【84-1話:聖都テポルトリにて!】
現在ベッレルモ公国の公式見解として大公様急病の為、公国君主第一継承者の大公女殿下アン・リトホルム公女殿下が暫定君主代行をしているという。アン公女殿下はイェルハルド・リトホルム公爵家の長女で御年十八歳とのことだった。
国家元首が行方不明などと国家の存亡に関わる事件の為、公式には大公様急病での療養のため何処かに出掛けたままとのおふれを出したのみだった。ただ大公様の行方不明の報について宮廷内での非公式ながら追加の報がわかった、行方不明になったのは一昨日の引見の公務終了後から晩餐会までのほんの一刻の間だった。夕刻までの公務終了後、宮廷の自室一度戻られてから宮廷晩餐会への出席の為、執事がお部屋に大公様を呼びに行かれた時には既にお部屋にはおられず、その後の公爵家総出の捜索においてもまったく手掛かりが出てこなかったと言う事らしい。大公様が自室に戻られたことは複数の執事が見ているのでお部屋に入ったのは確からしい。しかも大公様の自室には血痕はおろか争った形跡もまったく見られず、ただ大公様ご本人のお姿だけが煙のように消えてしまったとのことだった。
そうして大公様と最後に引見にてお会いになったのがステファン・リトホルム卿――大公様の実の弟君と言うことだった。
その後の晩餐会は当日急遽中止になり、ベッレルモ公国としての緊急招集の貴族院会議の結果、公務は全て大公女殿下アン・リトホルム公女殿下がいまいまは代わりに行っている状況とのことだ。まあ裏話としてその貴族院会議の席にて擦った揉んだが在ったらしいが……。
「イカルガ伯爵、アン公女殿下への拝謁を許して貰うことは可能でしょうか?」
イカルガ伯爵の執務室に俺は赴き、公国の中での情報収集方法として元首代行との拝謁の為の橋渡しを伯爵に相談をしていた。それ以外の情報収集は皆それぞれの得意分野にて役割分担を決めていた。
マギには宮廷内の衛兵達からの聞き取り、サギは宮廷魔術師団のメンバーからの聞き取り、そして俺はイカルガ伯爵を通じてのアン公女殿下へのお目通りである。ヴァルについては今は外には出せないこととしてウギが付き添って宿泊用の大部屋でじっと待機をして貰っている。そうして最も有力な情報網として遊撃班的な位置づけでロミルダ嬢には公爵家内での裏情報収集をして貰うことにしていた。
「アン公女殿下への拝謁については私からお願いしておこう」
「ありがとうございます、イカルガ伯爵」
俺はイカルガ伯爵が公女殿下への橋渡しを快く引き受けてくれたことに感謝して、大きく頭を下げてお礼をする。
「ラリー君、是も全ては公国のためなのだからそんなに恐縮しなくても良いではないか」
「そうは言っても、一介の冒険者ごときの俺を国家元首にお引き合わせしていただく事ですから」
「まあ、其れはそうとして――当てはあるのかね、今回の大公様の事件に関して?」
「……まだ、何も」
「そ、そうか……」
イカルガ伯爵の質問に対して明快な解は今のところまだ無かった。ただ……何となくだが思う所はあった。
不眠不休での情報収集にて色々な部署の話しや巷の噂が耳に入ってきた。
「ラリー、良いことを訊いたわよ。一昨日の緊急招集の貴族院会議でステファン・リトホルム卿がアン公女殿下がまだ若輩の年齢のため元首代行を公国君主次席継承者としての自分が行うと半ば強引に進めようとしていたらしいわ――其れには反対の儀を唱えた貴族が多かった為、叶わなかったらしいけど」
サギが宮廷魔術師団のメンバーからの聞き取り結果を話し出す。
「おおっ! それなら私も訊いたわ、その噂!」
その話しにはマギも大きく相づちを打った。二人とも宮廷内の警護の為に貴族院会議の場にいた人達からの情報らしい、別々のルートからの重なる話しに真偽の程は上がっていく。
「しかも、元首代行への推薦を諦めた時から今度はアン公女殿下の後見人としてリトホルム卿が立候補し始めたとも訊いたわよ」
マギが追加の話しとしてそう語った。
「ステファン・リトホルム卿って大公様の実弟のリトホルム卿の事だよな」
「そうよ、なんかこう権力志向の塊みたいだわね」
サギが俺の質問に自分の実直な感想を加えてそう答えてきた。まあ、政治の世界の事だし権力闘争は何処でもこんな風に血縁関係で揉めるもんだろうと思っていたが――リトホルム卿ね。
「アン公女殿下はその時どういう発言をしていたか訊いたか?」
「公女殿下はその件については何も発言をしていなかったと言っていたわよ――私が聞いた話では」
俺の質問にサギがそう答え、其れに合わせてマギが追加の説明をする。
「そうそう、アン公女殿下は大公様の安否を気にしているだけで、自分が暫定君主代行となることには特に何も言わなかったらしいわ――ただ貴族院会議で推挙されるなら大公様が帰還されるまでの条件で受けると言われたらしいわ」
「ふ~ん、なるほどね」
二人の話しにそう俺は相づちを打った。でも、これらはあくまでも大公様が行方不明になってからの話しだ、問題はどうしてどうやって宮廷内部から誰の目にも触れずに煙の如く君主様が消えてしまったかと言う事だが、行方不明が事件性を帯びているとしたらその動機としては十分に考えて於くにたる情報だと思った。
そう言う話しをサギとマギから聞いていると大部屋の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
「私、ロミルダよ、入っても良いかしら?」
「どうぞ、鍵は開いているわロミ」
扉の外からの問い掛けにそうサギが応えた。
どうやら情報遊撃班のロミルダ・ヴェルトマン嬢のご帰還らしい。どんな情報を得てきたか皆が興味津々に固唾を呑んで待っていると注目の主がゆっくりと扉を開けて、ご満悦の笑みを湛えて這入ってきた。
「ただいま~ぁ、しっかり情報確保したわよ――最高の情報よ、訊きたい?」
「「『訊きた~い!』」」
みんなの返事が綺麗にハモった。
次回【84-2話:聖都テポルトリにて!】を掲載いたします。