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BAR 夜明ヶ前 J  作者: 沼 正平
4/6

ジャズのソロピアノ

 いつものカウンターの一番奥の席、俺の専用ストゥールに腰掛けてマッカランをロックでやってると、ヒゲと茶髪の二人が勢いよく扉を開けて入ってきた。“夜明ヶ前”の扉は、ワザと音がするように建て付けてあるので、ちょっとびっくりしたような顔で入り口付近の席に着き、矢継ぎ早にキリンのハートランドをオーダーした。マスター的には“取り敢えずビール”は好まないのだが、この二人に関しては特別扱いになっている。

 前回、マスターからジャズボーカルの話を聞かされたヒゲと茶髪だが、今回はどうやら色々と聴き込んできたようで、恒例の“とりビー”そっちのけで話し始めた。

「マスターに勧められた小林桂の“ソフトリー”っての、聴いてみましたよ」

「おお、どうだったい」

 早速のジャズ話に、マスターも相好を崩して話に付き合う。俺も二人とマスターの話をつまみにして酒を楽しむとしよう。

「“スピークロウ”って曲があるじゃない、アレが気に入ってね。あのバックにストリングスが流れてるヤツ」

 茶髪がさも嬉しそうに話す。よっぽど気に入ったのだろう。

「あの歌で、他にどんなのがあるか探してたら、フォアフレッシュメン&ファイヴトロンボーンズってアルバムに入ってるのを見つけてね。コレが凄い良かった。コーラスもカッコいいし、最初のトロンボーンの音がたまらなく良かった」

「ほう」

 茶髪の熱っぽく語る評価を、マスターが感心したように聞いている。

 実際のところ、よくその作品に当たったと思う。超有名盤だけど、ボーカルやコーラスに興味がないと聞き逃してしまうようなタイプのアルバムだ。

「フォアフレッシュメンのアルバムは、トロンボーンのほかにトランペットやサックスとやったものもあるけど、圧倒的に内容が素晴らしいのがこの作品だよ。いいところに目を付けたな」

「そうなんだ。ほかにも一曲目の“エンジェル・アイズ”とかも良かったな。何しろ全曲2分とか3分とかだから聴いてて飽きないし、何度も聴いてると覚えちゃうよね」

 そんなに何度も聴くんだ。確かにコーラスとか好きそうだもんな。

「そしたら今度は演奏だけのものも聴いてみるといい。そうやって段々とジャズの窓口が広がっていけばしめたものだ。スピークロウの代表的な演奏なら、ウォルター・ビショップJrの同名アルバムや、ハンク・モブレーの“ペッキン・タイム”なんかがある」

「そうそう、それなんだけどさ」

 今度はヒゲが思い出したように話に加わる。

「いや、それって言うのは、ボーカル以外の演奏についてなんだけど。ピアノだけの演奏で、アドリブで弾いたりするのって、ジャズなのかな?」

 マスターはちょっと怪訝な顔つきになる。どうやらヒゲが何を聞きたいのか理解しあぐねているようだ。

「うーん、ピアノのアドリブが全部ジャズかと言われれば、それはもちろん違うだろうけど。ただ、ジャズピアノのカテゴリーの中にソロピアノってのも確かにあって、ジャズの本質にアドリブという要素があると考えれば、ピアノの即興演奏はジャズってことになるかな」

 今度はヒゲの方が首をひねる。マスターが何を言ったのか理解出来ないようだ。

「えっと…、ストリートピアノってのがあって、それを演奏して動画をアップしてるユーチューバーがいるんだけど…」

「ユーチューバーねぇ…」

 マスターの顔つきが強張る。苦手、というよりは嫌いな分野の話だ。

「俺のお気に入りのユーチューバーで“さなゑちゃん”って言うんだけど、JPOPとかのほかに、まるっきりアドリブで演奏してたりするんで、それもジャズなのかなぁと思って」

「まぁ、ジャズなのかも知れないけど、聴いたことがないから分からんな」

 取り付く島もないようなつっけんどんな物言いだが、ヒゲは全く動じない。

「えっとね、どれがいいかな。ちょっと待って」

 スマホを取り出してユーチューブを検索しているようだ。マスターもそれと察して店内のBGMを絞る。

「うん、これ聴いてもらおうか」

 一番奥の俺の席にはあまり聴こえてこないが、マスターの表情が明らかに緩んできているのは何となく分かる。

「うん、まぁ結構いいんじゃないか。でもこれをジャズというかと言われればどうかと思うし、そもそも本人もジャズのつもりで演奏してないだろう。実際、ソロピアノのカテゴライズは難しいんだよ。この演奏よりも更にジャズから外れているようなジャズピアニストによる演奏もあるしね」

「ふーん、そうなんですか」

 ヒゲはどうも腑に落ちないというような顔で呟き、ビールを飲む。

「ジャズのソロピアノに興味があったら、キース・ジャレットとかチック・コリアなんかがおススメかな。このへんならきっと聴き易いし、何となくジャズのソロピアノが分かったような気になるんじゃないかと思うぞ」

 そう言ってマスターは、音を絞ったCDをそのまま取り出し、違うディスクを探し始めた。棚から引き出したのはセロニアス・モンクの“ヒム・セルフ”だ。

「間違ってもこういうのから聴き始めたらダメだぞ」

 モンクの、あの独特の間をもった演奏が流れる。二人は目を白黒させて聴いている。

「あの……、コレって下手くそなの?」

 俺も店の隅でちょっと笑ってしまった。

「さっきのユーチューバーの演奏と比べると、下手くそに聞こえるかもな。この人はセロニアス・モンクと言って、“バップの高僧”と言われたジャイアンツだ。バド・パウエルと並んで、ジャズピアノはまずこの人たち、みたいに言う人もいるけど、だからっていきなりこんなの聴いても、何だか分からないよな」

「分からないけど、偉い人なんだね」

 何でもネットから入るような時代には、やっぱりユーチューブとか、時代に合ったメディアでないとなかなか受け入れ難いのかな。

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