スープパスタ
勝手に入っていいものか迷ったけれど、多分、緊急事態なのだろうと思い、上がらせてもらう。
「ザラさ~ん、お邪魔しま~すおっと!」
『にゃう、にゃう、にゃう!』
ブランシュが早く行けと言わんばかりに、額でぐいぐいと私の体を押す。行先は居間だ。
「ザラさん、どこに――」
居間に入り、ぎょっとする。
真っ青な顔をしたザラさんが、長椅子に座っていたのだ。意識が朦朧としているのか、背もたれに体を預けぐったりとしている。
「ザラさん、だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄って、確認する。
額に手を当てれば、熱かった。
「寝台に行きましょう。立てますか?」
こくりと頷く。ふらりと立ち上がったけれど、なんだかまともに歩行できるようには見えない。体を支えなければ。
「メル、私も手伝うわ」
「お願いします」
リーゼロッテと二人がかりで体を支え、寝室に連れて行く。ふらふらと、おぼつかない足取りで、今にも倒れそう。途中からブランシュも手伝ってくれた。額でザラさんの背中をぐいぐい押すだけだけど。
「よっと」
ごろんと、ザラさんの体を寝台に横たわらせる。
「この人、痩せているように見えて、結構がっしりしているのね」
「着痩せするタイプなのかもしれません」
なんせ、大きな戦斧を振り回す人だ。ある程度、筋肉が付いていないと無理だろう。
「あ、外に侍女がいるから、医者を手配してもらいましょう」
「ありがとうございます」
私は応急処置でもしておこうと思う。
まずは、熱を冷やさなければ。
『にゃん?』
寝室から出てくると、ブランシュが心配そうに近付いて来る。
「ザラさんは大丈夫ですよ、ブランシュ。リーゼロッテがお医者様を呼びましたから」
『にゃう~』
勝手に家を探って申し訳ないと思うが、緊急事態なので。
台所で革袋を拝借し、外で雪を詰める。
次に、風呂場から桶を持って来て、手巾を水に浸して絞った。
それらをザラさんの寝室に運ぶ。
凄い汗だった。ポケットに入れていた手巾を取り出し、額と首筋の汗を拭う。
苦しそうなので、気の毒に思った。
まず、腋の下に雪の入った革袋を入れる。ここは病気の抗体を作る大本の場所であり、病気になると発熱するので、冷やさねばならないのだ。
抗体を作る部位は腋の他に、首筋、お腹、腕、腿と数か所ある。お医者様が来るまで、様子見で冷やしておくのだ。
おでこはあまり意味がないけれど、冷やしたら気持ちがいいので、手巾を置いておく。
しだいに眉間の皺が解れ、ほっとする。
そういえばと思い出す。先ほど、台所に行ったら乾物などの保存食以外の食材がまったくなかったのだ。きっと、今日買い物に行くつもりだったんだろうなと。それから多分、ザラさんは朝から何も食べていない。
「ザラさん、食欲はありますか? お腹、空いています?」
うっすらと瞼を開き、こくりと頷くザラさん。良かった。食欲はありそうだ。
「肉団子のシチューの材料を買ってきたんです。食べられますか?」
それとも、食べやすい麦粥のほうがいいのか。
話をしながら額の手巾を取ると、桶の中の雪入りの水に浸して絞る。再度、ザラさんの額に載せた。
「シチュー……たべたい」
「わかりました」
だったら、気合を入れて作ろう。
肉団子のシチューは時間が掛かるので昼食か夕食にするとして、まずは朝食を準備しなければ。
「ごめんなさい……」
「いいんですよ! 私とザラさんの仲じゃないですか。遠慮しないでください」
台所を使う許可をもらったので、寝室から出て行こうとしたら、ザラさんに袖を摘ままれた。
「どうかしました?」
「あの、ブランシュ……朝食が、まだ」
「それは大変です! 蜂蜜水でしたっけ?」
ザラさんはこくりと頷く。匙五杯の蜂蜜を、鍋一杯の湯に溶かして飲むらしい。あつあつの状態で与えても大丈夫だとか。
「任せてください」
「メルちゃん……ありがとう」
「いえいえ」
寝室から台所へ再び移動。廊下で待っていたブランシュが付いて来る。
「朝食、まだだったのですね」
『にゃう!』
そうなんですよ、困っていたんです! と言っているようだった。
「ちょっと待っていてくださいね。蜂蜜水、用意しますので」
『にゃん』
嬉しかったのか、体をすり寄せてくる。
大型犬と同じくらいの大きさなので、結構力が強い。なので、ふらついてしまった。
台所に置いてあったザラさんのエプロンを借りる。フリフリの可愛いやつだった。真新しい物なので、もしかしたら新品かも。使うのがダメだったならば、買って返せばいい。そう思って、装着する。
