【87-1話:ペルピナル神魔殿へ!】
ペルピナル神魔殿への行きすがら、俺が御者をしている間にもその馬車の中で魔導師と聖女との攻防が否応なく再燃していた。
「聖女様っていっても実際の所、神魔殿での案内はどの程度出来るのかしら?」
マギがアンに対して挑発的に切り出してきた。
「妾か――ペルピナル神魔殿か? 妾もまだ行ったことが無いからのう」
そんなマギが発する空気を読まずに、是もまた彼女の気持ちを逆撫でするような発言をアンが即座に返してくる。
「えっ! 初めてなの?」
「そうじゃ、妾とて簡単に行ける場所では無いからのう」
「それじゃ何の為の案内役なのよ!」
「初めてじゃとは言ったが案内が出来ないとは言ってはいないぞ、勘違いするでは無い」
「行ったことが無いくせに偉そうに言うわね。初めてでどう案内出来るわけ? 訳わかんないわよ」
マギがぷりぷりと怒った声を馬車の中に響かせている。そんな事にはまったく意も返していないアンの態度が更に輪を掛けてマギにいらざる刺激を与えていたんだが……。
「マギ殿とか言ったのう、妾の事を良く思わないのは仕方が無いが『法力』は信じてくれるであろうのう」
「『法力』?」
「そう『法力』じゃよ」
天下御免の大魔導師のマギとしても『法力』は知っているだろう其れでも疑問符を付ける質問をするところを見ると実際に目にする事は少ないとみた。
「マギは『法力』を目にした事があるの?」
マギの傍らで二人の遣り取りの先行きを案じていたサギがマギの気持ちを落ち着かせるように二人の間に踏み込んできた、流石はサギっ! 実にいいタイミングだよ。御者に専念している俺は彼女等の話には割り入っていける場所には居なかったからな。
「ん~っ、『法力』って言われても実際に目にした事が無いから私も良くは知らないのよサギは見たの?」
「うん、私はさっきねアンに『法力』で射かけられたのよ、まあラリーが受け止めてくれたし彼女が言うには人間には影響が無いって」
「えっ! 其れって撃たれたって事なの? アンに……」
「言い方が悪かったわ、悪戯されたって事かな……ねっ、アン」
サギがそう言ってアンに話しの続きを促した。
「サギにはここに来る前に冗談半分に力を試させて貰ったのだ――まあ、サギには悪いことをしたと妾も今は反省している、この通り謝るでのう、すまなんだ」
何故かアンもサギに対してはいつの間にか好意的に対処してくる様になっていた。
「そう言うわけでサギには妾の『法力』を垣間見て貰った訳だが其れだけでは無いのだぞ。『法力』を使って物を見る事の方がずっと使い勝手があるのだぞ」
サギのお陰でアンの事にも皆が関心を持ち始めたようだった。そうするとアンも調子が出てきたのか饒舌に話し始めた。
「『法力』を介して人を視ると其奴の真の心が視えるのじゃ、悪意か善意かを見分けられるのじゃ」
得意げになって来た様でアンが自慢げに胸を張って見せ始める。
「え~っ、本当に当たるの~ぉ?」
ここぞとばかりにマギが訝しげな顔色でアンを見つめる。それに対してアンはふっと力を抜いた様な表情に変わると突如その眼が全ての色を失ったかのような白眼になった。時間にしてほんの一瞬の出来事だったが……。
「えっ! な、何っ? あんた?」
そうマギが喋ったその瞬間、アンの目を見たままその眼差しに吸い込まれたかの様にマギ顔つきが固まりそして次の刹那に解放された様にマギはその眼を泳がしていた。みんながマギの様子を固唾を呑んで見守る。
「私に何をしたの? アン」
マギが蒼白な表情で聖女に問うた。
「何って言われても特に何もしておらぬぞ――お主の身体にも別段変化は無いであろう」
アンは淡々とそう告げてきた。
「ただのう、お主の本心にちょっと触れてみただけじゃ――マギよ嫉妬心は身を焦がすぞ」
「なっ、何を……」
「お主が妾に突っかかるのは悪意では無いが、お主の本意でも無いらしいのう。まあ良い、妾はただ皆と一緒に大公様を助けに行きたいだけじゃ。それ以上でもそれ以下でも無いぞ、其れとラリーとの許嫁の話は妾の事では無く公女殿下の事だからのう、勘違いせんで欲しいぞ」
アンはそう言いながらペロッと舌を出しておどけて見せた。まったく一筋縄ではいかない性格を惜しげも無く出してマギまで翻弄してくるとはこの先の暗雲を暗示するような筒闇の中、俺は馬車を目的に地に向かって一心不乱に走らせ続けた。
馬車の中でアンの隣に座っていたウギが詰め寄るようにアンに問いかけた。
「さっきのお主の白眼はその『法力』と言うものなのか?」
「んっ! そうじゃぞ、まあ相手の心を見通すような力しか無いがのう、しかしお主もそのなんじゃのう、グラマラスな胸を……羨ましいぞ、どうしたらそうなれるのじゃ?」
アンが毎度のこととなった目線の錯綜にて自分の胸元とウギの其れを見比べて大きく溜息を付いた。そんなアンの視線を物ともせずにウギは自分の頭の後ろに両手を回してその凶暴に突きだした双峰の辺りを更に固持するように胸を張っていらぬ事を口走る。
「やはりラリーに揉んで貰うのがいいかもしれないの~ぉ、お陰で妾の胸もワンサイズアップしたんだぞ」
柔やかに笑いながらそう告げるウギに俺は蒼白な顔でブルブルと首を横に振っていた。が、その横で突き刺さるようなアンの半眼の目が無性に痛かった。
次回【87-2話:ペルピナル神魔殿へ!】を掲載いたします。