今回の遠征につきまして
吹きさらしとなっていた執務室には、布が被せられている。バサバサと風で揺れているけれど、まあ、何もないよりはマシだ。
アメリアは執務室に入れて、ホクホク顔でいる。よかったね。
狭い室内だと、結構な存在感だけど。
三日ぶりとなった第二部隊の隊員達。皆、疲れは取れているようだった。
人員が揃ったところで、朝礼を始める。
「――というわけで、急遽遠征に行くことになった」
増築の兼ね合いもあり、長期の遠征が決まる。
なんでも、任務中に休日などもあるらしい。
「大きな任務は大蠍退治だが、他に魔法研究局の局員の護衛任務も任されている」
というのも魔法研究局の局員が、サファイア砂漠で現地調査をしていた際に大蠍と遭遇したらしい。
調査も大詰めで、魔物退治と現地調査を、並行して行いたいらしい。
「それで、大蠍調査及び討伐組と、魔法研究局の局員護衛組と、二つに分かれて行動する」
まず、大蠍調査及び討伐組からの発表となる。
「まず、俺、それから、ウルガス」
「ゲッ! じゃなくて、ハイ」
ウルガスは隊長にジロリと睨まれていた。名誉ある任務だ。頑張りたまえと心の中でエールを送る。
「それからザラ」
「……はい」
「最後に、リーゼロッテ」
「え、わたくし?」
意外な選抜だ。リーゼロッテは護衛組だと思っていたのだろう。目を丸くしている。
「なんだ、不満なのか?」
リーゼロッテは遠距離攻撃の遣い手は、二手にわけたほうがいいのではと指摘する。
「まあ、普段だったらそうするだろう。今回の護衛対象は、魔法使いだ」
「あ!」
なるほど。遠距離攻撃を得意とする魔法研究局の局員がいるので、リーゼロッテは大蠍調査及び討伐組になったと。
「まあ、あれだ。危険はこちらが高い。拒否権をくれてやる」
「あ、だったら俺、護衛組がいいです!!」
ウルガスはすかさず拒否権を行使しようとしたが――。
「お前は駄目だ」
「ええ、酷い!!」
すぐさま却下されていた。お気の毒に。
どうやら、リーゼロッテだけ特別らしい。
侯爵家の一人娘で、危ない任務は自己責任で、というわけなのか。
「どうする?」
挑発するように聞かれたリーゼロッテは、キッと隊長を睨み上げ、言い放った。
「わたくしも騎士の端くれ。与えられた任務は、まっとうするわ!」
うわ、リーゼロッテ、カッコイイ。
物怖じせずに、大蠍退治の任務をこなそうとするなんて。
幻獣目的で入隊した彼女だけれど、今はすっかり立派な騎士様だ。
「そうか。頼む。他に女はいないが、ザラがいるからいいだろう」
なんだ、その発言は。まるでザラさんがちょっとした女性枠みたいな言い方。
ザラさんは目を細めて呆れているような、なんとも言えない表情でいた。
「魔法研究局の局員護衛組は残りの者、ベルリー、ガル、リスリス、アメリア」
『アルブムチャンハ?』
私の手にしていた、革袋から声が聞こえた。
「あ!」
すっかり忘れていた。
すみませんと挙手をして、時間をいただく。
「実はですね……」
革袋の紐を解き、机の上に逆さにしてアルブムを出した。
『ヘブン!!』
謎の叫び声と共に、真っ逆さまに落ちるアルブム。
「お前は!!」
アルブムの姿を見た途端、隊長はガシッと掴んだ。
「何をしに来たんだ!」
『イヤアアアア、顔、怖イイイイイ!!』
「……」
アルブムが隊長の詰め寄り顔が怖いと言うので、さらに強張って恐ろしさが増す。
「お前、邪魔しに来たんだろう!?」
『チガウウウウ!』
「あ、あの、隊長、本当に違うんです。アルブムは騎士の仕事を手伝ってくれようとしていて……あ、そうだ、侯爵様のお手紙があります!」
アルブムより先に、手紙を先に出せばよかった。
隊長は握りしめていたアルブムをペイっと捨てる。
アルブムは一回転して、綺麗な着地を見せていた。
隊長は眉を顰め、安定安心の凶相で手紙を読み進めている。
「……わかった。契約者の許可があるのならば、好きにしろ」
『イイノ?』
キラキラとした瞳になったアルブムに、隊長はぐっと顔を近づけ、こう言った。
「――ただし、勝手なことをしたら、鍋にして骨まで食ってやるからな!!」
『ギャアアアア!』
「ひえええええ!」
「おい、リスリス。なんでお前まで怖がるんだよ」
「あ、つい……すみません……」
だって、かなり怖かったし。言えないけれど。
机の上でアルブムがブルブルと震えていたので、抱き上げて革袋に戻してあげた。
「そういうわけだ。竜車の件以外で、質問はあるか?」
