巨大魚のお頭スープ
森に入る前に馬を広場に置き、角蜥蜴探しに出かける。私は足手まといになるので、お馬さんと一緒にお留守番。
周辺には薄めた聖水を撒いてくれた。これをすれば、魔物が近寄って来ないのである。
ベルリー副隊長が私に言い聞かせるように注意事項を述べる。
「もしも魔物が来た場合、聖水を頭からかぶって、蹲っておくように」
「わかりました」
小瓶の中身の聖水。値段を聞いたら卒倒しそうになる。私の給料一ヶ月分くらいらしい。
けれど、命には代えられないのだ。
ガルさんは予備の槍を貸してくれた。とても優しい。
みんな、良い笑顔で角蜥蜴退治に行く。
一人になった私は、その場で待機しておくのも暇なので、ガルさんの槍を片手に近場を散策することにした。
お馬さん達は縄で繋いでいないけれど、いい子なので笛を吹いたら戻って来る。
放っておいても大丈夫だろう。
暇潰しの森散策にでかけたのだった。
◇◇◇
森の中は豊かな自然が溢れていた。
入ってすぐに胡椒茸を発見する。幸先が良い。そして、少し進んだ先に山栗を発見した。
周囲のイガイガをブーツで踏んで外し、実を取る。
木にも山栗の実がなっていたので、ガルさんの槍で突いて落とせば、頭にイガイガが降ってきて、悲鳴を上げてしまった。欲張ろうとした罰だろう。
お皿代わりになる葉っぱを採取し、薪用の枝も集める。
気が付けば、背負っていた鞄がパンパンになっていた。
お馬さんがいる広場に戻り、夕食の準備をする。
まず、山栗を煮る。茹で上がったら渋皮を剥いた。
これも捨てないで使う。沸騰したお湯に渋皮と砂糖を入れて煮込めば、渋皮茶の完成。かなり渋いけれど、血液がサラサラになると前にお祖母ちゃんが言っていた。
私はあまり好きじゃないけれど、隊員のみんなはこれを飲んで健康になってもらおう。
栗の実は蜂蜜と絡め煮にした。単独で食べてもいいけれど、パンに載せても美味しいのだ。
次に、胡椒茸と薬草ニンニク、唐辛子をオリヴィエ油で煮込む料理を作る。
これも、パンに浸したら美味しい。
メインは、昼間に釣った巨大魚の頭部!!
これで、スープを作るのだ。
まず、巨大魚の頭部に香辛料を揉みこんでおく。臭み消しだ。
次に胡椒茸に薬草ニンニク、花薄荷などを細かく切って炒め、鍋から取り出す。
それから沸かした湯の中に巨大魚の頭部を入れて、ひと煮立ち。余分な灰汁は匙で掬っていく。
湯が白濁色になれば、魚を取りだす。匙で頭部にある身をほじってスープに投下!
目も美味しいんだよね。ほじって入れる。あと、頬の身も忘れてはいけない。
ここが家であれば、乾かして粉末状にし、草花の肥料にする。けれど、ここではそんな加工などできないので、余った骨などはそのまま地面に埋めた。
スープの中に先ほどの野菜類を入れ、隊長の白ワインもドバドバ投下する。最後に唐辛子を入れたら、本日のメイン『巨大魚のお頭スープ』の完成だ。
我ながら、頑張った。
暗くなれば、お馬さん達も火のあるほうへと戻って来る。良い子達だ。
陽が沈む前に、騎士隊のみんなも戻って来た。
「もう、くたくたです~~」
ぐったりするウルガスに、
「一歩も動きたくない」
疲れた様子を見せているベルリー副隊長。
「……」
相変わらず、無口なガルさんだけど、尻尾がしょぼんとなっているので、疲れているのだろう。
「腹減った」
そう呟くのは隊長。私は「待っていましたとも」と返事をする。
鍋を囲み、夕食にする。
スープは木の器に注ぐ。最低限の食器を持ち歩くようになったのだ。
みなさん、食器を使ってお上品に食べましょう。
私は今、第二遠征部隊の脱・山賊団を目指しております。
食前のお祈りを捧げ、いただきます。
まずはスープから。
巨大魚は出汁も美味しい。あっさり薄味のスープだけど、ピリッとしていて体が温まる。
みんな、美味しそうに食べてくれて嬉しい。だが、一人だけ違う反応を示していた人が。
「うわ、な、なんで魚の目が入ってんだ!!」
隊長である。匙で魚の目を掬い、思いっきり顔を顰めていた。
