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1:とある世界の邂逅

本編終了後、多分ノワが旅だって1,2ヶ月以内。

話題にしか出てこなかったお人がめっちゃ出て来ます。


*今作品で出てくるキャラクターは、生みの親である山大様、夙多史様より許可を得て出しております。

「「ぶははははははは!!!」」

「…………」


 とある世界に滞在中。連絡を受けて出迎えた2人は、人の顔を見るなり臆面もなく笑い転げだした。2人揃って四つん這いになり、地面をばんばんと叩きながら憚ることなく大声で笑っている。

 余りにも想像通りの反応に苦い顔になるのを感じながら、俺は随分と久々に見る顔を眺める。


 黒一色の服に、左頬に横一文字の火傷のような傷をおった顔にサングラスをかけ、こめかみの辺りを刈り上げたツーブロック、極めつけに髭を伸ばし始めたらしいその顔は、誰がどう見てもヤクザ面。今はただ笑み崩れているが普段は軽薄な笑みを浮かべる、胡散臭い三十路手前の男——瀧宮羽黒。

 魔法士協会での任務中、利害の一致で取引をして3日間だけ刀術を教わり、以降師匠面して関わってくる張本人だ。先日まで吸血鬼と新婚旅行という頭のおかしい真似をしながら疾の手助けをしていたと聞いていたが、戻っていたのか。


 もう1人は、和風のローブを纏った無精髭の中年。中肉中背で日本人らしい顔立ちで、ぱっと見はただのおっさんとしか言いようのない外見の、40代の男——秋幡辰久。

 かつて管理していた世界最大の魔術師統括組織、魔術師連盟の大魔術師。確か役職は筆頭懲罰師だったか。何度か任務で関わった縁で顔見知りだが、温厚そうな見た目に反して腹の内はなかなかに厄介なタヌキだ。


「……で。いつまで笑えば気が済む」

 いつまで経っても笑いを収める気のない2人に、うんざりした気分で声をかける。引き攣るような呼気を漏らしながら、瀧宮羽黒が片手を上げた。

「ひーっ、いやちょ、まて……っ。こんなん笑うわ、ぶはっ」

「ちょ、おっさん予想以上で……っうはははは!」

「…………」


 またも笑いの渦に呑み込まれる2人に、大概周囲の目も集まってきた。いい年した大の男が笑い転げている様など、鬱陶しいばかりだから無理も無い。


 当然の流れとして、俺は掲げた右手を振り下ろし、魔法を2人に叩き付けた。



***



「……いやね、おっさん思うのよ。仮にも下級職扱いの魔術師相手に、魔法士幹部様が問答無用でぶっとばすとか、いかがなモノかなあって」

「軽傷で済ませた癖に、よく言う」


 数分後。

 力尽くで落ち着かせた2人を通い慣れた酒場に案内し、酒を傾けながら秋幡辰久の戯言を切って捨てる。2人揃って軽い火傷を負った程度で、勝手にそれぞれ治癒を済ませていたのだから罪悪感など欠片もない。


「あと、俺はもう魔法士じゃない。ただの野良だ」

「それが1番の問題じゃないかとおっさん思うんだぁよ」

「核ミサイルが野に解き放たれてるって、ぶっちゃけやばいよな」

「あんたが言うな」

 瀧宮羽黒まで呆けた事をほざくせいで、溜息が漏れるのを止められない。魔法士協会に接触禁止生物扱いまでされている輩が、つい最近実家に組み込まれるまで野良で暴れまくっていたのは周知の事実である。


「で?」

「なんだ」

「そのオッドアイは気に入ったか?」

「帰れ」


 未だに笑い転げたネタ——脳筋との決闘のせいで色の変わった瞳について弄ろうとしてくる鬱陶しさに、半ば本気で強制送還魔法陣を組み上げる。瀧宮羽黒が慌てて両手を挙げた。


