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森胡桃のキャラメリゼ

 この前の角蜥蜴の迅速な退治の功績が認められ、我らが第二遠征部隊は表彰を受ける。

 遠征部隊は十七ほどあり、全隊員が集まる中で、隊長は賞状と金一封を受け取っていた。

 隊長は今日のために、身綺麗な恰好で現れた。髭を剃っていたのだ。

 そして、明らかになる隊長の実年齢。なんと、二十歳だったのだ。

 それとなく行動が子どもっぽいので若いんだろうなと思っていたけれど、まさにその通りだったとは。

 山賊から、立派な騎士の姿へと生まれ変わっていた。

 けれど、なぜその若さで隊長職をと疑問に思う。確かに強くて、統率力みたいな物はあるけれど、それだけでは隊長になれないような気がする。

 現に、周囲の隊長は皆、四十代くらいだ。うちの村もそうだけど、役職者はだいたい年功序列なのだ。

 その疑問には、ベルリー副隊長が教えてくれた。

 隊長のご実家はこの国の大貴族様らしい。騎士団に所属するにあたって、相応しい地位にしなければならなかったとか。

 あの、山賊隊長が大貴族のご子息と! 跳び上がるほどに驚いた。

 まあ確かに、たまに紳士なところもあったけれど。


 隊長も隊長でいろいろと悩みを抱えているらしい。

 やっかみとか、妬みとか受けていたのだろう。なんだか気の毒である。

 けれど、こうして今日、実力などが認められて表彰された。隊長の自信とかに繋がればいいなと思う。


 そんなめでたい第二遠征部隊に、新しいお仲間が。


「こんにちは、メルちゃん。お久しぶりね」

「え!?」


 突然、知らない男の人に挨拶される。

 金色の髪を一つに纏め、騎士団の制服を華麗に着こなした貴公子、といった風貌をしている。青く澄んだ目を細め、華やかな笑みを浮かべている男性なんか知り合いでは――と、ここでハッとなる。


