侯爵様へ、お願い!
約束通り、アルブムにパンケーキを作ってあげる。
『ウワ~~イ!』
「あまり火に近づかないで下さいね。丸焼きになりますよ」
『ハ~イ』
メレンゲをたっぷりと泡立て、ふわふわ生地を作る。
同時進行で、侯爵家の料理人に、黄金の森林檎で砂糖煮込みを作ってもらっていた。
『ウワ~~、良イ、匂イ~~!』
「ちょっと、アルブム、邪魔です」
焼いているパンケーキの鍋を覗き込むアルブム。調理台には昇らないで欲しい。
「アメリア、すみません、アルブムを退けてください」
『クエ~~』
アメリアはアルブムを嘴に銜え、後退する。
『ギャ~~ッ、アルブムチャン、食ベナイデエエ~~! 美味シク、ナイヨオオ~~』
アルブムの声が遠ざかっていく。アメリアは良い仕事をしてくれた。
邪魔者がいなくなったので、パンケーキ作りを再開させる。
焦げないように裏返しながら、両面こんがりと焼く。火がしっかり通ったら、お皿に盛り付けた。
焼きたてほかほかのパンケーキを三段重ねにして、できたばかりの森林檎の砂糖煮込みを掛ければ完成!
我ながら、美味しそうにできたと思う。
「アルブ~ム! パンケーキ、できましたよ~!」
『ワ~イ!』
廊下に向かって叫ぶと、即座にやって来る。
侍女さんが持って来てくれた卓子の上に置き、どうぞと勧めた。
『コレ、全部アルブムチャンノ?』
「そうですよ」
『ア、アリガト~~』
お礼を言って食べ始める。
一口大に千切り、森林檎の砂糖煮込みを掬うように付けて食べていた。
『フワ~~ッ、オ~イシ~!!』
ほっぺを押さえ、尻尾をぶんぶんと振っていた。どうやらご満足いただけたようだ。あっという間に食べ終える。
「まだ食べますか?」
『モウ、オ腹イッパイ』
「そうですか」
口の端に砂糖煮込みが付いていたので、拭ってやる。
『アリガト』
「いえ」
最初は「なんだこいつ」と思っていた妖精アルブムであったが、最近はちょっと可愛く思わなくもない。
スノードロップの実探しも協力してくれたし、感謝の一言だ。
『アノ~、パンケーキノ娘?』
「なんですか?」
もじもじしながら、話しかけてくるアルブム。
『良カッタラ、アルブムチャント、契約シナイ?』
「えっ、それは無理なのでは?」
だって、アルブムは侯爵様と契約を結んでいる。譲渡など、聞いたことがない。
『侯爵様、コワイカラ、ヤダヤダ! パンケーキノ娘ガ、イイ』
私も侯爵様が怖いことを理由に、養子縁組はお断りしたので、気持ちはよくわかる。が、そんなことを言われましても。
『オ願イ、パンケーキノ娘カラ、頼ンデ!』
「嫌ですよ。私も侯爵様は怖いですもの」
『ソコヲナントカ!』
アルブムは何かブツブツと唱える。すると、魔法陣が出現した。中心から浮かび上がったのは――。
「あ、スノードロップの実!」
『コレ、アゲルカラ!!』
「……」
心がぐらりと揺れ動く。
実は、スノードロップの実が欲しかったのだ。
というか、今の魔法はなんなのか?
