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3:舞台袖にて

本編最終章。

ノワールが、ドゥルジを待っている時。

裏方達の、ささやかな宴。

 ぼんやりと思い耽っていた俺は、ノックの音に我に返り、返事を返す。丁度部屋のトラップは全て解除し終えたところだったのは幸いか。

 ソファに身を沈めたまま視線だけを向けると、客人……否、この邸の主がドアを閉めるところだった。片手に盆を乗せている様に、つい失笑が漏れる。


「自分で運ぶとは、つくづくらしくない御貴族様だな」

「任せきりで何も出来なくなっては、祓魔師失格だろう?」

「貴族の模範を示すという意味では失格だな」

「耳が痛い言葉だが、君の前で模範を示す必要も無いだろう?」

 嫌みを微笑みでかわし、パーヴォラ家当主ラルスは向かいのソファに腰掛けた。


 テーブルに置かれた盆にラルスが手を伸ばし、瓶の栓を開ける。グラスに注がれるのは、赤い酒精。敢えて選んだのだろうが、あまりといえばあまりなそれにまた苦笑が漏れた。


「愉快な趣味をしてんなあ」

「なんとなく、今夜はこれがいい気がしてね」

 ラルスが微笑んで、グラスを傾ける。それに応じてグラスを掲げ、ささやかな酒宴の開幕となった。


 香りを確かめ、ゆっくりと口に含む。広がる深い味わいに、しばし舌鼓を打つ。甘く渋い、赤ワインの味。


「流石は侯爵家、質が高い代物だな。ここまでのにはそう出会えない」

「……随分、機嫌が良いね」

「そりゃーな」

 くくっと笑って、グラスを揺らす。光を弾く紅い液体を眺めながら、俺は歌うように言った。

「1年もかけて仕込んだ舞台が、ようやく本日開幕だ。裏方としても、感無量ってもんだぜ」


「ふむ……確かに、君にとっては大仕事の集結とも言えるのか。それなら納得だ」

 何度も小さく頷くラルスを見て、口元を持ち上げてみせる。

「他人事の様に言うんだな? 依頼主様?」

「……いや、正直ここまで派手な真似をしてくれと頼んだつもりはなかった」

 戯言を鼻で笑い、グラスを傾けて空にし答えた。

「てめえの都合で物事が動くかよ、アホくせえ。どいつもこいつも依頼主ってのは、頭の中に描いた未来図を100%叶えて貰えると信じて疑わねえのな」

「そういう能力こそを、依頼者は求めているものだよ。普通はね」

「普通、ね」


 ふっと笑って、瓶を引き寄せ手酌で二杯目を注ぐ。瓶をテーブルに戻してから、ラルスに嘲笑を浮かべて見せた。


「それを黙認した自分は普通じゃねえ、とでも言いたげだな?」

「いや、だから私は黙認というよりは諦めたのだがね……」


 苦笑を滲ませて、ラルスがワインを呷る。否定しないところを見ると、割と本心に近いらしい。貴族特有の高慢さの中に、こうしてフランクなところを混ぜて相手を油断させるのはこの侯爵の得意技だが、こちらから見るとどうにも嘘くさい。

 まあ引っかからなけりゃ問題ない。無視して話を進める。


「ご注文通り動いたつもりだが? ノワールの動きを明確化した上で、本人の方針を詳らかにさせる。権力でもってノワールを縛り付けようとする輩を炙り出して、まとめて処分する。あんたの依頼は完璧に果たしたぜ?」

「そうだね。多数の地下組織壊滅による勢力図塗り替えと、教会の権威丸ごと削ぎ落として政情を混乱させ、彼らと癒着していた貴族達が揃って失墜するという余計すぎる追加要素が加わらなければ、完璧という表現に異存はなかったよ……」

 乾いた笑いを浮かべてそんな文句を言ってくる相手に、にこやかに答えてやった。

「そもそも、自由に動いて良いと言いながら依頼という形で俺を縛ろうとしたのは侯爵だろ? 俺は侯爵との契約通り、「好きに」動いただけだぜ」


 初めてこの世界を訪れた際、この家の甘ちゃん共を交えた食卓で交わされた契約。俺の力を見せて認められるものならば、幾つかの条件さえ守れば好きに動いて良い……という免罪符。

