【33話:さっ、お仕事です!】
護衛師団の流れは宿を後にして田舎道の畑の間を抜ける街道沿いに歩みを進めて行った。
朝靄の立ちこめる中、季節柄か吹き抜く風はまだ幾分か冷たかった。それでも、効能あらたかな温泉宿での一泊は一団のメンバーの疲れを癒やすには十分な休養となっていた。四台の応接室馬車と六台の荷馬車の一団は力強く行軍を進めて行く、その行く手には嘗て無い試練が待ち受けているとは皆、この時は露程も知らなかった。
俺はウギと共に一団の先頭を進んでいた、今日の旅程ではこのまま長閑な山間を抜けてから鬱蒼とした森林の中へ入っていく事になる、森林と言っても道並みは大型の応接室馬車が通り抜けて行くには十分な道幅を有してはいるがさらに進んでいくと険しい山道に差し掛かるはずだった。山道でも道幅は広いものの谷側は言わずもがな断崖絶壁であり往来の際には特段の注意が必要となる。特にその辺りでは魔獣が俳諧している森の中であり一段と警戒が必要になることは皆が心得ていた。一団は時折、休憩を挟みながらゆっくりとした歩みを進めていた。
何度目かの休憩時にサギが馬車から降りてきて俺達が休んでいた木立の中へ入ってきた。
「ラリーさ……ラリー」
「サギさ……あっと,サギ――なんだ~?」
やっぱりまだ呼び慣れていないな俺達。
「んっ、あの~ねぇ……一緒にいてもいいかな?」
「ああ、勿論だとも、って言うか……いちいち断る必要は無いよ」
「んっ、でも~ねぇ……」
サギは心なしか顔を赤らめながら俯いている、そんな仕草が無性に可愛らしかったね。
「お主ら、いい加減にせんかのぅ」
ウギが膨れっ面になりながら、文句を言ってきた。
「あら、ウギっ! そんなことを言ってるならあなたの弱点を攻めさせて頂くわよ!」
「おおっ、妾の弱点とな? 何だのぅ?」
「……頭を剃られたお爺さま、連れてきて上げましょうか」
「うっ……」
此は、サギに一本取られましたかな。ウギは苦虫を潰した様な顔をして呻いていた。
「嫌いなだけじゃぞ、ヨル爺の事は……別に弱点では無いぞのぉ」
「あら、そうだったのね、ご免なさいね……そっかぁヨル爺って言うんだ」
「うっ……」
こりゃ、今回は完全にサギの優勢勝ちかな。まあ、そろそろ仲裁に入らないと拙そうだな。
「こらこら、二人ともいい加減にやめなさい」
「『は~ぃ』」二人して仲良くハモってくれたね。まあ、仲が良いんだか、悪いんだか?
俺達が居た場所は木立の中でぽっかりと空いた空間のような所だったがなんかすごく居心地のいい場所だった。丁度、倒れた大木が座り心地のいい高さで横たわっていたので三人揃ってそこに腰を降ろした、俺を真ん中に右にウギそして左にサギが座った、ヴァルはウギの前におとなしく伏せっている。
「サギ、所でなんか用があったのではないかな?」
「うんんっ、用って言うほどのことでもないの……何となく一緒に居たいなって、ラリーと……」
そんなことを言いながら吸い込まれそうな微笑みで此方の方を覗いてきた。木立の中の木漏れ日と共に其処だけ花が咲いたような錯視に一瞬捕らわれる。
「ウギはずっとラリーと一緒でしょ、羨ましいなって思ったら居ても立ってもいられなくて、お嬢様にちょっと時間を貰ったの……迷惑だった?」
「迷惑だなんて、そんなことは無いよ、相変わらず気の使いすぎですねサギは……」
「そうじゃぞう、サギ。妾は気ままにラリーに相対しているぞ、ほれっ」
ウギはそう言いながら俺の右腕に彼女の両腕を絡めてきた、まあそうすると否が応でもウギの豊満な胸が腕に押しつけられるわけでその柔らかな感触が腕を通じて俺の脳神経を刺激してくる。
「うっ、ウギっ――お前な~っ――わっ、むね……がっ……うっ」
顔を赤らめながら、腕を振り解こうと藻掻くがそうすればそうする程よりウギは腕をきつく捉えて放そうとしない。
「ウギっ、狡いわよ……それなら私だって……」
今度はサギが俺の左腕に貴女の両腕を絡めてくる。両側からの柔らかな感触が一気に俺の精神を支配してきた。羞恥心がピークに達した時、俺は鼻血を出しながら気を失って後ろに倒れ込んだ。
「『あっ、ラリーっ』」
仲よく二人のハモる声を聞きながら、俺の心は天に昇っていった。
“相変わらず……坊やだこと”
最後にヴァルの魔力念波が俺の意識の隅を横切っていった。
気が付いたところはリアーナお嬢様の馬車の中だった。俺はひとり座の長いすに寝かせられていてサギが付いていてくれたようだ。
「っん~」
「ラリーっ、気が付きましたか。大丈夫ですか?」
サギが俺の顔を覗き込むようにして訊ねてきた。
「……此処は? 何処ですか?」
まだ、覚醒しきらない頭の回転でひとまず状況把握をしていた。
「お目覚めになられました? ラリー様。お体の具合は如何ですか?」
俺の向かい側に座っていたリアーナお嬢様が訊ねてきた。
寝たままでは失礼になるのでゆっくりとした動作ではあるが俺は起き上がり椅子に座り直した。
「お嬢様、ありがとうございます。無様な姿をお見せしてしまいましたね、申し訳ありません」
俺は深々と頭を下げて、お嬢様に非礼のお詫びを口にしていた。
「あっ、ラリーが悪いわけではありませんから……私の不徳のいたすところですから、ごめんなさいい」
サギが顔を真っ赤にしながら俺に謝ってきた。やり過ぎたと思っているのだろう、肩をすぼめてシュンとした顔つきで恥じている様子だった。
「サギ……っ」
「本当にごめんなさい」
まあ、女人に対しての耐性が無かった俺のほうが、不徳のいたすところなのだが、其れはこの場でリアーナお嬢様を前にしては言えない状況だった。そんな俺達を見てお嬢様はくすくす笑い出した。
「あら、笑ったりしてごめんなさいね。でも、ラリー様って……ふふっ」
リアーナお嬢様はつぼに嵌まったのか笑いを抑えられない様子だった。まあ、笑われても仕方が無いなと俺は天を仰いで大きく溜息を付いた。
ガタンッ! その時、馬車がいきなり大きく揺れた!
「きゃっ……!」「いやっん!」と馬車の中は悲鳴がこだました。
次回【34話:魔獣現る!】を掲載予定です。




