騎士隊の兵糧食
アメリアの全身は、純白の羽毛と毛皮に覆われている。
切れ長の目に長い睫毛、鋭い嘴を持つ凛々しい鷹の頭部に、もっふもふの胸毛、がっしりとしたかぎ爪の前足、美しい翼に、下半身は獅子の胴と後足、長い尾を持つ最強の鷹獅子だ。
出会った時は、持ち上げることができるほど小さかった。
母親と離れ離れになったばかりだったからか、甘えん坊で私の姿が見えなくなると『クエクエ!』と鳴いて大変だったのだ。
そんなアメリアが、独り立ちをして、戦闘員として作戦に参加するなんて。
「うっ、アメリア~~」
感極まって、首元に抱きつく。
もう、大きくなってしまって、抱き上げることはできないけれど、精一杯の愛を示してみた。
「頑張ってね、応援しているから!」
『クエクエクエ~』
アメリア、すごい。「任せて!」だなんて。
成長した。立派な鷹獅子になってくれた。本当に、嬉しい。
ここで、ガルさんがやって来る。
「ガルさん、アメリアのことをよろしくお願いいたします」
コクリと力強く頷いてくれた。
ガルさんも、私にお願いがあると言う。
「なんでしょうか?」
布に包まれた何かが差し出される。それは、瓶入りのスラちゃんだった。
落としたら大変なので、預かってほしいとのこと。
「わかりました。スラちゃんのことは、任せてください!」
ガルさんより、スラちゃんの入った小瓶を受け取る。
瓶の中のスラちゃんは、私に挨拶をするように、にゅっと手のようなものを作り出してぶんぶんと振ってくれた。私も手を振り返す。
スラちゃんの瓶には紐が付いているので、首からぶら下げておく。
ガルさんは、アメリアに騎乗する。
なんていうか、さまになっている。槍を手に跨る姿は正統派の鷹獅子兵っぽい。恰好いいなあ。
こうして、準備が整ったので、移動再開。
私は竜車の車に乗り込んだ。
内部は案外広い。天井も高く、閉塞感はほぼない。
私はベルリー副隊長の隣に座った。お隣はリーゼロッテとウルガス。目の前は隊長でそのお隣がザラさん。席順は隊長が決めるのだ。
準備ができたと隊長が御者に合図を出すと、飛行開始となる。
バッサバッサという羽ばたく音が聞こえ、ふわりと車体が浮かぶ。
怖くなって、無意識のうちにベルリー副隊長の腕を掴んでいた。
「リスリス衛生兵、心配することはない」
「う、はい。ありがとうございます」
隣に座るリーゼロッテは大丈夫みたいだ。ウルガスも平然としている。
それにしても、驚いた。
空を飛ぶ馬車だと聞いていたので、さぞかし揺れるのだろうと思っていたが、ほとんど振動を感じない。というか、馬車より快適なのでは?
竜車はスイスイと進んで行く。
アルブムはやっと、竜車が安全だとわかったからか、そろりと、鞄の中から顔を出す。
『パンケーキノ娘、怖クナイ?』
「ええ、大丈夫ですよ。意外と快適です」
『ヨカッター!』
鞄から出て来たアルブムは、私の膝にちょこんと座った。
「あら、アルブム、こっちに来ない?」
ザラさんがにこにこしながらアルブムにお誘いの言葉をかけたが――。
『ナンカ、笑顔ガ黒イカラ、イイ……』
ザラさんの黒い笑顔とは?
