問1
『はじめっ』
試験官の声で、僕たちは異世界へと飛ばされた。
ここは通称<受験界>。受験生たちの身に付けた学力が具現化する空間だ。周りには何もなく、始まったばかりの解答用紙のようにただ真っ白な景色が続いている。
「よお、シブン。オレサマの相手はお前か。とんだ役不足だな」
声をかけられて振り向く。そこには、眼鏡の奥でこちらを見下すような瞳をギラつかせる青年の姿があった。
「<殺人関数>……」
思わず、彼の二つ名を呟く。
彼は理系の学生で、特に数学を得意とする。その偏差値は60代後半と言われており、50をやっとこさ越える僕の実力とは、雲泥の差がある。
「シブンごときが理系のオレサマに勝てるわけねぇんだからよ、痛い思いしないうちに、降参しとけよ」
シブンとは僕の名前ではなく、僕の志望する進路――私立文系のことだ。シブンは国語・英語・社会の3科目だけ勉強すればよいため、理科や数学も合わせて幅広く勉強しなければならない国公立志望の生徒、特に理系学生から蔑まれているのだ。
だけど……やる前から気持ちで負けちゃいけない。それもまた、受験の世界では常識だ。
「威勢のいいこと言ってられるのも今のうちだよ、<殺人関数>!」
僕は頭の中で作戦を組み立て、構えをとる。そして叫び声と共に、両手を彼の方へと振り切った。
「いけっ、『1922年、全国水平社創立』!」
僕の手から、青白い光を纏った「1922年 全国水平社創立」の文字が<殺人関数>のもとへ一直線に飛んでいく。彼はそれに全く怯まず、サッと右手を挙げた。
「『二次方程式の解の公式』……x=ッ!」
<殺人関数>がそう叫ぶと、彼の目の前にxの文字と2本の棒――すなわち、=が現れる。そして横棒の間から、-b±√b^2-4ac/2a という文字列が飛び出した。
「ッ!」
迫り来る文字、数字、符号、記号……それらは僕の「1922年 全国水平社創立」と衝突し――勢いを殺された「全国水平社創立」は、跡形もなく消え去る。そして「1922年」の部分は、彼の足下付近の地面にひらりと落ち……いや、着陸した。
「流石だね、<殺人関数>。解の公式ですら、こんな威力だなんて」
「全国水平社は、被差別部落解放のための組織……おおかた、オレサマとお前の偏差値を水平、均一にするための技だったんだろうが……こんなの、まだ全然本気じゃないぜ?」
二次方程式の解の公式は中学で習うということもあり、文系ですら簡単に扱える、威力の低い公式だ。そのため学生たちは手数の多いジャブとして用いることが多い。
しかし……近代史に強い僕の全国水平社を相殺するとは……気を引き締めていかないと、殺られる。
その時、彼はポケットからピンポン玉ほどの黒い何か――あれは、点?――を取り出した。
そして――こちらを睨み付け、決め台詞のようにいい放った。
「さあ――お前を微分してやるよ」
そうか、あの点は……!
バッ――彼は手に持った点を手裏剣の如く投げつける。僕はすぐさまそれに反応して攻撃を繰り出す。
「『光陰矢の如し』!」