 その条件のおまけのように付け足された「ここのルールに従え」という1点を用いて、俺を手駒のように扱おうとしたのだ。叩き潰しても良かったが、ノワールを見て思うところもあったため、侯爵の趣向に合わせてちょっとばかりはかりごとをさせて頂いた。


 何、大した事はしていない。元々予定していた情報探しとノワールの弱み探しをよりこちらが愉しめる方向性に持っていった程度、悪戯の範疇だろう。

 歪んだバランスの上に成り立つシステムは、ほんの少し天秤の針を狂わせてやっただけで、面白いように崩れ落ちていく。それを眺める悪趣味さは自覚しているが、ラルスと同じく「好きに動いて良い」という契約を免罪符に掲げている点で同罪と言える。


「……君という人は、本当に、性格が悪いのだね」

「お褒めに与り光栄だぜ?」

 笑顔で言い切ってやると、ラルスが苦笑した。

「君にとっては褒め言葉、だろうね。何せそれも、武器の一つだ」

「人間、感情が高ぶれば思考も鈍る。まさに今のあんたのように、単調な攻撃手段しか思い浮かばねえ、ってな」

「……本当に、性格が悪いね……」

 ラルスはしみじみと言って、グラスを傾ける。言葉遊びもこの程度にするかと話を切り替えた。


「良いじゃねえかよ。あんたなりにノワールを気遣っての投石は、それなりの結果を出しただろうが」


 この家で大事大事に守られているお嬢様を危機に陥れ、それを色々と吹っ切れたノワールが救いだした。報告書上での記載はそれだけだったが、その後のノワールの動きを見れば、ラルスがノワールを見る目を変えたのは分かる。

 そうでなければ、それまで通りラルスが役人の干渉を阻み、ノワールに魔法士協会の手札と交渉する場も与えぬままだっただろう。


「ああ、そうだね。……君の目的も、果たされたのかな?」

「さあ?」

「いや、純粋な疑問だよ。君は今回何を目指して、彼にちょっかいを出していたのだろうか、とね」


 直球で投げ込まれた問いかけに、敢えて直ぐには答えなかった。ワインの香りを楽しむようにして焦らし、ちらりと彼に視線だけを向ける。


 グラスを傾けて、一息でワインを飲み干した。喉を通るアルコールの感覚に酔いしれる俺に、ラルスが小さく溜息を漏らす。思わず笑い声が漏れた。


「君という人は……」

「何か?」

「……いや、そうだね。彼が諦めているのに、今更だ」

 疲れたように首を左右に振る様に、軽く吹き出す。

「ははっ。ノワールは確かに、俺の言動についちゃあ諦めてるな」

「君と関わってる大抵の人は諦めているから関われるんじゃないかと思うがね」

「さてな」


 色々世の中広いわけだが、その辺は触れないでおく。……世の中広いのだ、本当に。


 1つ溜息をついて、グラスを呷る。酒のせいと言うことで、1つ気まぐれを起こしてみた。


「……単に、気に食わなかっただけだよ」


「え?」


「あれほどの才を持ちながらも慢心せず、ひたすらに研鑽してきた男が……くだらない思惑如きに潰されて、ただの人形に成り下がる。そんなクソつまらねえ三文舞台を、楽しめるほど腐っちゃいないんでね」


 魔法士協会。世界を跨いで魔法を管理し、探求し、異能者を保護する。能書きはご立派だが、つまる所、力尽くで余所の世界を征服し、文明を管理する侵略団体だ。おまけに魔法士には階級制度を付けての絶対服従。碌な組織じゃない。

 そしてそのトップがまた腐りきっている。不老不死に拘り人間を辞め、倫理を失った幹部の群に、更にその上に降臨する、残酷の化身のような化け物。世界は彼らの遊戯版と成り下がりつつあった。


 そんな組織に、目的の為だけに参入し、好き勝手していた男がいた。災厄と危険視され始めた自分の前に現れ、矛盾だらけの有様を見せつけてきた馬鹿だった。そのくせ意志が強くて、力を付けて、足掻き続ける『人』だった。


