騎士隊兵糧食のごちそう
人工竜を休ませなければならないので、隊長はここで「好きにするといい」と、調理の許可を出してくれた。
材料は騎士隊の兵糧食、堅いビスケット、塩辛い野菜、油っぽい猪豚肉、ボソボソチーズに、布みたいな食感の燻製肉、粉っぽいチョコレート。
こう、挙げただけで、食べ物じゃないなと思ってしまう。
遠征部隊の人達はこれらを日々、普通に食べているんだなと思ったら、自然と涙が。
もうちょっと、改良したほうがいいのではと思う。
ビスケットを食べきるだけで、疲れてしまいそうだった。
「メルちゃん、手伝いしましょうか?」
「ありがとうございます! 助かります!」
みんな、料理を手伝ってくれるようだ。食事を終えたガルさんまで。
隊長は腕を組み、本当においしい物が作れるのかと、高みの見物をしているよう。
良いご身分だ。
アメリアは地面に伏せをした状態で、見守ってくれている。
目が合ったら、『クエ~~』と応援してくれた。
ありがとう、お母さん、頑張るよ。
そんなことはさておいて、調理を開始する。
「では、ザラさんとガルさんは、ビスケットを乳鉢ですり潰してもらえますか?」
大変な仕事だけれど、メインとなる材料になるので、どうか頑張ってほしい。
全員分のビスケットを託す。
ウルガスとベルリー副隊長には、簡易かまど作りをお願いした。
そして、私とリーゼロッテは、スティック状の野菜を食べやすい大きさに切る。燻製肉も同様に、切り刻んだ。これは、スープの材料にする。
『オ~イ、パンケーキノ娘~、キノコヲ、採ッテキタヨ』
「え!?」
アルブムが背負っていた、唐草模様の風呂敷の中を開いて見せる。
そこには、胡椒茸と見慣れない茸が。
どうやら、アルブムは森の中へと分け入り、食材確保に出かけていたようだ。
「アルブム、これは?」
『オイシイ茸ダヨ』
傘は肉厚で、香り高い茸だ。軸の部分も太くて、おいしそう。
しかし、見慣れない茸は警戒してしまう。毒があるかもしれないからだ。
「あら、それ、栗茸じゃない?」
リーゼロッテが反応を示す。なんでも、貴族の食卓でも滅多に並ばない高級茸らしい。
香りを嗅がせたら、間違いないとのこと。
山栗の木の根元に生えるので、栗茸と呼ばれているらしい。
「ここ二、三年、天候の関係とかで幻と言われていたような」
「えっ、すごいじゃないですか!」
アルブムに偉い、偉いと言いながら、頭を撫でる。
『マ、マア、大シタコト、ジャナイケレド~~』
褒められて、満更でもないような様子だった。
しかし、よくよく見たら、アルブムの鼻先や手が泥だらけ。手巾で拭いてあげる。
「では、スープにアルブムの採ってきてくれた茸を入れましょう」
『ヨロシクネ~~。マダ、手伝ウコト、アル?』
「でしたら、大きな葉っぱがあれば、持って来てもらえますか?」
『ワカッタ』
大きな葉はお皿代わりになる。あったら便利なので、お願いしてみた。
アルブムを見送ったあと、調理再開。
出汁は燻製肉と茸類で十分だろう。
周囲を確認する。魔物研究局の局員は、人工竜につきっきりで、こちらをまったく気にしていない。
その隙に、スラちゃんにお願いをする。
「スラちゃん、お湯を出せますか?」
瓶の中で、承諾の丸を作るスラちゃん。
一応、ガルさんにスラちゃんの力を借りてもいいか聞いて、許可が出たので、瓶の蓋を開いて外に出てきてもらう。
スラちゃんは両手を掲げるように、にゅっと二本の手を作り出し、お湯を生成する。
すると、お鍋の中が満たされた。
「スラちゃん、ありがとうございます」
えっへんと、腰(?)に手を当てて、自慢げなスラちゃん。仕草の一つ一つが可愛い。
ウルガスとベルリー副隊長の作ってくれた、簡易かまどに鍋を置く。
刻んだ燻製肉と、胡椒茸と栗茸を入れて、ひと煮立ち。途中で野菜を投入し、味を調えたら、『遠征部隊の兵糧スープ』が仕上がった。
続いて、ザラさんとガルさんがすってくれたビスケットを使ってもうひと品。
まず、チーズを細かく刻む。それを、粉末ビスケットと混ぜ、香辛料で下味を付けた肉にまぶした。
それを焼いたら、『猪豚のチーズカツ、遠征部隊風』の完成。
