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明治巡逢帖  作者:
第一章 幻影ノ娘
4/8

 ◆◆◆


「うわぁ」

 路面電車の窓からの見慣れない景色に茅帆は歓声を上げた。

 車内の客は五人。着物を着ている女性が二人と男性が二人、男性は杖の代わりに蝙蝠傘を持ち、頭には帽子を被っている。洋装は金田だけだ。

 金田は黒光りする(ステッキ)を手にして、もう季節は春だと言うのにかっちりとコートを着込んでいる。頭にはやはり帽子、天辺が丸くころりとした帽子だ。

 電車が空いていて良かった。安堵したのは金田も一緒だろう。

 立っている金田と間を開けて茅帆は腰掛けた。霊体と云えど流石に誰かに重なって椅子に腰掛けたり、混み合った中に半分他人と馴染みながら立っていたくはない。

 窓外を向いて歓声を上げてもやはり霊体。眉を顰めるのは金田位だった。擦れ違いざまに見つけた美しい建物を見て、思わず椅子に膝を付き外を指差したのも数回ほど。

「金田さん金田さん、あの建物はなんですか?」そう聞いても返事は無い。聞こえない振りをした金田はつらりと横を向いている。

(答えてくれないし)

 茅帆は眉を軽く上げ肩を竦めると身を返し、電車の椅子に腰掛けた。ぎしりと鳴る椅子は布張りといえどスプリングは期待できないが霊体には余り負担はない___筈なのに、気分の問題かなんとなく尻が痛い。


 洋品店と書かれた看板が行き過ぎ、金物店や書店が並ぶ。

 見慣れない逆読み。商店街や繁華街には英字の看板は見当たらなく建物は高くても四階、ほぼ二階だ。

 景色を見て実感する。ここは明治の世なのだ。

 一番近くにあった新富町という停留所から街鉄に乗り、既に結構な時間が経っている。

 金田の胸ポケットには茅帆の本体とも言える古地図の本。それによって茅帆は明石町のあの屋敷から出てくることが出来た。

(女嫌いでの奇行は別として、随分と冷静よね。金田さんって)

 時を渡る、まさかそんな事が実際に起きる筈も無い。

 茅帆が霊体である事もファンタジーだ。が、金田の中では自分の脳味噌を疑わない程度には納得が出来ているらしい。普通は時を渡った霊体ですなど流石に受容れ難いのではないか。まず目と脳味噌を疑う。

 路面電車の停留所に向け屋敷を出た時も金田は何も説明をしなかった。そして「百聞は一見に如かずだ、君」とあっさり連れ出されてしまった。物珍しさで騒いでいる時間が過ぎると、さて今はどこへと向かっているのか気になってしまう。

 金田の胸元に収まっている古地図があればせめてわかったものを。

「……何も答えてくれないならせめてどこで降りるか位は知りたいです」

 お断りだと言いたげな視線がこちらへと向けられた。「大人しくしていますから」懇願するとばかりに一応は頭を下げて見せる。

 軽く咳払いをした後で金田は周囲を見渡した。

 女学生らしい着物姿の女性はつい先程まで買い物をしていたらしく銀座での戦利品の話に夢中だ。一方、他人であった筈の男性二人はというと新富座の新興行の話で盛り上がり、こちらを気にしてる様子は無かった。

 金田が宙を見て独り言を吐いても気にしたりはしないだろう。それでもやはり気になるのか肩に頬を当て軽く咳払いをしながら「……君に云った所で理解出来るとは思えないがね」と嘆息した。

「__まあ善い。本郷の友人宅で少し君に確認して貰いたい物が在るのだ。君に協力するかは其れを見てからにさせて貰うよ。其れで停留所は…然うだな。本郷……だ」

 小声で言った上に、耳を傾けようとした茅帆から金田が離れるものだから語尾が上手く聞き取れない。

 どうも現代の乗り物に慣れた茅帆には振動と機械音が耳にうるさい。身を乗り出すと「寄るな」と言われた。

 金田は立ったまま大袈裟な程に仰け反っている。

「だって声が小さすぎるんですもん」「君は僕に精神異常者に成れと云うのかね。君は僕以外には見えて居ないのだよ。……()(かく)余り寄らないで呉れ」

 余程腹に据えかねたのだろう。金田は胸元から本を取り出し放り投げる仕草をしたので、茅帆は諦めて周囲を見回した。


「私、ですから御父様に云ったのよ。次はブロウチと首巻きが欲しいわって」

「まあ、素敵。私も次は靴が欲しいと思って居ますの。でも彩子さんはもう御結婚が決まって居らっしゃるから羨ましいわ。然うよ、旦那様に成る殿方に買って貰えば宜しいのでは無くて」

