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季節の園  作者: 立花 葵
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 門は、やはり『狭間』と呼ばれる塔の背に聳えた山の中にあった。

「どうぞ。秋によろしくお伝え下さい」

 そう言う女王に深々と頭を下げ、二人の王様は夏の国の王様を促した。

「お主の国じゃ。先に潜られよ」

 頷き返し、門へ向けて歩き出した彼の後ろに、オドオドと料理長が続いた。

 門へ踏み込み、フッと姿がかき消える様を見つめていた二人はニヤリと微笑んだ。

(快適な場所であったが、牢は牢じゃ……。食らえ!) 

 暫く間を開け、春の国一行に続いて冬の国一行が門を潜った。

 最後に、冬の国の王様が門を潜ろうとした時、女王が声をかけた。

「秋の国の王様にも知らせが届いております」

 女王に深く礼を返し、王様は門を潜った。



 ◆



 ――将軍と兵達がそっと王様を地面に降ろした。

 その側で、料理長が主の背に付いた靴跡をシェフハットで必死に拭っていた。

 ほくそ笑む顔を誤魔化しつつ、春と冬の国の王様は周囲を見渡した。

 刈り入れの終わった寒々しい畑、裸になった木々、どこか眠たげな動物達……。皆、冬の気配から隠れるようと息を潜めているように思えた。

(秋じゃの……)


 ふと、春の国の王様が指差した。

「今回は近いようじゃの」

 指された丘の向こうに、季節の塔が顔を覗かせていた。

 早速塔へ向かおうとする一行を、冬の国の王様が呼び止めた。

「ちっと待て。先にこの国の王へ挨拶じゃ」

「連れてこいと言われたらでよかろうて」

「揃って行かねばならぬのじゃ」


 ――出た道を進みながら、春の国の王様は尋ねた。

「冬の国の。お主、何ぞ分かったのか?」

「さあのぅ……」

 そう返し、続けて独り言のように呟いた。

「世界を巡るとは、骨の折れることじゃの……」

 途中で出くわした農夫などに道を尋ねながら、一行は進んだ。

 出会った者達はみなぷっくりと肥え、口を揃えてこう言った。

「このままでは食うものが無くなってしまうのは分かっているのですが……。どうにも食欲を抑えられぬのです……」

 そしてこうも言った。

「あなた方はどうやってその体型を維持しているのですか?」

(秋じゃの……)


