8:私の選択
本編終了後1年くらい。
今回はやまやま様からお子様お借りしています。「無黒語」と少しだけリンクありますが、本編だけの方でも内容はわかると思います。
「今回は別戦力を呼んでの合同作戦だ」
「え?」
疾のお手伝いにも大分慣れた私だったけど、初めて言われた言葉に思わず目を丸くした。
「魔法士協会に喧嘩売るのに協力してくれる人なんて、ノワの他にもいたの?」
世界をまたいで大きな戦力を持ってる協会に喧嘩を売る疾は、ずっと無謀な人って言われてたはず。そんな疾をお手伝い出来る人なんて、戦う力とか性格とか、ノワ以外にいるとは思わなかった。
「言いたいことは顔に書いてやがるが」
と私の頬を引っ張りながら、疾は人の悪い顔で笑う。
「今や魔法士協会も一枚岩じゃねえし、前ほど不可侵の組織でもねえよ。離脱者がバラバラ出続け、残ってるのはよほどイカれた連中か、後戻りできない連中ばっかりだ。しかも研究職がやたら残ってるもんだから、横から利益を掠め取ろうって魔術組織も少なくねえよ」
「引っ張らないでよー」
手を振り払うと、疾はあっさりと手を離した。魔法士協会がそんな状態になってる元凶である本人は、楽しそうに続けた。
「ま、あんなクズ組織から利益を取ろうって連中は、結局同じ穴の貉ってことも多いがな。そいつらを潰すのまでは手が回らねえから外注してた連中だ」
「ふーん」
魔術の評価がすっごく厳しい疾がお任せするってことは、とっても優秀で普通じゃないんだろうなって頷いた私に、疾は一言付け加えてきた。
「ちなみに、チビも前に会ってるぞ」
「え?」
思わぬ一言に瞬いたが、疾は「行くぞ」とだけ言って背を向けた。説明は後みたい。
ノワみたいに肩をすくめて、私は疾の後を追った。
「おー、フージュ。久しぶりじゃね?」
「……?」
私を見るなり笑顔でそう声をかけてきたのは、目つきの悪い男の人。目を横切るように火傷と刀の傷が合わさったみたいな傷跡があって、サングラスで隠してるつもりみたい。なんか余計に目立つけどなあ。
と、そこまで考えて思い出した。そっか、確かに会ったことある人だ。
「お久しぶりです、みょーこーおじさん! しらつゆちゃんも来てるんですか?」
「……」
「ぶっ!?」
「ふはっ」
元気よく挨拶を返したら、妙高おじさん──昔ノワに連れられて初めてお仕事をしたときに会ったその人は、笑顔のまま固まった。疾が楽しそうに笑ったのに被さって聞こえた、吹き出すような声に、首を伸ばして覗き込む。
歳は多分私と同じくらい。黒髪黒目だけど、ノワみたいに闇属性って感じじゃないから、ノワが管理してた世界の日本人かな。身長はノワや疾と比べたら小さめだけど、結構ガッチリしてるみたい。魔力は……うーん、下級魔法士にはなれそうかな?
