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7.5:その手紙の宛先は

前回の落話というかなんというか、そんな感じのお話です。引き続き山大さんからお子様をお借りしました。



「……で?」

「いやあ、悪い悪い」


 少しも申し訳なさそうでないあっけらかんとした声に、深い溜息を漏らす。

 逃亡先としては比較的長期に居座っていた異世界の一つで、俺は瀧宮羽黒と再会を果たしていた。


「ぶっちゃけ、お前にボッコボコにしばき倒されるまでの記憶があんまねーんだが、俺何してた?」

「この上なくセンスのないシャツを見せびらかすようにあちこちに出没し、薬をキメたような鬱陶しさで誰彼構わず絡んでいた。ちなみに俺がお前に遭遇したのは深夜の洞穴だ。不審者が洞穴に侵入したせいで、洞穴での採集作業者に被害が出るのではと懸念されていた」

「うわマジか、見事な不審者扱いじゃねえか」

「扱いというか、まんま不審者だな」


 トロピカル柄というのだろうか、とにかく派手派手しく場にそぐわないアロハシャツを纏い、サングラスをかけたまま「ヒャッハー!」と叫んでは手当たり次第通りがかった人に詰め寄っている姿はどう見ても不審者だった。しかもこいつはかなりの大柄なので、当たり前だが戦闘が専門じゃない人たちはほぼ例外なく怯えていた。

 現在仮所属しているギルドチームリーダーが、不審者捜索のために深夜の洞穴に踏み入ると決め、実際に入ったら顔見知りが頭のおかしい行動をとっているとは流石に予想外だった。しかもよりによって瀧宮羽黒だったせいで知らぬ顔もできず、適当にふん縛った上でチームメンバーに言い繕い、拠点に担ぎ込んでから正気が戻るまで魔法物理両方を使った。無駄に頑丈なせいで無駄に時間がかかったのは頭が痛い。


「ところで地味に痛いのがデコの青あざなんだが、これお前ならちょっと文句言っていいか?」

「それは俺じゃない。絡まれた一般人の正当防衛だ」


 ギルドの受付嬢がなかなか鮮やかな手捌きで文鎮を投げつけ、その流れで男衆に追い出させたとの目撃情報をチームメンバーから聞いた。俺はギルド内に踏み込んだことはないが、随分と肝の座った受付嬢らしい。リーダーが入れ込んでいるだのなんだの、だからお前は点数稼ぎに片方落としたイヤリング探すの手伝ってやれだのなんだのとメンバーが盛り上がっていた。イヤリングは特に害のない防御用魔道具だったので、探索ついでに見つけて渡しておいた。


「そもそも、なんでここにいるんだ。今はそっちの世界を拠点として暴れているんじゃなかったのか」

「あー……一応、お前に会いに行こうとしたんだが。もみじにちょいと誤解されてな、目を合わせたきりなんも覚えてねえ。次気づいたらお前にボコされてたわ」

「……」


 嫌になるほど覚えのある名前に、目を細める。俺の表情を見た瀧宮羽黒が苦笑いを浮かべた。


「そんな顔しなさんな。お前さんとしてはもう終わったことのはずだろ」

「……まあ、そうなんだが」


 人生全てかけるつもりで化け物に、吸血鬼に注ぎ込んだ憎しみは、仇敵であるドゥルジを葬った時点で片がついてはいる。いるが、直ぐに切り替えられるような軽い感情ではない。我を忘れるような激情に囚われる事はあまりないが、魔物を見れば不快になるし、吸血鬼に関われば暗い感情に飲まれそうになる。

 おそらく生涯消えることのないだろうそれが、今やわずかにも道義にそぐう代物ではないこと、ただの私怨である事は理解している。討伐の仕事を受けている時ならともかく、それ以外では飲み込まなければならないものだ。


