温室で朝食を
ザラさんに一晩泊まり込みで看病しようかと聞いたが、お断りをされてしまった。奥ゆかしい性格なので、そういう反応だろうなと想像していたけれど。
ならばと、リーゼロッテが提案する。ブランシュを侯爵家に預けたらどうかと。
大の幻獣好き一家であるということを知っていたからか、この件に関しては甘えてくれた。
――と、いうわけで。
「ブランシュ、今日はリーゼロッテのお家にお泊りしましょう」
『にゃん』
一応、外に出る時は首輪を装着し、縄で引く。
ブランシュは嫌がらずに、ホイホイとついて来た。さすが、エヴァハルト伯爵家でお留守番ができる良い子である。
一応、悪い人にはついて行ってはいけないよと、注意をしておいた。なんとなく、「蜂蜜水あげるよ!」と言ったら、「わ~い」とか言ってついて行ってしまいそうなのだ。
あっさりと、馬車に乗りこむブランシュ。
リーゼロッテは感激で打ち震えていた。小さな声で「うちの子になる?」と囁いている。かなり嬉しいらしい。普段は澄ましていて、大人っぽく見えるリーゼロッテだけれど、幻獣を前にしたら、少女のようになってしまうのだ。
ブランシュは馬車の床にごろりと寝転がり、楽な姿勢を取っている。
リーゼロッテは目を潤ませ、触ろうか、止めようかと悩んでいるようだった。
それにしても、アメリアとブランシュは仲良くできるだろうか。
以前出会った時は、嘴をブランシュに舐められて騒いでいたけれど。
馬車は侯爵邸に到着する。
「お帰りなさいませ、リーゼロッテお嬢様、メル様、ブランシュ様!」
どうやら、ブランシュがやって来るという報告は先に行っていたらしい。使用人の皆さんがいっせいに出迎えてくれた。
『クエクエクエクエ~~!!』
バサッバサっと羽ばたく音と共に、アメリアもやって来る。
『クエ~~~~!』
クールな様子で見送っていたけれど、実際は寂しかったようで、私にすり寄って来る。
ブランシュとは違い、私が仰け反らないよう、力加減をしてくれている優しい子だ。
『クエクエ?』
私より姿勢を低くして、上目遣いで「お留守番していたの、偉い?」と聞いてくるアメリア。当然ながら、もちろんだと答える。愛い奴め。
『にゃん』
『!?』
ここで、アメリアはブランシュの存在に気付いたようだ。
以前とは違い、アメリアのほうが体は大きくなっている。なのに、私の後ろに隠れ、様子を窺っていた。
ブランシュはアメリアの様子を察したのか、一瞥もせずにペタペタと屋敷の中を進んで行く。
『クエッ……』
明らかにホッとしている。
いや、もう、あなたのほうが体大きいし、嘴ぺろ~んの心配もないのでは?
幼い頃の記憶は、深く残るものなのかもしれない。
本日も侯爵家は豪勢な晩餐だった。
侯爵様の渋面も、二回目ともなれば見慣れてしまう。
夕食後、リーゼロッテにいろいろと相談してみる。
「エヴァハルト家の大奥様ってどんな方なんですか?」
「お祖母様? そうね……結構頑固で、厳しい方ね」
「なるほど」
女性版の侯爵様みたいな感じか。
う~~ん。友好的ではない相手に「お家に住まわせてください!」なんて図々しいことなど言えるわけがない。
「お断りされたら、ここに住めばいいわ」
「まあ、そうですね」
「え、それ、本当!?」
私のなげやりな返事に対し、なぜか食いつくリーゼロッテ。
「どうしたんですか?」
「だって、メルって遠慮ばかりするでしょう? 私が誘っても、断るかと思ったの」
「そういう風に見えていたんですね」
遠慮なんてしていたら、アメリアとの同居なんて無理だろう。
リヒテンベルガー家のように、家主様や使用人が幻獣に理解ある環境なんて、他にないのだ。
「しかし、伯爵家にも手ぶらでは行けませんよね。エヴァハルト伯爵家の大奥様は、お菓子など好きでしょうか?」
家を訪問するのに、手ぶらというわけにはいかないのだ。
「ええ、好きだと思うわ。菓子職人に作らせましょうか?」
「う~ん、どうしましょう」
自分で作って持って行きたい気もするけれど、素人の手作りした料理なんて誰も喜ばないだろう。かと言って、侯爵家の菓子職人に任せるのも悪い。
「だったら、庭の冬薔薇を摘んでお土産に持って行けばいかが? お祖母様はお花好きでもあるから、きっと喜ぶわ」
「ありがとうございます。薔薇をわけていただけるのならば、そうしたいなと」
「では、決まりね。明日は、わたくしも早起きするわ」
キリリとした表情で決意を口にするリーゼロッテ。果たして、大丈夫なのか。
「そういえば、ブランシュはどこに?」
「屋敷の中を歩き回っているみたい」
「好奇心旺盛なんですね」
使用人が付き添っているので、問題ないとのこと。
風呂に入るよう勧められたので、暖炉の前でゴロゴロしていたアメリアに声を掛ける。
並んで廊下を歩いていると――
「この絵画は七代目当主、ユーバイト」
『にゃ~』
どこかで聞いたこともある渋い声と、猫の鳴き声が聞こえた。これは、まさか……。
そっと、曲がり角から声のするほうを覗く。
「女ったらしで、愛人を十七名も囲っていたらしい」
『にゃう』
「そうだ、とんでもない奴だ。そこの部屋は本を貯蔵する部屋で、隣は先代の集めた壺を展示するだけの部屋だ」
『にゃ~~』
……侯爵様が真面目な顔で、ブランシュに屋敷の案内をしていた。
途中で、モフモフと優しく頭を撫でる。
『にゃ~~』
ブランシュは大人しく撫でられていた。すると、侯爵様は――うわ、笑った!
