【84-2話:聖都テポルトリにて!】
ロミルダ嬢は部屋に這入ってくるなり俺の隣に座っていたサギを押しのけてその席に陣取った。
「ロミっ! 酷いじゃないの」
「たまには良いじゃない――サギはず~っとラリーさんの傍に居たんでしょう」
「まあ、其れはそうだけれども……」
サギはふて腐れたようにぷ~っと頬を膨らませて押し出された席を名残惜しそうに眺めていた。と、おもむろに俺とロミルダ嬢の間に割り込むかのように立ち膝で俺の太股に腕を乗せて頭をもたれ掛けてきた。
「是なら良いでしょう」
「むっ! サギったら――もう、未練がましいったらありゃしないわね」
二人の遣り取りを傍らで聞きながら皆が嘆息を吐いた。
「まあ、いいわ」
と、おもむろに俺の方に迫り出すように前屈みになりながらロミルダ嬢が話しを始めて来た。
「多分、みんなも他から聞いているようにステファン・リトホルム卿が君主の座を狙っていたようだわね。リトホルム公爵家の中では随分派手に遣り取りがあったようだわよ」
ロミルダ嬢が興奮気味にそう喋り出してきた。
「ああ、その様だね。貴族院会議でも一悶着起こしたって聞いているよ」
「そうなのよ、其れでね――」
ロミルダ嬢の話しを皆、耳をそばだてて真剣に聴き始めた。
彼女の話を端的に纏めるとこういうことだった。
兄であるイェルハルド・リトホルム公爵が大公の座に着いたのは今から十年前のことだった。前任の大公であったお父上の大御所様がお亡くなりになり、長男であるイェルハルド・リトホルム殿下が公爵家を継いだと同時に君主すなわち大公様となられた。その際、第二継承者であったステファン・リトホルム殿下がリトホルム公爵家を離れられたわけだが、そもそも第二継承者であったがゆえの確執がアン・リトホルム姫との間に巻き起こった。イェルハルド・リトホルム公爵が大公の座に着くと言う事はその実子のアン・リトホルム姫が公女殿下となられて第二継承者になられるわけだが其れを良く思わなかったのがステファン・リトホルム殿下である。継承権限の消滅を無効として随分食い下がったとの噂であった。それでも十年の年月が流れてそんな事も昔の思い出ってなろうとしていた所にエンマ・イラディエル魔王女の唐突なる出現である。もしもの事がイェルハルド・リトホルム公爵に起こる可能性が出てきた為、俄然ステファン・リトホルム卿が張り切りだしたらしい。
「大公様が行方不明になったその日の最後に会われた人物がステファン・リトホルム卿だったの、其処までは皆知っているでしょう。でね、その時は二人だけでの会話を希望されて、お側付きの者達をみんな人払いさせたのがステファン・リトホルム卿の意向だったって事よ」
俺もそんな事だろうとは予想はしていたが改めて真実としてロミルダ嬢の口から語られると、ステファン・リトホルム卿の影が大公様の行方不明の有力な鍵として認識されてきた。
「でも、其れではあまりにもステファン卿に疑惑の目が向くだろう。そんな状況であえて自分からイェルハルド公爵への狼藉を働くだろうか? 其れこそ危険な行動と気付くはずだと思うがな」
俺は単純ながら常識的に考えて、人の被害と加害はそれぞれに理がある人の要求から端を発していると考えている、だからこそ疑われる立場に陥らないように用心していると思っていた。だからこそステファン卿の行動には何か引っかかるものを感じていたんだ。
「普通ならそうかも知れないけど結果、国家元首になって全ての権利を掌握出来ると考えると後で強権発動でもなんとでも為るなんて考えていたんじゃないかしら」
マギがあっけらかんとそう言ってきた。確かに其れもひとつの解かも知れないが……。
「貴族なんかの頭の中は私達とは違う価値観で構成されているわよ――非常識が当たり前ってね」
