大波乱の空中戦!
ぞわりと、全身に鳥肌が立つ。魔物の姿を、目視で捉えることができたのだ。
目の前を飛んでいるのは、巨大な鳥――大鷲!!
「ええっ、まさか、この前襲ってきた奴じゃないよね!?」
『クエクエ~!!』
まさかの、同じ個体らしい。なんてこった。
「もしかして、恨みに思って襲撃を!?」
『クエ~~』
わからないけれど、可能性はあるとのこと。
『ン? 何カアッタ?』
「この前の、大鷲が襲ってきたんですよ!」
『エエ~~!!』
アルブムは革袋から出してくれと言う。
紐を解いたら、ひょっこりと顔を出す。地上を見て『ヒェッ!!』と悲鳴をあげていたが、すぐにハッと我に返って革袋から出ると、アメリアの頭のほうに上っていく。
『ア、アイツ、コッチニ、向カッテ来テナイ?』
「ちょっと思いました」
『クエ!!』
アメリアが「ちょっと竜車から離れるね!」と叫ぶ。
同時に、すさまじい風圧を横から感じながら、竜車から距離を取る。
護衛の竜騎兵も、アメリアを狙っていると気付いたのか、一騎こちらへとやって来てくれた。
「まさか、こんなことになるなんて……」
大鷲を拘束していたのはほんのひと時らしい。私達が去ったあと、蔓は解かれたとか。
恨みを持つとしたら、冬苺を食べてしまったことだろう。
『食ベ物ノ恨ミハ怖イカラネ~』
まさに、その通りだと思った。
ぐんぐんとこちらへ迫って来る大鷲。ジロリとこちらを睨んでいるように見える。
アメリアと同じ鷲なのに、まったく雰囲気が違った。こう、凶悪そうな空気がビシバシと伝わって来る。
先を行く竜騎兵が槍を構え、大鷲との戦闘を開始する。
跨っている人工竜のほうが体は大きく、次々と繰り出される突きに怯んでいるように見えた。
ザクリと胸に刺さる槍に、大鷲は体の均衡を崩す。
やったかと思った瞬間、まさかの事態となった。
傷口から噴き出た血流が、棘のような鋭さを持って人工竜を突き刺したのだ。
「え、何あれ!?」
『吸血鬼ノ、眷属ダ!』
「吸血鬼!?」
吸血鬼とは、人の魔力が多く溶け込んでいる血を啜る一族で、自らの血を自在に操る魔法を使うらしい。人の姿をしているが、気質は魔物に近いらしい。
「その、吸血鬼の眷属だから、血の魔法を使える――ひゃあ!!」
眼前に迫る大鷲に、緊急回避するアメリア。
竜騎兵の跨る人工竜は、どんどんと下降していっていた。
まさかの急展開である。
咄嗟に、外に出ていたアルブムが飛んで行かないように掴んで、肩にかけている鞄の中に突っ込んだ。
視界の端で、もう一騎の竜騎兵がやって来るのがわかったが、それよりも、大鷲の再接近のほうが早かった。
「うわあ!!」
『クエエエエエ!!』
もう駄目だと、目を瞑る――が、衝撃は起きない。
そっと目を開くと、アルブムが蔓を鞄から生やし、槍のように繰り出していたのだ。
「アルブム!」
『ヨカッタ、鞄ノ中、植物性ノ物ガ、アッテ!』
どうやら、アルブムの蔓魔法は植物の近くでしか使えないらしい。
鞄の中に入れていたのは、香辛料と精油。それを媒介にして、蔓を作り出したようだ。
私も隙あらば攻撃をしようと、魔棒グラを握りしめる。
すると、浮かび上がる魔法陣。
「――え!?」
なぜ今、発動する? 暴食魔法。
まさか、空腹の他、命の危機が迫った状態でも発動するのだろうか。
浮かび上がった魔法陣に、小さな円陣が加わり、中心より文字が浮かび上がる。
「こ、これは――!」
選べる種類が増えていた。
食材名:川鼈
食材名:黄金の森林檎
食材名:大粒の冬苺
食材名:スノードロップの実
「どうしてこんな急に……」
今までいろんな食材に触れてきたのに、その後選択肢が増えることはなかった。
いったい、どんな条件で増えているのやら。
黄金の森林檎、大粒の冬苺、スノードロップの実。これは、この前採取した物だが……。
もしかして、採って食べた物が加わる仕組み? でも、ザラさんと獲った魚は追加されていないから、他に条件があるのかもしれない。
と、いろいろ考えていたら、ぐるんと視界が回った。
『アッ!』
「ぎゃあ~~!」