最後の品は、粉末ビスケットとチョコレートを使う。
作り方は簡単。刻んで溶かしたチョコレートに、粉末ビスケットを混ぜて、焼くだけ。
あっという間に、『遠征部隊のチョコレートパンケーキ』のできあがり。
以上の料理を、各々の器とアルブムが採って来てくれた大きな葉に並べる。
ウルガスはスープの器を持ち、目をキラキラしながら眺めていた。
「リスリス衛生兵、すごいですね。おいしそうです」
「アルブムが採って来てくれた、幻の栗茸も入っているので、おいしいですよ」
「ああ、楽しみです」
スープは隊長や魔物研究局の局員にもわけてあげた。茸でかさ増ししているので、大量になってしまったのだ。
食前の祈りのあと、いただく。
まずは、『遠征部隊の兵糧スープ』から。
「――んん!?」
驚いたのは、栗茸の旨みたっぷりの出汁。品のある味わいで、香りも良い。
食感はコリコリ。噛むと、じわっと、豊かな風味が口の中に広がる。
燻製肉はスープを吸って、ジューシーになっていた。野菜も塩分が抜けて食べやすくなっている。
「メル、このスープ、貴族の家でも出せる味よ」
「それは、それは」
……その評価は、おいしいよりも嬉しいかも。
もちろん、素材の力が大きいことはわかっている。
続いて、『猪豚のチーズカツ、遠征部隊風』をいただく。
そのままだったら、油っぽ過ぎて食べられなかった。
これはどうなのか。
普通、カツは油で揚げる。しかし、この肉は油に漬かっていた物なので、揚げたら胃がもたれそうだなと思い、焼いたのだ。カリカリになるまで火を入れたけれど、果たして――。
しっかりした味が付いているので、何も付けずに齧り付く。
食感はサックリ。チーズの香ばしさと、中から香草の爽やかな香りが、ふわりと口の中に広がった。お肉はやわらかい。油っぽさはなく、くどくなかった。
「メルちゃん、これ、すごい。おいしいわ」
「よかったです」
ザラさんも気に入ってくれたようだ。
まさか、あの油でぎっとりなお肉がここまで生まれ変わるとは。
我慢して、そのまま食べなくて本当によかった。
最後は歯が折れそうなほど堅いビスケットと、粉っぽい残念なチョコレートを組み合わせて作ったパンケーキ。
ドキドキしながら、口にする。
外はサクッ、中はふわっ。
最低最悪の食材が、見事に生まれ変わっていた。
元々の素材はよかったのか、優しい甘さの中に、チョコレートの濃厚な味が引き立っている。
おいしい、とても、おいしい。
残念な食材で作った料理は、大成功だった。
隊長にも、褒めてもらう。
「あの兵糧食から、こんな料理を作るとは、たいした腕だ」
「ありがとうございます」
思わず顔がにやけてしまった。
魔物研究局の方々にも、好評だったようだ。
「いやはや、うちの部隊にぜひともほしい人材です」
その言葉に隊長はすぐさま反応し、魔物研究局の局員をジロリと睨みつけた。
怖かったからか、局員はビクリと肩を揺らし、涙目になる。
嬉しいけれど、隊員の引き抜きには敏感なのだ。許してやってほしい。
私も、他の人を引き抜きたいと言ったら、全力で睨んでいただろう。
皆、大切な仲間なのだ。
食事を終えたウルガスは満腹でにこにこしていた。
よかったねと思っていたら、突然頭を抱えて叫ぶ。
「うわ~~!!」
「ウ、ウルガス、どうしたんですか!?」
「砂漠の任務に、リスリス衛生兵がいない~~!!」
なるほど、そういうことだったのか。
任務は二手にわかれる。
隊長チームはウルガス、ザラさん、リーゼロッテ。
ベルリー副隊長のチームは、ガルさん、私、アメリアに、スラちゃん、それからアルブム。
「こんなおいしい食事を食べたあとに、兵糧食なんて食べられませんよ」
地面に転がり、涙目で話すウルガス。なんだかかわいそうになる。
「大丈夫よ、ジュン」
「アートさん!」
ザラさんが寝そべったウルガスを起こしてくれた。
「料理、作ってくれるんですか?」
「いいえ、鍋とか持って行く余裕はないし。一緒に頑張って、食べましょう」
そうなのだ。ザラさんも、ウルガスも戦闘員。余計な荷物は何一つ持てない。
「うわ~~、励ましてくれるだけって!!」
頑張れウルガス、負けるなウルガス。
心の中で応援した。




