【85-4話:大公様失踪事件?!】
サギとヴァルの二人にそんな風に詰め寄られている俺を助けに来たかのように、ちょうどタイミング良く俺達の大部屋の扉をトントンと叩く音で――その場の会話が一時止まった。
俺自身はその時ホッと安堵の溜息を付いていた。誰が戻ってきたのか? 律儀にノックをしてから這入ろうとしていると言う事は――ロミルダ嬢らしいな。俺はそう当たりを付けていた。
「んっ! ロミさんかい? どうぞ」
「あっ……はい、私ですロミです」
そう向こう側で応える声がしてゆっくりと扉が開かれた。扉から顔だけ覗かせて中を伺うような仕草でロミルダ嬢がもう一度、確認の問いを俺に投げてくる。
「何だかサギの興奮した声が聞こえてましたけど……大丈夫ですか? 私が這入っても?」
あら、やっぱり。俺は少し跋が悪そうな気持ちを無理矢理心の中に押し込めながら此方も入室の許諾をロミさんに無言ながら大きく頷いて返す。彼女曰くサギが興奮していた! 傍から見るとそう捉えられるのか、そう思うとロミルダ嬢が訝るのも吝かでは無いと思う。
そんな中でサギがベットから音も無くスルリと降りてロミルダ嬢を大部屋に迎え入れる為に扉の方に歩を進めた。
「ロミ、ゴメンね。誤解させたみたいだわ別段ほらっ――ヴァルと二人でラリーにちょっとわけいったことを相談していただけよ、さっ這入って頂戴」
サギはそう告げるとロミルダ嬢の手を取って大部屋の中へと導いた。そんないつもと違うサギの仕草にロミルダ嬢は此処であったことが何なのか探るような眼差しを俺とサギに投げてきた。
サギの言う『わけいったこと……』の重みは俺自身心に重くのし掛かった、貴女にそれ程までの言葉を言わせた自分を思いっ切り恥じた。
「あの~ぅ、ラリーさんいいですか?」
「あっ、はい何でしょうか? ロミさん」
と、ロミルダ嬢がサギから離れて俺の傍らにスッと近づいたかと思うと耳元にそっと顔を寄せて手で彼女の口元を覆いながら囁くように告げてきた。
「後でサギにはちゃんと謝って置いた方がいいですよ……多分、相当怒ってますよ、あれは――何があったかは訊ねませんがね」
「…………」
言葉も無く俺は小さく頷くとハ~ッと溜息を付いた、まあそう言われるだろうとは思っていたが。
「ロミっ! いいのよ……ほっといて!」
「ほらっね」
「わかってますよ――俺が悪かったことは」
俺は唯々俯いたまま静かに時が過ぎ去るのを待つしか無かった。サギ達に秘密を持つことの恐ろしさをまざまざと知った日だった。
そうこうしているうちにマギとウギも戻ってきた。まあ、ウギはマギに首根っこを捕まれて連れ戻されたといった方が良かったみたいだったが。
「ラリーっ! ウギを外回りにしたのは間違えよ! この娘ったらまったく――」
「何じゃ、妾が何か悪いことをしたように言うじゃのぅマギよ」
「あ~ぁ、まだ解ってないのかしらこの馬鹿っ!」
マギが怒り心頭の様子でウギに迫っていく所に割り込むように俺は身体を滑らせてマギの前に立ちはだかった。それでもその俺を強引に押しのけるようにマギはウギに食って掛かりウギは俺の背中に綺麗に回り込んで俺を盾にしてまでもマギに反論する。
「妾のお尻を不埒にも触ってきたのだぞ、あの爺は! 叩きのめされても仕方の無いことだぞ――妾のお尻を触っても良いのはラリーだけなのじゃぞぅ」
「だから、その爺って言う奴が……あんた誰だか解って叩きのめしたのか~ぁ」
おいおいマギ? 一体何があったんだ?
