お見舞いに行きました
「――ひゃっ!」
相変わらず、アメリアに乗って飛行するのに慣れない。いつになったら華麗に空を飛べるようになるのか。ウッ。
アメリアはザラさんの家の前で華麗に着地する。
「すみません、アメリアはザラさんの家の屋根で待っていてくれますか?」
『クエ~~』
「ありがとうございます」
可愛いので、誰かに連れて行かれたら大変だ。なので、変態の手の届かない所に待機してもらう。
アメリアが屋根まで羽ばたくのを見届けてから、ザラさんの家の扉を叩いた。
まだ眠っているだろうか?
牛乳瓶の配達箱の中は空だ。朝、回収に来る元気はあったのだろう。
家の中から、物音が聞こえた。
「ザラさ~ん」
ガタン! と聞こえる。大丈夫なのか。
ドタバタと玄関へ駆けてくるような音が聞こえ、扉が開かれた。
「メルちゃん!?」
「こんにちは」
顔を出したザラさんは、ずいぶんと元気になった感じがする。まだ、ちょっと顔色は悪いけれど。しかし、私が作ったスノードロップの実入りタルトを食べたら、きっと元気になるだろう。
「お見舞いに来たのですが」
扉をわずかに開けた状態で、ザラさんが固まっていたので言ってみる。
「お、見舞い?」
「はい」
「一人で、来たの?」
「いえ、アメリアと一緒に。あ、ブランシュ忘れてきてしまいました」
ここに行く前、見かけたのに……。いや、侍女に囲まれて毛並みを整えてもらっている様子があまりにも様になっていて、侯爵家の幻獣であると錯覚してしまったのかもしれない。
「あとで、連れて来ますね。それと、お見舞いのタルトを作って来たのですが――」
いまだ、ザラさんは固まっているままだった。
「ザラさん、大丈夫ですか?」
「えっ、ちょっ、待って、私、髪の毛とかボサボサで、服もよれよれだし……」
「一昨日、部屋にいた時よりは整っていますよ」
頭を抱え、その場に蹲るザラさん。扉が閉まりそうだったので、中へと入らせてもらう。
「顔色、だいぶ良くなりましたね」
「ええ、おかげさまで。スープもありがとう。美味しかった」
「よかったです」
「あ、ごめんなさい。中へ」
「おじゃまします」
居間に案内され、長椅子を勧められる。向かい側にザラさんが座った。
さっそく、作って来たタルトを手渡す。
「これ、スノードロップの実っていう、体のだるさとか、疲れから回復させてくれる物が入っているんです」
「ああ、スノードロップの実……。よく、見つけることができたわね」
さすが、雪国出身。
ザラさんはスノードロップの実について知っていた。
「うちの村の森にも、よくスノードロップ泥棒がやって来ていたわ」
なんでも、高値で取引されていたらしい。
スノードロップの花は金貨一枚、実は金貨五枚で買い取るんだとか。
「どうやって探すんですか?」
「妖精と契約するの」
「なんと!」
妖精を見つけ出し契約して、雪山に分け入って探させるのだと言う。
「でもね、スノードロップの実を見つけることができるのは、一部の高位妖精と幻獣だけで――」
「え!?」
「だから、知らないで雪山に入って、中途半端に契約を結んだ妖精の導きによって遭難し、命を落とす密猟者も多かったわ」
「それって、契約解除のためですか?」
「ええ、そう。妖精は、残酷な生き物なのよ……」
ザラさんから、妖精には気を付けるようにと注意された。
「あいつら、狡猾だから、何をするかわからないんだから」
「あ、あの~、スノードロップの実を見つけたのは、アルブム――侯爵様と契約した妖精なんです」
「え……侯爵と契約って、私達が見つけた、あの白い鼬みたいな妖精のこと?」
「はい」
これまでの経緯を話す。
ザラさんは、ふらふらと私のほうへやって来て、隣に腰を下ろした。
じっと、真剣な眼差しを向けてくる。
「メルちゃん、お願いだから、妖精とは関わらないで」
「あ、いや、でも、案外、良い子で」
「良い子? メルちゃんを捕えて、逆さ吊りにしたのに?」
「うっ……」
確かに悪い妖精だけれど、根はただ美味しい物が食べたいだけの単純な奴なのだ。
しかしながら、その良さをどう説明すればいいのかわからない。
ごめんね、アルブム。
「私、メルちゃんが心配。悪い奴に騙されたりしないかって……」
「ザラさん」
確かに、アルブムが本当に悪い妖精だったら、魔物のところに導かれていた可能性だってあったし、大鷲を拘束できるような強力な蔓だって操れる力がある。私とアメリアなんて、あっさりと捕えることができただろう。信頼してついて行ったけれど、最悪な事態になっていた可能性もあったのだ。
でも、アルブムはそれをしなかった。
単純に、パンケーキを食べるために協力してくれたのだ。
ザラさんの言いたいこともわかる。
私みたいに能天気な環境で育ったわけじゃなく、寒さが厳しい雪国育ちで、悲惨な現実をたくさん目の当たりにしているのだ。
「ザラさん、ありがとうございます」
私は幸せ者だろう。こんなにも、心配してくれる人がいて。
王都に来てよかった。心から、そう思う。
と、感謝をした上で、報告を。
「実は、アルブムが私と一緒に行動したいと言っておりまして」
「なんですって!?」
「い、いや、その、先日のスノードロップの実捜索で、アルブムが優秀な食材探しの能力があると発覚しましてね。意気投合、したと言いますか」
「メルちゃん、あなたって人は!」
「すみません、本当にすみません」
ザラさんは本日二度目の、頭を抱える恰好となった。
心配ばかり掛けてしまい、申し訳なく思う。
「私はね、メルちゃんには、ささやかな幸せが似合うと思っているの。貴族とか、妖精とか、権力者とかと、あまり関わって欲しくないなって」
「ええ、私もできれば、そうでありたいと思っていたのですが……」
気が付けば、周りに集まっていたのだ。
「でも、ザラさんや、第二部隊のみんながいるので、大丈夫だと思うんです」
「私に、何ができるのか……」
「心配してくれますし、今まで何度も守ってくれました。私は、ザラさんのことを、心から信頼しています」
「そんな、そんなの……」
両手で顔を覆うザラさん。心から信頼しているとか、重たかったのだろうか?