 一つ息を吐いて、込み上げる黒い感情を鎮める。そうして顔を上げると、合わせたように瀧宮羽黒が会話を再開した。


「つーか、今回の件についちゃお前さんのせいっつーことにさせてもらうぞ、馬鹿弟子。なんだあの王女様、大人しい顔してやらかしてくれんじゃねえかよ聞いてないぞ」

「はあ?」


 意味がわからずに眉を寄せた俺に、瀧宮羽黒が語り始める。ミア達のいる彼方の世界に単身潜入し、ミアとエマ、王女が茶会中に乱入したところ、帰り際に王女の嫌がらせにしてやられたらしい。


「ただの自業自得だろう。不審者の撃退としては穏便なんじゃないのか」

「次行く時はストーカーよろしく窓や扉から顔出して警備ガッチガチになるようにしてやろうと思ってる」

「くだらない八つ当たりのために閉鎖世界を行き来するな。そもそも、あの世界との壁を揺らがせるような真似をして狙われる隙を作るなと言っている」


 マスターが保護魔法をかけているからといって、魔法士協会総帥をいつまでも妨げられるとは限らない。であれば、閉鎖世界であるという利点を生かしてしっかり他世界との関わりを断つのが重要だというのに、何を普通に行き来しているのだろうか、この阿呆は。

 そんな思いで睨みつけるも、瀧宮羽黒は飄々と嘯いて見せる。


「世界旅行のついでにな」

「世界内旅行に済ませろ、各世界に迷惑だ」

「品行方正な人間に失敬な。それにお陰でお前さんのやらかしが判明したんだから結果オーライだっつの。だというのに、同情したら付け込まれたんだぜ? おいたは叱らねえとなぁ」

「だから一般人のガキ相手に本気になるな。……やらかし?」


 ふと引っかかった言葉に眉を寄せた。王女には結局接触は最初の夜会とその翌日、その後は王との謁見の際に見かけた程度だ。やらかしというほどの事をする機会もなかったはずだが。


「……あー。お前、マジで覚えてねえな?」


 だが、瀧宮羽黒は妙な表情で俺を見返してきた。笑いを堪えるような呆れるようなその眼差しに、どうやらこちらになんらかの落ち度があるようだ。

 眉間の皺を深めて記憶を漁るが、思い出せない。しばらく黙り込んだままの俺を見て、瀧宮羽黒はさらに微妙な表情になった。


「……ヒントな。王女、異世界、手紙」

「彼女がおそらくお前と同じ国の出身なのは間違い無いんだが……ああ、手紙か」


 そこまで言われてようやく思い出す。そういえば、夜会で王女と取引をした際にそんな話が出ていた。その後に襲撃や吸血鬼化の儀式についての話があり、ヴァスト国王がドゥルジだと確定した時点であらゆる優先順位を差し置いてドゥルジに全力を注いだから、そのまま忘れたらしい。


「いやマジで忘れてたのかよ。夜会の後で再会した時に預かったんだろ?」

「受け取ったのはうっすら覚えているが、ドゥルジの情報に注意のほとんどが向いていた」

「お前そんなんだから、あいつに人格破綻者とか言われんだろ」

「否定した事はないな、あいつに言われる筋合いもないと思うが」


 心理物理経済魔術とあらゆる方面から締め上げつつ、瀕死状態を継続することで自主的な裏切り者を増やして組織を緩やかに崩壊させつつある男に、人格だの倫理だのを説かれる筋合いはないと心から思う。

