砂漠の街、アニス
どこまでも続く白い砂の平原。
山のように高い砂丘に、ただただ圧倒される。
「うわ~~、すっご~~い!!」
初めて見る砂漠!
ここは世界で唯一の白い砂漠で、なんと寒冷地帯なのだ。なので、結構寒い。
鞄からアルブムを取り出し、首に巻いてみる。毛並みがふわふわで、暖かい。いい襟巻だ。
夜と朝はさらに冷え込むらしい。防寒はしっかり行った上で、任務に挑まなければ。
砂は粒が大きく、半透明だ。これが、夜光るらしい。
踏んだら、ぎゅむぎゅむと音が鳴って楽しい。
「リスリス衛生兵、余所見していたら転びますよ――うぎゃっ!!」
砂場に足を取られて、転倒するウルガス。ガルさんに手を借りて、立ち上がっていた。
ウルガス少年、余所見していたら転ぶので、気を付けたまえよ。
そんなわけで、私達は無事にサファイア砂漠に到着した。
あのあと、空で魔物とも出遭わなかったので、ひとまずホッ。
砂漠の街、アニスから少し離れた場所に着地する。
魔物研究局の人達が、迎えに来てくれていた。
街まで運んでくれるのも、人工竜。今度は、砂地を駆けることができる個体のよう。
脚がすらりと長く、馬のようなシルエットの蜥蜴、と表現すればいいのか。う~む、見れば見るほど不思議な生き物。
砂漠は魔物が出るので、引き続きアメリアに跨るのはガルさん。
人工竜は馬同様、鞍がかけられており、近付いたら、ちらりと見られた。目を細めて、舌先をチロチロしている。ちょっと怖い。
人工竜を上手く操縦できる気がしないと言ったら、ベルリー副隊長が一緒に乗せてくれた。涙がでるほど優しい。
ベルリー副隊長の手を借りながら騎乗する。
鱗は砂漠と同じ、白色だ。ツルツルしていて、触れたらひんやりする。
なんでも、砂漠で魔物に見つからないように、保護色になるよう改良したらしい。
独特なすり足で移動するからか、振動が少なく、馬より快適な気がする。
お尻も痛くならない。それでお悩みの方には朗報である。
三十分ほどでアニスに到着した。
アニスは砂岩の小高い稜線に造られた街。
白い石畳が敷き詰められており、建物もすべて白。なんでも、すべて砂漠の砂を加工して作られた物らしい。夜には青く光り、幻想的な雰囲気になるとか。
各家庭の露台には鉢が置かれ、赤や黄色の色鮮やかな花が咲いている。これも、白い壁に映えて、空の青と相俟って美しく見えた。
これらの景色も、観光地として人気の理由だとか。
王都よりも狭いので、通路は人でごった返している。
前を歩く隊長に遅れないよう、歩調を速めた。
「おいリスリス、はぐれないように、アメリアに乗っておけ」
「わかりました」
隊長に言われて素直に乗ったけれど――のちのち後悔することに。
鷹獅子は珍しいので、注目が集まる。
さらに、アメリアの周囲を貫禄のある第二部隊の面々が歩いているので、護衛の人達のように見えたのか、周囲の注目を浴びてしまった。
小さな子どもが「エルフのお姫様だ!」と叫んだ。
それをきっかけに、さらに注目が集まってしまう。
「わあ、かわいい~~」
「お耳がとんがっているよ~~」
「エルフのお姫様って、あんなにかわいいんだ」
違う違う違う!!!!
