季節の園
――翌朝。
四人の王様は皆を広間に集めた。まとめ役は、最も長く旅をしてきた冬の国の王様が務めた。
「まず、皆に礼を言いたい。長い旅路、誠にご苦労であった。
もしもワシ一人であったなら、早々に野垂れ死んでおったであろう」
そう言って頭を垂れた王様は、跪く一同を見渡した。
「この旅で、ワシは気付かされた。ワシは、お主らにただただ甘えておるだけであった。
この旅の事だけではない。埃一つない部屋、クローゼットに並ぶ清潔な服、美味い食事、ワシの為に身を投げ出す兵。皆の腐心と骨折りがあって、ワシはワシでいられるのだと……旅に出て、骨身に染みたわ」
しみじみと言う王様へ、将軍が応えた。
「そのお心、痛み入ります。しかしながら、それが我らが本分。当然でございます。その事に、いちいち王様がお心を砕かれる必要はございません」
「いやそれよ、将軍。当たり前……ワシは勘違いしておった。当たり前とは、それを当たり前としてくれる者がおって初めそうなるのじゃ。ひとりでにそうなる訳ではない。誰かが腐心し骨を折り、当たり前にしてくれておるのだ。それを忘れてはならん。言葉にせずとも、感謝する心を忘れてはならん」
そして、王様は付け加えた。
「……季節の廻りも、また然りじゃ」
王様は、改めて一同を見渡した。
「もう皆分かっておるな?」
「ハッ!」と頭を垂れる一同へ、王様は大きく頷いた。
「これより、季節の塔へ向かう――」
◆
――塔の窓辺に立ち、秋の女王はこちらに向かってくる一団を見つめ、優しげな笑みを浮かべた。
窓辺に置かれた花瓶から、一房の麦を手に取りそっと階段を下った。
女王は扉の前へ立ち、王様一行を出迎えた。
「ようこそ。お待ちしておりましたわ」
黄金の髪と瞳、どこか眠気を誘う柔らかな口調。柿色のドレスの上で重ねた手には、穂を垂れた麦があった。
整然と整列した一行は女王の前へ進み、膝を突いて頭を垂れた。
「私に何かご用がおありだとか……」
「はい。今一度季節を廻らせていただきたく、お願いに上がりました。春の女王、夏の女王、冬の女王に目通りを願いたく……」
微笑み返す女王の周囲に風が巻き起こり、巻き上げられた落ち葉が女王を包む壁の様に宙を舞った。
やがて猛烈な風が一行を巻き込み、皆思わず顔を背け手をかざした――その時、ピタリと風が収まった。
恐る恐る顔を上げた一行は目を疑った。塔の前に居たはずが、塔は無く、代わりに季節の門が周囲を囲んでいた。そして、門の前にはそれぞれの季節の女王が佇んでいた。
女王達は一行の前へ並び、冬の女王が一歩前へ出た。
「お伺いしますわ。私たちにどのような願いを?」
王様一行は姿勢を改め、深く頭を垂れた。
「今一度、世界を廻っていただきたく――今一度、我らに機会を……」
優しげな笑みを浮かべ、女王は王様の頭に手を置いた。
「当たり前なんてものは、ありませんのよ……」
子をあやすように王様の頭を撫で、懐かしげに呟いた。
「あなたのお父上が最後でしたわ……。あの頃を覚えておいでだったのは」
王様の脳裏に、幼き日の記憶が蘇った――
母の腕に抱かれ、女王達に会いに行った――
(そうじゃ……いつもあの大きな木の所で休んで――)
ふと、美しい歌声が響き渡った。
冬の女王に続き、春の女王、夏の女王、秋の女王の歌声が重なり、一行を包み込んだ。
(ああ……そうじゃ。こうして頭を撫でられ、歌を……。何故忘れておったのだ……)
幼い自分を腕に母が口ずさみ、そしてあの少年が最初に歌った歌であった……。
頬を伝う涙の感触に、王様はハッと目を覚ました。
見慣れた自室の風景。窓の外には降り積もった雪……。何時もと変わらぬ朝だ。
(……夢?)
王様は寝間着のままふらふらと部屋を出た。
城内の様子もいつも通り。疲れた顔をした使用人や衛兵が行き交い、中庭では庭師が雪を掻いている。
(夢……か……。悩みすぎておかしな夢まで見るようになったか……)
思わず俯いて額に手を当てた。その時――
――コツン
と、小さな氷の粒が床へ落ちた。
じわりと溶ける氷を見つめていた王様は、弾かれたように駆けだした。
「将軍!」
同じく寝間着のまま廊下の窓に貼り付いていた将軍は、ポカンと王様を見つめた。
「王様……」
「将軍! お、王様……」
同時に、将軍の後ろに同じく寝間着のままの数名の兵士が姿を現した。共に旅をした兵達だ。
それぞれと視線を交わし、一同は大きく頷いた。
と、そこへ一部始終を窺っていた大臣が血相を変えて割り込んだ。
「お、王様! 早まってはなりません! どうか、どうか――」
(またか……)
「大臣!」
王様は騒ぎ立てる大臣を一喝し、キッと目を向けた。
「は、はい……」
「新たな触れを用意致せ――」
◆
真っ白い景色の中に、久方ぶりに緑が顔を出した。川は流れを取り戻し、雪解けの水を集めて勢いよく流れた。目覚めた動物たちは、雪の上に幾つもの筋を作っていた。
王様は、将軍と兵達を従えて外を眺めていた。
「春じゃの」
「春ですな」
「春でございますな」
あの日、国中に新たな触れが出された。
『季節のもたらす恵みに感謝せよ。
恵みをもたらす季節に感謝せよ。
試練をもたらす季節に感謝せよ。
廻る季節に感謝の祈りを捧げよ』
ふと、王様はあることを思い出した。
「女王を交代させた者には好きな褒美を取らせるとしておったが……ワシは与える方じゃからの」
王様は将軍と兵達を振り返って尋ねた。
「ワシが旅を続けられたのはお主等のおかげじゃ。なんぞ欲しい物があれば申せ」
すると、将軍と兵達は顔を見合わせてニヤリと微笑んだ。
「しからば……、油紙を一枚いただきたく」
国を包み込む春の音色に混じり、ガハガハと品のない笑い声がこだました――
その頃――
『狭間』の頂きに、美しい竪琴の音色が響いていた。
荒れ果てた遺跡の中央、天へ向かって延びる崩れた階段に、あの少年の姿があった。
月を背に竪琴を奏でていた少年はふと手を止め、地上の世界を見回した。
「娘達は気が済んだようだよ」
そう呟き、月を見上げた少年は頬を緩めた。
「フフフ、そうだね」
少年は竪琴をさらりと撫で、いつか語った物語を呟いた。
「――こうして、この世界に春夏秋冬の季節の廻りが誕生しました。
人々は季節のもたらす恵みと、廻る季節に感謝し、四季折々の様々な祝い事が産まれたのでした。
そして、季節廻る美しい地上の世界を、神々はこう呼びました――
季節の園。っと――」