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季節の園  作者: 立花 葵
6/9

 ――降ってきた王様を、将軍と兵達が素早く受け止めた。

 地面に下ろされた王様は、眼前に広がる光景に驚きの声を漏らした。

「なんじゃこれは……」

 草も木も枯れ果て、ヒビ割れた剥き出しの大地から陽炎が立ち上っていた。

 一先ず岩影に入り着替えをしていると、春の国の一行がどかどかと地面に降り積もり、最後に落ちてきた大臣があたふたと王様を掘り起こした。

 服を脱ぎながら岩影に駆け込んできた春の国の一行に、王様が声をかけた。

「想像以上じゃの……」

「うむ……」

「こりゃもたもたしとるとワシらも干からびてしまうぞ……」



 ――どこまでもひび割れた大地が続き、照りつける太陽を忌々しげに睨んだ。たまに吹く風は砂を含み、ざらざらと体に纏わり付いた。

 進む程に一行の口数は減り、足取りは重くなった。

 最早「暑い」と溢す気力すらない。

 冬の国の王様は、干からびた植物達に視線を巡らせた。

(ワシらは死ぬんじゃ……。このまま干からびて、干物のようになって死ぬんじゃ……)

 ふと、遠くに緑が見えた。

「ありゃ……幻か?」

 王様は足を止め、震える指でそれを指した。

「……いいえ、王様。私にも見えますぞ……!」

 将軍の声を合図に一行はよたよたと走り出した。


   ◆


 ――夏の国の王様は、窓から泉を眺めていた。

(あの泉が枯れた時、ワシらは滅ぶのだろうな……)

 城内の井戸は枯れ果て、たまたま庭にあった小さな泉だけが枯れずに残った。城内で――いや、この街で唯一水を得られる場所となった。

 城下の井戸も殆どが枯れてしまった為、王様は城を解放して城下の住人を受け入れた。

 しかし、泉はその全てを満足させるにはほど遠く、水を求めて多くの者が近隣の町や村に移住していった。

 王都であるにもかかわらず町は閑散とし、住民達の顔は暗く沈んでいた。

 かつて様々な木や花で溢れていた庭は、今はサボテン畑へと変わっていた。

(あれを食う事になるとは夢にも思わなんだな……)

 そして、ここ三月ほど雨が降っておらず、泉から湧き出す水の量があきらかに減っていた。

(雨が降るのが先か、ワシらが滅ぶのが先か……)


 ふと泉に目を戻すと……衛兵達が忙しなく駆け回り、何やら人集りができていた。

「ありゃなんじゃ?」

 泉へ目を向けたまま、王様は料理長にた尋ねた。

「さあ……。なんでございましょう?」

「ちと見て参れ」

「は、はい」

 慌ただしく部屋を飛び出して行く料理長を見送り、王様は開きかけた口を閉じた。

(そこに立っとる衛兵にでも命じればよいものを……。ま、慣れておらぬのだから仕方ないか……)


 目の下にくっきりとクマを浮かべた料理長は、せかせかと廊下を走りながらぼやいた。

「なぜ私なのだ……?」

 二月前、前任の料理長は調理中のサボテンを床に叩き付け、調理場を飛び出したきり行方知れずとなった。

 そしてこの男が新たな料理長に任命され、その後を継いだ。

 外へ出た料理長は、開け放たれた城門を見つめ、ふらふらと足を踏み出した。

(逃げよう……)

 もう何人もの役人や兵達が逃げ出している。もうこの国は風前の灯だ。

 前任の料理長の失踪から数日後……。

「暑さなど気合い次第でどうとでもなる」と豪語し、日々外を走り回っていた将軍が倒れた。

 代わりを出来そうな者がおらず、やむなく大臣が将軍を兼任する事となった。

 しかし、それから一月程経った頃……、大臣が倒れた。


 そしてその報が王様に届いた時、たまたま側に居た料理長に大臣兼将軍兼料理長という悪夢が始まった。

 右も左も分からないまま、生真面目な料理長は大臣と将軍の仕事に当たった。

 なかなか言うこと聞かぬ兵達と日々の献立に頭を悩まし、ネチネチと嫌味を垂れる貴族達のご機嫌を取りと、常人であれば三日と持たずに倒れてしまっていただろう。

 頬はげっそりと痩け、少しでも気を抜けば腰に差した剣の重さに負けてフラフラと斜めに歩いてしまう。

(私も倒れてしまいたい……)

