【85-7話:大公様失踪事件?!】
イカルガ伯爵に連れられて俺とサギは宮廷の奥の公国政治の中心部へと足を運んでいた。
そう、是からベッレルモ公国聖都テポルトリの君主継承者アン公女殿下との謁見に向かっている所だった。
アン公女殿下のいる宮廷の中心部への道のりは俺達の間借りしている大部屋宿舎からは馬車に乗って向かうほどの距離があった。イカルガ伯爵の執務室を出ると宮廷の護衛の為に常時詰めている衛兵に案内されて馬車が待っているエントランスに向かった。案内の衛兵にサギが深々とお礼の挨拶をするとその美貌に捕らわれた衛兵は天に昇るような顔持ちのまま固まった状態でその場に立ち尽くしていたが――そんな衛兵の状態にビックリしてあたふたし始めたサギを俺は無理矢理抱き抱えるように引っ張りこんで取り敢えず三人で馬車に乗り込みその場を後にした。
「相変わらず宮廷にはサギのファンは多いようだな――さっきの衛兵もそのひとりのようだね」
乗り込んだ馬車の中でそんな事をイカルガ伯爵が告げてくる。
「イヤですわ、まったくいっつもそんな風に茶化してくるんですね――イカルガさんてばっ!」
そう言われてサギが照れながら伯爵に反駁する。
「そうか? さっきの衛兵さんの照れ方は尋常な照れ方では無かったように俺も思うんだけど……」
そんな風に俺も相乗りしてサギを茶化すと今度はふて腐れてように俺を睨んで口を開いた。
「ラリーもそう言うこと言うんだ――ふんっ!」
あららっ? 何で俺の言葉だと怒るのかな~ぁ?
「あはは、流石のラリー君も未だに女心を読み通す魔力は無いようだね」
イカルガ伯爵のツッコミは今度は俺の方を向いてきた。俺だってそんな魔力や魔術があったらどんなに今、楽をしているかと心の中で密かに愚痴っていたよ。
「まあ、そう言う君だからこそサギやみんなが慕うんだろうな――出来るならアン公女殿下の事もよろしく頼んだよラリー君」
「んっ? どういうことですか? 其れって?」
俺はそのままイカルガ伯爵の言葉に疑問を呈していたが伯爵は其れには応えずにただ微笑んでいただけだった。そうこういう間に馬車は宮殿中心部の大ホール前に静かに着いた。
大ホール前で俺達三人が馬車を降りると流石に宮廷の最重要箇所となるアン公女殿下のお膝元だった事から、警護レベルも格段に上がっていた。ホール前は衛兵の上位の力を持つ警邏隊の数多くのメンバーが警護していた場所だった。その中の数人が俺達を先導して案内してくれるようだった、そんな警邏隊の中に宮廷魔術師団のメンバーも居たようで、その宮廷魔術師団の彼女がサギの姿を見つけるとスッと貴女に近寄ってきて耳打ちをしに来ていたのが見えた。何の話しをしていたのかは聞こえなかったが耳打ちされているサギの頬が次第に朱に染まっていくのが傍でもハッキリとわかった。と、サギが彼女の背をバンバンと叩きながら叫んできた。
「バカッ! まだよっ! そんな素振りも無いのよ~ぅ、まったくこっちが聞きたいわよメイっ!」
んっ! 一体何の話しをしているんだ、サギっ? その娘はメイって言うらしいが……?
サギの突然の叫び声にビックリしてイカルガ伯爵も他の警邏隊のメンバーも一気にサギとそのメイって呼ばれていた娘を見つめ返す。と、周囲の人波の視線が自分達に集まっている事にやっと気が付いてその時サギは自分が無意識に大声を発したことを思いだしたようだった。そのことに気付いたその瞬間、サギは真っ赤な顔になって俯いたまま呻くように声を発した。
「あっ! 何でもありませんから……みなさん御免なさい」
そんなサギの可愛らしい仕草にその場のみんながホンワカしていく空気感がありありと感じられていく瞬間だった。
「ほほ~ぅ、サギはまたファンを増やしたようだねラリー君! しっかり掴まえていないと逃げらてしまうよ」
そう俺に向かって話しかけてくるイカルガ伯爵に――黙って俺は頷くしか無かった。
宮廷の中に案内されてアン公女殿下が待っている謁見の間までの長い廊下を歩いている時に俺はさっきのホール前での出来事をサギに訊いてみることにした。
「サギ、さっきは君の友達が話しかけてきたようだったが何の話しをしていたんだ?」
「えっ! あっ! あれはそうよ宮廷魔術師のお友達のメイが……って聞いてきたのよ」
「んっ? 良く聞こえなかったよ、何だって?」
「……いいの、もうバカッ!」
何で俺は――サギの顔を思わずジッと見つめると貴女はその視線を逸らすように目を泳がせながら声高に喋り始めた。
「そんな事よりほらっ! アン公女殿下に会うんだから大丈夫なの話しの筋道は? 覚えていて?」
明らかに話しを逸らす為の前振りに思えたが、サギが言いたくないことをあえて聞くのも憚られたのでその場は貴女の前振りに応じて答えておいた。
「そっちの方は大丈夫だよ、心配してくれて有り難うサギ」
「ううん、ラリーの事だから心配なんかはしてないけど――そうよね私も頑張らなければね」
サギはそう言うと自分に気合いを入れ直すように握りしめた両手にグッと力を込めてその手を思いっ切り振り降すと共にフンッと気を吐いていた。
其処まで気合いを入れなくても十分に貴女なら公女殿下とも対等に渡り合えるよ――だって魔女王とタメで遣り合えているだからとは口が裂けても言えなかった。
俺達は目の前にひときわ豪華絢爛な扉が現れた事で長い廊下の終わりに辿り着いたのを知った。その扉の前でイカルガ伯爵が門兵の傍らに控えていたお役人に懐に収めていた文を手渡した。お役人は其れを受け取るとはすすっと奥に姿を隠して行ったが暫くすると再び戻ってきて扉を門兵に開ける指示を出した。さっきの文はお目通りの許諾書らしい、そしてイカルガ伯爵に向けて深々と礼をしながらひと言告げてきた。
「奥にてアン公女殿下がお待ちになっておられます」
「其れは相済まない」
一礼して部屋に這入るイカルガ伯爵の後について俺達も謁見の間へと歩を進めた。
次回【86-1話:アン・リトホルム公女殿下!】を掲載いたします。