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季節の園  作者: 立花 葵
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 ※これは2017冬の童話祭、季節廻る国の童話への出品作品を加筆修正したものです。



 2017冬の童話祭、お題。


 あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。

 女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。

 そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。


 ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。

 冬の女王様が塔に入ったままなのです。

 辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。


 困った王様はお触れを出しました。


 冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

 ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。


 季節を廻らせることを妨げてはならない。

「――もうよい」

 大臣を下がらせ、王様は外を眺めた。

 一面雪に覆われ、何処までも白一色の景色が続いていた。緑を最後に見たのは何時だったろうか……。


 食事は日に日に質素になり、量も減っている。食卓と景色から緑という色が消えて一年が経とうとしていた。

(何故春の女王は来ない……?)

 季節の塔にこもったままの冬の女王が出て行く気配も無ければ春の女王が訪れる気配もない。


 冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

 ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

 季節を廻らせることを妨げてはならない。


 雪に埋もれる町を見つめ、王達はため息をついた。

 国中に触れを出し、案を募った。立て看板と一緒に置いたポストには、これまでに実に多くの案が寄せられた。

 ……しかし、どれも上手く行かなかった。

 最近は案も出尽くし、「早く冬の女王を立ち退かせくれ」「早く春の女王を連れてきてくれ」などと案ではなく嘆願ばかりが寄せられるようになった。

(それを実現する方法を募っているというのに……)

 毎日毎日、大臣が読み上げるのを聞いているだけで居眠りをしてしまいそうになる。

 中には、今すぐ季節の塔へ兵を出し冬の女王を殺してしまえ。などというような物騒なものまであり、それを聞いた将軍が兵を出すようにと毎日のようにせっつき武力を以って冬の女王を追い出すと息巻いている。


 王様のため息と同時に、「カラン、カラン」と弱々しい鐘の音が響いた。

(今日の昼食は何だろうか……?)

