【88-1話:神魔殿での出来事!】
「ふ~ぅ、何とか間に合ったみたいね……良かったわ」
そう言って膝についた埃を払いながらゆっくりと立ち上がったサギがふ~っと大きく息を吐いてから俺にニッコリと笑いかけてきた。そう貴女を中心にみんなの周りが銀色に煌めいていた。
「ああ、サギが結界を……有り難う」
俺もそんなサギの微笑みにニヤリとを口角を上げて応えるが……腕の中の二人がもぞもぞと動き出してきたことでハッと気が付いた。
「あっ! 二人とも大丈夫か?」
ウギがこっちを向きながらモゴモゴと何かを言ってくる。
「ラリー、妾は押し倒されるならば出来れば床では無く……がいいぞのぅ」
おい、相変わらず余裕があるというか、其れしか考えていないのか? ウギっ!
そんな俺の潜思も何のそのモゾモゾと動きながら仰向けに身体の向きを変えて逆にしがみついてくる。おいっ!
「まあ、時と場合を選ばずにこんな時でも妾の躰を欲してくるとは嬉し恥ずかしであるぞのぉ、ラリーっ!」
そんな言葉を吐きながら満面の笑みを浮かべて首筋にしがみつき直してきたウギを引き剥がすようにして俺はゆっくりと立ち上がった。其れと時を同じくしてアンも起き上がり始めた。ちょっと頬を染めながらだったが……。
「ウギっ! あのな~ぁ、この状況でお前いまそう言うか?」
「んっ? ラリー違ったのか? のぅ?」
そんな返しをしてくるウギに俺は膝を付いたまま半腰の姿勢で見下ろしながら半眼で睨み付けておく。その横ではアンがまだ赧顔に堪えないと言わんばかりに耳まで真っ赤になって俯いていた。
「アン? 大丈夫だったか?」
ひとまずウギの方は放って置いて聖女様の安否を気遣うことにした。
「……妾は殿方に抱きつかれたことが無いから解らぬのだが……心の藏がドキドキしておるぞ、妾は何処か悪いのだろうか? ラリー?」
恐る恐る俺の方に向き直って上目がちに見てくる彼女を見ていると何故だかこっちも赤面してきそうだったよ。
「はいっ! 其処のお三人方いいかしら――この状況で何やってるの?」
尤もな忠告をマギが良いタイミングでしてきてくれる。いや~ぁ、助かるわ!
それもそう今まさに敵陣のど真ん中にいて炸裂魔法か何かを仕込まれた書状に襲われたところだった、神魔殿への這入りっぱなにてこんな派手な登場の仕方をしていたら一挙に敵勢が押し寄せてくるのは火を見るよりも明らかなことだろう。
「既にこっちの事は気付かれたと思っていいはずねラリー、密かに忍んでの侵入のシナリオは崩れたわよ、是からどうするの?」
サギが思いっ切り膨れっ面になってこっちを睨みながらそう言ってきた、貴女がなんで其処まで不機嫌なのか良く解らないが……確かに土煙の向こう側がにわかに騒々しくなっているのが伝わってくる。こうなったらこうなったで開き直って力業で進むしか無いかと思っているとまたもやアン嬢が俺の手を握り直しながら話を切り出してきた、無論いまだその頬がほんのりと赤いのがやけに可愛く見えて仕方が無かったが……。
「ラリーよ、此処は妾に任せてくれぬかのう、妾の『法力』にて、まだ何とかなるじゃろうて」
そう願い出た聖女アンの手を俺は力強く握り返すと、そのままゆっくりと引き上げて立ち上がらせてから彼女にひと言尋ねた。
「それで、俺は何をすればいい?」
「妾の傍でこのまま手を握っていて貰えるか……それだけじゃ」
「相分かった」
そんな会話をみんながポカ~ンとした顔で眺めていた。
「なんか、少し妬けるわよね……まったく、大公女様の許嫁って言うのも嘘に見えないわよ」
サギが俺の傍に依ってきながら耳元でボソボソと呟くように話しかけてきたが、其れには目だけで応え返して置いた。今此処で其れを言うかサギさん!
そんな俺とサギの間の遣り取りを横目で見ていたアン嬢はフッと視線を前に戻すと両目をスゥ~と静かに閉じて囁くような声で詠唱を始めた。まるで子守歌でも歌うかのようななよらかな声色がまるで水面に波紋を広げるようにゆっくりと周りに響き渡り始めた。俺も含めみんながその声色に気持ちが吸い込まれ目を閉じてウットリとしていった。
「ほれ、もう良いぞのう」
アンの掛け声にビクッとして俺は目を覚ました。
「俺は今、寝てたのか? それとも……?」
と、辺りを見渡すとサギもマギもウギもキョロキョロしてお互いの周りを見ていた。そう其処には先程の喧噪や土煙とはまったく無縁の光景が広がっていた。て言うか此処は何処だ?
「なあに、此処も神魔殿の中じゃぞ。只、妾の深層意識にある神殿部をさっきの魔殿部に重ねただけであるからちょっとした迷路が出来たようなものじゃな。暫しの時間稼ぎにはなるであろうぞ」
「マジかっ!」
「『うそ~ぉ!』」
俺も含めてみんながハトが豆鉄砲を食らったような顔で惚けていた。
次回【88-2話:神魔殿での出来事!】を掲載いたします。