 そんなノワールが、総帥の気まぐれのような感心に人生をぐちゃぐちゃにされ、実験動物とされてしまいかねないと気付いてしまってからは、酷く不愉快で、苛立った。


 だから、弱みを握ってこちらの掌中に入れてしまおうと思ったのだ。まだその方が、マシな動きを見せてくれるだろうという、身勝手な理由で。


「……とはいえ。まさかこんな結末になろうとは、俺も思っちゃいなかったさ」

 ひらひらと手を振って、否定しておく。ノワールと言いラルスと言い、こちらもある程度は狙っているとは言え、人をどんな策士だと思っているのかと言いたい。


「勢力図を一斉に塗り替え、闇属性でありながら世界中に「英雄」と認めさせて魔王討伐の先頭を受け持つ。古龍を従え、己の欠点を克服し、——所属組織から脱して自由になった。こんなよく出来た話を、一から十まで誘導出来るわきゃねえよ」

「……」

「スブラン・ノワールという男が、それだけの器を持っていたって話さ」


 新たに注いだワインで口を湿らせる。ラルスはしばらく黙っていたが、やがて深々と息を吐きだして頷いた。

「そうだね。私もそう思うよ。……彼は、本当に素晴らしい」


 目を細めて、だが、と続ける。


「君の働きあってこそでもあると、私は、そう思っているがね」


「さあなあ……利用するつもりが思い切り利用されたのは確かだが」

 ポケットから魔石を取りだして弄んでみせると、ラルスは苦笑しながら頷いた。

「そんな安物でも、命を救うものだと知らされたよ」

「そう言うなよ、貴重な資源だぜ?」


 魔石は宝石が多いが、それは純度が高いから。一般にパワーストーンと呼ばれる鉱石にも魔力は宿る。魔力量が少なく長持ちしないためクズ魔石扱いで安物だが、使いようによっては貴重な武器だ。


 クズ魔石に刻まれた魔法陣を起動する。半透明のスクリーンに浮かび上がるのは、街の外の光景。

 戦闘人員がかき集められ、その先頭に立つのはノワール。静かな、しかし暗い炎を燃え上がらせた瞳が、未だ視えない敵を睨み据えていた。


「こうして、魔道具代わりにも出来るしな」

「……いや、多分そんな事が出来るのは君だけだよ。どんな魔力効率なんだろうね……それで魔力を補充して見せ、傷を癒した時には目を疑ったよ」

「塵も積もれば山となる。これだって数集まれば、奴の魔力タンク整備なんていう無茶な任務を全う出来るぜ?」

「……つくづく人間業じゃなかったのだね」

「チビの魔力で雀の涙だったからな、あれは泣けた」


 なお、それに比べると俺の魔力が何になるかという問いかけは虚しいからしない。魔力回路への干渉の反動をいなすだけで自前の魔力が消し飛んだ時点で、高望みは虚しいだけだ。


 ノワールの魔力が暴走してあやうく世界規模で吹っ飛ばしかねなかった、あの時。何とか出来る人材としてよりにもよって俺を選んでくれやがったお陰で、こっちは無駄にリスキーな命懸けの作業をする羽目になった。

 本人も死にかけていたせいで頭が回っていなかったのだろうが、比較するのも哀しくなるような魔力量の人間に原発をどうにかしろとか、無茶ぶりにも程があった。もう少し感謝しろと言いたい、言わずに貸しにするが。


「あのレベルで死を覚悟したのも久々だったな」

「君の技能を持ってしても、魔力枯渇した上に全身傷だらけの重傷人、おかげで元の世界に1週間以上帰れないという制約がかかってしまったわけか」

「死ななかっただけ御の字だ。侯爵が匿ってくれなきゃ、突けば死ぬレベルに弱体化してたしな」


 あの瞬間に自分の追っ手が来たら自害以外の逃げ道はあるまい。追っ手から匿われ治療・回復の時間を稼いでもらい、クズ魔石をかき集めてもらい魔力の補充が出来たからこそ今の自分がある。匿う建前としてのノワールの管理兼使用人扱いくらい安いものだった。


