挿話 アメリアの第二部隊観察日記
○月×日
今日もエノク第二部隊は平和である。
ただ一つ、隊長の顔面を除いては。
先ほども、すれ違った騎士が「三人殺してから出勤して来た顔だ……」と噂話をしていた。
クロウ・ルードティンク――無表情にあたるのが、眉間に皺が寄った威圧感のある凄み顔で、眼光鋭く、彫りの深い顔は厳つい。それから、声も低く、加えて見上げるほどの巨体と、神は二物も三物も与えてくださったのだ。
そんな隊長だったが、中身は二十歳の若き青年。悩みもいろいろあるのだ。
今日も何故か私に話しかけてくる。
「なあ、アメリア」
『クエ?』
「俺って、そんなに顔が怖いのか?」
反応に困る質問をされた。
心無い鷹獅子であれば、「そうである」と返していたけれど、幸か不幸か、私には人を慮る心があるのだ。
とりあえず、「万人受けする顔ではないよね」と言えばいいのか。
――と、ここで、お母さんとウルガスがやって来た。
「隊長、ただいま戻りました」
「ウルガスに同じく」
二人でパンを焼きに行っていたらしい。
籠の中には、山盛りの焼きたてパンがバターの香ばしい香りを漂わせている。
「お疲れ様です、隊長! 今日も強面ですね~」
ウルガスが余計な一言を言ってしまった。隊長の強面はさらに凄みを増す結果に。
そんな空気読めない発言をしたウルガスに、お母さんが物申す。
「ウルガス、騎士にとって強面は頼もしいことです。私は羨ましく思います」
確かに、お母さんは「ちびっこエルフ騎士」とか、街のチンピラに絡まれがちだしね。
私の存在に気付いたら、みんな逃げていくけれど。
ウルガスが出て行ったあと、お母さんは隊長に何事もなかったような素振りをしつつ、パンが上手く焼けたと渡していた。
隊長はきょとんとした、完全に気の抜けた表情を見せつつ、パンを受け取る。
パンを齧ったら、本当に美味しかったからか淡く微笑む。
お母さんもにっこり笑顔になった。
……その、なんていうか、隊長に婚約者がいなかったら、今頃大変なことになっていたと思う。
良かったね、ザラ。
何がとは、敢えて言わないけれど。
○月△日
本日は晴れ。気持ちの良い朝だったけれど、隊舎の渡り廊下で騒ぎが発生していた。
「この、泥棒猫!」
「何よ、あなたこそ泥棒猫でしょう?」
一人の騎士を巡って、メイド達が痴話喧嘩をしているようだ。
互いの髪を引っ張り合い、醜い争いを繰り広げている。
問題の騎士は、オロオロとするばかりだった――いや、止めてよ。
周囲に騎士が集まっていたが、皆ドン引きしていた――いやいや、だから止めて。
きちんと給料分、仕事をしてほしい。
完全に、勢いに慄いていた。この場を収める勇敢な騎士は一人もいないようだ。
お母さんとザラも困惑の表情を浮かべている。割って入ったら、無傷では済まないだろうと言っていた。確かに、引っ掻かれそうだ。
もう、誰にも止められない。そう思っていたが、颯爽と一人の騎士が現われる。
「二人共、何をしているんだ!」
黒髪に青目、すらりとした細身の双剣騎士、アンナ・ベルリー。
先日、『結婚したい騎士ベスト三』という、メイドの間で行われたアンケートで、第二王子近衛騎士隊のモテ男、シルベスタ・オーレリアを抜いて見事一位になってしまった、我らがベルリー副隊長だった。
どうやら、言い争いをしていたメイドとは顔見知りだったようで、間に割って入る。
「いったいどうしたんだ?」
「アンナ様! この女が、私の彼氏を奪ったんです」
「違いますわ。アンナ様、この女が私の彼氏を奪ったんです」
「なるほど」
ベルリー副隊長は、この泥仕合をどう収めるのか。鷹獅子の私までドキドキしてしまう。
「二人共、落ち着くんだ。私は怒った顔よりも、可憐な笑顔が見たい」
ベルリー副隊長の発言一つで、急に大人しくなるメイド達。乱れた髪を整え、もじもじしながら頬を染めている。