 朝目覚めて目眩などを覚えると歓喜した。

 今日こそこの激務から解放される!

 しかしそう思った途端、どうにも体調が良くなってしまうのだ……。

(あと少し……、あと少し――)


 虚ろな目を泳がせ、ふらふらと門へ向かう料理長を衛兵が呼び止めた。

「料理長! 不審者を捕らえました。牢までお越し願えますか?」

「は、はい。今行きます」

 料理長は我に返り、声を掛けてきた衛兵の後を追って体を左に傾けながらよたよたと走った。

 大臣と将軍を兼任していても、この男は料理長と呼ばれる。

 兵も役人も王様も……皆、料理長と呼ぶ。

 

 ◆


「――どうじゃった?」

 遠慮がちに部屋に戻ってきた料理長に王様は尋ねた。

「は、はい。泉に顔を突っ込んで水を飲んでいた連中を捕らえまして……」

「皆我慢しとるというのに……不届きな連中じゃな」

「は、はい……」

「またどこぞの町か村で井戸が枯れたか?」

「それが……」

「なんじゃ?」

「……この国の者ではない。と……」

「どういう意味じゃ?」

「え、あの、その……、比喩的なものではなく……」

「んん?」

「自分達は冬の国と春の国の王で……夏の女王に会いに来たと……」

 顔色でも窺っているような料理長を見つめ、王様は答えた。


「……日干しじゃ」

「ひ、日干し……」

「明日、日干しにしよう。磔台を用意しておけ」

「で、ですが王様……。一度夏の女王に確認をとった方が……」

「そんな戯言(たわごと)を信じろと申すか?」

「いえ、あの……、念のために……」

 牢を訪れた調理長は、やけに冷静に話す品の良い男にギロリと睨み付けられた。

『春の女王から夏の女王へ我らの訪問の知らせが届いているはずなのですが……。一度確認されては如何か?』

『女王の客ともいえる我らにこのような扱いを……。ただでは済まんぞ?』

 と、これまたやけにがたいの良いガハガハと下品に笑う男に凄まれ、料理長はビビっていた。

(もしも、もしも真の事で……、女王の機嫌を損ねるような事になれば日干しにされるのは我々の方だ……)

 なんとか王様を夏の女王の元へ向かわせるべく調理長は考えた。

「せ、せめて雨を降らせて貰えないかとお願いに行く……、そのついでにという事では如何でしょうか……」


(気の小さい男だのう……。じゃが、このままじっと干からびるのを待つ訳にはゆかぬ。女王にそういう力があるのかは分からんが……、確かに今一度会いに行かねばならんな……)

 なぜ塔を出ないのか? なぜ秋の女王は来ないのか? 女王の元を訪れて尋ねた事を思い出し、王様は顔を顰めた。

(できればあまり会いたくはないのう……)