「あ、『猛き戦斧の貴公子』!!」

「やだ、もっと可愛い愛称で呼んで欲しいのに」


 しかし、こうして騎士の恰好をしていたら、きちんとした男性に見える。貴公子と呼ばれているだけあって、かなりの男前だ。

 食堂では美人なお姉さんにしか見えなかったが。いやはや、摩訶不思議。


「食堂はどうしたんですか?」

「最近、求婚されることが多くて、面倒になってしまって。女性だったら嬉しいんだけど、全員男だから、無理だなって」

「おお……それはそれは」

「だから、ほとぼりが冷めるまで、騎士に復職しようかなって」


 あれだけぎゅっぎゅしていたら、されたほうも気があるのではと勘違いしてしまうだろう。自業自得というか、なんというか。


 しかし、新しい仲間と言われ、はて? と首を傾げる。

 確か、入隊試験をすると言っていたような。


「ええ、それはもちろん、するわよ」


 なんでも、いろんな部隊に誘われているらしく、仮入隊をして気に入ったところに所属するらしい。ザラさんを欲しい部隊はいくつもあるとか。


隊長クロウは乗り気じゃなかったんだけど、副隊長アンナがどうしてもって言うから、一番に来ちゃった」

「さようで」


 都合がいいことに、今日は馬で一時間走らせた先にある平原で、魔物退治をする。

 楽しい楽しい遠征任務が入っているのだ。


「だから、メルちゃんのお食事、期待しているわね」


 パチンと、片目を瞑りながら言うザラさん。思わず「うっ!」と、声を漏らしてしまう。なんだか、責任重大のような。

 始業開始の鐘が鳴ったので、慌てて隊長の執務室に向かうことになった。


 隊員達が一列に並び、隊長が前にザラさんを呼んで紹介をする。


「仮入隊のザラ・アートだ。まだ仮入隊で、うちの部隊に入るかはわからん」

「みんな、よろしくね」


 拍手をするベルリー副隊長に、苦笑いのウルガス、無反応のガルさん。

 皆、反応が違っていた。私は引き攣った笑みを浮かべつつ、軽く拍手をするにとどめた。


 朝礼が終われば、遠征の準備に取り掛かる。


 私は救急道具の確認をして、保存庫の食料を背負い鞄に詰め込む。

 鍋は鞍にぶら下げた。今回は鐙を踏んで、馬に跨れた。


 全員集合して、目的地である平原に向かった。


 今回も、途中にある湖で馬を休憩させる。

 火を熾して湯を沸かし、お茶の時間にする。お砂糖たっぷりの紅茶にビスケットを浸して食べるのは至福の時間である。


 ザラさんは顔を洗っていた。

 手巾を差し出せば、笑顔で受け取ってくれた。


「ありがとう、メルちゃん」

「いえ」


 綺麗に折りたたんで返してくれる。こういうところが、女子力が高いなと思ってしまう。

 なんでも、五人いる姉妹の末っ子に生まれたザラさんは、お姉さま方より多大な影響を受けて育ったらしい。


「昔から、可愛い物とかひらひらな服とか大好きだったけれど、両親は何も言わなかったの。習い事をサボらなければ、なんでもしていいって」


 どうやら、自由なご家庭でのびのび成長していたらしい。


「結果、こんな風になっちゃったんだけどね」

「でも、羨ましいです」


 うちの村には、『こうあるべきだ』という生き方がある。それから外れてしまえば、ダメな奴の烙印を押されてしまうのだ。


「メルちゃんも、大変だったんだ」

「はい。でも、ここの部隊に来てから、自由で、楽しくて……勇気を出して王都に出てきて、よかったなって」

「そう」


 ザラさんは頭を撫でてくれた。

 女装している時ならまだしも、男性の恰好でそんなことをされてしまったら、照れてしまう。

 思わず目線を宙に泳がせてしまった。

 突然がさごそと、鞄をあさるザラさん。


「はい、メルちゃん。これ、あげる」

「なんですか?」

森胡桃ノワイエ。非常食で持ち歩いていたんだけど」

「包装紙が可愛いですね」

「ええ、気分も上がるかと思って、可愛い包装紙に包んできたの」

「そういうの、大切ですよね」

「さすがメルちゃん。わかってくれて嬉しいわ」


 包んであった花柄の紙を解く。出てきたのは、炒った森胡桃ノワイエ。遠慮なくいただく。


「どう?」

「美味しいです」


 食べ過ぎには注意だけど、森胡桃ノワイエは体に良い。

 滋養強壮作用、神経鎮静作用、老化予防、美肌効果などなど。非常食としては、素晴らしい選択だ。

 ザラさんも一つ摘まんで口の中に放り込む。


「あら、ちょっと渋い」

「そうですか?」


 村の森で採れる森胡桃ノワイエはもっと渋苦かった。なので、ぜんぜん気にならなかったけれど、ザラさんはそうでもなかったらしい。


「でしたら、飴絡めキャラメリゼしてみますか?」

「できるの?」

「はい、簡単ですよ」


 森胡桃ノワイエがあまりにも苦くて食べられない場合、炒った実を飴絡めキャラメリゼにして食べていたのだ。


 小さな鍋を取り出し、水と砂糖を入れる。火にかけて、ふつふつと沸騰し、砂糖が溶けて飴色になったら森胡桃ノワイエを入れる。仕上げに蜂蜜ミエレを垂らして絡めたら完成。

 完成した森胡桃ノワイエ飴絡めキャラメリゼは、手のひらほどの大きさの葉っぱに盛り付ける。


 しばらく乾燥させればカリカリになる。

 鍋をガリガリと洗い、水を切る。

 そろそろ冷めただろうか。


「では、食べてみますか」

「ええ」


 表面はカリッとしたキャラメル。中身は、サクサクの炒った森胡桃ノワイエ。香ばしくて、上品な味がする。さすが、王都で買った蜂蜜と砂糖。そして、ザラさんの森胡桃ノワイエ。素材の味の大勝利である。