『エ、格納術ダケド?』
「なんですか、その便利魔法は!」
詳細を聞こうとしていたら、背後より声を掛けられる。
「メル、騙されてはだめよ」
厨房へ入って来たのは、リーゼロッテ。
「この子は、あなたを宙吊りにした悪い妖精なのよ」
『ソレハ、アルブムチャンモ、反省シテルヨ』
アルブムは涙目で謝ってくる。
「スノードロップの実がほしいのならば、わたくしと一緒に探しに行きましょう」
「リーゼロッテ、残念ながら、スノードロップの実はアルブムの協力なしでは発見できないのです」
「そうなの?」
「はい」
リーゼロッテは言う。美味しい果物が食べたければ、商人に言って持ってこさせると。
「まあ、スノードロップの実に勝る物はないかもしれないけれど」
「いや、スノードロップの実がいいなと」
「そんなに美味しかったの」
美味しかったですとも。あんなに甘くて、幸せいっぱいになれる食べ物はないと思う。
でも、食べるのは私ではない。
「ザラさんに持って行きたいなと思いまして」
「ああ、そういうことなのね」
疲労回復効果があるので、きっと元気になるだろう。
ぜひとも手に入れたい。
私はある提案をしてみる。
「アルブム、侯爵様に契約の件を言うだけでもいいですか?」
だらりと寝そべっていたアルブムは、さっと起き上がる。
『ウン、イイヨ!』
「だったら、今から侯爵様にお願いをしに行ってみましょう」
先ほど、使用人達が侯爵様の紅茶を作りに来ていたのだ。ちょっと前に、お仕事から帰宅をした模様。
「メル、本気なの?」
「はい」
リーゼロッテはジロリと、厳しい視線をアルブムに向けている。相変わらず、妖精には厳しい。
「では、サクッと聞いてきますね!」
『ヤッタ~!』
リーゼロッテの視線が刺さっていたが、私はアルブムを抱き上げ、ずんずんと廊下を進む。
途中で執事さんを捕まえ、侯爵様の部屋に行ってもいいか聞いてみる。
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!」
さっそく、侯爵様の部屋の扉をトントントンと叩く。
「たのもう!」
そんなことを叫んだけれど、中から「入れ」という低い声が聞こえて、額に汗がぶわっと浮かんだ。
『ハ、入ロウ?』
「う、はい」
ギギギと、音を立てながら重厚な扉をゆっくりと開き、中に入る。
すぐに、腕を組んだ侯爵様と目が合った。その瞬間、ピシリと石になったように固まってしまった。
抱いているアルブムが、ポンポンと手の甲を叩く。早く話せと言いたいのか。
「そこに座れ」
「あ、はい」
お座りを命じられた犬のように、長椅子に腰を下ろす。
しんと静まり返る室内。
侯爵様から視線を外し、話しかけた。
「すみません、少し、お願いしたいことが、ありまして」
「なんだ?」
「え、えと、アルブムのことなのですが……」
腕の中にいるアルブムが、『ヒエッ!』と悲鳴を上げた。
侯爵様の鋭い視線が、全力でアルブムに突き刺さっていたのだ。
早く帰りたいので、さっさと用件を述べる。
「えっと、アルブムがですね、その、私と契約を結びたいと申しておりまして」
「契約は、私が死なない限り破棄されない」
「おお……」
衝撃の事実が発覚した。
「なぜ、契約破棄を望んだ?」
「……」
『……』
言えない。
侯爵様の顔が怖いから、契約破棄をしたいだなんて。
アルブムは両手で顔を覆っていた。
「どうせ、餌付けでもされたのだろう」
さすが侯爵様。アルブムのことをよくわかっている。
「お前は、屋敷でゴロゴロして、三食食べるだけ食べて、まったく役に立っていない」
『ハイ……』
怒られているのはアルブムなのに、私までしょんぼりしてしまう。
同じ食いしん坊だからだろう。
ふんと鼻を鳴らす侯爵様。ビビる私とアルブム。
けれど、意外な決定を下してくれた。
「行きたいところがあるのならば、好きにするがいい。ただし、悪さをすれば、私の鉄槌が下ると思え」
「!」
『!』
なんと! 侯爵様はアルブムに外出許可を出してくれた。
『エ、ジャア、パンケーキノ娘ニ、ツイテ行ッテモイイノ?』
「好きにしろ」
『ア、ア、アリガト~~』
ただし、私の監視のもと、という条件が加わる。
「何か悪さをしたら、容赦なく聖水を掛けろ」
『イヤ、死ヌ! アルブムチャン、聖水掛ケタラ死ヌカラ!』
アルブムは『ヤッタ~、ココヲ、出レル~!』と嬉しそうにしていた。なんでも、侯爵様の術で、自分の意思では外出できないようになっていたらしい。
スノードロップの探しの時は、リーゼロッテが頼んで術を解除していたとか。
余程嬉しかったのか、アメリアに報告に行くと言って、部屋から出て行った。
「悪さはしないと思うが、気を付けて見張っておけ」
「はい、ありがとうございました」
深々とお辞儀をして、感謝の意を示す。
「あ、あと、魔法の授業も、ど、どうぞ、よろしくお願いいたします」
勇気を振り絞って、言ってみた。
侯爵様、魔法の件について忘れていたらどうしようかと思っていたけれど、私の顔を見て、しっかりと頷いてくれた。
とりあえず、ホッ。




