【73話:ウギの新しい剣造り その壱!】
しばしライラ―さんの案内にあわせて馬を走らせるとヴィエンヌの街中のわりと大きな店に着いた。結構な立派な門構えを抜けて店の正面玄関に馬車をまわす。玄関前で手綱を引き絞って馬を止めると店の中から人が出てくるのが見えた。初老のなかなかダンディーな装いの親爺さんである。
「おおっ、ライラーか、久しぶりではないか。元気にしておったか? おう、メイラーはどうしておるのじゃ?」
初老の親爺さんは出会い頭に矢継ぎ早に質問を投げてきた、なんだなんだ?
「お父さんたら、もう今日はお嬢様の用事で此処に来たんだからそんな話しは後で――そう、此方が依頼主のラリー様とウギ様よ」
そう言ってライラーさんが俺達を紹介してくれた。が、お父さんっていま言っていたよね?
「そうじゃった、お客さんを蔑ろにしては商人の名折れじゃ、これはすまなんだの。儂はジャンじゃよ、此処、『刀剣神楽』の店主じゃよ」
そう名乗りながら俺に手を差し出してきた、分厚い手に幾つものタコが出来ていてまさに職人の手だった。
俺はその手を取って握手をしながら自己紹介を始めた。
「お初にお目に掛かります。俺はラリー・M・ウッドと申します、こちらはウギ・シャットン嬢です」
「ほほ~う、此は可愛いお嬢さんだのぉ――おじじと握手してくれぬかのぉ」
そう言いながらジャン爺さんは俺の手をササッと振りほどいてウギの方に向き直っていった。
「妾と握手か? 良いぞのぉ」
そう言ってウギは右手を差し出してきた、その右手をジャン爺さんはゆっくりとした動作で握りしめると二カッと笑いながらウギに語りかけてきた。
「ほう、なかなかの手練れのようであるの若くしてその腕前か――よかろう魔剣を所望じゃろう、儂が創ってしんぜようぞ、美人剣士さんの所望の品を」
んっ! ウギの手のひらの感触だけで其処まで読めるのか? この爺さんもただ者では無さそうだ。しかしさっきはライラーさんとは……お父さんっ!
「ライラーさん、さっきジャンさんをお父さんって呼んでましたよね?」
「んっ! そうよ――私のお父さんなの、まあメイラーの叔父さん……と言うよりは亡くなった父さん代わりかな?」
なるほどそう言うことですか、それで二人で朝方に駆けつけてきてくれたんだ。何となく納得している俺だった。
「ところで親爺殿、そろそろ妾の手を離してはくれないかのぅ」
ぼそっとそんなことをウギが言ってきてみんながその手を見た。確かに未だにウギの手を握っていた、しかも両手でウギの手を包んでは撫でまわしている。
「あっ! お父さんたらっ! またっ! 若い娘を見るとすぐそうなんだから、ウギ様が嫌がっているじゃないの! 離しなさい!」
「そんなに言わんでも良かろうが――減るもんでも無いじゃろうに」
「増えても困るでのうぉ、親爺殿」
ウギがそう返すとジャン爺さんはニカッと笑いながら大仰な言い方でウギを褒め称えた。
「カカカっお嬢さん、気に入ったぞ――最高だのう、最高には最高の仕事で応えねばのぅ」
「そうなのか妾は別に普通なのじゃぞ――褒めても何もでないぞ親爺殿」
そう言いながらもジャン爺さんは一向にウギの手を離す気はなさそうだった。
痺れを切らしたライラ―さんが強引にジャン爺さんの手を引っ張ってウギの手から引き剥がした。
「ほらっ! お父さん――って、いい加減にせんかこのエロ親父っ!」
と、ライラ―さんが吠えた!
「まったく、純朴なラリー様の爪の垢でも煎じて飲ませたろうか!」
って、ライラ―さんすみませんが其れは褒め言葉になってないから、俺にとって。
そんな戯言を繰り返しながら何となく此処のことがわかってきた。
「ライラ―さんすみませんが、仕事の件をそろそろ相談させて頂いても良いでしょうか?」
頃合いと見計らって俺は話しを進めてみた。
「御免なさいね、こんなお父さんですが武具作りの腕は本物ですから――って、言っても安心出来ませんよね、はぁ~っ」
そう言いつつライラ―さんはうんざりした様に大きく溜息をついた。
俺は持ってきたレッドグリズリーの身体の素材をジャン爺さんに見せた。
骨の部分は勿論のこと毛皮や爪に至るまで使える素材は全て持ってきていた。
「どうですか、此の骨で魔力を蓄えることが出来る剣を是非とも創って頂きたい」
ジャン爺さんは持ち込んだ全ての骨を手に取って隅から隅まで舐める様に一頻り観察すると大きく頷いて俺に約束してくれた。
「うん、よか素材じゃよ――是ならそのお嬢さんの期待にそえるひと振りが出来る」
そう言ってくれた事でウギが喜んでジャン爺さんに抱きついていった。
「そうか、親爺殿。妾は嬉しいぞ」
「儂も――役得で嬉しいぞ!」
抱きつかれたジャン爺さんも目尻を目一杯下げた眼でウギに頬擦りしてきた。
「お父さんっ!」
ライラ―さんは目尻を吊り上げて怒りの表情でジャン爺さんを睨んでいた。
剣の制作の為にウギの腕から足の長さそして首までの丈を採寸して身体に見合った長さの一品を創ることにして貰った。其処にウギから思わぬ追加要望が入った。
「妾はちと試してみたかったことがあるのじゃが良いかのぉ?」
「ん? 何を?」
俺はウギの意図が見えず首を傾げながらその先の話を促した。
その問いにはウギは言葉で答えずに店先にある適当な剣を二振り持ち出した。そうして両手でそれぞれを構えると二刀の剣で俺に斬りかかってきた。
「なっ! ウギってば何を――っ、は~ぁん、なるほどそういうこと」
俺はおもむろに腰の剣を引き抜いてウギの剣筋を受けた。と、同時にその場にあった剣を一振り頂戴してウギの二の太刀を押さえる。
ウギがしたかったのは二刀流だった、その剣筋の速さと巧みさは俺でも舌を巻いた。
しかも店先にある適当な剣と言ってもそれぞれが大きく重い剣の為、片手での取り回しには少し無理があった。これが二刀流に最適な長さと重さの剣だったら――俺は背筋にスッと寒気が走るのを覚えた。
「ほほう、ウギさんとやら――お嬢さん呼ばわりは失礼だったのぅ、貴殿はいずれ剣聖になるのぉ。ご要望の筋しかと儂が見極めた、その二刀流の二振り承ったぞ」
そう力強くジャン爺さんはウギに応えたんだった。
それから、ライラ―さんの要望の包丁の件と毛皮からウギやサギ、マギの防護の装備礼装を造る事を相談した。
三人の装備礼装についてはそれぞれ身体に合わせて造る為に採寸が必要になったが、ウギの採寸をしようと巻き尺を手に取ってウギに近づくジャン爺さんの前に両手を広げて立ちはだかったのはライラ―さんだった。
「こらっ! エロ親父っ! 女の娘の採寸は男の仕事では無いでしょ! ウギ様がわからないと思って――調子こいてんじゃないよ!」
ライラ―さんの啖呵は臆するところがないだけに聞いていて気持ちが良かった。て言うかジャン爺さんは――其処までっ?
「スケベっ!」
ウギの短いひと言がジャン爺さんに引導を渡すことになった。その場で爺さんは回れ右にて仕事場に帰っていった。
次回【74話:ウギの新しい剣造り その弐!】を掲載いたします。