震えながら一生懸命笑うのを堪えてるけど、疾がとっくにお腹を抱えて笑ってるんだし我慢しなくてもいいんじゃないかなーって思ってたら、妙高おじさんがその子に拳骨を落とした。音がすっごく痛そう。
「いってえ!?」
「いっそ笑え、腹立たしい!」
「理不尽だ!? そもそも何遊んでんですか自業自得でしょ!?」
「やかましい!」
楽しそうにやり取りをしてから、妙高おじさんが振り返った。やたらとにこやかに私を見下ろす。
「あのな、フージュ。魔術師の名前のルールは知ってるな?」
「名字か名前を名乗るってやつ?」
「そうだ、よく勉強してるな」
「えっへん」
褒められたので少し胸を張ってみせた。ノワも厳しかったけど疾はそれに輪をかけて厳しいから、勉強をサボると途端にお手伝いさせてもらえなくなる。だから、座学も結構頑張ってるんだよね。
「基礎の基礎だろ、威張ることかよ」
「そこのクソガキは褒めて伸ばすを少し覚えてやれや。……でな、フージュ。俺の名前は名字でも名前でも同じ結果になるくらい有名でな」
「ふーん」
これも確か、疾に聞いた。通り名ってやつだ。
「それが妙高さんなの?」
「いやちが……あれ、これはこれで通じるから違うわけでもねえんか」
「やっぱり自業自得じゃ、いってっ」
男の子にデコピンをしてから、妙高おじさんは続ける。
「……とりあえず、俺の名前は瀧宮羽黒で覚えてくれや。妹も白羽、な」
「ふーん……じゃあ、羽黒おじさんと白羽ちゃんだね」
「ぶはっ!」
男の子が崩れ落ちた。どこに沸点があるんだろうなあと思ってたら、頭を上から押さえられた。
「おじさんはいらん。いいなフージュ、無闇に人をおじさんおばさん呼ばわりするなよ。それは地雷だ」
「おじさんはおじさんじゃないの?」
「い・い・か?」
「えー……はぁい」
思うところはあったけど、とりあえず頷いておいた。
やりとりにずーっと笑ってた疾は、話の一段落ですぐに笑いやんだ。
「で、瀧宮羽黒。そいつは何だ」
「俺が呼んだ助っ人」
「勝手に不明戦力を呼ぶんじゃねえ」
「ボケかガチか判断に悩むだろうが、クソガキが」
羽黒さんが何だかおでこに青筋を立ててるけど、もちろん無視した疾が視線を男の子に向けた。男の子は背筋を伸ばす。
「……穂波です。羽黒さんの手伝いで傭兵の真似事をしています。まだ学生なので、長期休暇がメインですけど」
「戦闘スタイルは?」
「狙撃です」
「レンジは?」
「中距離から超長距離まで扱えます、索敵距離はキロはいけます」
疾が目を細めた。視線が羽黒さんに向くと、羽黒さんが人の悪そうな笑顔を浮かべた。
「使えるだろ?」
「欠点があるなら先に挙げとけ」
羽黒が……何だっけ、男の子に視線を向ける。
「欠点なあ……接近戦は苦手だよな」
「そりゃあまあ。銃使いに何を期待してるんですか、火炎放射器のレンジが最短です」
火炎放射器って銃の扱いなんだ、知らなかったなーと思って見てると、男の子がさらに続けた。
「あとは、遠距離の狙撃中は自分の周囲の索敵が弱いです」
「狙撃中無防備じゃねえか。結界の類は張れるのか」
「いえ……魔道具も体質的に扱えないので、いつもは羽黒さんに事前に発動してもらった魔道具の効果範囲内で」
それを聞いた疾が、眉を寄せる。
「おい最悪」
「何だ災厄」
「今回の作戦で人材育成だの足手纏いの介護だのやってる暇を与える予定はねえぞ」
遠慮なしの疾の評価に、男の子の頬がちょっとひきつる。けどそれ以上の反応は見せなかったから、魔術師によくあるプライドの高いタイプとはちょっと違うみたい。
羽黒さんは軽薄に笑って答えた。
「いやいや、嬢ちゃんいるってわかってたから連れてきたんよ。相性いいだろ?」
「……チビ一人で十分だと思うが、まあ良い。制圧時間が短縮できたらその分さらにこき使うぞ」
「どうぞ、そいつタフさなら結構なもんだぜ」
