【81-3話:ヴィエンヌでの日常生活?!】
ウギ、マギらひとりひとりとデートをしてそろそろ日も落ちかかってきていた。真っ赤な夕焼けがお城の白い城壁を真紅に染めていく。そんな場所で最後にサギと待ち合わせをしていた。貴女の指定場所はまさかの場所だった。
俺はお城の最西端にある塔の中の螺旋階段をゆっくりと上っていた、その塔は火の見櫓の役割も担っていた為、お城の中で最も高い建物で有りしかも西側の突端に位置していた事から別名、夕日見櫓とも呼ばれていた。
最上階に辿り着いた、サギからは『夕日見櫓の最上階に夕日が落ちる前に来てね』と言われていたが……サギの姿は其処には見当たらなかった。はて? 伝言を聞き間違っていたのだろうか? そう思うと一抹の不安を憶える。
その時、頭上から俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ラリー間に合ったみたいね――こっちこっち!」
櫓の上を見上げるが其処は天井の壁があってその上は見渡せない、仕方なしに櫓の周りを囲ってある手摺りからは身を乗り出して屋根の方を身体を捻って見上げてみた。
果たして其処にサギが居たのが見えた。
「サギ其処でいったい何してるんだ?」
素朴な質問を投げかけてみた。
「此処で私、洗濯でもしている様に見えて? ――決まっているわ景色を眺めているのよ、ラリーもくるでしょう」
そう言うが早いかサギが上から縄梯子を垂らしてきた。
其れに掴まって屋根に登った。
「ほらっ、ラリーのグラスもあるわ。どうぞ!」
サギはワイングラスを俺に渡すとワインを勧めてくる、サギの前にグラスを差し出すと其れになみなみとワインを注いでくれた。
櫓の屋根の上は少し傾斜がキツいが座れない事は無かった。二人並んで腰を下ろし立てた膝を両手で抱える様に座った。そんな俺にサギは左肩を俺の身体にピッタリと付けてくる、貴女の温かな体温を間近で左腕に感じる程その身体を沿わしてきた。
二人の持ったグラスを軽く突き合わせると『カーンッ』という乾いた心地よい音が火の見櫓から空に響き渡った。
「夕日が綺麗でしょう」
そう言うサギはその赤い夕日を全身に浴びて真っ赤に染まりながら、嫋やかな風になびくその美しく輝く髪を手で押さえて俺の方に微笑みかけくる。その姿に見惚れながらただサギの問いに頷くだけだった。
「なんだ、心此処にあらずって顔をしてますわよ――夕日なんて興味なかったかしら?」
「あっ、ごめん……サギの姿に見惚れてました」
「えっ!――馬鹿んっ!」
と、多分サギは頬を真っ赤に染める様に照れているはずだが、夕日の色に遮られて、この時ばかりは天はサギの味方だったようだ。
「……でも、ありがとう、嬉しいわ」
抱えた膝の間に顔を埋めてサギがそう呟いた。
「『それじゃ乾杯っ!』」
グラスを片手で持ち上げながらお互いの事を見つめて再度グラスを突き合わせた。
グラスを口に運びひとくちワインで喉を潤した。
「サギは此処に良く来るのか?」
「ううん、まだ二回目――最初はメイラーさんに連れてきて貰ったの、そうして今日が二回目よ」
「そっか、それにしても良い眺めの所だね」
高台に位置するヴィエンヌ城において最も高い建物と言われている火の見櫓、其れも東西の櫓で東の日の出見櫓と西の夕日見櫓のひとつである。
そうこうしていると夕日が眼下に落ちる様に地平線に隠れ始めた。其れと入れ替わる様にゆっくりと夜の帳が落ちてくる。
宵闇に合わせてサギが俺の肩に貴女の頭を委ねる様にしてきた。
「此処は忘れられない場所になりそう。ほんの短い間にいろいろな事が起きて今思うとまるで夢のようね、でもみんな本当に起こった事なのね不思議な事に……ウギやヴァル、そうしてマギに出会ったわ」
「ああ、そうだね」
少しほろ酔いでそう頷くと俺はサギの方を見た、サギの方も頬を朱に染めて若干お酒の酔いが回っているような表情を浮かべながらも真剣な顔つきで俺のことを見ていた。そうして前を向いてゆっくりと語り始める。
「でも、やっぱり一番はラリーと出会えた事かな、私としてはね。今までも色々な事があったし良いことも悪いこともあったわ、闘いは必要悪として自分の気持ちを切り替えて生きてきたの強くならなきゃって自分に言い聞かせて生きてきたわ、其れはやはり両親が戦争で犠牲になったという辛い経験からかな、そんな中でラリーはひとりで生き抜いてきたのに全くそう言う素振りを見せないじゃ無い」
サギはそう言いながら俺の方に顔を向けて真剣な眼差しで真正面からまじまじと見つめてくる。
「衝撃的だったのそんな人に今まで会ったことが無かったから、人を恨むことを知らない無垢な心の持ち主があなた、ラリーなのね」
そう言ってニッコリと微笑みかけてくるサギの目にきらりと光る涙が見えた。
「俺はそんな聖人君子みたいな人間じゃないさ、サギっ! 買い被りすぎだよ」
サギの頭を左手でくるむように抱き寄せてそっと貴女の髪の毛を掬う、指の間からサラサラと高原の湧き水の如くこぼれ落ちるその金色の流れは夕日に照らされてキラキラと煌めいていた。
「あ~んっ、ラリーそんな風にされたらなんか変な気持ちになっちゃう」
「あっ、ごめん」
俺はおもわず手を止めて貴女から離れた。
「あっ――そう言ってまた直ぐに何でも謝るんだからっ、知らないっ」
俺はまた間違いを犯してしまったようだった。ぷくっと膨れたサギの横顔にそっと口付けをする。
「えっ――そっちですか」
ビックリした顔つきでそう叫ぶと俺の方を向いてその白魚の様な両手で俺の顔を挟んで動きを固定されてしまう。と、サギの唇が俺の方に急接近してきたかと思うとそのまま唇を重ね合わされてしまった。
夕日が完全に地平線に落ちて暗闇が二人を包む。お互いの表情が見えない中で長いこと重なった唇だけが相手の気持ちを受け渡す唯一の接点となっていた。
息が出来ない時間が過ぎて二人とも大きく深呼吸をする為にやっと唇を離し始める。
深い吐息の後でどちらとも無く次の言葉が出てくる。
「帰ろうっか」
取り敢えず誰が一番かなんて絶対に言えないことだけは俺の胸の中に既に出ていた。
次回【81-4話:ヴィエンヌでの日常生活?!】を掲載いたします。