この台詞は使える! と思ったのか、数名の騎士がメモを取っていた。
「話はあとで聞こう。もうすぐ、始業時間だ。遅刻をしてしまうよ」
「は、はい」
「で、では」
メイド達は今まで壮絶な喧嘩をしていたのが嘘のように、優雅なお辞儀をしてこの場から去っていく。
そして、問題の騎士には、キツイ一言を。
「この件は上に報告させてもらう。名前と所属部隊、階級を言え」
「ひゃい……」
こうして、この場は丸く収まった。
イケメンで有能な騎士、ベルリー副隊長。
紛うことなき正義の味方であり、女性にとっては理想の騎士様なのだ。
×月○日
ガル・ガルはいつでもマイペース。
狼の頭部に、逞しい体、モフモフの赤毛を持つ獣人の青年だ。
部隊の中で一番の年長者で、寡黙だけれど、みんな頼りにしている。
私にも優しくて、フカフカの長い尻尾をいつも枕代わりに貸してくれるのだ。
最近仲良くなった、人工スライムのスラは、ガルと離れずに傍にいる。
スラは魔物研究所の変態が工場の予算を職権乱用して作った。
大量の魔石と宝石を使って作られ、地上最強のスライムと化している。その件に関しては、現在拘置所にいる制作者である変態しか知らないけれど。
性質は、魔物というよりも精霊に近い。これは、善の気質があるガルのもとにいたことが大きいだろう。
あのまま、魔物研究所の変態が愛でていたら、魔物と化していたに違いない。
ガルに引き取られて、本当に良かったね。みんな、スラの力なんて、欠片しか気付いていないけれど。
お母さんはスラに果実汁を与え、笑顔で見守っていた。
そんな二人を見守るガル。
今日も、第二部隊は平和であった。
△月×日
ジュン・ウルガスは、十七歳という年齢に相応しい、ごくごく普通の少年だ。
見た目的には青年と表してもいいのかもしれないけれど、なんていうか、どちらとも言えない微妙なお年ごろ。
普通にモテたいとか思っているけれど、他のチャラい騎士みたいにメイドを口説きに行くこともない。
「あ~、モテたい……」
その呟きに、なんて返したらいいかわからなくなる。
清潔感のある短髪に、可愛げのある目元、そこそこ鍛えている体。
見た目は悪くないのだから、モテそうな気もするが……?
「弓使いはモテないんだよなあ……」
得物でモテたりモテなかったりするらしい。いったいどういうことなのか。
「だいたい、弓使いだって言うと、うわ、地味、みたいな反応で……」
ちなみに、一番モテるのは細身の剣らしい。
「隊長みたいな大剣は、ちょっとごつすぎて引かれるらしい」
モテる武器を選べば良かったな、と呟くウルガス。
まったく、しょうもないことで悩んでいるものだ。
◇月○日
ザラはお母さんのことが好きだ。でも、ヘタレなので言えない。
最近は焦っているようで、牽制に忙しい。
というのも、お母さんはああ見えて、モテるのだ。
エルフは長身の美形というのがお決まりで、そんな人達の中で育ったお母さんの自己評価は物凄く低い。
けれど、王都の男性から見たら、かなり可愛いのだ。
意味もなく、愛想を振りまくので、ザラも気が気でない。
しかも、ザラにだけ無邪気な笑顔を向けるので、いったいどういうつもりなのかと、頭を抱える結果に。
たぶん、お母さんはいろんな気持ちにぎゅっと蓋をしているのだと思う。
気持ちを感じている部分もあるけれど、仕事にまで影響しそうで、見ない振りをしているのかもしれない。
いくら契約で繋がっているからと、心の中がわかるわけはないけれど。
そんなお母さんであったが、最近は変化が現われた。
職場に口紅を付けていくか否か、真剣に迷っていたりする。
きっと、同年代の娘――リーゼロッテの影響も大きいだろう。
それにお母さんはザラに、特別な信頼を寄せている。
本人は気付いていないけれど。
と、こんな感じなので、ザラは気長に頑張ってほしい。
しかし、見守っているほうは切ないけれど。
頑張れ、ザラ!