ニヤニヤ笑う羽黒さんにため息をついて、疾は私に視線を向けた。
「つーわけで、チビはそいつのフォローな。前線を長距離ライフルで引っ掻き回してから、転移で戦場につっこめ。射手潰すのはあっちも基本中の基本だが、チビの判断で防げ。戦場の移動は順に奥に進んでいけばいい」
「今日は自由度高いね?」
「完全に別行動だからな、適宜指示を出せるか分からん。チビもそろそろフォローの手数を増やせ」
「はーい」
「そっちもいいな」
「えっと……、要は僕が後衛でその子が前衛ってことですよね。分かりました」
男の子が戸惑いながらも頷いた。やり取りを見ていた羽黒さんがニヤニヤと疾に絡む。
「クソガキこそ、人材育成に熱心じゃねえかよ」
「そういう契約だ、織り込み済みで作戦組んでるんだよ脳筋が。それに、このチビに具体的な指示を出さねえとどうなるか、あんたに言うまでもないだろ」
面倒くさそうにそう言って、疾は羽黒さんに大きめの袋を投げ渡した。あ、ノワが上げた魔導具だ。
「あんたはチビ達の襲撃に合わせて裏口から潜入。研究室記録室に順次それを仕掛けろ。出てくる雑魚は全部倒していい」
「また物騒なもんを湯水のように使うじゃねえかよ」
「あいつ最近、それこそ湯水のように魔導具量産してるぞ。よっぽど暇らしい」
「死の商人でも目指してるんかあの馬鹿弟子」
呆れ顔の羽黒さんが何だか失礼なことを言っている。私は頬を少し膨らませた。
「ノワはそんなんじゃないもん」
「テロリストに殺傷性のある魔道具を横流ししてる時点で似たようなもんだろ」
「そんなんじゃないもん! ノワだってちゃんと考えてるもん!」
ドゥルジとの一件まで、ノワが疾に魔道具を渡すのは依頼の対価としてだった。けど今は、魔石が余るとか実証実験とか色々言いながら、疾に魔石も魔道具もちょこちょこ渡してる。
自分も逃げてるのにそんなことをしている理由は、単純だ。ノワにとっても、魔法士協会は敵だから。
疾の獲物だから横取りして自分で攻撃することはしないけど、積極的に協力しちゃうくらいには、今のノワは協会を、というより総帥を敵視している。私も最初は抵抗があったけど、色々と見てきた今はそうでもない。ちゃんと、魔法士協会も総帥も、敵だと思えてる。
そんな諸々をはっきり口にしちゃいたいけど、ノワにとって大事なことだから勝手には言えない。もどかしさに地団駄を踏む私を見て、羽黒さんは面白そうに笑うばかりだ。
「刷り込みされた雛が立派に育ってんなあ」
「一番の問題は、当事者達に自覚が皆無なことだろうな」
「……マジで? これで分かってねえの?」
「あいつ魔法以外は結構な阿呆だろ」
事情を知ってるはずの疾さえそんなことを言って、思わず睨んだ。それを鼻で笑った疾は、視線を羽黒さんに戻す。
「地下は放っておいていい。上を崩せば勝手に出てきて暴れだす」
「なんつー事しでかす気でいるんだこのクソガキ……」
「魔物で研究しようって連中のリスク管理の杜撰さを楽しく鑑賞する、良い機会だろ」
にいっと笑った疾に、男の子が顔を引き攣らせる。気づいてるとは思うけど、疾は構わず歌うように続けた。
「ここは協会の所謂補給線だ。魔物を魔道具魔法具へ加工しては売り払って資金稼ぎつつ、魔石や研究材料や武器を各施設に提供してる。が、ここ最近は協会が予算配分をケチってるせいで、どうも運営がお粗末になりつつあってな。この場合に真っ先に削られるのは安全管理だ、せいぜいみっともなく踊ってもらう」
「予算削られてる理由とかってあんのか、連中がなにかやらかしたとか」
「今や協会じゃ無実でも難癖つけて罰されるのが流行だから実態は謎だが、基本ここは協会に忠実な連中を集めたお膝もとだ。単純に協会の資金繰りが揺らいでるんだろ。安く手に入る人工魔石もなくなったことだしな」
「つまり全部てめーの裏工作の結果ってことか。おっかねーな」