「あっとその前に、ラリー言われたことを聞き取ってきたわよ。ラリーの読み通りだったわ、イェルハルド・リトホルム公爵と最後に引見したステファン卿が帰る時に付き添った衛兵に会えたわよ。顔は深いフードを被っていて見えなかったそうよ、ただ『帰るので馬車を頼む』と言われてステファン卿の声だったって、其れで馬車を用意したそうよ――ステファン卿が宮殿に来る時に乗ってきた馬車をね」
「わかった、マギ。ありがとう、こっちも色々解ってきたよ」
「そうラリー、役に立てて嬉しいわ」
そう言ってマギがニッコリと俺に向かって微笑んだ。
「あ~とでね、しっかりご褒美が欲し~ぃな~ぁ――って、言っている場合じゃ無いわ、ウギっ! あんたがのしたそのエロ爺がステファン卿よ、しかもその後であんた呼び出しを貰っているじゃ無いの、どうすんのよ~ぉ」
そう打ち明けたマギのひと言は俺達一同を一気にざわつかせるに十分な威力があった。
「「『なんだって!』」」
「妾は行かんぞ。わざわざ向こうの良いようにされるほどお人好しでは無いでのぅ」
と、そんな中でもひとり状況を把握していないウギの発言にみな天を仰ぐ。
「ウギっ! どういうことなんだ。ステファン卿に愚行をしたのか?」
俺の勢い余ったそんな問い掛けにやっと自分の行いの拙さに気が付いたのかウギがシュンと申し訳なさそうな顔つきなった。
「ラリー~っ、だって妾に落花狼藉を働いたのはあの爺の方なのだ――で、ごめんなさい」
なんだかんだで文句を言うもののウギはその小さな身体を更に縮こまらせて涙目になりながら謝ってきた。ちょっと可哀想だが――ちょっと可愛い。
「ラリーそこまでにしてあげて、マギも良いでしょう――もう、その爺に何をされたのかな~ぁウギっ?」
「うん、お尻を触られて抱きつかれてたのじゃ、妾もビックリして思わず手が出た」
庇うようにサギが話しに入ってきて其れこそ渡りに船とばかりにウギが即答してくる。
「ふ~んじゃぁ――ウギは知らない間にステファン卿に近寄られたんだ、そんな隙を与えたんだ」
畳み込むようにサギが話しの筋を掴んでウギの記憶を辿らせてきた。
「いや、妾も気配を察していたのじゃぞ爺の、じゃがのぅ――後ろを取られた、しかも見えなんだ、黒い闇のような気配に一瞬捕らわれたのじゃ妾がのぅ、不覚にも」
えっ、なんだって。
「ラリーっ、それって黒魔術かも」
そばでマギがそう言ってきた。しかし、マギもその時ウギの近くにいたんだろう? 気付かなかったのか? ステファン卿とは何者なんだ? そんな疑問が矢継ぎ早に出てきた。
「うん、私も近くにいたんだけどウギの言う通りに瞬間ステファン卿を見失ったわ」
マギもそう告げてきた。
「わかった、何かありそうな御仁だなステファン卿は。ところでその御仁にウギは呼び出されたと言っていたね」
俺はそれ以上の手掛かりは掴めないと思い話しの先を続けさせることにした。
「妾が宮殿を去る時に奴の部下が妾に是を持たせたのじゃ」
そう言ってウギが一通の文を渡してきた。その文を開けて中を見ようするとその場の全員が寄ってきた。そう俺の背中や肩先から覗き込もうと皆その躰を俺に密着してきた。で、それぞれのね――大きさやら柔らかさの違いが肩口やら背中で感じ取れるように押し付けてくる。絶対意識的にワザとしているぞみんな!
「こらっ! 皆もそんなにくっつくなって! 当たっているてば――胸が~ぁ、う~んもうやめんか!」
俺がそう言うと皆がブ~ッとした顔で文句を言ってきた。
「「『ラリーのイケズっ!』」」
と、その時の振る舞いで思わず俺が落としてしまった文を拾い上げてヴァルが読み上げた。
『そのものの狼藉許しがたし、だが許しを請うなら温情を持って善処する事もやぶさかでは無い――ペルピナル神魔殿まで早々に出頭すべし』
「…………」えっ! ペルピナル神魔殿だってぇ!
次回【85-5話:大公様失踪事件?!】を掲載いたします。