 浅黒い肌に燃えるような赤い瞳。子供と言うには大人びていて、大人と言うには子供過ぎる……。

 正直、苦手なタイプだ。

 しかし、国を背負う王たる者にそんなワガママは許されない。王様はため息と共に首を振り、料理長に命じた。

「季節の塔へ向かう。支度をせい」



 その頃、地下牢では――

 壁にだらりと背をもたせ、二人の王様は心地良さげな表情を浮かべていた。

「冬の国の。牢とはかように心地の良い場所であったのか……」

「こりゃたまらんのぅ……」

 冷えた床と壁に体を押し付け、二人の王様は湯船に浸かっているかのように寛いでいた。

「春の国の。国へ戻ったら牢の作りを見直さねばならんな。牢は夏は暑く、冬は寒く。入った事を後悔するものでなくてはならんな」

「うむ。二度と入りたくないと言わしめるものでなくてはんらんのぅ……」

 熱心に牢屋改革を話合う王様達の側で、その取り巻き達も頭を付き合わせて何やら熱心に話し合っていた。


「――私は春の女王ですな。思わず見とれてしまいましたぞ」

「私は冬の女王ですな。ブーツをギロリと睨んだあの冷たい瞳……ゾクリときましたな」

「羨ましい……。我々もお目に掛かりたいものです」

「ところで、将軍はどちらが……?」

「フン。女になぞ興味はない。たとえ神々と同格であったとしても、女は女だ。興味はない」

「将軍……。そんな事を言うておった者に限って、女狂いになって手が付けられなくなるものですぞ」

 じっと話を聞いていた大臣も大きく頷いて将軍を見た。

「確かに。日頃から少々遊んでおった方が良いぞ。そういう堅い事を言うておった者に限って、深みに嵌まり抜け出せなくなるものだ」

「ほう。うちの大臣とは随分違うのだな。貴公、うちの大臣と代わらんか? あの青瓢箪めはやれ規律だ風紀だと小うるさくてかなわん……」

「おぬしこそ、うちの将軍と代わらんか? やれ腰が痛い膝が痛いと使い物にならん」

 この場に居らぬ互いの国の大臣と将軍の陰口で何や盛り上がる面々に、王様が声を掛けた。

「将軍。夏の国の王が季節の塔へ向かったと、今し方牢番達が話しておったわい。ワシらもそろそろお暇させてもらうとしよう」

 将軍は得意げに敬礼を返し、ニヤリと笑みを浮かべた。

「ハッ! 仰せのままに――」



 それから数刻――

 地下牢から王様の怒号が響いた。

「逃げたじゃと!?」

「も、申し訳ありません!」

 王様はぞろぞろと集まっていた衛兵達を押し退け、空になった牢を呆然と見つめた。

 夏の女王は王様の顔をみた瞬間、思いもかけない事を口にした。

『あら? 王様。お一人ですの? 冬の国と春の国の王様はまだお見えになってませんのかしら?』

 そう言って、呆然と見つめる王様を見透かすように続けたな。

『まさか、(わたくし)の客人を牢に押し込めている……なんてことはありませんわよね?』

 血相を変え、王様はすぐさま城へ駆け戻り地下牢へ駆け込んだ。女王になんと言い訳したのかも思い出せないほどに動揺し、焦っていた。

(まずい……まずい……。まずいぞ……!!)

「王様。あれが牢に残されていたと……」

 そう言って、料理長が側に立つ衛兵が摘まみ上げたクシャクシャの小さな油紙を指した。

 最近めっきり視力が落ちてきていた王様は、衛兵から油紙を引ったくり顔を近づけた。

「なんぞ書いて――}

 言いかけて、王様は顔を歪めて油紙を投げ捨てた。

「なんじゃこの臭いは!?」


 続けて何かを言いかけ、王様は踵を返して牢を飛び出した。

(彼奴等は季節の塔へ向かったに違いない……。なんとしても、彼奴等が塔へ着く前に追いつかねばならん!!)

 王様は慌ただしく馬に飛び乗り鞭を振るって駆け出した。

「あ、ああ……」

 両手でシェフハットを握りしめ、オロオロと王様を見送る料理長の前に、馬に跨がった衛兵が颯爽と現れた。

「さあ、早く!」

「は、はい!」

 料理長は言われるがままに馬に跨がり衛兵の腰にしがみついた。

 巧みに馬を操りぐんぐんと王様との距離を縮める衛兵に、料理長は恐る恐る尋ねた。

「あの……。将軍をやりませんか?」

「お断り致します」

「……そうですか」

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