「分かった、もう言わん。はるばる世界を渡ってきたんだ、もうちょい話し相手になってくれや」

「……なら、そのセンスの欠片もないひげ面の弁明でもしたらどうだ。ガラの悪さはどうせ何をやっても変わりないとして、外見が次第にそっちのオヤジと被ってきているぞ」

「おけ、今直ぐ髭剃り上げるわ」

「ねえなんでおっさんに刀突き付けてるのかな羽黒青年!?」

 どこからともなく喚びだした妖刀の切っ先を突き付けられた秋幡辰久が悲鳴を上げた。軽薄な笑みを浮かべ、瀧宮羽黒はしれっと言い切る。

「髭剃るために決まってるだろ」

「おっさんが剃るの!? そこは自分のじゃないの!?」

「あんたと被ってる扱いとか何の拷問だ、責任取れ」

「横暴にも程がある!? おっさんの剃ってもまた生えてきちゃうよ!? その度に剃りに来るの!?」


 ぎゃあぎゃあとしょうもない押し問答をする様を、他人面で眺めつつ酒を傾ける。最終的に外見についての論争は、瀧宮羽黒の気が済むまで続いた。


「で。気が済んだなら、もう帰って良いか」

「いやいや、ひでえ話振るだけ振ってそれはねーだろ。もうちょい付き合えや。ノワールだって暇だったろ?」

「誰が何だって?」

「……あー、今なんつったっけ」

「ジェフ」

「……それいちいち言わなきゃなんね?」

「……」

 人の偽名を「面倒」の一言で終わらせる迷惑な相手に、諦めて防音と盗聴防止の魔法を組み上げる。

「おお、さっすが」

「逆に怪しまれるから余り使いたくないんだがな」

 逃亡の為に、行く先々で適当な偽名を名乗っているのだ、わざわざ音を遮って「やましいことがある」と宣伝するのは余り好ましい事じゃない。そう告げるも、相手は軽薄な笑みを崩さなかった。

「いやはや、ノワール君の魔法を信頼するさ」

「……違和感を抱かせないくらいはするがな、分かる奴には分かる」

 魔法の付与効果にも気付いていたらしい。魔術が本職じゃない癖に勘のいい男だ。


「それで? 人の顔を笑う為だけにはるばる世界を渡ってきたわけじゃないだろう、あいつじゃあるまいし。何の用だ」

「おっさんですら世界間渡航は門外漢なのに、あれっぽっちの魔力量でひょいひょい世界を渡ってるあの少年のがよっぽどおかしいと思うんだけど?」

「それに関しては同感。俺の苦労返せ」

「本人に言え」

 疾の非常識度合いを今更しみじみ語る2人に、まさか本気でただ絡み酒をしに来ただけかと邪推したが、流石に考えすぎだったらしい。


 表情を変えて無駄にきりっとした顔をした秋幡辰久が、重々しく口を開いた。


「俺は長ったらしい話は苦手だから簡単に言うね。うちに来ない?」

「却下」

「ばっさり!? じゃ、じゃあ不自由はさせないからおっさん直属の部下に」

「尚更断る」

「酷くない!? おっさん泣いちゃうよ!? いい大人が防音魔法突き抜けて大泣きするよ!?」

「それはやめろ」


 しょんぼりする中年の鬱陶しい面に、俺だけでなく瀧宮羽黒までげんなりとした表情を浮かべた。


「折角協会を抜けたのに、何故また組織に所属しなければならないんだ。面倒臭い」

 鬱陶しい雑務からようやく解放されたのに、明らかにこき使われるであろう場所に自ら飛び込む趣味はない。

「えー……俺としては大歓迎なんだけどなあ」

「そもそも俺はあんたらの世界の人間じゃないんだぞ。何故勧誘する?」

「んー、ノワール青年が管理者だったから、かな?」

「……」

 気にかけていた部分を突かれ、返す言葉を呑み込む。こちらの心情を知ってか、秋幡辰久は軽く苦笑を浮かべて続けた。

「君が関わってたってだけで、協会のボスさん、うちの世界を狙いかねないし。抑止力として力が欲しいんだよね」

「……その点に関しては既に干渉妨害、保護の魔術が施されているはずだ」


 総帥は案の定、俺に追っ手を差し向けると同時に、関わった世界に攻撃を仕掛けていた。が、マスターの事前の保護魔術のお陰で大きな被害は出ていないはずだ。少なくとも、まだ滅びていないのはその影響が大きい。


「あんたらといい疾といい、『標準』と謳われながらあの世界は上位の存在が規格外すぎる。保護魔術がなくとも、ただの見せしめや八つ当たりのためだけに手を出して嚙みつかれるリスクをあの総帥が負うとは思えん」

「規格外に規格外言われてもなぁ」

「とにかく、あの世界が一筋縄ではいかないことは〈聖夜の奇跡(ミラクル・ノエル)〉の件で総帥も思い知っている」

「「あれかよ!」」

「だからこそ、俺の存在は寧ろ狙われる切欠と口実になるだろう」


 俺が連盟に所属すると総帥を敵に回すばかりで良い事など1つもない。無差別な蹂躙ではなく狙いが俺に絞られては他の抑止力も動かないだろう。何故そんな提案をしてきたのか訝る俺に、大魔術師は食えない笑みを浮かべた。