「非倫理的で脆弱な組織運営してる阿呆共の自業自得だろ」
楽しそうな羽黒さん相手に笑顔で毒を吐く疾をみて、男の子がジリジリと二人から距離を取って私の方にやってくる。こそこそとささやき声で聴いてきた。
「あの人、羽黒さんと同じくらいヤバい人か……?」
「うーん?」
羽黒さんがどのくらいヤバい人なのかがあんまり分かんないので、首を傾げる。でも、なんだかんだ言いながらも楽しそうだし、仲良しなのかな。
「そうだ、おいそこの」
と、疾が楽しいことを思いついた顔で振り返った。
「えっ、はい」
「連絡手段は渡す。合図したら指定地域に出せるだけの火力ブチかませ。柱の3本も折れば正面玄関は潰れるだろ」
「はぁっ!?」
「下手にワラワラ逃げ出すと残党狩りが面倒だしなあ」
にいっと毒のある笑顔で笑う疾に、男の子がほおを引き攣らせた。私が横で手を上げる。
「私も?」
「チビは今回は前衛に徹しろ。無駄な魔法は撃つんじゃねえ」
「はーい」
***
「あの人、羽黒さん並みにヤバい人だな」
ホナミが――あの後、もう一回名前教えてもらった――、ビルの最上階に侵入したあと、ライフルのスコープを覗きながらそう言った。
「羽黒さんがどのくらいヤバい人なのか、良く分かんない」
「あー、そりゃそうだ。あれ、でも知り合いなんじゃ?」
「そうだけどー……騙されて味方でもないのにうっかり利用されちゃって、後で怒られたことくらいしかよく覚えてないや」
「いやそれ十分ヤバいだろ、何してんだあの人」
「え、でも、騙された方が悪いんでしょ?」
「…………」
ホナミが黙り込んじゃった。ノワにも疾にも同じ理由で怒られたから、間違ったこと言ってないと思うけどな。
「……君、えっとフージュだっけ。フージュはずっと彼のお手伝いを?」
「フウでいいよ。今のお手伝いは、まだ初めて1年経ってないよ」
「それまでは?」
「別のお仕事してたよ」
ノワのこと知ってるかわからなくて、ちょっとぼかして言う。こういうぼかしかたも、疾に教わって実践中だ。
「そっか……じゃあ仕事の経験は僕より長いんだな。妖なら狩ってたけど」
「妖って、日本の魔物だっけ。私も魔物はたくさん祓ってきたよ?」
「人間相手だけじゃないんだ……」
「むしろ魔物の方が多かったー」
ノワが魔物大嫌いだから積極的に依頼を受けていたし、私も人間は殺さないよう言われてたから、気持ちよく切り刻める魔物の依頼の方が好きだった。でも、こういう話もむやみにするな、場所を選べと教えられた。
「でも、どうして?」
「いや、深い意味はないんだけど……修羅場に慣れてるみたいだったから、殺伐としてたのかなって」
「そうかなあ?」
ミアやヴィルと遊んでた時とか、すごく楽しかったけどなあ。なんて思いながら、私はホナミを守るための結界はどんなのがいいか、ちょっと考えた。
ホナミが攻撃するから、魔法は中から外は通して、外から中は通さない。でも空気は通さなきゃ。あとは、攻撃を何回か受けたら私がわかるようにしておけば、すぐに戻れるかな。一応合図用の魔道具あるけど。
「ねえホナミ、連絡を取り合う時の合図決めちゃおっか? ホナミが襲われた時にヘルプの合図をもらうのと、柱を壊すための攻撃をする時の合図は必要だよね」
「そうだな」
手早く合図を決めてから、私はホナミに一応結界の内容を説明してから魔法を使った。強度もしっかり上げて準備完了。
「おお、すげえ……」
「えへへー」
つい零れた感想って感じで褒められて、思わず胸を張る。疾にもノワにも結界と障壁の強度は褒められたことあるもんね。
魔法も無事完成したので、私は準備運動に入った。もう耳と目は身体強化入れておいてるんだけど、チラッとホナミの端末が見えちゃったので一旦目はやめた。狐の耳と尻尾が生えた可愛い女の子がアップで写ってた。あれ誰なんだろ?