「其れと此れとは別よ。でも()の方、善い方なのですけれども少し真面目過ぎるのよねえ」


(真面目過ぎてもダメだけど悪い男も素行が心配ってところよね)

 どこの時代も悩みは変わらないらしい。茅帆は思わずくつくつと笑った。金田が一瞬怪訝な表情を向けて来たが敢えて気付かない振りをする。

 誰にも見えていないのをいい事に、暇を余して足を座席から伸ばし足のつま先を揺らした。歌でもと思ったが、どうも歌詞を思い出せなかったので鼻歌に留める。最後に彼の車で聞いていた曲で少し胸が痛むけれど敢えて考えないように努めた。

 電車の向かい合う座席向こうの窓から見える空は薄青い。数日続けて天気が良かったのか乾いた道からは土煙が上がっている。たまに見える木々は緑多く既に桜の時期は過ぎ去り葉桜になってしまったらしい。


 止まった電車から一人の女学生が降り、三人が乗って来た。

 洋装では無く今回もまた和装で、手には風呂敷包みを持っている。

 窓下を覗き込めば人力車が走っていた。乗客は洋装の紳士だ。成る程上流階級は人力車や馬車、それにあまり流通していない車を利用しているらしい。

「金田さんは馬車とか使わないんですか?」

 金田は次はそっちか、と言わんばかりの視線を向けて来た。客も増えたし察しろとでも言いそうな空気である。だが敢えて空気を読まずに言葉を継いだ。

「あのお家を見たらお金持ちそうですし。女性恐怖症なのにこんな狭い所で一緒とか急ブレーキでもしぶつかったとしたら奇声上げちゃってそれこそ白い目で見られそうな___」

「此れから行く友人が然う云う大袈裟なのを好まないのだ」無視されると思いきや素直に返事があった。

「へえ……」茅帆はだらしなく伸ばした足を戻す。人の話を聞く時はきちんとする様に、親の教えだ。今更だが返事をしてくれたからには機嫌を損ねさせたくはない。

「其れに本郷の道は狭く坂が多い。途中迄は街鉄を利用して、後は彼の細君に土産でも見繕い乍ら徒歩で向かう様にして居る」

 そこまで言うと金田は顔を窓外へと背けてしまった。これではなしは終わりと言わんばかりに。

 しかし意外や意外、友人夫婦の話をしている時は苦虫を潰した様な表情では無く、穏やかで実に幸せそうな顔をしている。

(余程大切な友達なんだろうな)

 茶々を入れる気にもなれず茅帆は頷き「了解しました」と返事するに留めた。横から疑いの眼を向けられても知らぬ振りを装った。


 大切な友人、大切な人。ここまで穏やかな表情を浮かべて追想出来る存在を茅帆は今まで生きていた世界で築けていただろうか。大切な自分の気持ちすらどこかに置き忘れて、今もはっきりと明確な答えは無いというのに。

 もし現代に戻ったとして何か変わるのだろうか。茅帆は今、明治の風を吸い込んで何となく生まれ変わった気持ちになっている。

(でもまたあの暗い公園に戻されたなら……あの元の関係へと雁字搦めになってしまう様な気がする)

 変わらなくてはいけない。何かを見つけなくてはいけない。気だけが焦る。


 考え込んでいる間、金田は話しかけて来ようとはしなかった。

 女性が苦手な彼が自主的に茅帆に話し掛けるとは思えないが、それでもお互いに黙っていても気にならないのは助かった。気を使い敢えて話をする様な相手だったならば茅帆も共に気を遣い疲れてしまっていただろうから。

 変わることが出来るだろうか。

 それともこのままここに_____


「本郷三丁目だ、此処で降りる」

 金田の声で茅帆は顔を上げた。

 考え事から金田の声が現実に引き戻してくれた、が意図せずして大きく響いた声が一瞬静かになっていた電車内に響いた所為で客の目を集めた金田は物言いたげな視線をこちらに寄越す。

「……私のせいではないですよ」茅帆は苦笑混じりに言った。

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