木の実と検証
その後、ベルリー副隊長とガルさんが途中で落下していった竜騎兵を探しに行った。
アメリアは戦闘で羽根が傷ついていないか、リーゼロッテが一枚一枚確認している。
本人は大丈夫だと言っていたけれど、念のため。
リーゼロッテはいろいろと勉強しているようで、その辺はお任せしている。
隊長は魔物研究所の竜騎兵のお兄さんや、御者のおじさんと何か真剣な表情で話し込んでいる。
ウルガスはアメリアとリーゼロッテの様子をじっと眺めていた。
あまり近寄ると、リーゼロッテが怒るからね。
少年の好奇心を心配に思う。
私は少し離れた場所に、膝を抱いて座っていた。
広い空、白い雲、そして蘇る目前に迫る大鷲。
ぞっとしてしまった。
恐怖を思い出し、指先が震える。
なんだか今、無性に卵の焼けた匂いとかを嗅ぎたい。平和な日常よ、どこにいった。
でも、騎士隊に所属することって、こういうことなのだ。
覚悟はしていたけれど、命の危機に瀕した瞬間に、消えてなくなってしまうのだ。
「メルちゃん、食べる?」
「!」
目の前に差し出されたのは、楕円形の赤い木の実。
見上げたら、ザラさんの笑顔が。
「あ、ありがとうございます」
一粒、もらって食べる。
甘酸っぱくて、少し渋みがあっておいしい。弾力があって、なかなか食べ応えがある。中に細長い種が入っていた。
「どう?」
「おいしいです」
「よかった」
「ザラさん、これは?」
隣に腰かけたザラさんが、謎の木の実について教えてくれた。
「これは茱萸の実」
「へえ~」
耐寒性が高い木の実で、冬季から春季に実を生らす植物らしい。
ザラさんの村にも、自生していたとか。
「砂糖煮込みにしてもおいしいし、母はお酒を作っていたわ」
「お酒ですか。このなんとも言えない渋みがアクセントになりそうですね」
飲んでみたいけれど、王都でお酒を作る時は、お酒ギルドに申請をしなければならない。
申請料を払ったら、個人の場合は割高となるのだ。
「ぐぬぬ」
「今度、うちの村に来る機会があれば、メルちゃんにも飲ませてあげる」
ザラさんが子どものころ、作ったお酒もあるらしい。
私も子どもの頃から祖父や父のお酒をせっせと作っていたので、同じようなことをやっていたことが発覚する。
なんだか、私の村とザラさんの村は結構共通点がある。だから、こんなにも話が合うのだろう。都会に、こんな人がいるなんて。偶然の出会いに感謝だ。
「はい、メルちゃん、あ~ん」
「あ~ん」
ザラさんが茱萸の実を食べさせてくれた。おいし~~。
「っていやいや! あ~んとか、うわっ、うっ、げっほげっほ!!」
「メルちゃん、大丈夫!?」
背中を擦ってくれるザラさん。
びっくりした。いきなり「あ~ん」とかするとか。
茱萸の実が気管に引っかかり、咳き込んで苦しかった。やっとのことで落ち着く。
今まで気軽に「あ~ん」をしていたけれど、された側は大変恥ずかしい。知らなかった。今度から、気を付けなければならない。
「メルちゃん、まだ食べる?」
「いえ……」
『アルブムチャン、食ベタイカモ……』
鞄の中から聞こえた声にハッとする。
そういえば、アルブムの存在をすっかり忘れていた。
「うわ、アルブム、すみません!!」
今回の空中戦で活躍をしてくれたのに、放置していたなんて。
鞄を探り、アルブムを出した。ビロ~ンと伸びている。
いや、元々胴長の鼬風妖精なんだけど。
「ザラさん、ザラさん、アルブム、今日すごく頑張ったんです。茱萸の実、いくつかもらってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
ザラさんの手の平にある茱萸の実を摘まみ、アルブムの口元へと持って行った。
『ワ~イ!』
パクリと食べ、おいしかったからかほっぺたを押さえるアルブム。よかったね。
二個目をあげようとしたら、ザラさんはアルブムを抱き上げ、膝に乗せて茱萸の実を与えていた。
『オイシ~~』
特に気にもせず、ザラさんの手から茱萸の実を食べさせてもらうアルブム。
前はちょっと険悪な気がしたけれど、仲良くなれそう?