繊細なところがあるものだ。
「魚の目、プルプルしていて美味しいんですよ。お肌もツルツルになりますし」
「ば、馬鹿か!!」
「ええ~~」
「よく、こんな不気味な物を食べられるな」
「一度試しに食べてみてくださいよ」
「断る!」
他の人も、魚の目までは食べないと言う。異文化であったのか。
隊長にいらないと言われる魚の目。美味しいのに。
巨大魚の物なので、大きいし、確かにちょっと不気味かも。
ウルガスやベルリー副隊長にも勧めてみたが、答えは否。
最後に、ガルさんにもどうか聞いてみる。
断られるかと思っていたけれど、こっくりと頷いてくれた。
巨大魚の目玉が載った匙をそのまま口元へと持って行けば、ぱくんと食べてくれた。
もぐもぐと、咀嚼している。
どうかなと、ガルさんの尻尾に注目。
未知の味に緊張していたのか尻尾がぴーんとしていたけれど、しだいにゆらゆら揺れてくる。
目が合えば、コクコクと頷いてくれたので、美味しかったんだとわかった。よかったなと一安心。
みんなの疑惑の視線が和らぐことはなかったけれど。
今度から、魚の目玉はガルさんと楽しもうと心に誓った。
胡椒茸のオリヴィエ油煮はパンに浸して食べる。
薬草ニンニクの香りが引き立ち、胡椒茸の旨みが濃縮されている。塩気もちょうどいい。
食後の甘味は山栗の蜂蜜絡め煮。甘くてほくほくで美味しいのだ。
食事が終われば、渋皮茶を振る舞う。
皆、眉間に皺を寄せながら飲む。不評だったけれど、健康に良いと言えば我慢してくれた。
食後。各々自由行動となった。ガルさんは瞑想を始め、ウルガスとベルリー副隊長は武器のお手入れ。隊長は酒を飲みだす。
ウルガスはお酒が飲めないらしい。ベルリー副隊長は、任務中は飲まないようだ。私もお酒は飲めない。ガルさんは謎。
酒瓶を持ち上げた隊長はあることに気付く。
「なんか、酒が減っている気が」
「スープに使いました」
「なんだと!?」
その重たい酒瓶を持ち歩いていたのは私だ。少しくらい使ってもいいだろう。
ベルリー副隊長も、まあいいじゃないかと言ってくれる。
けれど、腑に落ちない様子の隊長。
「でしたら今度、蜂蜜酒を作ってお返しするので」
「お前、酒も作れるのか?」
「はい。蜂蜜酒は特に簡単ですよ」
蜂蜜酒は我が家のメイン酒であった。飲んでいたのは父と兄と祖父。
瓶の中に入れた水の中に蜂蜜を垂らし、天然酵母を入れるだけ。寒い時季は香辛料などを入れる時もある。材料費があまり掛からないので、貧乏人に優しいお酒だ。
「辛いのと甘いの、どっちが好みですか?」
「辛口が好みだ」
「了解です。今度作っておきます」
お酒の使い込みはなんとか誤魔化せたようだ。ふうと安堵の息を吐きつつ、額の汗を拭う。
隊長のお酒、途中で高級品だと気付いて静かに焦っていた。スープも美味しいはずだ。
「そういえば、角蜥蜴退治はどうだったんですか?」
「終わった」
「へ?」
「群れに出くわして、一気に殲滅できた」
「うわあ~~、よかったのか、悪かったのか……」
みんなが疲れていた理由が明らかになる。
「それは、もう、大変お疲れ様でした」
「おかげさまでな。明日の朝には帰れる」
そう言って、隊長はごろりと転がった。
私も、ベルリー副隊長の隣に転がる。
ふわあと欠伸が出た。今晩はよく眠れそうだ。
今日も星が綺麗だった。
◇◇◇
朝。のろのろと起き上がる。
夜明けから朝までの見張り当番だったウルガスが、片手を挙げて欠伸交じりの挨拶をしてくれた。
朝食はパンと炙った干し肉。
干し肉は熱すると脂が溶けて少しだけ柔らかくなる。美味しい。
「うわ~~、リスリス衛生兵の干し肉美味しい~~」
「ありがとうございます~~」
感激で間延びした喋りになっているウルガスの、言葉遣いを真似して返事をする。
「噛めば噛むほど味が滲みでてくるんですね」
「そうです。これが干し肉なんです」
スープの残りと一緒に食べて、朝食は終了。近くにあった川で鍋と食器を洗う。
こうして任務を終えた第二遠征部隊は、意気揚々と王都へ帰ったのだった。