遠征に行こう!
一応、保管庫の中にある香辛料や乾燥野菜などを持って行くことにした。何が起こるかわからないので。
瓶ばかりで、結構かさばるけれど。
アメリアの食料は、しっかり運び込まれている。さすが、幻獣保護局。仕事が早い。
『クエクエ~』
本日も嬉しそうに、専用の鞄に干し果物などを詰めるアメリア。
鞄は小さくなって背負えなくなっている。新しいのを作ってやらなければ。
今度は素材を丈夫な革にして、フリルとかリボンとか、付けてあげたら喜ぶかも。
ザラさんにも相談しよう。
と、そんなことを考えていたら、ベルトに吊るしていた革袋から声が聞こえた。
『荷物、アルブムチャンガ、持トウカ?』
「いいのですか?」
『イイヨ』
お言葉に甘えて、荷物持ちをお願いする。
『クエクエ!』
アメリアは自分の荷物は鞍に吊るして持ち歩きたいらしい。
「では、瓶だけお願いします」
『了解~~』
アルブムは魔法陣を作り出し、一ヶ所に集めていた瓶を異空間に収納してくれた。
「ありがとうございます、アルブム。助かりました」
『マ、マア、コレクライ、ナンテコト、ナイケレドッ!』
言葉はあれだが、もじもじしながら言っているので、照れているのだろう。
助かったことに変わりないので、お礼に非常食用のビスケットをあげた。
『イイノ?』
「ええ、どうぞ」
『アリガト~~』
ビスケットの入った箱を受け取るアルブム。両手で抱きしめ、キラキラした目で、お礼を言っていた。
半銅貨一枚の安いビスケットで、こんなに喜ぶなんて。街についたら、ちょっと良いお菓子を買ってあげようかなと思った。
アルブムは背負っていた唐草模様の荷物を開く。中には木の実が詰まっていた。
それらは、格納魔法で収納していた。
風呂敷とビスケットをどうするのかと見守る。
風呂敷をビスケットの細長い箱に巻き付け、ぎゅっと結ぶ。それを、『ヨイセッ!』と言って持ち上げるアルブム。
「いや、収納しましょうよ、ビスケットを」
『エ、デモ、折角貰ッタカラ、持チ歩コウカナッテ』
「ビスケットは、革袋に入らないですよ」
『ア!』
どうやら、持ち歩くことにこだわりがあったようだが、革袋に入られないとなると、諦めがついたのか、格納魔法を発動させ、異空間にビスケットを収納していた。
空になった風呂敷。どうするのかと思った。
アルブムはチラリと、ボンネットの帽子を被っているアメリアを見上げる。そして、何を思ったのか、風呂敷を頭に巻いていた。
なんていうか……すごく泥棒です。
どうやら、アメリアの帽子が素敵に見えていたようだ。
アルブムにも、帽子と鞄を作ってあげなければ。暇があればだけどね。
そうそう、酔い止め対策もしておく。
乾燥させた薄荷草を手巾に包み、匂いを嗅ぐ。
清涼感のある匂いで、気分がスッキリするのだ。
『ア、アルブムチャンモ!』
「どうぞ」
『ワア、スースースルー』
これで飛行酔いは大丈夫だろう。たぶん。
そんなことはさておいて、準備は完了した。
「よし、行きますか!」
『クエ~~』
『ハ~イ』
アルブムは革袋の中に入り、私の肩かけ鞄の中に入れた。
鞄と鍋を背負い、集合場所に向かう。
私が最後だったようだ。列に加わる。
「よし、全員揃ったな」
竜車は魔物研究局の裏手にある広場に待機しているらしい。
それにしても、魔物研究局か……。なんか微妙。
以前会った、スライム工場の工場長を思い出す。局員があんな人ばかりだとしたら、う~~ん。
「魔物研究局ね……できれば行きたくなかったんだけど」
ザラさんの一言にドキリとする。思っていたことが口から出て来たのかと。
「そういえばザラさん、ブランシュは伯爵家にお願いしたのですか?」
「ええ。遠征任務が入ったのと同時に、幻獣保護局の人が来て、どうするか聞きに来るから、頼んでおいたわ」
「なるほど」
便利な仕組みだ。
いつも、いきなり任務が決まることが多いので、どんな風になっていたのか気になっていたのだ。
「魔物研究局に移動する」