「いやいや、君がいれば百人力じゃない。総帥が来ようとどんと来いでしょ、ノワール青年は疾少年の協力者なんだし」

「……成る程」

 なぜ疾は『少年』で俺が『青年』なのかは置いといて、相手の意図は読めた。思わず目を眇める。

「俺は、あいつを籠絡する切欠か」

「そこまで大袈裟に言われるとおっさん困っちゃう」

 惚けた返事だが、否定はしない。つまり、推測は合っているのだろう。


 俺が連盟に入れば、総帥が狙ってくる。そうすれば、総帥を敵と定める疾が当然攻撃を仕掛けるだろう。結果的に、疾が連盟側に立ってくれる……という計算をしているようだ。


 が。


 ちらりと瀧宮羽黒に目を向ける。我関せず顔で酒を空ける男の顔には、ありありと達観の色が浮かんでいた。どうやら、こちらの方が直接接する機会が多かったために、俺と同じ結論に至ったらしい。


 すなわち、——そう簡単にいくならあんなに苦労するか、と。


「連盟ごと存在が消えて終わるに今日の酒代」

「あ、俺もそっち側で」

「ええー」

 唇を尖らせてブーイングをしてくるいい年のオヤジに、溜息をついて指摘する。

「あの災厄が真っ当に総帥を相手にするわけがないだろう。あらゆる犠牲を厭わず仕掛けるのが目に見えてるのに、そこに利用しようとする組織が出て来て見ろ。自らエサが飛び込んできたとばかりに利用し尽くして焼却炉行きだな」

「すげえ実感籠もってるな」

「あの1年、「貸しを作る」の名目の元、どれだけの厄介事に巻き込まれたと思っている」

 教会の一件などは疾の暗躍に危機感を煽られた結果の暴走だろうと睨んでいる。色々やらかしていたのは間違いないし、その後始末は丸ごと投げられた。

「そんなあ……」


「あと、——利用しようというなら、それなりの覚悟があるんだろうな」


 敢えて抑揚を消して淡々と告げると、場の空気が凍り付いた。こちらの意図が伝わったようで、何よりだ。

 協会で目を逸らし続けてきた、俺自身の価値。それを知る今、易々と利用される気は無い。


「筆頭懲罰師がわざわざ勧誘に来たって事は、内部で何らかの動きがあるんだろうが。力尽くで俺に枷を填めようとするなら、世界ごと犠牲にする覚悟で来い。……協会の手のものか連盟の手のものか、いちいち確認していられない。まとめて「敵」と認識する」

