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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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侯爵様へ、お願い!

 約束通り、アルブムにパンケーキを作ってあげる。


『ウワ~~イ!』

「あまり火に近づかないで下さいね。丸焼きになりますよ」

『ハ~イ』


 メレンゲをたっぷりと泡立て、ふわふわ生地を作る。

 同時進行で、侯爵家の料理人に、黄金の森林檎メーラ砂糖煮込みメルメラーダを作ってもらっていた。


『ウワ~~、良イ、匂イ~~!』

「ちょっと、アルブム、邪魔です」


 焼いているパンケーキの鍋を覗き込むアルブム。調理台には昇らないで欲しい。


「アメリア、すみません、アルブムを退けてください」

『クエ~~』


 アメリアはアルブムを嘴に銜え、後退する。


『ギャ~~ッ、アルブムチャン、食ベナイデエエ~~! 美味シク、ナイヨオオ~~』


 アルブムの声が遠ざかっていく。アメリアは良い仕事をしてくれた。

 邪魔者がいなくなったので、パンケーキ作りを再開させる。

 焦げないように裏返しながら、両面こんがりと焼く。火がしっかり通ったら、お皿に盛り付けた。

 焼きたてほかほかのパンケーキを三段重ねにして、できたばかりの森林檎メーラ砂糖煮込みメルメラーダを掛ければ完成!

 我ながら、美味しそうにできたと思う。


「アルブ~ム! パンケーキ、できましたよ~!」

『ワ~イ!』


 廊下に向かって叫ぶと、即座にやって来る。

 侍女さんが持って来てくれた卓子の上に置き、どうぞと勧めた。


『コレ、全部アルブムチャンノ?』

「そうですよ」

『ア、アリガト~~』


 お礼を言って食べ始める。

 一口大に千切り、森林檎メーラ砂糖煮込みメルメラーダを掬うように付けて食べていた。


『フワ~~ッ、オ~イシ~!!』


 ほっぺを押さえ、尻尾をぶんぶんと振っていた。どうやらご満足いただけたようだ。あっという間に食べ終える。


「まだ食べますか?」

『モウ、オ腹イッパイ』

「そうですか」


 口の端に砂糖煮込みメルメラーダが付いていたので、拭ってやる。


『アリガト』

「いえ」


 最初は「なんだこいつ」と思っていた妖精アルブムであったが、最近はちょっと可愛く思わなくもない。

 スノードロップの実探しも協力してくれたし、感謝の一言だ。


『アノ~、パンケーキノ娘?』

「なんですか?」


 もじもじしながら、話しかけてくるアルブム。


『良カッタラ、アルブムチャント、契約シナイ?』

「えっ、それは無理なのでは?」


 だって、アルブムは侯爵様と契約を結んでいる。譲渡など、聞いたことがない。


『侯爵様、コワイカラ、ヤダヤダ! パンケーキノ娘ガ、イイ』


 私も侯爵様が怖いことを理由に、養子縁組はお断りしたので、気持ちはよくわかる。が、そんなことを言われましても。


『オ願イ、パンケーキノ娘カラ、頼ンデ!』

「嫌ですよ。私も侯爵様は怖いですもの」

『ソコヲナントカ!』


 アルブムは何かブツブツと唱える。すると、魔法陣が出現した。中心から浮かび上がったのは――。


「あ、スノードロップの実!」

『コレ、アゲルカラ!!』

「……」


 心がぐらりと揺れ動く。

 実は、スノードロップの実が欲しかったのだ。


 というか、今の魔法はなんなのか?