まずはブランシュの朝食から。
自分のお皿はこれだと、持って来てくれる。
『にゃん』
「それがブランシュのお皿なんですね。了解です。危ないので、蜂蜜水ができるまで、暖炉のある温かい居間で待っていてくださいね」
『にゃん』
ブランシュはとってもいい子だった。言うことを聞き、居間のほうへ歩いて行った。
湯を沸かしている間に、ザラさんの朝食は何を作ろうかと考える。
乾物や保存食が置かれた棚を探る。
綺麗に瓶詰めされていて、彩りなども考えて並べてあるのか、見た目も美しかった。見習いたい。
豆に乾燥野菜、香辛料に薬草、キノコ、芋、魚、貝柱、果物、麺。
「……おっ!」
珍しい物――粒状の麺を発見。瓶には小さな麺と書いてある。
これを使って、スープを作ることにした。
そうこうしている間に、湯が沸騰する。匙で蜂蜜を五杯垂らす。
しっかり混ぜ合わせ、完成となる。深皿に注ぎ、居間で待つブランシュへと持って行った。
『にゃん!』
ブランシュは長椅子にどっかりと座っていた。ザラさんが座っていた向かい側である。もしかしたら、ブランシュ専用なのかもしれない。
そして、お皿はどこに置けばいいのか。
『にゃ~ん』
ここに置けと示すように、卓の上を足でポンポンと叩く。
卓子に置いてあげると身を屈め、器用に飲みだす。
どうやら、山猫は猫舌ではないようだ。新たな発見をした。
『にゃ~~』
おいし~です! と言ってくれているようだった。お気に召したようで、一安心。
ブランシュへ朝食を届け終えたら、今度はザラさんの朝食作りをする。
まずは、貝柱で出汁を取る。鍋を沸騰させている間に、野菜を切って鍋に入れる。
灰汁を取り、スープが白濁になったら小さな麺をザラザラと投入。塩コショウ、香辛料などで味を調えて完成。
沸かしていた湯で、粉末生姜と蜂蜜で飲み物を作った。ザラさん、声もガラガラだったので、殺菌作用のあるこれが良く利くだろう。
お盆の上にスープと飲み物を置き、寝室へと運ぶ。
扉を叩き、中へと入る。
寝台の傍に置いた椅子に座ると、ザラさんはうっすらと瞼を開く。
「スープ、食べられますか?」
「ええ、ありがとう」
背中を支え、起き上がるのをお手伝いする。
スープの載った盆を膝に置き、匙にスープと麺、野菜を掬う。ふうふうと冷やし、ザラさんの口元へと持って行った。
「あ~ん」
「――え?」
「どうしたんですか? やっぱり、食欲ないですか?」
「いえ、そういう、わけじゃなくて」
だったら、どうぞと匙を口元へ差し出す。
「あの、多分、自分で食べられるから」
「布団に皿ごとスープを零したら大変なので」
ザラさんふわふわしているし、心配なのだ。
そう言えば、大人しく食べてくれた。
「どうですか?」
「おいしい」
「良かった」
ふうふうと冷まし、口元へと匙を運ぶ。そんなことを何往復かする。
最後の一口を持って行った瞬間、バタンと寝室の扉が開かれた。
「アーツさん、お待たせしました」
入って来たのは、白髭を蓄えた白衣のお爺ちゃん。お医者様だろう。
「ああ、これはこれは、奥さん、いらっしゃるとは知らずに、失礼を」
「え!?」
危うく匙を落としそうになった。
奥さんではないと否定しようとしたが、エプロンを掛け、ザラさんに「あ~ん」をしている姿では、まったく説得力がないだろう。
騎士隊の同僚で、衛生兵で、偶然やって来てと、説明も長くなる。勘違いされたままで恥ずかしいけれど、ザラさんへの診断を先にしてもらうことにした。
診断の結果、ザラさんは疲労からきた風邪だった。一晩ゆっくり休めば完治するだろうとのこと。
本人はめったに風邪なんか引かないのにと言っていたが、それも仕方がない話だろう。ザラさんは川に落ち、寝ずの番をして、そのあとも事件解決のために奔走していた。無理が祟ったのだ。
良い機会なので、しっかりと休息を取って欲しい。
薬を飲んでぐっすりと眠り、夕方頃には顔色も良くなっていた。起き上がっても平気だと言っていたが、安静に過ごすようにとお願いしておく。
明日の伯爵家の訪問は、ザラさんは止めることにした。代わりに、リーゼロッテが一緒について来てくれるらしい。
一応、ブランシュは侯爵家で預かることになった。
リーゼロッテは涙目になるほど喜んでいた。
肉団子のシチューは作って台所に置いている。食べたい時に食べるだろう。
ザラさんが眠っているのを確認し、枕元に耳飾りの包みを置いていく。ついでに、「よくがんばりました」という、メッセージカードを添えておいた。
 