「だから不自由はさせないって言ってるんだけどなぁ」

「確固たる保証がない」

「大魔術師の言質だぁよ?」

「その肩書きと個人の信頼はまた別物だ」

 そこまで言い切れば、秋幡辰久は深々と溜息をついて首を横に振った。

「こーさん。一応おっさんとしては妥協点だったんだけど、まあ君はそういう子だったね。ちょっとは落ち着いたって聞いたから期待したんだけど残念無念」

「在り方を変えたつもりはない」

 復讐が終わったからとて、敵への容赦などしない。今更汚れた手を気にするわけもなし、俺を狙うならば全力で抗い敵を消すのは何ら変わらない。

 そう告げると、今度こそ秋幡辰久は諦めたらしい。苦笑いを浮かべて頷いた。

「了解。おっさんからは手を出すなって警告しとくわ。あ、でもあんまりぽこぽこ殺されると職務上ほっとけないから、上手く調整してね?」

「あんたとやり合う気は無い。まあ、そっちに行くことは当分無いと思うが」


 総帥が狙うだろう管理していた世界と、ミア達がいる世界は、片が付くまでは近寄る気は無い。いちいち滅ぼす口実を与える必要も無いし、俺は囮と敵の戦力を削ぐのが仕事だ。

 おまけにこの狸親父は大魔術師と呼ばれるだけあって、その実力も経験も無視しえない。出来れば敵に回したくないとくれば、もはや近寄る理由はなかった。


「ならいいや。おっさんの仕事終わりー! 飲むぞー! 自棄酒だー!」

 言うなり酒に手を伸ばす秋幡辰久から視線を外し、既にビンを半分以上空けている瀧宮羽黒に目を向けた。

「で、あんたは何をしに来た」

「あー、もう酔ったから明日」

「……」

 無言で殴りつける。金属を殴るような感触が返ってきたが、それなりに相手も衝撃を受けたらしく呻いていた。

「そう急くなよ馬鹿弟子」

「弟子になった覚えはない」

「つれないねえ」

 戯言は聞き流し、視線で促すも瀧宮羽黒は語らない。ふと、気付いて文句を呑み込んだ。


 グラス越しに向けられた視線は、秋幡辰久へ。どうやら、知られたくないらしい。


「……はあ」

 こうなるとマイペースなこの男がてこでも動かないのは経験済だ。諦めて、殆ど口を付けていなかったグラスを一気に煽る。


「なら、俺もたまには呑むか。大魔術師殿の奢りだしな」

「おう、呑め呑め。こういう時じゃねーとそう呑めないだろ」

「ちょ、何ナチュラルに集ってるの!? おっさんこの世界のお金持って無いよ!?」

 泣き言を口にする中年オヤジを無視して、結界を解除して追加の注文をと店員を呼ぶ。瀧宮羽黒が遠慮無く高い酒を頼み、秋幡辰久が泣き言を言い連ねているのを呆れ気味に眺めながら、酒を傾ける。


 結局その晩は、くだらない話題で明け暮れた。



***



 翌朝。

 二日酔いでベッドの住人と化している秋幡辰久——案外弱いらしく、潰すまでもなくあっという間に落ちた——を余所に、瀧宮羽黒に連れられて宿の外に出る。


「それで、結局何の用だ」

「刀砕けたんだって?」

「……聞いていたのか」

 疾が漏らしたのか。思わず目を眇めると、瀧宮羽黒は苦笑して片手を振った。

「そう殺気立ちなさんな。ノワールの雑な使い方で良く折れなかったと寧ろ俺は驚いてるんだぜ?」

「雑と言われる程じゃない」


 ぴしゃりと反論する。瀧宮本家には劣るかも知れないが、刀の強度を上げる術は、以前この男と再会した時に折られてから訓練し直して質を上げている。


「折れたのは限界を超えて魔力を込めたからだ」

「それを世の中じゃ雑という。ノワールの馬鹿魔力を込めて無事な刀とかあるかボケ。おまけに呪術具扱いとか普通に保つかよ」

「……。魔力を流しても砕けない、が選ぶ基準だったんだ。限界を超えなければ問題ない」

「おい、あの名刀そんな理由で使ってやがったのか」

「俺が武器を選ぶなら、1番の基準だ。あとは呪術具扱いしても保つから、強度が高いから、振るいやすいから。その程度だな」

「ノワール、ちょっと刀鍛冶に土下座してこい」


 真顔で言われた。どうやら刀に拘るタイプだったらしい。意外だ。


「刀は相手が間合いを詰めてきた時の対処用だぞ、何を期待している。俺の武器は基本魔法だ」

「なんつー冒涜……」

「瀧宮流に言われたくない」

 銃器の如く刀剣を一斉掃射する戦闘スタイルよりはマシだと思うのだが。まあ、価値観の違いだろう。


「まあいいか。で、直せないレベルなんだろ?」

「柄まで残さず粉々に砕け散った」

「修復出来ねーのか、勿体ねえな」


 どうやら、折れている程度なら直す気だったらしい。そんな事の為にわざわざ世界を渡るとは……相変わらず、1度仲間と認識した相手にはとことん甘い。


「神刀と呼ばれるまでの名刀だったのにねえ……こうして文化財は失われていくわけだ」

「あんたが真っ当な文明概念を持ち合わせていたとは驚きだな」

「おいおい、俺をなんだと思ってる」

「最悪」

「……ご名答」

 肩をすくめ、瀧宮羽黒は飄々と切り替えた。


「というわけで、ここからはビジネスだ」

「はあ?」

「いやいや、俺は雑貨屋WINGの店主様だぜ? 注文されれば何でもござれ、ましてや日本刀なんざ得意分野に決まってるだろ」

「……成程」

 はるばる売りつけに来たらしい。商売根性も逞しいようだ。

「ま、ノワールが選ぶ条件はおおよそ見当付くッて聞いてたんでね、こっちで勝手に選ばせてもらったぜ」

「おい、聞き捨てならないぞそれ」


 疾に武器について勘付かれているとは。もしやフウが喋ったのかと邪推しながら詰め寄るも、瀧宮羽黒は軽薄な笑みを浮かべるばかりだった。

「今更今更。良かったなー味方で」

「味方ねえ……」

 正直、協力者以上の扱いを受けているとは思っていない。借りを返しきれた訳でも無いし、あの男が守りたいものの為なら味方をも切り捨てる覚悟を決めているのは既に知っている。