穏やかに微笑むことがあるらしい。
『クエ~』
アメリアにも、その姿は意外に映っていたようだ。
「アメリア、侯爵様は、意地悪なだけの人じゃないんですよ」
『クエ~~』
なんとなくそんな感じはするかもと思っていたが、私を叩いた点がまだ許せていないと言うのだ。
「私はもう、気にしていませんよ」
『クエ?』
「侯爵様には、良くしていただいていますし」
『クエエ~』
アメリアの首元を優しく撫でながら、話しかける。
「私はそうだというだけで、アメリアはアメリアの思う通りに。無理に、苦手を克服したり、許したりする必要はないので」
『クエ……』
侯爵様とブランシュは、私達に背を向けて去って行く。
どうやら二人(?)は、気が合うようだった。
◇◇◇
翌朝、日の出と共に起床する。
「リーゼロッテ、アメリア、起きて下さ~い!」
一緒に冬薔薇を摘みに行こうと誘う。
「ううん……」
『クエエ~~』
双方「あとちょっと」と、眠そうな声をあげていた。
私は容赦なく、シーツをバサリと剥いだ。
「いやん」
『クエエ~』
「色っぽい声を出してもダメです。さあ、薔薇を摘みに行きましょう!」
さっさと着替えをする。本日は深い緑色のワンピースを貸してもらう。腰のリボンが可愛い。
アメリアも侍女さんに囲まれ、ブラッシングされていた。
リーゼロッテも侍女さんの持つ盆の上にあった赤い縁の眼鏡を選び、チョコレート色のワンピースを纏っていた。
外套を着用し、いざ薔薇庭園へ。
庭師のお爺ちゃんの案内で、広い庭を探検するかのように進んで行く。
「今の時季はこの白薔薇が盛りですね」
「わあ、綺麗です!」
私の拳よりも大きな花を咲かせていた。どの花も満開で、とても美しい。
濃い香りを堪能し、朝から優雅な気分になる。
「こちらの薄紅の薔薇は七分咲きですね」
「これも捨てがたいです」
どの薔薇も綺麗だ。一つなんて、選べない。
リーゼロッテとアメリアを振り返り、どちらがいいか聞いてみる。
「え、ああ、どれも綺麗ね」
『クエクエ~』
雑な回答をしてくれる。期待はしていなかったけれど。
「う~~ん、やっぱり白にします」
園芸用のはさみで、棘に気をつけつつ、パチリと切りわける。
侍女さんがお盆を持ってくれているので、それに置いた。十本くらい選んで選別は終了。
次に、花束を作る。
向かった先はガラス張りの温室だった。雪が積もっている外と違い、暖かくて過ごしやすい。
ここでも、薔薇を始めとするさまざまな種類のお花を育てているようだ。
樹木が茂り、果実を生らす物もある。花のアーチは美しく、芳しい香りを放っていた。
そこに卓子を持ち込み、作業できるようにしてくれた。棘を丁寧に抜き、茎の長さを調整して、紙に包んでリボンで纏めた。
「リーゼロッテ、アメリア、見てください、完成しました!」
「メル、すごいわ」
「クエ~~」
二人共、目が半分閉じている。きっと、眠くて堪らないのだろう。
しかし、エヴァハルト伯爵家の大奥様へのお土産は完成した。
「では、朝食にしましょうか」
「え?」
リーゼロッテがパンパンと手を叩く。
すると、新たに机と椅子が持ち込まれ、次に料理が運ばれる。
「えっ、リーゼロッテ、これは……?」
「ここで食事をしたいって、お願いしたの」
「うわぁ、嬉しいです」
用意ができたようなので、席につく。
アメリアにも、絨毯のようなふかふかの敷物と、果物の盛り合わせが用意されていた。
そして、朝食は――
「んん?」
初めて見る物だった。
四角いパンにチーズと燻製肉が重ねて乗ってあり、その上に丸い何かが置かれている。上からクリーム色のソースと黒胡椒が掛けられている。
ナイフとフォークで切りわけて食べるパンらしい。
「リーゼロッテ、このパンの上の丸いのは?」
「卵よ」
「え?」
そう言って、リーゼロッテは丸い物体にナイフを入れる。
すると、とろりと半熟卵の黄身が溢れ出てきた。
私も真似をして、卵ごと半分に切りわける。一口大にして、食べた。
パンはカリッと、滑らかなソースの味を深めるチーズに、ほどよい塩気がある燻製肉。それらの味わいを卵の黄身が優しく包み込む。
感動した。それに、綺麗な花々に囲まれているので、余計に美味しく感じる。
素敵な朝食の時間であった。
不定期更新となりますm(__)m