敬礼と共に、行動を開始する。
魔物研究局は王都の郊外にあるらしい。さすがに、街中で魔物研究をする愚行は働いていないようだ。
魔物研究局が用意した馬車で移動する。私はアメリアに跨って、あとをついて走った。三十分ほどで、高い塀に囲まれた施設に到着する。
なんか、もっとおどろおどろしい場所だと思っていたけれど、白い壁に手入れされた庭と、案外綺麗な場所だった――けれど。
『キエエエ、キエエエ』
『グルルルル』
『ヒュオオオオオオ』
…………うん。普通に、魔物の鳴き声がする。
アメリアは警戒態勢となっており、羽根をぶわりと膨らませていた。アルブムはずっと寒気がすると、呟いている。大丈夫なのか。
門の前で馬車から降りる。魔物研究局の竜車担当の人が迎えにやって来た。
「どうも、お待ちしておりました」
年頃は四十代くらい。アイロンのかかった白衣を纏った普通のおじさんだ。
けれど、今までの出会いが変態に次ぐ変態の連続だったので、自然と警戒してしまった。
お茶を飲んでいくかと聞かれたが、隊長はお断りをする。すぐにでも、現場に行って事件を解決したいと伝えていた。
「さすが、少数精鋭部隊ですね」
少数精鋭。物は言いようである。まあ、そういうことにしておこう。
施設内には入らずに、直接竜車がある広場へ向かった。
「――と、こちらが人工翼竜になります」
「わあ~~」
緑色の鱗を持ち、背中に大きな翼を生やした巨大な竜――これが、人工的に作られた存在なのか。
見上げるほどの大きさで、チョロチョロと舌を出し入れしており、ツヤツヤ輝く鱗に船の帆のような翼、長い尾と竜と言うよりは、蜥蜴に近い見た目だ。
翼の生えた魔物を卵から育て、特別な餌と飼育方法で、人に従順な存在にするらしい。
「本当に、蜥蜴ね」
リーゼロッテの反応は薄い。幻獣の竜ではないからだろう。
しかし、本当に大丈夫なのだろうか。心配だ。隊長も気になったからか、質問している。
「飛行実験はどれくらいしているんだ?」
「二十年位ですね。ここ十五年くらいは、事故などないので」
昔は事故があったんかいというツッコミはさておき、二十年も前から計画があったなんて驚きだ。
まあ、十五年も無事故ならば、大丈夫だろう。
隊長達は腹を括っていたのか、箱型の車に乗っていく。
私もアメリアに跨る。
人工竜の小屋から、小型の竜を引き連れた騎士のような恰好をした人たちが現われた。
全身鎧を纏っており、手には槍が握られている。
彼らは、人工竜に跨り、竜車の護衛をする人達らしい。
「あの竜騎兵は優秀な戦士です。心配ありませんよ」
「心配って?」
「空にも魔物はいますから」
な、なんだって~~!?
でも、私も数日前に大鷲と遭遇したばかりだ。
そうだった。空にも魔物がいるのだ。
「大丈夫ですよ。彼らが守ってくれますから」
「あ、はい」
心配だ。
そんな会話をしているうちに、人工竜は羽ばたき始める。
まずは武装した竜騎兵から。ふわりと、上昇していく。
続いて竜車。ゆっくりと浮上し、車が浮いた。
車の角度は案外安定している。グラグラに揺れるかと思っていたから意外だ。
大空を舞った瞬間に、私もアメリアとアルブムに声をかける。
「行きますよ」
『クエ!』
『ア、ウン……』
約一名、乗り気じゃないのがいるけれど、気にせずに飛翔!
アメリアは助走しながら翼をはためかせ、飛び立つ。
『ヒィヨヨヨヨヨ!』
「うう……」
相変わらず、上昇の浮遊感には慣れない。胃がウッとなる。
けれど、開けた空に出たら、気持ち悪さも治まる。薄荷草を嗅いだからだろうか。
地上を見たら怖いけれど、空を見上げると爽やかな気分になった。
人工竜は思っていた以上の速さで進んでいる。
「アメリア、もっと速くできますか?」
『クエ~』
楽勝らしい。
スイスイと、空を進んで行く。
しばらく、何事もなく順調に進んでいた。
しかし――。
『クエクエ!』
「え?」
『クエ~~!!』
「おお……」
アメリアは叫ぶ。
前方、魔物注意、と。
運が悪い。