竜車については、最後に話すらしい。もったいぶっていた。
「隊長、お菓子はいくらまでですか?」
ウルガスからのご質問。
「菓子なんぞ、買いに行く暇なんかあるか!」
「ええ~……」
無邪気な質問を、あっさり切って捨てられた。
他に質問はないかと、ジロリと睨みを利かせつつ、尋問のように隊長は聞いた。
『ア、アノ~~』
革袋の中から、アルブムが質問する。若干声がくぐもっていたので、開けようかと聞いたら、『コワイカラ、イイヨ』と遠慮していた。
「なんだ?」
『アルブムチャンハ、ドッチノ、組?』
そういえば、アルブムは大蠍調査及び討伐組と、魔法研究局の局員護衛組、どちらに所属するか、決めていなかった。
「お前はリスリスについて行け。魔法研究局の局員護衛組だ」
『了解デス』
アルブムは小さな声で、『ヨカッタ』と言っていた。
他の人は質問などないようなので、挙手する。
「リスリス、どうした?」
「はい。携帯食糧はどうするのですか?」
前回の遠征で、保存庫はスッカラカンだ。
保管スペースも少なく、一回分しか作り置きできないのだ。
いつもだったら、遠征のあと一週間くらい間が空くので、今回みたいなことは初めてだった。
「食料は今回、特別に支給されるらしい。心配するな」
「あ、そうなんですね。了解です」
ひとまずホッ。
しかし、初めて騎士隊の兵糧を食べられるのか。どんな物が配給されるのか、ドキドキだ。
「兵糧については、すでに竜車に運ばれている。着替えなどは現地で各々買え」
魔法研究局がいろいろと予算を出してくれるらしい。しかも今回、夜は野営でなく、宿屋で休むとか。地味に嬉しい。
「そういえばリーゼロッテ、サファイア砂漠がある場所って、確か観光地ですよね?」
「ええ、そうよ」
砂漠に囲まれたアニスの街は第二の王都とも呼ばれ、たいへん栄えた場所である。
有名な観光地でもあり、目玉はもちろん、サファイア砂漠だ。
「サファイア砂漠、リーゼロッテは見たことありますか?」
「昔、一度だけ。八年前、くらいだったかしら?」
「へえ、いいですね。本当に夜、光るんですか?」
「ええ、そうよ。とても、幻想的だったわ」
サファイア砂漠の砂は、夜、淡い青色に発光する。
その原理は謎とされており、一番有力な説は、砂に含まれている魔力が、夜の活性化を受けて光っているのではと言われていた。
魔法研究局の局員は、その仕組みを調べに現地調査に行っていたのだ。
「ってことは、調査は夜なんですかね」
「その可能性もあるわね」
隊長曰く、その辺は現地に行かないとわからないらしい。
さすが、いきなり決まった任務。情報が薄い。
最後に、移動手段である竜車の説明がなされた。
「竜車についてだが、これは、魔物研究局と魔法研究局が共同開発した物で、人工竜が車両を引き、空を飛んで移動する物、らしい」
「おお……」
なんか、不安な言葉しか挙がっていないような?
ちなみに、実証実験済みで、半年後には一般客の利用が開始するらしい。
でも、お高いんでしょう? と思ったが、そうでもないらしい。お手軽に、空の旅を楽しめるようになるんだとか。
「へえ、こういうの、貴族とかが特別に使っていそうな印象がありますけれど」
「良く気づいたな、リスリス」
隊長が、にやりと笑う。まるで悪だくみを閃いた、山賊のようだった。
そんなことはどうでもいいとして。
「どういう意味ですか?」
「この先何年と、安全が証明されたら、貴族共は使うだろう。そういうことだ」
「ああ~~」
事故がないときちんと検証してから、貴族様達は利用するらしい。
なんて酷いことを企んでいるのかと、恐ろしくなった。
「リスリス、お前はどうするんだ?」
「私は――」
竜車に乗るか、否か。
背後のアメリアを振り返る。
『クエクエ、クエクエ!』
「アメリア……」
なんと、アメリアは「無理しなくてもいいよ。大丈夫、お母さん乗っていなくても、きちんとついて行くから」と少し寂しげに言っていた。
私が乗り物酔いをしていることに、気付いていたらしい。
「な……、何を言っているのですか、アメリア! 私達は、いつでも一緒ですよ!」
哀愁感が漂っていたアメリアをヒシッと抱きしめる。
『ア、アルブムチャンモ、怖イケレド、一緒ダヨ~~!』
「ええ、ええ! 三人で、行きましょう!」
『クエ~~』
――というわけで、私は竜車に乗らず、アメリアに乗って移動することになった。