 それを味方と呼べるのかと言えば、少々躊躇う。流石に目の前の男ほど、捨て身な価値観を持ち合わせていない。


「にしても、苦労したぜ? 何せ条件が「魔法を扱う起点にする・魔力を流す前提の扱い」だ。ノワールの馬鹿魔力で消し飛ばない強度で、しかも「妖刀禁止」。俺の伝手を使ってもそうそうあるかよ」

「知っている。前回もそれで苦労した」

 恩を着せるような物言いではあるが、肯定の返事を。実際、砕けた後も探していなかったわけではない。ひとえに見つからなかったのだ。

 強度を求めるなら化け物の一部を素材にするのが一般的な中、それに魔力を流し込んだ瞬間消し飛ぶなどという状況で、俺の魔力量に耐えられる刀がそうそうあるわけがない。

「だが、見つかったんだろう。どういう代物なんだ?」

 それもあって興味のままに促すと、瀧宮羽黒は苦笑を浮かべて詠唱した。


『——抜刀』


 魔力が渦巻き、瀧宮羽黒の手に二振りの日本刀が現れる。


 100センチはありそうな刃渡りに、鞘と柄は濃紺。曲がりは日本刀としての範囲内だがやや真っ直ぐ気味か。


 瀧宮羽黒が鞘から抜き放つ。すっきりとした刃紋を浮かび上がらせる刃は、水気のような魔力をゆらゆらと立ち上らせている。白銀にほんの少し墨を滴らせたような色合いの刀を飾る鍔には、桜を始めとした花があしらわれていた。


「これは……」

「とっておきの伝手で手に入れた刀だ。すげえだろ?」


 確かに、凄い。

 日本刀の鑑定眼など無いが、フウの双刀もかつての愛刀も割と真面目に選んだから、分かる。これはもはや別次元の代物だ。

 そう、例えば。


「……本物の、神刀か?」

 完成度の高さから例えられるのではなく、実際に神が自ら創った刀のような。


「惜しい。これはな、神に奉納され、神に直の祝福を賜った名刀だ。刀鍛冶にとっちゃ至高の名誉だろうが……更にすげえ事に、神自ら使い手に下賜したと言われている」

「……そんな代物を、何故俺に押しつけようとする」

 最後の情報は流石に聞き捨てならず、1歩足を引いた。


 神自らの下賜。それはつまり、「この人物なら使って良い」という制約が課されているとも受け取れる。

 絶対の上位者による選定。選ばれた人物が使う間は絶対の武器だが、認められていない人物が使えば神罰が下る。


 そんな物を、そもそも何故この男が所持しているのか。無言の疑問を汲み取り、瀧宮羽黒は軽薄な笑みを浮かべて答えた。

「いやそれな、元の持ち主が故人なんだよ。で、阿呆な火事場泥棒が掻っ攫って売りさばいたらしい。ひと目見て良品と悟って欲かいたんだろうが、もう1歩考えて欲しかったな」