 瀧宮羽黒も俺の反論には否定せず、しかし尚もなじるのをやめなかった。


「とはいえ忘れてやるなや馬鹿弟子、他の嬢ちゃん2人にも俺にも忘れられてる可能性を指摘されて半泣きだったぞ。唯一の心残りくらい果たしてやれ」

「弟子になった覚えはない。後、手紙を届ける期間については指定はなかったはずだ」

「忘れてたらその期間、無期限だったろ」

「……」

「ほらな」


 無言で目を逸らす。まあ、あのまま忘れ去っていた可能性は確かに高い。


「んで、今お前さんはこっちに来る予定はないわけだろ」

「そうだな、巻き込まれたくもないしな」

「そう言うなよ、俺は相当巻き込まれてるぞ。役所の嫌味とか」

「魔女に聞いたが、自分で首を突っ込んだのもあるだろう」


 相変わらず一見貧乏くじを引くかの如き状況だが、どうせやりたくてやっている事だ。そう指摘してやると、「まあな」と言って飄々と笑う。


「つーわけで、バトン受け取ってやるよ」

「……お前に預けるのも妙に不安になるんだが」

「お前さんの預け先って、あとはあいつかおっさんか魔女くらいだろ? ぼったくられるか利用されるか見も知らぬご友人またはお前さんが巻き込まれるかの三択じゃん」

「…………」


 まさか、こいつに預けるのが一番ましという事態が発生するとは思わなかった。いや、本来であれば魔女が一番ましなのだろうが、今あの多忙極まった状況で頼むと交換条件で更なる厄介ごとを投げてくる可能性が非常に高い。


 もう一度溜息をついて、虚空間を開く。保管物はまとめてここに入れておく癖がある、今でも持ち歩いているはずだ。


「その空間のおかげで手紙をなくされてないと思えば、その馬鹿魔力もいいとこあるな」

「その結果、目にすることもなく忘れ去るわけだがな」

「汚部屋の主みたいなこと言うじゃん」

「部屋は整理整頓している。……あった」


 忘れ去っていたせいで、空間ないから見つけ出すのに少々手間取ってしまった。封筒の名を一応確認してから、瀧宮羽黒に手渡す。


「これだ。住所は何故かフランスだったが、宛名は日本人だ」

「外国住まいかよ。えーと、宛名は…………」

「……どうした?」


 何故か瀧宮羽黒が固まった。あらためて宛名を確認したが、別に変哲もない日本人名だ。


「波瀬 楓。なみせ かえで……いや、はせ かえでかもしれないが。むしろ王女の方が苗字は珍しいな。(むすび) 優奈(ゆうな)か」


「……」

「……。知り合いか?」


 どんな確率だと思わなくもないが、この男なら十分にあり得る。それなら話も早いだろうが、と改めて顔を見ると、ぎこちない動きで顔を上げてこちらを見てきた。


「……逆に、お前さんは知らんの?」

「そっちの世界の知り合いがもう少し多ければ、お前以外に依頼する」

「そうか……いや、そうだよな……」

「……?」

「……うん、よし」


 珍しくやや動揺していた瀧宮羽黒は、一つ頷くと手紙を俺に手渡してきた。


「お前に任すわ」

「はあ?」


 これまでの流れを完全に無視するような発言に声を上げる。構わず立ち上がった瀧宮羽黒は、どうやら暇する気になったらしい。


「じゃーそろそろ戻るわ」

「おい、少しは説明しろ。この宛名がどうかしたのか」

「どうかするかもしれんし、俺の気のせいかもしれん。でもなんかお前さんが持ってた方が将来的に面白そうと俺の勘が言っている」

「持っていけ」

「やだね」


 こいつの勘はろくな事にならないものへのレーダーとして精度が高い。即座に押しつけようとしたが、避けられた。


「じゃあまたな、馬鹿弟子」

「二度とくるな」

「はっはっは」


 楽しげに笑って好き勝手に帰っていった瀧宮羽黒が、「波瀬楓」と言う名を目にしたのが、「とある温泉施設で自分の妹が偶然居合わせ、連絡先を交換したと言っていたその画面をチラ見した時」であると知ったのは、随分と後のことだった。


ちらっと出てくるノワが所属してるチームについては、https://ncode.syosetu.com/n8784hp/←こちらで出てきます。三題噺を一応引き継いだ形です。

温泉施設云々については、ノワも出演するコラボ作品、無黒語(https://ncode.syosetu.com/n7242ec/)に出てきます。そりゃ手がかりはあるけど今のタイミングは渡したくないよね。

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