【64-3話:御令嬢のお忍び巡回警備その後!】
俺は泣きながらも話してくれた内容で辻褄の合わない所をマギに聞き直していた、まあ、そうしていても俺は走り続けているしかなかったが――マギを抱っこしたままで。
その内容を掻い摘まんで纏めると会食時にマギが気に入った殿方と意気投合して良い雰囲気になったところ、会場を二人揃って抜け出して中庭で色模様になり掛かって……マギの気が緩んだのが間違いの元だったらしい、元々マギの眼の色は銀眼色であった――魔族の血筋ゆえの特徴だが、其れではヴィエンヌ城下では差し障りがあるゆえ魔術で目の色を変えていたのだ。マギが魔法では無く魔術で変えた所に落とし穴があった。マギは魔法使いである依ってその魔力は尽きることなく大塊から即座に得られる魔力を放出することが出来るが、魔術は別物である。まあ、単に大魔法を自在に操る魔法使いでは有るが小技の魔術には疎かったというだけだが。
その殿方との逢瀬の最中に目の色が銀眼色に戻ってしまったところを相手に気付かれてしまって、その相手が事も有ろうかそのことおおっぴらに批判した事が発端だった。
『おまえっ! 魔族か! その眼は――っ、くそっ騙したな淫売女がっ!』で、怒ったマギがやったことは――相手の氷付けである! 怒りのあまりの『火』の魔法で無くて良かったよ。
そうこうしていると中庭に俺達は辿り着いた――あったよ男の氷の像がまあ下半身丸出しで其れは其れで中庭に馴染んでいたのでまだ誰にも気付かれた様子は無かった。ひとまず安心か? で、像の本人の生存確認だが――是もまだ間に合いそうだ。
俺はマギにその像の傍に落ちていた彼女の服を拾い上げてマギに渡した。
「解呪をするから、マギはまず服を着て!」
「うん」
やけに素直なマギが其処に居た。
俺はマギに背を向けると半裸の像に手をかざした。まずは記憶の操作をしてマギの銀眼色の事を忘れて貰うのが先決だった――そんな魔術を何気に発していると俺の背中に寄りかかる柔らかなふたつの膨らみの感触に気が付いた。
「ラリー……ごめんね」
マギがそう言いながら俺の背に抱きついてきていた。俺は後ろから前に回し込まれたマギの手の甲にそっと俺の掌を載せた。ここで言葉は要らないだろう、マギの心は此の男に言葉に謗られてぼろぼろになったばかりだ、言葉は時には気持ちを伝える上で邪魔になる。
暫くそうしていたがマギの心の臓の鼓動が早鐘を打つ様に俺の鼓動と同期してきたのを感じてマギに話しかけた。
「さっ、マギまずは此奴の後処理だ――いいね」
「うん」
いや~ぁ、此処まで素直なマギが新鮮で可愛らしかったよ。ほんと!
先程の魔術の続きを俺は行った。氷付けの男の記憶からマギの記憶そのものを根こそぎ剥ぎ取ってやった、最初は銀眼色の事だけと思っていたが――俺も怒りが遅れて湧いてきたみたい。
後は解氷魔術だがそこにこの銅像としての姿勢を維持する様に金縛りを数時間持続する魔術を付加しておく、命に別条はないのでこのまま下半身丸出しで放置して明日の朝、皆が気付く時間帯で金縛りが解ける様にしておいた、これでマギの心を辱めた事への罪を償わせる。
俺も少しえぐいなと思いながらも怒りの矛先を沈める為に此奴を単に解放する気にはならなかったのは事実だ――嫉妬も這入っているのか? 自分でも自分の心が良く解らなかった。
そんな事をしているとマギが笑顔でじぃ~っと俺の事を見つめているのに気が付いた。
「マギっ? どうした?」
「ううん、なんでもないの」
なんだこの空気は? 何かマギの視線が凄く温かいんですけど――柔らかな微笑みが俺の心を癒やしてくれる。
そんな空気感の中で俺は淡々と自分のやるべき事を熟していった。魔術を仕込み終えて俺はマギの手を取るとその場を離れた少しでも早くあの男の所から離れたいと思っていた。
「ラリーっ――手が痛いっ!」
マギの言葉で俺は彼女の手を強く握っていた事に気がついた、と言うかそんなに気持ちが動揺していた事にすら気がついていない自分にハッとした。俺は如何したんだ?
マギの手を握りしめていた力を緩める、そうしてマギを引き寄せると彼女の躰を強く抱き締めた。
柔らかで温かい感触と鼻腔をくすぐる甘い香りとで五感が一瞬麻痺したように感じる。
「あっ――うふん! ラリー?」
マギが抱き締められた事で鼻にかかった様な甘ったるい吐息を漏らした。
人間なのに人と認められない? ヒトって何だろう。人格と外観。魔族だって人じゃないか? 良い奴もいれば悪い奴もいる一括りで害とか敵とか認定されては堪らないと思う。
人間と魔族は別物なんだろうか? 俺の中で思考の混沌がもやもやとした鎌首をもたげてくるのを感じていた。その思いは多分マギも一緒だと思う。
鎌首の噛み付く相手が人間ならば俺達も結局排斥されるべき魔族の仲間として人間族から認定されるだけのことかもしれないがそんな事ばかりの繰り返しが今の歴史を作っているのだとすると哀しい結末しか物語の中では起こらない。
強き者と弱き者の関係が力だけならひとりの力と数の力が其れに絡んでくるはずだ。
弱き者も数が力になれば強き者に変わる、畏怖の念を抱く者達の声が大きくなればその声の大きさが力になる。
まさにマギに起こったことが其れだ。
あの男の言うことが単に彼の意志だけならマギの痛みは個の範囲になるが今は大多数の人間族の考えとして受け止められている。
人間界に於いてはまさにヒトとしては魔族に人格は与えられていない。逆もまた真なりだが、その痛みは大きな哀しみしか生まないことは解っているのに。
生命の営みとしてそれぞれの命は他の命を犠牲にして成長していく、其れは日々の生き抜くエネルギーを供給することが生命維持で必要だからだ。
魔族はその点魔力の供給があれば食事はいらない、しかし繁殖力小さいが個の生命力は絶大だ。そんな魔力だがそれも死した魔獸や魔人の消失した魔力の循環に他ならない。結局のところ閉じられた世界の中で循環することには変わりはない。
そんな中で争いを無くするためには、諍いを無くするためには何の哲学が変わらないといけないのだろう?
色々な思いが俺の中で蠢いてマギを抱きしめてしまったが俺も弱き者か――そう思えば気も楽になる。
「ラリーっ?」
「悪い、身勝手にマギを抱きしめてしまった」
「うんん、そんなことないよ」
そう言ってくれるマギの姿は――実にたおやかに見えた。
「ねえ、ラリー」
「なんだ」
「地下温泉に行かない? これから――すぐに」
マギの誘いが何となく普通の事に思えて即座に二人して地下へ続く階段を降りていった。
次回【65話:マギとの二人だけの混浴!】を掲載いたします。