『エ、格納術ダケド?』

「なんですか、その便利魔法は!」


 詳細を聞こうとしていたら、背後より声を掛けられる。


「メル、騙されてはだめよ」


 厨房へ入って来たのは、リーゼロッテ。


「この子は、あなたを宙吊りにした悪い妖精なのよ」

『ソレハ、アルブムチャンモ、反省シテルヨ』


 アルブムは涙目で謝ってくる。


「スノードロップの実がほしいのならば、わたくしと一緒に探しに行きましょう」

「リーゼロッテ、残念ながら、スノードロップの実はアルブムの協力なしでは発見できないのです」

「そうなの?」

「はい」


 リーゼロッテは言う。美味しい果物が食べたければ、商人に言って持ってこさせると。


「まあ、スノードロップの実に勝る物はないかもしれないけれど」

「いや、スノードロップの実がいいなと」

「そんなに美味しかったの」


 美味しかったですとも。あんなに甘くて、幸せいっぱいになれる食べ物はないと思う。

 でも、食べるのは私ではない。


「ザラさんに持って行きたいなと思いまして」

「ああ、そういうことなのね」


 疲労回復効果があるので、きっと元気になるだろう。

 ぜひとも手に入れたい。

 私はある提案をしてみる。


「アルブム、侯爵様に契約の件を言うだけでもいいですか?」


 だらりと寝そべっていたアルブムは、さっと起き上がる。


『ウン、イイヨ!』

「だったら、今から侯爵様にお願いをしに行ってみましょう」


 先ほど、使用人達が侯爵様の紅茶を作りに来ていたのだ。ちょっと前に、お仕事から帰宅をした模様。


「メル、本気なの?」

「はい」


 リーゼロッテはジロリと、厳しい視線をアルブムに向けている。相変わらず、妖精には厳しい。


「では、サクッと聞いてきますね!」

『ヤッタ~!』


 リーゼロッテの視線が刺さっていたが、私はアルブムを抱き上げ、ずんずんと廊下を進む。

 途中で執事さんを捕まえ、侯爵様の部屋に行ってもいいか聞いてみる。


「大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!」


 さっそく、侯爵様の部屋の扉をトントントンと叩く。


「たのもう!」


 そんなことを叫んだけれど、中から「入れ」という低い声が聞こえて、額に汗がぶわっと浮かんだ。


『ハ、入ロウ?』

「う、はい」


 ギギギと、音を立てながら重厚な扉をゆっくりと開き、中に入る。

 すぐに、腕を組んだ侯爵様と目が合った。その瞬間、ピシリと石になったように固まってしまった。

 抱いているアルブムが、ポンポンと手の甲を叩く。早く話せと言いたいのか。


「そこに座れ」

「あ、はい」


 お座りを命じられた犬のように、長椅子に腰を下ろす。

 しんと静まり返る室内。

 侯爵様から視線を外し、話しかけた。


「すみません、少し、お願いしたいことが、ありまして」

「なんだ?」

「え、えと、アルブムのことなのですが……」


 腕の中にいるアルブムが、『ヒエッ!』と悲鳴を上げた。

 侯爵様の鋭い視線が、全力でアルブムに突き刺さっていたのだ。

 早く帰りたいので、さっさと用件を述べる。


「えっと、アルブムがですね、その、私と契約を結びたいと申しておりまして」

「契約は、私が死なない限り破棄されない」

「おお……」


 衝撃の事実が発覚した。


「なぜ、契約破棄を望んだ?」

「……」

『……』


 言えない。

 侯爵様の顔が怖いから、契約破棄をしたいだなんて。

 アルブムは両手で顔を覆っていた。


「どうせ、餌付けでもされたのだろう」


 さすが侯爵様。アルブムのことをよくわかっている。


「お前は、屋敷でゴロゴロして、三食食べるだけ食べて、まったく役に立っていない」

『ハイ……』


 怒られているのはアルブムなのに、私までしょんぼりしてしまう。

 同じ食いしん坊だからだろう。

 ふんと鼻を鳴らす侯爵様。ビビる私とアルブム。

 けれど、意外な決定を下してくれた。


「行きたいところがあるのならば、好きにするがいい。ただし、悪さをすれば、私の鉄槌が下ると思え」

「!」

『!』


 なんと! 侯爵様はアルブムに外出許可を出してくれた。


『エ、ジャア、パンケーキノ娘ニ、ツイテ行ッテモイイノ?』

「好きにしろ」

『ア、ア、アリガト~~』


 ただし、私の監視のもと、という条件が加わる。


「何か悪さをしたら、容赦なく聖水を掛けろ」

『イヤ、死ヌ! アルブムチャン、聖水掛ケタラ死ヌカラ!』


 アルブムは『ヤッタ~、ココヲ、出レル~!』と嬉しそうにしていた。なんでも、侯爵様の術で、自分の意思では外出できないようになっていたらしい。

 スノードロップの探しの時は、リーゼロッテが頼んで術を解除していたとか。

 余程嬉しかったのか、アメリアに報告に行くと言って、部屋から出て行った。



「悪さはしないと思うが、気を付けて見張っておけ」

「はい、ありがとうございました」


 深々とお辞儀をして、感謝の意を示す。


「あ、あと、魔法の授業も、ど、どうぞ、よろしくお願いいたします」


 勇気を振り絞って、言ってみた。

 侯爵様、魔法の件について忘れていたらどうしようかと思っていたけれど、私の顔を見て、しっかりと頷いてくれた。

 とりあえず、ホッ。


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