「どうですか?」

「美味しい、とっても。メルちゃん天才!」

「よかったです」


 その後、甘い物の話で盛り上がる。

 街にはキャラメルパイが人気のお店があるらしい。中に木の実がぎっしりと詰まっているとのこと。


「へえ、美味しそうですね」

「でしょう? 今度、一緒に食べに行きましょうよ」

「いいんですか?」

「ええ。なんか、可愛らしい店内で、男一人だと入りにくいし」

「なるほど」


 女装をすれば大丈夫のような気がしたが、言わないでおいた。是非とも行きたいので。


「良かった。元気になったみたいね」

「え?」


 私がしょんぼりしているように見えたので、お菓子をくれたらしい。

 どうやら村のことを思い出し、感傷的になっていたようだ。ご心配をかけていた模様。


「ありがとうございます。お心遣い、嬉しかったです」

「いいの。ここの人達、雑でしょう? 繊細そうなメルちゃんが、心配だったの」


 そんなことないですよ! とは言えなかった。

 ごめんね、みんな……。


 しばらく休憩をすれば、移動再開。あっという間に平原へとたどり着いた。


「と、そういうわけだ。今すぐ討伐に向かう。野ウサギ衛生兵は――」

「隊長、その呼び方はないわ。野ウサギではなく、リスリス衛生兵よ」


 ぴしゃりと、隊長の物言いを注意してくれるザラさん。なんて良い人なんだと涙が出そうになる。

 隊長は居心地悪そうな感じで、もごもごと謝ってくれた。それから、初めてリスリス衛生兵と呼んでくれる。

 わかってくれたらいいのだよ、わかってくれたら。

 その後、一瞬だけザラさんと目が合う。会釈をして、感謝の気持ちを伝えておいた。


 そして私はお留守番である。

 今回は広い平原を探索するので、馬に乗っていくそうな。

 ガルさんはまたしても予備の槍を貸してくれた。や、優しい。ありがたく借りることにする。

 みんなを見送ったあと、私も愛馬に跨って食材を探しに出かけた。


 今回はザラさんを唸らせる食事を用意しなければならないので、結構な責任感が。

 平原なので、森ほど現地の食材は豊富ではない。

 美味しい遠征食を、ということなので、なるべく持って来た食材はメインに使いたくない。

 良い食材があれば、美味しい物を作れるのは当たり前のことなのだ。


 サクサクとお馬さんと歩いていると、河川を発見する。

 なんか、貝とか魚とか獲れないかなと、覗き込めば、思いがけない出会いをする。


『ブオーン、ブオーン』と、三角牛のような鳴き声が聞こえたのだ。


「あ、あれは!」


 私の手のひらよりも大きな蛙! 通称『山蛙フロッシュ』だ!

 三角牛に似た鳴き声が特徴で、嬉しいことに食用なのだ。

 森の散策で水辺に行けばたまに出会える、貴重な蛋白源である。

 味は鳥に似ていて、結構美味しいのだ。

 蛙と聞いて驚くけれど、言わなきゃバレない。肉質はほぼ鳥!


 私はそろそろと河川の岩にいる山蛙フロッシュに近づき、手を伸ばす。

 逃げ足が速いので、チャンスは一度きり。

 機会を見計らい、手で捕獲する。


「うおおおおおお!!」

『ブオオン!!』


 見事、捕獲に成功した。

 拳を掲げ、勝利に酔いしれる。

 ヌメヌメして気持ち悪いけれど、解体しなければ。素早く仕留めて、背中からナイフを入れ、内臓を取り出して洗う。ついでに血抜きも終わらせた。


 まずは一匹。

 隊員全員がお腹いっぱいになるには、全員分狩らなければならない。

 まだまだ、周囲から山蛙フロッシュの鳴き声がする。頑張れば、六匹くらい集まるかもしれない。

 革袋に仕留めた山蛙フロッシュを入れ、馬の鞍に吊るす。

 用心のために槍を構え、狩りを再開させた。

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