「ねー、ホナミ」
「うん?」
ホナミも着々と準備出来てるみたいで、会話に応じてくれる。
「ホナミ、好きな人いるの?」
「ぶっ!?」
なんでかホナミが凄く動揺した。
「えっそんな興味ある!?」
「? 聞いただけだよ? 同じ年同士だと恋愛話とかするんだよって、前に教えてもらったから」
エマをはじめとした学院のクラスメイトたちが楽しそうにおしゃべりしてたけどな、と首を傾げると、ホナミがピタッと動きを止めた。壊れた魔道人形みたいな動きで私の方に振り返る。
「…………同じ年??」
「むう……」
その反応に、ついむくれてしまう。背が伸びないせいなのか、いまだに子供に見られちゃうのどうにかなんないかなあ。
「もうすぐ19だもん」
「まじで同い年だ……! でもごめん、失礼だった」
「いいよー」
ホナミがびっくりした後ですぐに謝ってくれたのは、失礼だけど一応許してあげることにした。
「っていうかだったら尚更羽黒さんはおじさんじゃないだろ!?」
「えー?」
ホナミに話を蒸し返されて、つい首を傾げる。さっきは飲み込んだ違和感を、せっかくなのでホナミにぶつけちゃえ。
「でも、羽黒さん、私におじさん扱いされたかったよね」
「えっ???」
なんだか猫がたまにやるみたいな口の半開きになったホナミに、私は前に出会った時のことも合わせて思い出す。
「うーん、なんて言えばいいかなー……私から見ておじさんっぽいなーって思われそうな行動を、わざと取ってた、かなあ。だから、おじさんって呼ばれたいしおじさん扱いされたいんだろうなって思ったんだよ」
「おじさんっぽい行動……」
「すごく単純に言っちゃうと、私を子供扱いしてるになるけど、うーんちょっと違うかなぁ……面倒見のいいおじさんだから油断していいよって言ってる感じ」
「あー、ちょっと分かった」
ホナミが頷く。私も頷き返して、唇を尖らせた。
「だから、とりあえず私はおじさんって思ってるよって見せてあげたほうが喜ぶのかなあって思ったんだけどなー」
「なるほど。それは羽黒さんが悪い」
「だよねー?」
「けどなんで喜ばせようとしたの?」
「え?」
思っても見ないことを言われて、ちょっと考える。
「うーん……敵ではないみたいだし、だったら仲良くしてたほうがいいのかなって?」
「なるほど、一理あるね」
疾は意地悪だから疾なんだけど、私は別にそうじゃなくていいって言われてるし。じゃあ私らしく仲良くしていた方が色々情報聞き出せるかなって思ってやってるんだけど、そこまでは言わなくていいや。
「さて、そろそろ時間かな」
「そうだね」
腕時計を見てホナミと私で確認しあったちょうどその時、ホナミの側に置いてあった連絡用の魔道具が緑に光る。手を伸ばして魔力を流すと、少しして光が5回点滅した。5分後、作戦開始だ。
「それじゃあよろしくね、ホナミ」
「こちらこそよろしく、フージュ」
***
ホナミの射撃の腕は、自己申告通りというか、ちょっとびっくりするくらいだった。
ここからかなり遠い建物の扉の鍵穴をライフルで吹っ飛ばして、飛び出してきた魔法士をそれぞれ一撃ずつで戦闘不能にしていく。
前にノワが疾の、魔法の核だけを撃ち抜く射撃を褒めてたけど、ホナミの射撃も褒めるんじゃないかなあ。
「すごーい」
「ありがとう。でもそろそろ弾切れになりそうだから、フウの出番だ」
「はあい。打ち合わせ通りだね」
頷いて双刀を抜き放つ。軽く振って感覚を確かめてから、私は魔力を操って転移の準備をする。
「いつでも良いよ」
「OK、じゃあ3カウントでーー3,2,1,GO!」
その言葉と同時に転移発動。ホナミを見つけたのか、上の方に手を掲げてた魔法士のド真ん前に現れた。
「なーーダンスーズフージュ!?」
「こんにちは」
刀を一閃。倒れた魔法士の後ろから飛んできた魔法も切り落として、私は地面を蹴った。すれ違う魔法士に双刀を振るうたび、魔法士達は地面に崩れ落ちていく。
飛んでくる魔法も、間合いを詰められて棒立ちする魔法士も、結界の中に引き篭もる魔法士も、全部斬る。刀の軌道と赤い血飛沫だけが私の周りを飛び散った。
「ば、化け物……っ!」
引き攣った声が聞こえてきたけど、全部無視。身体強化魔法にだけ集中していると、ポケットの魔道具から合図が来た。一度大きく後ろに下がる。
