【35話:ラリー災難?】
大きすぎる力を目の前に見て、持つ者と持たざる者そして結果、得てしてそんな状況は人の心に影を落とす。強気者に怯え後ろ指を指す弱気者達、皆が俺に対して畏怖の念を抱いた瞬間だった。
そんな静寂を破るかのように無邪気な声が森の中に響き渡った。
「『ラリー!』」仲よくハモる二人のよく聞き慣れた声だった。
「流石じゃのぅ、其れでこそ妾の師匠じゃぞラリー」
「んもうっ、『覇気』が使えるなんて羨ましいですわよラリー」
二人の天使が俺の身体を暖かく抱き締めてくれる、其れだけで殺気で凍えた俺の心を溶かしてくれた。こんな体験は初めてだった。いつも『覇気』を使った後は後悔の念しか沸いてこなかったのに。
「……ふたりとも、俺が怖くは無いのか? こんな殺気で充満した俺を見て……」
右腕に抱きついているウギと左腕に抱きついているサギの両方に交互に目を向けながら問うてみる。
「あらっ、ラリーのことを誰がそんな風に思うのかしら? だって、皆を助ける為に力をつかったんでしょ、だったらねぇ……誇ることはあっても恥じることは無いのよ」
「……いや、でも……俺の殺気は……普通恐れるだろう?」
確かに恐れなんぞ皆無で無邪気に抱きついてくるふたりに戸惑いながらも、もう一度訊ねた。
「あらっ、ラリー気付いていないのかしら? とうに貴方の殺気なんて綺麗に無くなっているわよ。ねえっ、ウギ」
「そうじゃぞ、お主の『覇気』も、もうとっくに霧散しておろうがのぅ」
えっ、そうなのかいつもなら半日ぐらいは『覇気』も殺気も纏わり付いたまま剥がれないのに……。
「……いつ? 殺気が抜けたんだ? サギっ」
「ん~、そうね。――ウギとふたりで貴方に抱きついた瞬間かな~? うふっ、嬉しい?」
そう言いながらもふたりとも俺の腕を放そうとはしてくれない。と言うか、ふたりとも破顔一笑でますます密着してくるから……ねぇ。
「おっ、今度はお主も少しは慣れたようじゃのぅ、んっで、どうじゃ~ご褒美じゃぞ、ほれほれっ!」
「ウギっ、また自分だけ狡いわよ……それなら私だってんっ……もっと……あんっ」
「うっ、ふたりとも~っ――わっ、むね……がっ……うっ」
正常な精神状態になった俺には先程のトラウマの状況が蘇ってくる、両腕に触れている彼女等からの柔らかな感触に気付いてしまったことでまたもや一気に羞恥心がピークに達した、再び俺は鼻血を出しながら気を失って倒れ込んだ。
「『あっ、ラリーっ』」
ここでも仲よく二人のハモる声を聞きながら、俺の心は再び天に昇っていった。
(今度は俺! ほんと死んだ!)
“まったく坊やは……強気者なんだか弱気者なんだか?”
またもや最後にヴァルの魔力念波が俺の意識の隅を横切っていった。
気が付いたところはまたもやリアーナお嬢様の馬車の中だった。
「っん~」
「あっラリーっ、気が付きましたか?」
サギが俺の顔を覗き込むようにして訊ねてきた。
「……此処は? またリアーナお嬢様の馬車の中?」
今回は覚醒しきらない頭の回転でも経験で解った。
「お目覚めになられましたねラリー様。しかし、本当に面白いお方ですね貴方様は。あれだけの魔獣達を一瞬で相殺された英雄様ともあろうお方がね……ふふっ」
俺の向かい側に座っていたリアーナお嬢様がまたもやつぼに嵌まって笑いを抑えられないらしい。
しかし、皆、俺に対して以前と変わらない微笑みを投げかけてくれている。あんな事があっても俺が怖くないらしい、其れは俺に取って新鮮な出来事だった。
俺はゆっくりと起き上がりリアーナお嬢様に向かい合って座り直した。
「リアーナお嬢様は……俺が怖くは無いのですか? あんな力を……」
さっき、サギたちに投げた質問をリアーナお嬢様にも問いかけてみたが、言い終わる前に言葉を被せてきた。
「あら、変な質問ですねラリー様。私は貴方様を信じておりますわよ、なにせ私の大親友のサギの思い人なんですから」
「えっ?! なっ、何を仰っているんですか! お嬢様っ!」
左隣に座っていたサギが慌てて言葉を挟み込んできた。恥じらいの頂点に達したような真っ赤な顔で。
「あらサギ、私の思い違いだったかしら? そうなら、ご免なさいね、でも其れだったらラリー様は私が貰っても宜しいのですね?」
そう言って、リアーナお嬢様は立ち上がり俺の右隣に座り直した。俺を挟んで前屈みにサギの顔を苦笑しながら意味深めに覗き込んでくる、俺の右腕に両腕を絡めながら。
「なっ! お嬢様っ! あっ、何をなさっておられるのですか!」
困惑の表情を浮かべながらも口を尖らかせて文句を言ってくるサギの様子は傍から見ても微笑ましく可愛らしかった。そんな状況でもお嬢様はさらにたたみ掛けてくる、何故か余裕を持って。
「そうかしら、愛しい殿方にこうやって態度を示すのは悪い事かしら?」
「えっ、いや其れは……」
お嬢様に押されて、サギは今度は黙り込んでしまった。俺の顔を睨み付けながら――。
(俺が悪いのか? んっ、そうかもな!)
何となくその場の雰囲気がそうさせたのか、俺はお嬢様の両腕をやんわりは押し戻して絡めてきた腕を外す。そして、お嬢様に向き合いながら話しかけた。
「リアーナ伯爵御令嬢ともあるお方が、そんなお戯れをおっしゃるとは、私如きが相席していることですら恐れ多いので、お許し下さい」
おもむろに俺は立ち上がるとリアーナお嬢様の前に跪き頭を垂れて騎士礼をした。
「まあ、ラリー様そんな、お立ち下さいませ。一団を救って下さった英雄様にその様な振る舞いをされては、リッチモンド家末代までの恥となりましょう。お願いですからお立ちになって」
そんなことをしていると、サギが同じく立ち上がり俺の後ろに控えて同様に跪いた。
「お嬢様、先程の非礼をお詫びいたします、私の失礼な発言を夙にお許し下さい」
二人して傅いた状況ではリアーナお嬢様もそれ以上言葉をつないでいくことは出来なかった。
「まあ、お二人とも――解りましたわ。但しサギ、あなたにはひとつお願いがあります。」
「はい、どのようなご命令でも――承ります」
「そうね、それじゃ……ウギさんには負けないで下さいね」
「『えっ!』」思わぬ言葉に俺とサギの声がハモった。
と、発信者の当人と言えば肩を竦めながらも可愛いらしくぺろっと舌を出して俺達にウインクして見せた。そんな仕草が今はとても似合ってきている。
サギはリアーナお嬢様の言葉の意味を噛みしめるように暫く俯いていたが、すっーと顔を上げて高らかに宣言した。
「はい、お嬢様――お約束いたしますわ、負けません! 私……絶対に!」
俺はお嬢様に跪いたまま、後ろのサギの顔を見つめて惚けるしか無かった。
「お~ぃ、なんだこの状況は?」
おもわず呻くような呟きが口から次いで出た。でもそんな風に見とれている俺にサギはその吸い込まれそうな碧眼の瞳のウインクを投げて寄越したんだった。
次回【36話:ラリー、俺のパーティー!】を掲載予定です。