「馬鹿な真似を……それで」

「あちこちで「不幸な事故」が起こってガチで死人を出しまくって、どこに出しても恥ずかしくない呪いの一品に。裏の売人達にお手玉されてたのを譲り受けた」

「……あんた良く死なないな」

「よく言われるけど、なんでだろうな。死神に嫌われてっからかね」


 嘯くこの男、相変わらず無茶をする。おそらく神が使い手として容認したからこそ無事なのだろうが、もしそうでなければとっくにお陀仏だ。


「ま、安心しろ。こいつは確かに持ち主が制限されてるが、触れただけで呪われるとかそんなやべえもんじゃない。これを持つには、とある条件がいるんだよ」

「条件? それが俺にも当て嵌まると?」

「当て嵌まるっつーか、お前の為に造られたのかと勘ぐるレベル」

 また分からない事を言いだした。胡乱な目を向けるも、瀧宮羽黒は押しつけるように俺に刀を差しだしてくるばかり。

「いーから試してみろ。手に取れば分かるって」

「……はあ」

 溜息をついて、受けとる。疾じゃあるまいし、致死級の悪戯を仕掛けてはこないはずだ。


 そうして二振りの刀を受けとった途端、瀧宮羽黒の言いたい事は理解出来た。


「ああ……そういう事か」

「そういう事だ」

 視線を落として、刀を眺める。清浄な気配を漂わせる刀は、俺の魔力を吸い上げてうっすら輝いていた。

「大量の魔力を継続して流し込めるのが条件か。しかも意識して制御しなければ延々と吸い上げるとは、物騒な代物だな」

「だろ。これで魔力をカラッカラに吸い上げられて死んじまったわけだ」

「えげつない罠だな」

「それだけこの刀の凄さが分かってたって事だろ」

「まあ、それもそうだ」


 持てば分かる。これだけ魔力の浸透率が高い刀を下手な人間が扱えば、辺り一帯の人間が残らず死に絶える。それが分かっていて神、あるいは前の持ち主は制限をかけたのだろう。一定以上の魔力を制御している者だけに認める、と。

 そして、確かにこれは瀧宮羽黒の言う通り、俺向きの武器だ。


「相変わらず魔力持て余してるんだろ? 丁度良いじゃねえか」

「ああ。正直、助かる。また最近、消費が追いつかなくなっていたからな」

「は?」

 どん引きされたが、事実なのだから仕方あるまい。

「どうやら増幅症は一生ものらしい。龍との契約にあらん限り魔力流し込んでいるせいで、最近力が増して格が上がりそうな勢いだ」

「……末期だな」

「ほっとけ」

 所持するだけで勝手に消費してくれるのは大変有り難い。余った分を片端から魔石に変えて自分で使うか疾に渡しているが、それでも追いついていなかった。


「だが……これは、刀としてはフウの方が相性は良いな……」

 二振りの刀。しかもよくよく見ればその形状や重心は、対の物としてデザインされていた。

 どうやら元の持ち主は、フウと同じく日本刀で二刀流を行っていたらしい。本来ならあいつに手渡すべきなのだろう。

「いやいや、そりゃ無理だ。流石にこれを嬢ちゃんが振り回すのは無理がある」

「は?」

「長さだよ、長さ。これ扱うにはそれ相応のタッパがいるぜ?」

「……ああ」

 言われてようやく気付く。確かに、150センチ前後しかないフウでは、地面に擦るか。

「後、普通に重いだろ。普段から身体強化かかってるノワールじゃあるまいし、持ち運びがきついわ」

「それに関してはあのじゃじゃ馬は問題ない。俺が殴っても痛いで済む」

「龍麟と同列の身体強化って何それ怖い」

「天性のものだ。俺より余程上手い」

 身体強化に関してはフウどころか疾にも一段劣る。注ぐ魔力量で補っているだけで技量は遠く及ばない。


 ……それはそうと、この長さで重さの日本刀を両手に持って振り回していた前の持ち主は、一体どんな偉丈夫だ。身体能力が人間離れした今でも、そんな真似しようとも思えないんだが。


「まあいい。片方だけ使うことになるが……予備扱いって許されるのか」

「いんじゃね? 俺だってずっと魂蔵ん中だったぜ」

「それもそうか」

 納得して、刀を軽く振るう。初めて触れるにしては妙に手に馴染む。完全に慣れるまでには少し時間が必要だろうが、これなら問題ない。

「じゃあ、これを買わせてもらう」

「毎度。で、対価だが」


 そこでニヤア、と笑ったヤクザ面に、警戒心が募る。思わず身構えた俺に構わず、瀧宮羽黒は楽しそうに言った。



「それ使って、何があろうと生き抜け。んで、またあっちの世界で酒でも飲もうや。そん時奢ってもらうのが対価な」



「…………」

 虚を突かれて、動きが止まる。してやったりと笑って、瀧宮羽黒はひらりと手を振った。

「じゃーな、馬鹿弟子。赤毛の嬢ちゃんとクソガキにもよろしく言っといてくれ」

「……瀧宮羽黒」

「あん?」

 肩越しに振り返る最悪に、俺は顔を顰めて吐き捨てた。


「だからてめえとは関わりたくねえんだよ、偽悪者が。とっとと失せろ」


「はははっ」

 楽しそうに、悪そうに笑って。「最悪の黒」は、己の世界に帰っていった。




 そして――

「あれぇ!? 羽黒青年どこ!? ノワール青年もいない!? えっ、もしかして……おっさん置いてけぼり!?」

 目を覚ました大魔術師が悲鳴を上げるのは、それから二時間後のことだった。



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