「あの時、君がノワールを救うために命を賭け、……匿った私達に感情任せに報復しなかったからこそ、私は君を信頼した」

 ぽつりと落とされた呟きに、軽く笑って肩をすくめる。

「使用人扱いか? 別に。俺は元の世界でもただの庶民だしな、貴族に仕える側ってのは理屈では当たり前だ」

「格下とみなしている私達でも?」

「身分的には、って意味ではな。魔術に携わるものとして格下扱いされてたら目にもの見せたがな。俺は基本対価には対価を持って返すからな」

「……どちらの意味でも、か。君らしい」


 さらりと答えると、ラルスは溜息をつきながらも納得したように頷いた。そして、ゆっくりと立ち上がる。


「それでは、私は失礼するよ。最後に君と話が出来て良かった」

「そりゃどーも」

 ひらひらと手を振って応じれば、ラルスはまた苦笑を滲ませてから去った。


「……」

 ふ、と笑って天井を仰ぐ。侯爵との会話を反芻して、笑いを漏らした。


「話が出来て良かった……ねえ。さあ、どうだろうな」


 本心を織り交ぜつつも、本音を晒してはいない。惑わされたままで納得しては、不利益は彼に降りかかるのだが。


「ま、知ったこっちゃねえか」

 出会った人間全員にやってる話術で誰が破滅しようが、良心は僅かも痛まない。自衛に全力を費やして何が悪い。


 目を閉じて、誰もいない部屋にそっと言葉を落とす。


「……総帥を引き摺り落とすのに、ノワールは、邪魔だったんだよ」


 もう1つの本音。


 綺麗事だけで動けるほど、自分の命は軽くないし、——何より、脆い。

 臆病な程に万策巡らせてもなお、死神の鎌が首筋に触れるのを何度味わったか。あらゆる策が理不尽な暴力に踏みにじられ、我が身に牙を剥く惨めさを、何度噛み締めたか。


「あんな理不尽な馬鹿力、……向き合わずに無力化させられるなら、なんだってするさ」


 総帥の……魔法士協会の、最強の駒。

 本当の本当は、正面からやり合っては勝てないと計算していた。それを悟らせないよう、こちらが不利だと気付かれないよう、ずっと虚勢を張り続け、その間ずっと探っていた。


 この規格外と、ぶつからずに下す方法はないか、と。


 本当に、自分は、ノワールの味方などでは、無い。


「今回も結局、貸しを作って、当分俺の敵にならないようにした。それだけだってのに、な」

 くくっと笑って、目を開ける。

「ノワールが予想外の結果を出して、ひっくり返された、か。……確かに、使うつもりが使われた、ってのは案外悪い気がしねえな」


 初めてその感情について己の師から聞いた時には、正気を疑ったものだが。成る程、今なら分かる。


「上位に立つ人間の真価を目の当たりにする……ってのは、確かに面白ぇな」


 身内の情報を明かしても構わないと感じる程度には、今ではノワールを仲間と認識している状況に至ったのは、その為なのだろう。



 くくっと笑って、スクリーンに視線を戻す。そろそろ頃合いだ、くだらない物思いに耽っている場合ではない。


「世界のパワーバランスガン無視でしっちゃかめっちゃかに掻き乱した末に引き出されたこの喜劇を、最高の席で観覧出来る。それだけで、十分さ」


 狭間の番人にも、絶対者と呼ばれる狂人にも認められない権利。それを、俺如きが得られたというだけで、苦労の甲斐はあったというものだ。


 最初に首を突っ込んだ時には、ノワールの弱みを握ることしか考えていなかったような凡人が、最終的に世界律を歪めかねない偉業の手助けをした上で傍観出来るというのだから、贅沢極まりないだろう。


 常識も知識も欠如した、欠陥だらけの男が、世界を巻き込み唯一つの我が儘を貫き通す。こんな馬鹿馬鹿しい物語、早々転がってはいまい。



 そして、日が暮れて。


 ——画面は、災害級の吸血鬼を映し出した。


「さあ、始まりだ」

 ノワールの歓喜の哄笑を目にしながら、口元に笑いを刻んで呟く。


 巨大な才能を努力で自分のものにした男の、一世一代の稀代の大舞台が、今、幕を上げたのだ。


「せいぜい派手に戦え、ノワール。多分、それだけ影響力を無視して大暴れできるのは、これが最初で最後だぜ?」


 その為だけに道化が全力を注いで、他世界への余波を防ぎ。様々な裏工作を最悪と共に巡らせて。

 この規格外が全力を出せる舞台を、整えた。


 数多の思惑と想いがより合わさって出来上がった奇跡の一幕。そこで繰り広げられる全てを、余すことなく目に出来るという贅沢に、愉悦が湧き上がる。



「幕が下りるその時は、——拍手喝采で彩ってやるからよ」



羽黒「なんでそこフランクフルトとビールじゃねえんだよ、舞台鑑賞の基本だろ」

疾「おっさんか」

辰久「え、ビール!? ポップコーンとコーラでしょ!? おっさんいっつも映画の時のコーラとポップコーン楽しみにしてるんだけど!」

羽・疾「「子どもか」」

ノワ「…………」

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