


 もちろん、これは一般的な話で、例外もある。

 登り優先とは言うが、登りの人が疲労困憊していて、こちらを確認するや、その場で休憩を兼ねて待機を始める場合がある。こんな状態の人に無理やり先に行かせるのもまた危険だ。素直に先に通らせてもらおう。

 また、私はまだ経験していないが、人気のある山では登山道が渋滞することも珍しくないという。登りの人が次々にやってくるのをずっと待っていたら、いつまで経っても下りれない。こういった場所では登りと下り、少しずつ交互に通り抜けるものだそうだ。

 待機場所も、山側が軽い土砂崩れなどで荒れていて、安全に待機できない場面も珍しくはない。

 ①や②は、あくまでも「基本的には」という前提付きのルールで、実際には臨機応変な行動が求められるわけだ。


 こういった知識は勉強していたが、今回の六号路の下りで何度も実践することになった。

 しかし、いざ実践するとなると、なかなか難しいものである。

 コース取りに夢中になっている間に、いつの間にか谷側に陣取ってしまう場面が何度もあった。

 すれ違い登山者を前方に確認したら、どこですれ違うかの予測を立て、出来るだけ速やかに山側の安全地帯を確保するのがスマートなのだろう。

 まだまだ修行が必要である。


 琵琶滝まで戻ってきたら、なにやらさっきとは様子が違う。修行場の門が開いている。

 私がここに来るときは、今まではいつも朝一番だったので、門が閉まっているところしか見たことがなかったのだ。

 現在時刻は9時40分。この時間なら琵琶滝を近くで見れるらしい。

 うむ、やはり滝は良い。滝大好き。

 マイナスイオンを堪能して、さて戻るかと歩き始めると、そこらの岩肌に向かって熱心にカメラを向けているおじさんがいる。ちらりと物言いたげにこちらを見てくる。

「なに撮ってるのか聞いてくれ」というオーラがビシバシ飛んでくる。面白そうだ。ここは乗っておくか。「なにか珍しいものでもあるんですか?」

 すごい嬉しそうに「イワタバコがいっぱい咲いているんですよ。ほら、ここにも、あそこにも」なるほど、イワタバコか。イワタバコ……。

「あー、ああー、イワタバコですかー」とか相槌を打つものの、

 ……イワタバコってなに?

 見れば、岩肌の僅かな隙間から緑色の葉っぱが何枚か広がり、その真ん中から一本だけスラリと伸びた枝の先、鮮やかな紫色の星型が4つか5つばかり開いている。

 なるほど。花のことはさっぱりわからない無粋ゴリラだが、自己主張の強い緑色の葉っぱの真ん中で慎ましやかに咲いている星型は、確かに趣を感じさせる。

 帰ってからネットで調べたら、どうやらこの季節の山でしか見られないレアな花だそうだ。それが、そこかしこに群生していた。植物好きな人にはたまらない景色らしい。

 せっかくなので、便乗して写真を取りまくっておいた。


挿絵(By みてみん)


 更に下りていくと、岩屋大師のあたりで、やはり岩肌に写真を向けているおばちゃんがいた。見たら、イワタバコが一輪。

「イワタバコですか?」

「そうなんですよ。これが見たくって」

 なるほど、人気なようだ。

「イワタバコなら、琵琶滝の辺りに群生してましたよ」

 ついさっきまでその存在さえ知らなかったくせに、訳知り顔で通ぶってしまうお茶目なゴリラ。


 さて、高尾山口駅まで戻ってきたが……。幸いなことに腰に違和感はない。むしろ、芯の方にまだ残っていたほんの僅かな痛みが、いい感じにほぐれている気がする。

 お腹の方も、いまだ予兆なしである。考えてみれば、ひどい膨満感を抱えたまま、よくもまあ順調に行って帰ってこれたものだ。

 これもまたペース配分ができるようになった成長の証としておくか。

 このまま問題が起きなければ、次はいよいよ本番だ。

 ついに、かのマウンテンに挑むときがやってきたのだ。


 なお、家に帰ってもしばらくポンポンピーピー警報は発令されず、結局、午後4時くらいまで膨満感を抱え続けることになるのであった。

 二度と早朝に飯は食わん。


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