 ――空が赤みを帯び、風に冷たさを感じ始めた頃。王様一行は、朽ちた空き家へ入った。

「ここの先の森に人家は無いとの事です。ここで夜を明かした方が良いでしょう」

「ま、屋根は無いが……風は凌げようて」

 冬の国の王様は枯れ草を集め、のそりと腰を下ろした。

「では、我々は食料を調達して参ります」

 大臣は恭しく頭を下げ、兵士達を連れて森の方へ歩いて行った。


「それは着ておけ。じきに慣れる」

 草の上に上着を敷こうとしていた夏の国の王様は、渋々草の上に腰を降ろした。

「チクチクするぞ……」

「大丈夫じゃ。じきに慣れる。温うなる」

 将軍が火を起こし、パチパチと揺らめく炎を見つめてホッと息をついた。

「明日の昼にはつくかの?」

「はい。住人達の話によれば、おそらく到着は明日の昼頃かと」


 そこへ、ベコベコと歪んだ鍋を手に大臣が戻った。

「料理長殿、これは使えそうか?」

「は、はい。穴さえなければ……」

 続いて戻った兵士達が丸々と肥えたウサギと魚を掲げて見せた。

「いかがでしょう? 料理長殿」

「お、おぉ、これは立派な……なんと素晴らしい……!」

 サボテン以外の食材を目にするのはいつ以来か……。料理長は目を輝かせ、懐から次々と調味料を取り出した。

「どなたか水をお願いします!」




 ――やがて、何かの葉に乗った料理が王様の前に置かれた。

「これは美味そうじゃ」

 冬の国の王様は早速手を伸ばし、「美味い美味い」と頬張った。

 しかし、隣に座る春と夏の国の王様は手を付けず何やら迷っている。

「どうした? 食わんのか?」

「直に手でというのは……な」

 と顔を見合わせた二人は、ふと兵士達に目を向けた。


 将軍と兵士達は慣れたもので、特に気にする様子もなく鍋を廻しながら手掴みで食べている。

 大臣は抵抗していたが……ガハガハと笑う将軍に促され渋々鍋に手を入れた。

「食わんのならワシが食うてやるぞ?」

 そう言われ、二人は渋々料理を摘み上げた。

 しかし、初めこそ戸惑っていたが……空腹も相まって貪るように平らげ、終いには未練がましく指をペロペロと舐めていた。

「座っておるだけで食事が出てくる。ありがたい事じゃのう」

 冬の国の王様は、皿に使った葉を焚き火に焼べて草のベッドへ横たわった。


「フカフカのベッドに絨毯。掃除の行き届いた部屋。清潔な食器に着替……ありがたいのう」

 鍋を廻す兵士達を眺め、しみじみと呟いた。

「窮屈で味気ない部屋じゃと思うておったが……」

「実に快適な場所であったのじゃな……」

 と、続いて横たわった二人の王様もしみじみと呟いた。

「帰ったら、それを用意してくれる者をどもに礼を言わねばならんな」

 その言葉に頷きながらも、二人の王様は唸った。

「うむ……しかし、毎度毎度とはゆくまい」

「礼を言う度に、大臣達が褒美は何にするかどのように渡すかと大騒ぎじゃ」


「言葉にせずとも、その心を忘れぬ限りちゃんと伝わる」

 冬の国の王様は、目を細めて焚き火を見つめた。

「……心は滲み出すもの。心は、やがて立ち振舞に現れる」

「なるほど……」

「たしかに」

 頷く二人へ、照れくさそうに続けた。

「ワシの言葉ではないぞ。遥か昔に、父に言われた事じゃ……」



 ◆



 翌日、日が真上に登った頃――

 城門を守る兵士の前に、やたら体格の良い男が立った。

「王様に目通りを願いたい」

「……まず、名乗られよ」

 すると、後から鋭目をした男が現れた。

「我々は、冬と夏と春の国から参った者だ。再び季節を廻らせる為、王様に助力を願いたい」

「なんと!」

 よく肥えた兵士は目を見開き、ゆっさゆっさと駆け出した。

「お待ちしておりました! ささ、こちらへ!」

 と言って、ふと首を傾げた。

「冬、春、夏……少なくとも三人では?」

「……」



 ――物陰に身を潜める王様達元へ、大臣が戻ってきた。

「おお、無事に戻ったか」

「話は伝わっている様子にございます」

「だから大丈夫じゃと言うたであろう」

 ホッとする春と夏の国の王様へ、冬の国の王様はため息混じりに溢した。

「女王が伝えてあると――」

 その言葉を、兵士達が遮った。

「お言葉ですが王様。我らの旅をよ〜く思い出していただきたい」

「……なんじゃ?」

「春の国へ赴いた際、我らが行き着いた先は……」

「……牢屋じゃ」

「そうでございます。我らの話に耳を貸す者はおりましたでしょうか?」

「……」


「そして夏の国では……」

「……牢屋じゃ」

「そうでございます。そして我らの話に耳を貸す者はおりましたでしょうか?」

「……」

「女王の言葉は信じたとして……果たして、我らの言葉を――」

「分かった、分かったわい……。ったく、お主らどこぞの青瓢簞に似てきたぞ……」

 そこへ、将軍が戻った。

「今回は本当に大丈夫でございます」



 ◆



「――突然秋の女王が現れての、上を下へのそりゃあもう大変な騒ぎじゃった」

 秋の国の王様は一行に食事を振る舞い、慇懃(いんぎん)にもてなした。

 これまでの道中やそれぞれの国の様子などを語り合い、和やかな時を過ごしていた。


 ふかふかのソファーに腰を下ろし、冬の国の王様は心地良さげにため息をもらした。

(このまま眠ってしまいたい……)