『クエエ!』
大鷲がアルブムの蔓に噛み付いて、振り回したのだ。
左右に大きく振られた。
胃からこみ上げてくるものを、ウッと唸りながら堪える。
蔓はアメリアの体に巻きつき、固定されていたのでこのようなことに。
『ゴメン、コレ、破棄スル!!』
アルブムは蔓の固定を解き、生えていた香辛料の入った小袋を投げ捨てた。
猛追してくる大鷲。もう駄目だと思ったその時、何かが風を切って飛んでくる。
なんと、ウルガスが護衛の人工竜に跨り、矢を放ってくれたのだ。
しかし、空の上は風が強い。
ウルガスの腕でも、当てることはできないようだ。
攻撃したことにより、大鷲の注意は竜騎兵のほうへと向く。
もう、どうすればいいのか――。
『アノ、パンケーキノ娘?』
「ん?」
『ソノ、魔法陣ニアル、冬苺ヲ、大鷲ニ投ゲタラ、イインジャナイ?』
「あ!!」
そうだ。食い意地が張っているならば、冬苺で気を逸らすこともできるはず。
私は魔棒グラで、魔法陣の冬苺の文字を突く。
すると、大粒の冬苺が生成された。私の手の平に、ぽてんと落ちてくる。
掴んだそれを掲げて、注目を集めた。
「ほら、冬苺ですよ!」
大鷲の視線が冬苺に向く。ぐんぐんとこちらへ羽ばたいて来る。
どうか、釣られてくれ!
願いを込めて、渾身の力で投げた。
孤を描いて飛んで行く冬苺。
大鷲は視線で追って旋回。
ウルガスは隙だらけとなった翼に矢を放ち――見事、命中させた。
続いて、動きが鈍くなったところで竜騎兵が追撃。背中に槍を突き刺す。
大鷲は真っ逆さまに落ちて行った。
『オ、終ワッタ?』
「た、たぶん?」
落下していた大鷲は、見えなくなった。
竜騎兵がアメリアに接近し、この近くにある開けた場所でいったん態勢を整えたいと言う。
「了解しました」
続いて、首飾りの石に向かってぶつぶつと呟いている竜騎兵。
あれは、魔石通信?
そういう魔道具があると聞いたことがある。
竜車の御者と、連絡を取り合っているのかもしれない。
しばらく進むと、開けた場所が見える。そこに竜騎兵と竜車が降りて行った。私達も続く。
アメリアは華麗に着地した。
『クエ!』
「アメリア、ご苦労様でした」
『頑張ッタネ!』
姿勢を低くしてくれたので、私も降りた。
アメリアの首元を撫でて、労っていると、背後より声をかけられる。
「リスリス衛生兵!!」
「メルちゃん!!」
こちらへ走って来ていたのは、ベルリー副隊長とザラさんだ。
振り返った途端に、ぎゅっと抱きしめられる。
「わっと!」
「よかった……」
ベルリー副隊長は私を力強く抱きしめ、震える声でもう一度「よかった」と耳元で囁く。
「戦闘中、何もできなくて、歯がゆかった……」
「ベルリー副隊長」
「本当に、無事で何よりだ」
どうやら、大変な心配をかけてしまったようだ。
ここで、ベルリー副隊長ごしにザラさんと目が合う。
なんだか、雨の日に捨てられた子犬のような顔をしていた。
ベルリー副隊長から離れ、ザラさんのもとに行く。
「メルちゃん」
「はい」
「よかった、無事で」
「おかげさまで」
その後、見つめ合ってなんとも気まずい時間を過ごす。
あれだ、ベルリー副隊長みたいに、感動の再会をすればよかったのか、今更感もあった。
どうすればいいのか、うろうろと視線を泳がせていると、ベルリー副隊長が声をかけてくる。
「ザラも随分と心配していた。抱擁して、身の安全をわかち合うといい」
「え? はあ」
そういうものなのか?
ベルリー副隊長の言うことだし、このままでは締まりがつかないので、勇気を出してザラさんに抱きついてみる。
きっと抱き返されて、お互いに「よかった!」となるに違いないと思ったが、ザラさんは硬直したまま、動こうとしなかった。
「え~っと、ザラさん?」
「え! あ、その、ありがとう!」
なぜか、お礼を言われる。
なんだか照れてきたので、背中をポンポンと叩き、離れることに。
ザラさんの様子を窺おうとしたけれど、顔を背けていたので、確認できず。
その後、ベルリー副隊長はひたすら申し訳なさそうにしていた。