毛嫌いがそのまま表現された言い方でマギが言葉を付け足してきた。
「その言い方って……マギっ?」
「ここだけの話だからいいでしょう、別に。私、基本的に嫌いだもん――権力を笠に着た奴らが!」
魔界の中でもマギの長い年月での記憶から、そう言いきるだけの辛さを経験してきた彼女の重い言葉だった。
「まあ、その線もある訳は無いとは言えないからな。ひとまずはロミルダ嬢の情報を再整理するか」
そう言って俺はサギとマギ、そしてロミルダ嬢と話しを続けた。
しかし話しを聞けば聞くほどステファン・リトホルム卿が首謀者にしか思えない情報が満載だったがそれが真実とはまだ確固たる証拠が無いのも実情だった。
「私はステファン・リトホルム卿が大公様を連れ去ったとみていますわよ」
素直な感想としてロミルダ嬢がそう言い切っていた。
「そうね、状況証拠だけで言えばそうなるわよね、でもねさっきラリーが言っていたようにそんな簡単に結果に行き着いて良いのかしら?」
ロミに反論するようにサギがそう告げてくる。其処は俺の考え方をしっかり理解していてくれてるようだった。
「例えばもしもステファン卿が大公様を連れ去った犯人だとすると大公様は今どこに居るのかしら?」
「ステファン卿のお城に決まっているじゃない。自分の城なら何とでも指示出来るでしょう」
マギの質問にロミルダ嬢だそう答えたが、其れにサギが異議を唱えた。
「そんな所に隠したって、何らかの噂や影からの告げ口があっても良いはずだわ。大公様だったら皆、ご尊顔ぐらい知っているでしょうしね、それがまったく無いというのも変なことだと思わない?」
そうなんだ、サギが言う様に誰しもイェルハルド・リトホルム公爵を見ていないというのはおかしな事だ。目立つ人を匿うわけでは無く、幽閉するなら其れは其れで秘密が漏れることは少なからずあるはずだし、こうもうまく行くはずはないと思える。
「ちなみにロミっ? 聞いても良いかしら?」
「何っ? サギっ?」
「兄弟って言うくらいだから、イェルハルド公爵とステファン卿は似ているの?」
「そうね、歳も近いし背格好は似ているけど顔はまあ、そんなには似ていないかな」
サギの疑問にロミルダ嬢がそう答えたがその言葉に何か引っかかるものが有った。
「ロミさん、そう言うことはお二人は顔が見えない限り傍からは間違えることもあり得ると言う事か?」
俺は念のため、そうロミルダ嬢に聞き返した。
「う~ん、そうかも知れないわね。私ならまず間違えることは無いけどね」
「まあ、男の人ならそう言う格好でフードでも被ればお互いに偽装は可能って言う事? ねえ、ラリー?」
サギが俺の質問の意味を解してそう聞いていた。
「まあ、そう言う可能性もあるかなってとこだ――そう言っても宮廷内だったら誰かしらの目があるはずだし不審な装いをしていれば衛兵に問い掛けられるだろう」
そう言った事に対して宮廷内での警護の厳しさから可能性は低いとした俺の発言にひとつ、ロミルダ嬢が重要な事を告知してきた。
「あっ! ラリーさんひとつだけ――お二人とも声はそっくりですわ。此処はさすがに兄弟と思いましたもの、私も寝物語でしくじりがひとつありましたから……」
「えっ!」
ロミルダ嬢の赤裸々な話しに思わず凍り付いた。
「あっ!」
「ロミったら!」
サギがロミルダ嬢の脇腹を軽く突いた。と、顔を真っ赤にして俯くロミルダ嬢が其処に居た。
とは言えども、ロミルダ嬢がこぼしたひと言が俺の脳裏にひとつの解をもたらした。
「声が似通っていると言う事は……変わり身が出来るか」
そうかそう言う理由も考えられたか。ひとりボソッとその場で呟いたひと言が波乱の幕開けとなった。
次回【84-3話:聖都テポルトリにて!】を掲載いたします。