問4
「何……?」
絶体絶命のはずの僕の表情もまた、笑顔だった。
「ずっと、この時を待っていたのさ」
「ハッ、強がりはよせよ。この状況でお前が勝てる道理なんてない」
「それはどうかな……あれを見てみなよ」
僕は地面に刺さった、「光陰矢の如し」という文字で構成された矢と、その先端に貫かれている「1922年」を指差し、そしてパチンと指を鳴らした。
「あれがどうしたと……何だ?」
<殺人関数>は、僕が指を鳴らすのと同時に光り始めた「光陰矢の如し」を見つめる。すると――
「文字が変わって、“Time flies”になったな……英訳されたということか。だがそれが――」
そこで彼は何かに気付いたようにこちらを振り向いた。僕はそんな彼に不敵な笑みで答えてやる。
「やっと気が付いたみたいだね。そう、『光陰矢の如し』のを英語で言うと、“Time flies”……その意味は――」
「時間は、飛ぶように過ぎる……」
彼が呟いたちょうどその時、地面の「1922年」がその様を変え……「1923年」になった。
「もし英語で“Time flies”と言っていれば、timeという単語から僕の意図が分かったかもしれない。しかし君は『光陰矢の如し』という字面にばかり注目し、その意味を考えていなかった。その瞬間から、僕の勝利は決まっていたのさ」
この戦いは、始まってからまだほんの数分しか経っていない。だけど、「光陰矢の如し」をその身に受けた「1922年」は飛ぶように時間を経て、1年が経って「1923年」となった。
そして、1923年といえば――
「な、何だ!? 地面が揺れて……くっ、うわっ!」
――関東大震災。
<受験界>に大きな地震が起こる。その揺れに耐えられず、<殺人関数>は派手に尻もちもついた。
「いってぇ……だが、地震ごときでこのオレサマを止められると思うな!」
「地震を舐めちゃいけないよ」
彼が立ち上がれずにいる間に、震災は次の段階に入っていた。
「な、何だ、この赤い光は……まさか!」
「そう、ここからが地震の怖いところ……火災、さ」
僕たちの周りから火が現れる。更に、どこからともなく瓦礫の山が降りかかってきた。僕も<殺人関数>もそれらを被るが――
「くそ、積分したせいで頑丈になったお前は、何ともないのか……!」
そう、僕は火や降り注ぐ瓦礫にも何らダメージを感じない。彼のインテグラルソードの影響だ。つまり、彼は自分で自分の首を締めたことになる。
「この勝負……僕の勝ちだ!」
「ちくしょおーーっ!」
ガラガラ、ガスン。
<殺人関数>は瓦礫に飲み込まれ、もうその姿は見えなくなった。もう身動きはできないだろうから、彼が火に焼かれるのも時間の問題。
『やめっ』
どこかから試験官の声が響く。そして一瞬、目の前が暗転する。次に視界が明るくなった時、そこは既に現実世界だった。
「まさか、このオレサマがシブンごときに負けるとはな……」
<殺人関数>が話しかけてきた。僕は彼に手を差し出し、勝負後の握手をする。
「君の敗因は、得意な数学ばかりに頼っていたことだ。僕みたいに、日本史、国語、英語と、幅広く勉強しなくちゃだめだよ」
「そうだな……受験の常識だ」
おしまい