「ぎゃああ!」
悲鳴と、遅れて銃声。ホナミの援護だ。しばらくじっと銃弾の通り道を観察してから、私は一度転移してホナミの元へ戻る。
「ひっ──」
ホナミの居場所を見つけ出してたらしい魔法士を切り捨ててから、結界を強化し直して中に入った。
「どう?」
「順調っていうか……いや、凄いな。予想してたより遥かにあっという間だった」
「じゃあ弾は問題ない?」
「うん、大丈夫そう。フウの動きの癖も少しわかってきたし、援護させてもらうよ」
「えっ、もう?」
ノワには散々文句を言われたし、疾にもちくちく言われるくらいには、私の動きって読みづらくて後方援護しづらい、らしい。それをこの一回だけでわかるって、とっても目がいいんじゃないかな。
「はは……とんでもねえじゃじゃ馬な動きには昔から鍛えられてきたんで」
「そうなんだー。白羽ちゃんとか?」
「白羽ちゃんもだけど……まあ、今はいいでしょ。そろそろまたよろしく」
「それもそっか。了解」
ちょっとだけお喋りしちゃったけど、合図をもらってすぐ戦場に戻る。今度は合間にホナミの援護付きだから、魔法を切り落とすことも減って、ひたすらに敵を斬る。
「だ、ダンスーズ・フージュ!」
引き攣った声で、ずっと後ろの方から怒鳴るように呼ばれた。手は止めずに、耳と視線だけを向ける。知らない魔法士だけど、あっちは私を知っていたみたい。私の反応を見て、続けて怒鳴ってきた。
「何故、貴様はデザストルの肩を持っている!? 魔法士協会への裏切りだぞ!!」
「んー……?」
裏切るっていうか、私も私で、魔法士協会には結構酷いことされたんだけどなあ。と首を傾げると、魔法士はさらに続けた。
「しかもあの瀧宮羽黒まで……! 何故ここまでして、執拗に協会を狙うのだあいつらは! そして、何故お前が魔法士協会と敵対するんだ!? おかしいだろう!」
「おかしくはないけどなー」
小さな声でこっそり呟く。私が魔法士協会に逆らうことが怖かったのは、そういうふうに暗示をかけられていたからで。その暗示はノワと疾が全部解いてくれたから、別にもう、怖くはない。
「理由は何だ! ことと次第によっては、お前だけでも戻って来れるように取り計らってやってもいい!!」
その言葉を聞いて、ひょっとしてこの人、昔の私を知ってるのかもなって思った。でも、あんまりにも見当違いで、どうでもいい。
「理由はあるよ?」
ちょっと声を張った。すると、魔法士たちの攻撃が止んで遠ざかっていく。ホナミも会話は聞こえてないけど、何か察したみたいで、合図が来た。ちょっと待ってねと合図を返す。
「何だ、言ってみろ!!」
その人の問いかけに、ちゃんと答えた。
「ノワの敵だからだよ」
魔法士の表情が、凍る。
「魔法士協会は、ノワを敵にしたでしょ? 指名手配書があるの知ってるもん。それに、総帥が、ノワを敵だってはっきり言ったでしょ?」
ノワの魔力増幅症を研究するために、ノワの闇属性を、吸血鬼になったことを、ミアを一時期餌にしていたことを、それで光属性魔法が使えるようになったことを、全部全部調べたい総帥は、理由をでっち上げてノワを敵とした。そして今もノワは、魔法士協会から逃げ続けている。
「私は、ノワの敵には容赦しないよ」
ノワがそんなことで傷付くと思ってるわけじゃない。けど、ノワを捕まえようと、殺そうと、研究しようとする人たちを、私が許すことはない。
ノワもマスターも、私に人殺しはしてほしくないと言う。私も、昔みたいに衝動に操られるように人を殺すのは絶対にダメだと思う。普通の人として生活するのならば人殺しは絶対に認められないことは、ミアやヴィルに教えられた。
けど。
『人を殺して良いのかどうか?』
『うん。疾のお手伝いをする上で、そこはどうしたら良いのかなーって』
『保護者の意見は殺すな、だったろ』
面倒くさそうな疾に、首を傾げて聞く。
『疾は、どう折り合いつけてるのか知りたいな』
『……』
疾が普段はそれこそ「普通の人」として生活してるっていうのは聞いてる。だからこそ、疾の中でどういう線引きがされているのか聞きたくてじーっと見つめて待っていたら、とってもとっても面倒くさそうな顔でやっと答えてくれた。