なんてことを言ってくれるのだ、子ども達よ。
私達は断じて、エルフの姫と護衛の御一行ではない。
まさか、アメリアに跨って移動しているだけなのに、そういう風に見られるなんて。
慌てて外套の頭巾を被った。
「鳥さん、すっごくきれ~い」
「首に巻いている白い生き物もかわいいねえ~~」
それを聞いたアメリアとアルブムは、ムフフと笑い、満更ではないご様子。
よかったね。
人通りの多い中央街を抜け、緩やかな階段を上がった先にある建物に辿り着いた。
ここが、魔物研究局の本部となっている場所らしい。
三階建てで、立派な佇まいだ。
玄関の扉は大きく、アメリアも入っていいらしい。
『クエクエ~』
嬉しそうにするアメリア。外での待機は疎外感があって、寂しかったようだ。
建物の壁も白。天井は高く、開放感がある。
長椅子と机がある客間に通され、責任者らしき眼鏡をかけた三十代前後の局員より話を聞くことになった。
「大蠍ですが、昼行性で、太陽が高い位置にある時間帯に目撃されています」
大きなハサミに挟まれたら、人の体は真っ二つにされるらしい。
尾から垂れるのは、即死の猛毒。もっとも気を付けなければならない。
「硬い殻のような体の構造をしていまして、刃が通らないのです」
砂漠に面する内側の腹の部分は、比較的やわらか。
「なので、狙うならば、腹部か眼球ですね」
砂の中にも潜るらしく、不自然に盛り上がった部分は要注意とのこと。
なるほど。これを想定して、隊長は遠方からの攻撃を得意とするウルガスとリーゼロッテを選抜したのだ。
本当、顔は山賊なのに、騎士隊長としては優秀な人だ。尊敬する。
「あと、気を付けなければならないのは、砂蟻の巣ですね」
砂漠の中に巨大な巣を作る魔物らしい。暗闇から人や動物を襲い、食料にしてしまうようだ。こちらは夜行性。気を付けなければ。
今日は休みの日らしく、任務は明日からになるらしい。
魔物研究局より、砂漠用の外套やブーツ、砂塵を避けるゴーグルなどが支給された。
兵糧食も準備されていたが、中を検めると騎士隊のそれとほぼ同じ。ウルガスはわかりやすく、落胆していた。
支給品を各々持って、宿に移動。
鞍に荷物を載せて、私は歩く。
「おい、リスリス、大通りは特に人が多い。アメリアに乗って――」
「大丈夫です。アメリアの手綱を引くので、はぐれたらアメリアを探してください」
最初からこうすればよかったのだ。
大通りを抜け、中央街にある宿屋に到着。
街の中で一番大きな宿だろうか。五階建てで、白亜の美しい外観である。
内部は吹き抜けの天井に、やわらかな光が差し込む大きな窓、鮮やかなタイルが貼られた壁など、華やかな内装となっている。かなりいい宿のようだった。
部屋割りは、夜の調査の護衛組となるベルリー副隊長と私、アメリアが同室。大蠍退治組のリーゼロッテは一人部屋。
男性はウルガスとザラさんが同じ部屋で、隊長は一人部屋。ガルさんはスラちゃんと一緒。
ここは幻獣も宿泊できるようで、一番広い部屋を貸してくれるよう。
「よかったですね、アメリア」
『クエ~~』
幻獣連れの客は結構訪れるようで、宿の従業員は対応なども慣れていた。
『ドンナ、部屋ナノカナ~~』
首に巻かれたまま、存在をすっかり忘れていたアルブムであったが、ザラさんが掴んで「男の子はこっち」と言っていた。
『エエ、野郎ト一緒……』
嫌そうな顔付きになるアルブム。失礼な奴め。
「妖精さん、俺、お菓子持って来たんですよ、一緒に食べましょう!」
ウルガスがアルブムにそう言うと、コロッと態度が変わった。
『ヤッタ~、オ菓子~』
アルブム、単純な奴め。お菓子を持っている人ならば、誰にでもついて行きそうだ。あとで、注意をしておかなければ。
このあとは自由時間となる。
いったん荷物を預け、私とベルリー副隊長、リーゼロッテは街に買い物に行った。
アメリアは、人混みは疲れると言ってお留守番となる。
ガルさんが荷物持ちをすると言って、同行してくれることになった。
私達は未知の食材を求めて、市場へと向かう。
「うわあ!」
砂の真ん中にある土地柄だが、各地よりさまざまな物が運ばれているようで、市場にはさまざまな食材が並んでいた。
少し立ち止まっただけで、試食をもらえる。
果物は王都では見ない種類の物が並んでいた。トゲトゲの、紫色の果物に、黒い柑橘、黄色い苺などなど。
どれも驚くほど甘い。アメリアへのお土産に、たくさん購入した。
砂牛という、この辺の気候でしか育たない家畜の串焼きも食べた。
やわらかくて、噛んだら肉汁が溢れてくる。甘辛のソースもたまらない。
壺に入った、砂牛のバターも買った。味見でパンに付けた物を食べたら、濃厚かつクリーミーでおいしかったのだ。
あれこれと、試食をしつつ購入していたら、お腹いっぱいになってしまう。
夕食は食べなくてもよさそうだ。