 王様はまた深いため息をついた。楽しみであった食事にも、今はため息がこぼれてしまう……。食卓には干物とパンばかり……どれもこれも固く、顎が疲れてしまう。

 それを用意するシェフ達も顔に生気がなく、虚ろな目でどこか遠くを見つめている。

 王様である自分の食事がこれなのだ。庶民の食卓はどうなっていることか……。

 王様はまた大きくため息をついた。


  ◆


 数日後、王様は夕食を前にまたため息をついていた。

 おかずがまた一品減った。城内で顔を合わせる者達の表情からは、また一段と生気が失われた。

 ついこの間まで激しい口調で兵を出せとせっついていた将軍に至っては、今日はゾンビが入ってきたのかと勘違いしてしまう程にやつれ、ふらふらと歩いていた。

 大きなため息をついて夕食を食べていると、大臣が一人の少年を連れて王様の前に現れた。

 古ぼけた竪琴を手にした、まだあどけなさの残る美しい少年だった。


「その少年は誰じゃ?」

「はい。吟遊詩人という者だと……」

「吟遊詩人? なんじゃそれは?」

 王様は初めて聞く言葉に眉を寄せ、大臣に尋ねた。

「なんでも、世界を旅し、歌や物語を語り歩く者なのだとか……」

 大臣もよく分からないようで、もごもごと口ごもって困ったように王様を見つめた。

 少年は首を傾げる王様に微笑みかけ、胸に手を当てて深々と礼をした。

「はじめまして。冬の国の王様。吟遊詩人のアポロと申します」

 少年の大人びた仕草と言葉づかいに、王様はにこやかに声をかけた。


「その歳で立派なものだ」

 顔を上げた少年に王様は優しく微笑みかけた。しかし、王様はすぐに顔を曇らせ不機嫌に呟いた。

「しかし、冬の国の王とはちと失礼じゃの……。終らぬ冬をどうしようかと、毎日毎日、頭痛がするほど考えておるというのに……」

「これは失礼を致しました」

 少年が頭を下げると、王様は力なく呟いた。

「……いや、お前の言う通りじゃ。好きでなったわけではないが、正に冬の国の王じゃ……」

 王様はすぐに笑顔に戻り少年に尋ねた。

「して、歌でもうたってくれるのかの?」

 少年は竪琴をさらりと撫で、美しい音色が響いた。

「歌でも、物語でも。お望みのままに」

「では、一曲頼もうか」


 少年はまた弦をさらりと撫で、美しい音色が響いた。

 並んだ弦の上を少年の指は幾度も往復し、いつしか弦の上を踊るように滑り美しいメロディーを奏でた。

 それに合わせ、抜けるように澄んだ歌声が部屋を満たした。

 どこか懐かしさを感じる美しい旋律と歌声に、王様は食事をしていた事も忘れ、演奏が終わっても尚、耳に残る美しい歌声と旋律にうっとりと聞き入っていた。


「いかがでしたか? 気に入って頂けたのなら嬉しいのですが……」

 少年の声に我に帰り、王様は大きく頷くと自分の前に椅子を置き少年を座らせた。

「さあ、もっと聞かせてくれ」

 王様と向かい合わせに座った少年はにっこりと微笑み、竪琴を構えた。

 美しい旋律と歌声が再び部屋を満たし、いつしか部屋の外へ、城の外へ、そして国中を包み込んだ。不思議な事に、少年の歌声は国に住まう命ある全ての者の耳に届いていた。

 少年の歌声は夜が更けても響き続け、長い冬に疲れきっていた者達の顔に生気が戻った――



 王様はベッドに横たわり、側に座る少年の歌声に耳を澄ませていた。

 ふと歌声が止み、王様は少年へ顔を向けた。

「どうした? もっと聞かせてくれ」

「王様。もうお休みにならないと」

 そう言って少年は優しく微笑み返した。

「大丈夫じゃ。外は雪ばかり、何も出来んしする者もおらん。どうせ一日座っとるだけじゃ。一日中早く冬を終わらせろ、早く春にしろと聞かされるだけじゃ。そんなものはもう聞きとうない。ワシはお前の歌を聞いていたい。さあ、もっと聞かせてくれ」

 寝るのを嫌がり駄々をこねる子供のように、王様は少年に歌をせがんだ。

「いいえ、王様。明日からはきっと忙しくなります」

 それでも駄々をこね歌をせがむ王様に布団をかけ直し、少年はさらりと竪琴を撫でた。

「それでは、物語を一つ」

「物語か……。お前の声が聞けるのならそれでも良いわ」


 少年はまた竪琴をさらりと撫で、美しい音色が響いた。

「遥か昔、まだ神々がもっと身近な時代。

 神々が住まう天上の楽園。そこに美しい四人の姉妹が居りました。

 春、夏、秋、冬。姉妹はそれぞれの名を冠した季節を纏い、時に歌い、時に踊り、それはそれは仲睦まじく暮らして居りました。

 春が笑えば草木は花を咲かせ、夏が歌えば暑い日射しが降り注ぎ、秋の吐息は眠気を誘い、冬の笑みが全てを凍らせる。

 彼女達の暮らす場所は、春かと思えば不意に木枯らしが吹き、夏かと思えば突如雪が降り、冬かと思えば唐突に夏の日射しが戻る。季節が入り交じる不思議な所でした。


 ある日、地上の国を治める四人の王達が姉妹の元を訪れこうお願いをしました。

「どうか、季節を順番に、緩やかに廻らせていただきたい」

 四人の王は頭を垂れ、姉妹に懇願しました。

「このままでは地上の世界は滅びてしまいます」

 王達がそう訴えましたが、姉妹はただ普通に暮らしていただけなのに、それで地上の世界が滅びてしまうと言われても何の事やらサッパリ意味が分かりませんでした。


 そこで、王達は地上の世界について説明をしました。

 姉妹は地上の世界では季節と呼ばれ、地上で暮らす者達にとってなくてはならないものであり、そして季節の訪れる順番は非常に重要なものであると。

「春、夏、秋、冬。何卒、一年をかけこの順番で季節を廻らせていただきたくお願いに上がりました」

 姉妹は王達から地上の世界に住まう者達のが困り果てている事を聞かされ、願いを聞き入れる事にしました。

 こうしてそれぞれ国に季節の塔が建てられ、この世界に春夏秋冬の季節の廻りが誕生したのでした」


「……面白い話しじゃな。じゃが、この世界に季節の塔は一つしかない。所詮は物語じゃの……」

 少年は王達に微笑み返し、信じられない事を言いはじめた。

「いいえ、王達。私はつい先日までもう一年も春の女王が塔を去らないと嘆く国に居りました」

「はは、からかってはいかん。そこまで世間知らずではないわい。これでも国を統べる王じゃぞ」

 王様は少年の言葉を笑い飛ばしたが、少年は目を細め、じっと王様を見つめた。


「いいえ、王様。この地上の世界はここだけではありません。春の国、夏の国、秋の国。皆同じ悩みを抱えて嘆いております」

 少年はさらりと竪琴を撫で、弦の上で少年の指が美しいステップを踏んだ。

「……あなた方はもう忘れてしまったのですか。季節が入り乱れていた時代を……。さあ、もうお休みにならないと」

 美しい旋律と歌声が響き渡り、王様は少年に問いかける間もなく、深い眠りへと引き込まれてた――

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