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BAR 夜明ヶ前 J  作者: 沼 正平
2/6

ヴォーカルから入る変則ジャズ入門

 今夜の夜明ヶ前では、ヒゲと茶髪にジャズ・ビギナー向けの解説を乞われたマスターが、二人を相手に何やら話し始めたが、どうやら俺も参加しないといけないような状況のようだ。

「きっかけの方は大体分かった。この店で聴いてただ何となく、って感じで動機としてはあまり強くない、軽い感じのノリだね。そうなると、興味を持ち易いところから始めるのが一番かな。普通はジャズ・ジャイアンツの定番・名盤・問題作、なんていうのから始めるんだろうけど、君らは歌が好きだから思い切ってヴォーカルから始めるのもいい」

 そう言いながらレコードの棚から取り出したのはパシフィックの“チェット・ベイカー・シングス”だ。これもジャズ・リスナーなら誰もが知る超定番だな。

 一曲目の“ザット・オールド・フィーリング”が流れると、茶髪がきょとんとした顔つきになる。

「あれ、ジャズ・ヴォーカルって言うから、ハスキーなしわがれた声なのかと思った」

 ああ、サッチモのイメージなんだな。

「サラ・ヴォーンとかルイ・アームストロングとかの黒人歌手なんかはそうかもな。この人の歌い方は全然違うだろう」

「はじめ女の人が歌ってるのかと思ったけど、ジャケット見ると男なんですね」

 確かにチェットの歌声は中性的で、女声ヴォーカルと勘違いする人はいるかも知れない。

「この人は本来トランペッターで、ジェリー・マリガンっていう人のカルテットに参加して人気が出たんだけど、その後に吹き込んだこのヴォーカル作品が大ヒットして、結局トランペッターでありながらこのアルバムが彼の代表作になってしまったんだ。彼は1988年にオランダでホテルの窓からの転落死という不幸な亡くなり方をしたんだけど、今でも彼の作品と言えば必ず一番にあげられる定番作品だよ」

 何をやってもこの作品のイメージで語られてしまう。きっとトラウマの多い人生だったんだろう。

「まぁ今回はジャズの取っ掛かりってことだから、細かい話はまたいつか、ってことにしよう。ヴォーカルから聴き始めるメリットっていうのは、実は結構たくさんある。特に君らみたいに若くて、ほとんどジャスに馴染みが無くて、でも歌は色々聴いて知っている、なんていう人には特にね」

「そうなんですか。なんか歌とか無いのが普通のジャズなのかと思ってたから、こういうのから入ろうなんて全然思って無かったですよ」

 俺もほとんどヴォーカルモノは聴かないな。ピアノ・トリオと、後は定番作品ばっかり。

「このアルバムなんかだと、収録曲のほとんどは映画音楽やミュージカルの曲なんだ」

「あ、それ俺たちの一番得意な分野かもしれない」

「そうだろう、実はジャズのスタンダード・ナンバーなんて言われている曲の中には映画やミュージカルの曲なんかをジャズにアレンジして演奏しているものが結構あるんだ。ただ演奏の中には原曲が分からなくなるようなアレンジもあるから、まずオリジナルに近い歌モノを聴くことでテーマを覚えるっていう聴き方が出来る。更に、こういう歌モノは流行りのJ-POPなんていうのと一緒で、大体一曲5分以内、むしろ短めの方が多い。アルバム一枚買えば10曲から20曲くらいのテーマに馴染むことが出来る。構成も、普通に一番の歌詞を歌ったら間奏があって二番、って感じで分かり易い。歌の無い演奏だけのものだと、テーマから各パートのアドリブ・ソロが続いたりして、一曲が10分とかになったりもするから、そういうのは初心者には難解だろうし、アルバム一枚に3曲、4曲しか収録されていないなんていうのもとっつきにくいだろうな」

 コルトレーンの至上の愛とかアフリカとか、名盤だけどビギナーには向かないよね。

「一曲で10分とか、ちょっと集中力続きそうもないし、そういうのがジャズなんだと思って聴いたら、すぐに飽きて聴かなくなっちゃうかも知れないすね」

 そうだろうね、動機が弱いだけにね。

「ヴォーカル・アルバムの場合、伴奏も簡素だし、楽器の音の聞き分けや、そもそも音に馴染むにも適していると思うんだよ。ピアノやギターなんていう楽器は分かり易いだろうけど、アルト・サックスとテナー・サックスの違いが分からない、なんていう人もいるだろう。ヴォーカル作品にアルトとテナー両方とかあまりないだろうから、そこでその楽器の音に馴染む、ってことも出来ると思う。中にはトランペットとトロンボーンの違いが分からない、なんていう楽器音痴な人もいるだろうけど、それぞれ個々に聴けば覚えられるんじゃないのかな」

 さすがにその辺は俺には問題ないけど、確かにヴォーカルってビギナー向けかも知れないな。

「この人のアルバムで言えば、トランペットの音に馴染む、ってことですね」

「うん、そうそう。さっき流れてた“マイ・アイデアル”ではトランペットに“ミュート”を掛けてたんだけど、気付いたかね」

 二人はお互いに顔を見合わせる。どうやらそこまで意識していなかったようだ。

「ミュートは知ってるよな。“弱音器”ってやつだ。このトランペットのミュート演奏で圧倒的に有名なのがマイルス・デイヴィスで、その演奏は“卵の殻の上を歩いてるような”と形容されたんだが、この人の場合は更にマイクを使ってワウ・ペダルで音を変化させたりと、トランペット一つとっても、様々な表現が出来るんだよ。そういう楽器の音に馴染むにしても、ヴォーカルは初心者には打って付けだよ」

 ジャズを聴き始めるのにヴォーカルから、って結構ムリがあるような気がしたけど、意外に馴染み易いのかも知れない。確かに一曲が短いし、この二人に限らずに若い人には入りやすそうだ。


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