それにしても、アルブム、よく食べるな。朝食はたっぷり食べているように見えたけれど。
「あ、食べ物といえば、ザラさん、グラで出せる食材が増えたんですよ」
川鼈に、黄金の森林檎、大粒の冬苺、スノードロップの実。ずいぶんと豊富になった。
「けれど、この増える条件がよくわからなくって」
「そうね」
捕まえたり、採ったりした物のすべてが選択肢として現れるのではないのだ。
謎である。
「さっき食べた茱萸の実が出るか、出ないかでわかるかもしれないわ」
「どういうことですか?」
「もしも出なかったら、メルちゃんが主体で採取して食べた物が選択肢として現れるってことになるの」
「ああ、なるほど」
もしもそうであれば、ザラさんと獲った魚が出なかったことが説明できる。さすが、ザラさん。
一応、グラを掴んで念じてみたけれど、何も出なかった。
「この、グラの発動条件も謎なんですよね」
空腹が引き金だと思っていたのに、なんともない戦闘中に出てきたのだ。本当に、よくわからない。
「命の危機に反応したか、それとも、大鷲の食欲に反応したのか」
「これも検証が必要ですね」
そうこうしている間に、ベルリー副隊長とガルさんが戻ってきた。
今度は竜騎兵のお兄さんと一緒だ。
隊長達と合流して、何かを話し始めている。それから数分後、集合がかかった。
そして、話し合いの結果を報告。
「とりあえず、このまま進む」
竜車には追加で聖水を多くふりかけ、魔物避けをするらしい。
それで本当に大丈夫なのか。不安だ。
隊長は話を続ける。
「今回の件は、ごくごく稀なケースだ。今まで、ほとんど魔物と出会うことはなかったらしい」
なんと、大鷲は魔物ではなかったらしい。なので、聖水が効かなかったと。
魔物研究所の方々が言うことなので、間違いないだろう。
アルブムは吸血鬼の眷属と言っていたが、力を受けて大型になっただけの鷲なのか。謎だ。
「なので、この先の飛行は大丈夫だろう」
ここで、本題となる。
「さきほど落下した人工竜は、負傷により空を飛ぶことはできないらしい。それで、護衛の竜騎兵は一頭のまま進む」
ふむふむ。怪我ならば、仕方がない。けれど、大丈夫なのだろうか。
ちらりと隊長をみたら、バチっと目が合う。
「ここで一つ、リスリスとアメリアに相談なのだが」
「なんでしょうか?」
「アメリアにガルを乗せたい」
空中戦では、相手の攻撃範囲外から攻撃できる槍が有利となる。
そこで、ガルさんをアメリアに乗せ、鷹獅子兵に仕立てたいと言うのだ。
「しかし、ガルは契約者ではない。どうだろうかと――」
「ああ、そうでしたね。アメリア、どうですか?」
契約上の問題がある。
気難しい幻獣は、契約者以外に心を許さないらしい。
それに、アメリアが許したとしても、ガルさんは第二部隊の中で一番体ががっしりしていて、大きい。耐えきれるのか。
『クエックエ~~!!』
「え、本当ですか?」
問題ないとのこと。
でも、箱入り娘だし、無理をしているのではと心配になる。
「本当の本当に、大丈夫なんですね?」
『クエクエ!』
アメリアは前足の片方を上げ、翼をバサァと広げる。
あれは、荒ぶる鷹のポーズ!!!!
そうだ、忘れていた。アメリアが、最強の鷹獅子だということを。
「そうですよね。ガルさんを乗せて飛ぶくらい、なんてことないですよね!」
『クエクエ!!』
私はくるりと隊長に向き直る。
「隊長、アメリア、大丈夫みたいです」
「そうか、助かる」
一応、試乗をしてみることにした。
アメリアは快く、ガルさんに背中を貸してくれた。
大丈夫なのかドキドキしたけれど、問題なく飛行しているようだった。
空から戻ってきたアメリアは、嬉しそうに語る。
『クエクエクエクエ~~!』
ガルさんは速く飛んでも平気だったので、楽しかったらしい。
その、まあ、なんていうか、よかったね。