『……てめえの保護者と違って敵は一体残らず皆殺しっつう人格破綻者精神ではやってねえよ。ただ、今やってるのは事実上の戦争だ、殺さずに勝ち負け決まるような戦いじゃねえ。だから殺傷度の高い攻撃もするし、敵は魔法士といえどくたばったやつもそれなりにいる』
『それって、良いの?』
『良いわけあるか、普通に大量殺人だ』
そこで一度区切って、疾は口元をちょっと曲げて笑う。
『──けどな、覚えとけチビ。人間っつうのはチビが思うよりずっと汚いし卑怯なんだよ。人殺す裏で笑顔で綺麗事吐いて人格者と言われてるなんてザラにある。大量の同種族を殺しながら身内の死に憤り涙を流せる、人間っつうのはそういう生き物だ』
『うーんと……?』
『簡単に言えば、悪いことと分かった上で割り切ってる……つうか開き直ってるってこと。仮にチビが保護者の言うことは聞いてますって顔してる裏で平気で人を殺してても、同じ穴の狢として俺は何も言わねえ』
『ふうん……』
『だか道化はチビとの契約時に口出ししてきたろ、チビに殺しをさせるためだけの作戦に組み込むなってな。要は殺戮兵器扱いすんなって話だが──チビがどう判断してどう戦うかについて、俺は口出ししない。ちゃんと自分で判断しろ、そしてその結果はてめえで負え。それが最低限のけじめだ』
『けじめ……』
『これまではノワールや道化が肩代わりしてたみたいだけどな、チビも独り立ちするなら責任も一人で負え。つーか俺がそこまで面倒見てやる義理もねえわ』
疾らしい最後の締めくくり方だったけど、だから、私は決めてる。
「私は、ノワの敵は殺せるよ」
大事な人の為に、必要なら、私は大事な人がさせまいとした人殺しもするんだって。
私のわがままだってちゃんと理解した上で、そう決めた。
「……くそっ!!!」
私の様子から、譲らないってわかったんだろう。悪態をついた魔法士が杖を掲げた。直ぐに双刀を構え直した私は、けどホナミから来た合図に気づいて直ぐに転移する。
「大丈夫?」
「うん、ちょっと敵さんから色々言われちゃって? でももう終わったとこだった」
そう言ってから、私は疾からきてた合図を確認する。どうやら羽黒さんも疾も仕掛け終わったみたいで、予定通りホナミに建物を崩せって指示だ。
「早いねー」
「……マジでやるのかこれ……?」
ホナミがちょっと引き攣った顔で私に確認してきたので、肩をすくめてから頷いてみせた。
「やれと言ったのにやらなかったら、後でホナミが大変だよー」
「ああうん、よく分かった……ちょっと、耳守りつつ下がってて」
「はーい」
多分鼓膜のことかなって思って耳を塞ぎながら下がる。すると、ホナミが小声で呪文を唱えて、大きな魔力を操った。
出てきたのは、ものすごく大きな大砲みたいなのがたくさん。
「わあー」
「……行きます!」
ちょっとヤケクソみたいな声だったけど、ホナミはそのおっきな武器に魔力を注いだ。
ずどおおおおおおおおおおおおおおおん!
ものすごい音がして、建物が丸ごと地面に沈む。
「……えー、予定通りです」
『想定よりも派手にいったじゃねえか。十分だ』
開き直ったようなホナミの報告に、疾が機嫌の良さそうな声で応じる。
『俺も吹っ飛びそうだったがな』
「いや羽黒さんはこの程度で死なないでしょ」
『同意見だし逃げてねえ方が悪い。さてと──連中が地下に隠してた魔物がそろそろ出てくる頃だな、ズラかるぞ』
「はっ!?」
ホナミが声をひっくり返した。びっくりしたせいか武器も消えてたので、ちょうど良いやと肩を掴んで私は声を出した。
「じゃあ、集合場所でいいの?」
『ああ、先に言って安全確保しとけ』
「はーい。行くよホナミ」
「えっマジで妖暴れさせたまま放置!? ちょっ、待っ──」
慌てふためいてたけど、その辺は疾もちゃんと考えてるのを知ってた私は、抗議は後で聞こうととりあえず転移した。
この後、この施設は建物は跡形もなく壊れ、魔道具も魔石も暴れ出した危険な魔物たちも全部まとめて、疾と羽黒さんが仕掛けた魔道具に焼き尽くされた。
この一件のせいでホナミも魔法士協会に敵認定されちゃった上に疾が結構気に入った結果、私はホナミと長く何度も組むことになったけど、それはまた別のお話。