ここで、ふと気付く。耳たぶに輝いていた、ラピスラズリの飾りの存在に。
「あ、ザラさん、耳飾り、使ってくれたんですね」
「!」
私の発言を聞いて、ザラさんはハッとなる。
「そ、そう。お礼! 言いたかったの! メルちゃん、ありがとう!」
良かった、喜んでくれて。
「私、あのあと罪悪感が酷くて……、任務中も上手くメルちゃんを助けられなかったし、熱を出して寝込んでしまったし……。でも、カードには、『よくがんばりました』って書いてあって、嬉しくて……」
そうなのだ。ザラさんへ贈る言葉をどうするのか、ずいぶんと悩んだ。
「お疲れ様です」だと若干他人行儀だし、「お大事に」だと看病したことをザラさんが気にしそうだしで、ちょっと難しかったのだ。
普通の状態ならば、もっと気軽に書けたけれど、いろいろあったあとだったので。
『よくがんばりました』ってちょっと上から目線でどうかなと思っていたけれど、大丈夫だったみたい。
「こんな素敵な耳飾りまでくれるなんて……」
「感謝の気持ちです!」
「本当に、嬉しい」
気に入ってくれたようで良かった。
「まだ、体もきついでしょう? なんでもしますよ。料理でも、掃除でも、買い物でも」
ここで、ザラさんから驚きの提案が。
「あの、メルちゃん、図々しいお願いなんだけど」
「なんでしょう?」
言いにくいお願いなのか、なかなか口にしない。
目を泳がせ、落ち着かない様子でいた。
「遠慮しないでください」
「だったら……その、ぎゅってしてもいい?」
ぎゅって、抱擁したいということなのか。
「っていうか、出会った時は結構ぎゅうぎゅうしていましたよね?」
「そ、それは……ごめんなさい。ちょっと明るい人格を作っていたというか」
「ですよね」
出会った時よりも、だんだん慎ましやかになるザラさんの謎。
本当は物静かな人なのに、いろいろ無理をしていたのだろう。
「いいですよ、どうぞ」
「そんなあっさり」
「ザラさんだからです」
隊長やウルガスだったら、速攻でお断りをしている。
それについて伝えると、ザラさんはやっと明るい笑顔を見せてくれた。
「……ありがとう」
ザラさんが私に手を伸ばしたその瞬間――ドンドンドンと、扉を叩く音が聞こえた。
「おい、ザラ、倒れたって聞いたが、大丈夫なのか!?」
外から聞こえる良く通る、野太い声。
「おい、入るぞ!」
扉を開けて、勝手に入って来たのは――
「……わあ、隊長だ」
今日も顔がこわ~い。なんて言葉は、寸前で呑み込んだ。
「なんだ、リスリスもいたのか」
「はい」
それとなく、気まずい雰囲気となる。
しかし、なんだろう、この、間男感。
そんなことよりも、どこから情報が漏れたのか。
「いや、リヒテンベルガー侯爵家から、連絡が届いていたんだ。ザラが倒れたと。すまない、いろいろしていたら、手紙を読むのが遅れてしまって」
「な、なるほど」
ザラさんはちょっと涙目に見える。伸ばしていた手はぎゅっと握り締め、もとの位置に戻していた。
「隊長……心配してくれて……本当に……嬉しい」
「ああ、気にするな」
隊長は「きついようだったら、明日も休んでいい」と言っていたが、ザラさんは大丈夫だと首を横に振る。
「なんでか知らないけれど、今、すごく戦斧を振り回したい気分」
「まあ、無理すんなよ」
ザラさん、大丈夫だろうか。先ほどよりも顔色が悪くなった気が。
「メルちゃん、平気だから」
「はあ」
「料理とか、いろいろ持って来たから、遠慮せずに食え」
「ありがとう……本当に……ありがとう。隊長、このご恩は、一生……忘れないから」
「大袈裟な奴だな」
これにて、お見舞いは終了となった。