 久々に過ごす普通の日常に安堵する心と体に、疲れと眠気がどっと押し寄せ、コクリコクリと船を漕いだ。

 思えば国を出て以来、尻や背を預けるのはゴツゴツとした地面や冷たく硬い床ばかり……。まともな食事も春の国で食べたのが最後だった。

 兵達が持っていた固く不味い携行食が尽きた後は、食事と言えば道すがら将軍と兵達が何処かから採ってきた物を口にしていた。

 最初こそ初めての経験に心踊らせていたが……それがこうも続くと辟易としていた。


「お主らが来ると告げられた時は半信半疑であったが――」

 秋の国の王様は、ふと言葉を止めて向かいのソファーに目を向けた。

「冬の国の。眠そうじゃの」

「……歳は取りたくないのう」

 秋の国の王様は、側に控えていた老人に声をかけた。

「爺や。寝室へ案内して――」

「はい?」

「寝室へ案内致せ!」

「あ~、畏まりました。坊ちゃま」


「坊ちゃまではない……。王様と呼べと言うておるだろう」

「王様になられようと、坊ちゃまは坊ちゃまでございます」

 そのやり取りをしている間に、冬の国の王様はソファーに倒れ込んですやすやと寝息を立てていた。

 眠り込んでしまった彼に布団を掛け、残された者達はそっと別室へと移った。

 部屋を移り、春、夏、秋の国の王様は酒を酌み交わしながら話を続けた。


「ところで……秋の国の。お主の所も大臣や将軍はへばってしもうたのか?」

 夏の国の王様の問いに、秋の国の王様はバツが悪そうに酒を呷った。

「肥えすぎてベッドから動けんようになってしもうての……爺やが代わりをしておる」

 そこへ、爺やと呼ばれていた老人が、酒の代わりと一房の麦が挿された花瓶を置いた。


「この麦は……?」

「はい?」

 耳の遠い老爺の代わりに秋の国の王様が答えた。

「実りへの感謝。そして翌年もというままじないのようなものじゃ」

「どの国にも似たような風習があるものじゃな」

 そう言って器を差し出した春の国の王様に、酒を注ぎながら老爺は静かに語った。


「実りへの感謝。それをもたらす季節への感謝。旅人の前へ置くことで、この感謝は旅人と共に世界を巡り、いつしか季節を司る女王達の元へと運ばれる……」

 老爺はじっと麦の穂を見つめ、懐かしむように続けた。

(わたくし)が子供の頃はもっと様々ございましたが……廃れるのは早ようございます。これも、最近はとんと見かけなくなりましたな……」

 じっと話を聞いていた春の国の王様は、ハッと呟いた。

「心は……やがて立ち振舞に現れる。そうか……そういう事か」



 ――その頃、将軍達は別室で頭を付き合わせて熱心に話し込んでいた。

「やはり、夏の女王ですな」

「あれほど春の女王だと言うておった者が節操のない……」

「俺の心は揺るがん。冬の女王以外にない」

「某は……冬の女王と秋の女王にお目にかからんことには……」

「お主はきっと何も手に出来ぬ輩だの」

 ふと、兵達は将軍を見つめた。

「ところで……将軍はどなたが?」

「フン、言うたであろう。女になど興味はない」

「またまた~。某の見立てでは――夏の女王かと」

「勝手に言うておれ。そもそも、神々と並ぶお方になんとも無礼な連中だ」

「将軍……。『冬の女王など我が武をもって叩き出してくれる!』などと言うおった方の台詞ではありませんな」


「貴公。そんな大それた事を企んでおったのか……?」

 驚きの目を向ける大臣から目を逸らし、将軍は取り繕うように兵達を睨み付けた。

「貴様等とて同じであったではないか」

「はて? とんと覚えがありませぬな……」

 兵達は口々にすっとぼけ、料理長へ話を振った。

「して……、料理長殿はどなたが?」

「私は、夕食で頂いたスープが……。どなたかあの料理の名前をご存じありませんか?」


「……将軍。本当に興味のない者の反応はこうですぞ。目にも入っておらぬのです」

「将軍。意地を張らずとも良いではありませんか」

「ささ、将軍!」

「将軍!」

 顔を紅潮させた将軍へ向け、惜しみない手拍子と将軍コールが送られた――

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