ちらりと見たが、いつもの美人な微笑みにしか見えない。
『オオ!?』
膝の上のアルブムが、ビクリと反応を示し、ビョンと軽く跳び上がる。
あたふたしながら私の膝から、リーゼロッテの膝に移動したが、拒絶されたので、ウルガスの膝の上に落ちつく。
「アルブム、いったいどうしたのですか?」
『その瓶の中身、精霊!!』
「精霊? 瓶の中身って、スラちゃんですか?」
『ソウ! ウワア~~、ビックリシタ~~!』
スラちゃんが精霊とな? 人工スライムだと聞いていたけれど。
紐を持ち上げて、スラちゃんを覗き込む。
「あの、スラちゃん、あなたは精霊なんですか?」
瓶の中で作り出されたのは、疑問符の形。
どうやら、スラちゃんもよくわからないようだ。
「そういえば、どこぞの魔法大国が人工精霊についての研究を発表したみたいなことを、お父様がお話していたような気もするけれど、詳細は覚えていないわ」
「なるほど」
人工精霊とは、世界でもあまり成功例のない、希少生物らしい。
「だったら、このことは外にバラさないほうがいいですね」
「それがいいと思うわ。魔法研究所は、特に精霊に固執しているから」
一度、侯爵様に相談したほうがいいと、リーゼロッテはアドバイスをしてくれた。
確かに、私達だけで抱えられる問題でもないだろう。
スラちゃんとガルさんの平和な日々のためにも、外の人には内緒にしていなければ。
「というわけなので、アルブム、喋ったらダメですよ」
『ウン、ワカッタ』
スラちゃんとアルブムは相性が悪いのか、近寄って来ない。
男の膝は硬いな~とか、文句を言いながらウルガスの膝に座っている。なんて失礼なことを。ウルガスは楽しそうに笑っているからいいけれど。
お昼時となり、開けた場所で昼食を取ることにした。
頑張ったアメリアには、一番に果物を与えた。
ガルさんとの飛行は特に問題などなかった模様。よかった、よかった。
アメリアの食事が済んだら、今度は私達の番。
ベルリー副隊長より配給されたのは、騎士隊の兵糧食。黒い袋に詰められていた。これが一食分らしい。
ずっしりと重みのある食事を、ドキドキしながら開封してみた。
中身はビスケット、瓶詰めになった野菜と肉、チーズに燻製肉、チョコレートが一枚。以上。
火を用意しなくても、食べられるような内容になっているらしい。ふむふむ。
神様に祈りを捧げて、いただきます。
まずは、ビスケットから。
「いただきま~す、うっ!!」
噛んだら、ガチンと音が鳴る。なにこれ、石!?
隊長は平然とした顔で、バリボリとビスケットを食べていた。どんな顎をしているんだ。
ベルリー副隊長は一回口に含み、眉間に皺を寄せ、それから再度噛み砕いたようだ。
ガルさんの犬歯は問題なく噛み砕けている模様。
ウルガスは涙目になりながら食べている。
ザラさんは無理だったようで、ビスケットは紙に包み直していた。
リーゼロッテは皆の反応を見て、ビスケットには手を付けない。
アルブムにもビスケットを与えてみたが、驚くほど堅かったようで、本当に食べ物なのか、裏表をひっくり返しながら確認をしていた。
次に、野菜の瓶を開封してみる。
酢漬けか何かだろうか? 細長く切られた野菜を摘まみ、口にした。
「――塩辛ッ!!」
まさかの塩水に漬けた野菜だった。
なんだろう、この、手っ取り早く塩分取れみたいな料理は。信じられない。
肉はオリヴィエ油漬けだったけれど、安くて質の悪い物を使っているからか、ぎっとりしていて食べる気がまったく起きない。
チーズはボソボソしている。燻製肉は布みたいな食感。いや、布食べたことないけれど。
チョコレートは粉っぽい。なんか混ぜてそう。
皆の表情は、どんどん曇っていった。
ウルガスがぼそりと呟く。
「普通に不味いですね。いや、前まで食べていた物なんですが……」
「メルちゃんの作ってくれる料理がおいしかったから、落差が酷いわね」
ザラさんまでも、兵糧食にお手上げ状態だったようだ。ほとんど手を付けていない。
リーゼロッテはほぼ未開封状態だ。皆の反応を見ていたら、食欲が失せてしまったらしい。
隊長だけは別だった。粉っぽいチョコレートまで完食していた。
「おい、お前ら、しっかり食えよ。途中で腹減って動けないとかいったら、ぶっ飛ばすからな」
隊員一人一人をジロリと睨み、脅すような言葉を述べる山賊――ではなくて隊長。
しかし、だがしかし、これを食べることは難しいことだ。
食べ物を得ることに感謝をしたばかりなのに、体が拒絶してしまう。
思わず、初めての遠征を思い出した。
あの時食べた、ウルガスの作ったパンや干し肉はどれも不味くて――と、ここで気付く。
この兵糧食も、手を加えたらおいしくなるのではないかと。
さっそく、私は隊長にお願いをしてみる。
「すみません隊長、ちょっとお時間いただいてもいいですか?」