○月△日
リーゼロッテ・リヒテンベルガーは幻獣大好き。私のことを、いつもうっとりと眺めている。
紫色の長い髪を優雅に編み上げ、銀縁の眼鏡をかけ、出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる、美しき侯爵令嬢だ。
親の背中を見て子は育つと言うけれど、ここまで酷い例はなかなかないだろう。
しかし、幻獣好きを除けば、普通の良い子だ。
お母さんと友達になってくれたのは、とても嬉しい。
しかし、彼女も貴族的には結婚適齢期なのではないだろうか?
夜会に行く気配もないし、侯爵は結婚相手を探している素振りもない。その辺は謎だ。
騎士隊のへたれ共は、さすがに侯爵が怖いのか、リーゼロッテに声を掛けようとしない。
高貴な雰囲気に、物怖じしている可能性もあるけれど。
この前、ちょっと面白いことがあった。
なんと、『結婚したい騎士ベスト三』で第二位に輝き、第二王子近衛騎士隊のモテ男でもある、シルベスタ・オーレリアが、わざわざリーゼロッテをナンパしに来たのだ。
金髪碧眼のタレ目で、イケメンだけどいかにも女好き、といった感じだ。
実家は伯爵家。次男なので、侯爵家の婿になることを狙っているのだろう。
「はじめまして、私はシルベスタ・オーレリアと申します」
「そう」
「……」
「……」
はい、会話終~~了~~。
リーゼロッテはまったく興味を抱かない。
「あ、あの、私は第二王子の近衛部隊に所属していて」
「……」
ふいと、顔を逸らす。
うわ、無視だ。酷い、エグイ、冷血、リーゼロッテ!
本当、幻獣が絡まないと、この人はいつもこんなだ。
シルベスタ・オーレリアは、どうやって気を引こうかと、オロオロしている。まだ、諦めていないのは正直凄い。
と、ここに、ベルリー副隊長とお母さんがやって来る。
「お前、そこで何をしている!」
厳しい声で問いかけるベルリー副隊長。
リーゼロッテは、縋るようにベルリー副隊長へ駈け寄る。
「……怖かった」
ガン無視していましたが?
強かなリーゼロッテ。
ベルリー副隊長は、ぎゅっと抱きしめるように引き寄せ、鋭い視線をシルベスタ・オーレリアに向けていた。
お母さんも、初めて見かける騎士を警戒して、ベルリー副隊長の袖を掴む。
「ま、またお前か、アンナ・ベルリー!」
「……? 貴殿とは、初対面だが」
「うるさい!!」
シルベスタ・オーレリアは半泣きで去って行った。
ちょっと可哀想だと思ったけれど、職場でナンパはちょっと……。
まあ、自業自得ということにしておこう。
○月○日
作業をするお母さんの視界に入る位置に、アルブムは寝そべっていた。
チラチラと視線を送り、体をぐねぐねと動かしている。
アルブムなりの、可愛いポーズらしい。意味もなく蠢いているようにしか見えないけれど。
多分、よしよししてもらいたいのだろう。
しかし、残念なことに、お母さんは直接言わないと、撫でてくれないのだ。
甘いな、アルブム。可愛いポーズはすべて無駄だ。
途中で諦めたアルブムは、ベターと机に伏せる。
ちょっと気の毒に思った私は、アルブムを咥え、お母さんの膝に乗せてあげた。
「あ、アルブム温かい!」
お母さんは暖房代わりにアルブムを撫で、指先を温める。
ちょっと目的が違ったかと思ったけれど――。
『ウフフフ』
アルブムは嬉しそうだった。
まあ、その、うん。良かったね。
◇◇◇
――とまあ、こんな感じで、第二部隊は今日も平和だった。




