表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/412

絶品シュークリーム

 やっと、やっと王都に帰って来られた。

 しかも、明日から三日、お休みらしい。嬉しい。

 けれど、一つだけ問題が。


『クエ~~クエエエ~~』


 アメリアが、窓から執務室を覗き込み、切なげな鳴き声をあげていた。

 隊長の話を聞きながら、窓越しに視線が突き刺さり、ウッとなる。


 なぜ、アメリアが外にいるのかと言えば、扉をくぐることができず入室不可能となってしまったのだ。


『クエ~~クエエエエエエエ~~』


 アメリアの切ない声が、執務室に響き渡る。


「わかった。アメリア、わかったから」


 さすがの隊長も、話を止めてアメリアに話しかける。


「アメリアが部屋に入れるよう、改装を頼んでおこう。まあ、着工までに時間が掛かるかもしれないが」

『クエ……』


 馬と同じか、それよりも大きくなるという鷹獅子グリフォン。改装して扉をくぐれたとしても、近い将来、この執務室では狭くなってしまうのでは?

 しかし、アメリアはあの通り寂しがり屋だし、外に置いておくのも可哀想だろう。最悪、私が常に外にいれば解決だろうが。難しい問題だ。


 あれこれ考えていると、隣にいたウルガスが指摘をしてくる。


「あの、リスリス衛生兵。執務室の扉がくぐれないってことは、アメリアさん、寮も入れないんじゃないですか?」

「あ!」


 大問題が発覚。夜、一人外で眠ることなんて絶対にできないだろう。

 ちらりと、アメリアを見ると――


『クエエエエェ……』


 静かに鳴き出すアメリア。微妙に涙目にもなっている。箱入り娘なのに、外でしか眠れないなんて、可哀想過ぎる。


「ア、アメリア、大丈夫です! 私が外で一緒に眠ってあげますから」

『クエエエ~~』


 外、うっすら雪が積もっているけれど、大丈夫。きっと、アメリアが私を羽毛で温めてくれるから!


 そう宣言すると、リーゼロッテから待ったが掛かった。


「待って、メル。わたくしのお家に泊まればいいわ。お願いだから、野宿は止めて」

「リ、リーゼロッテ……!」

「私も、家が広かったら部屋を貸してあげたんだけど」

「ザラさんも……!」


 皆の優しさが身に沁み入るよう。

 とりあえず、リーゼロッテの実家にお世話になることになった。

 さらにザラさんより、あるご提案が。


「メルちゃん、お休みの三日間の間に、エヴァハルト伯爵家の大奥様を訪ねる約束をしてもいい?」

「あ、はい。よろしくお願いいたします!」


 エヴァハルト伯爵家はリーゼロッテの母方のご実家で、遠征をする時にザラさんの山猫を預けている。以前から訪問する予定だったのだが、双方の予定が合わずに実現していなかった。


「では、ブランシュを迎えに行った時に、聞いておくわね。予定が決まったら、侯爵家に手紙を送るから」

「わかりました。よろしくお願いいたします」


 なんとか、寒い思いをせずに済みそうだ。

 その後、解散となる。


「寮に服を取りに行って、外泊許可も取らなければいけませんね」

「外泊許可はここで書いて、使用人に届けさせるわ。服は私のを貸してあげる」

「いや、そんな、悪いですし、リーゼロッテの服って……」


 すらりと背が高いリーゼロッテ。私とは頭一つ分くらい違う。

 それから、凹凸のある体。とても、着こなせるとは思わない。

 同じ齢なのに、どうしてこうも身体つきに違いがあるのか。人体の不思議だろう。


「……無理です。とてもじゃないですが、リーゼロッテの服なんて着ることはできません」

「あ、えと、そ、そうね」


 気まずい沈黙。

 やはり、一回寮に戻るしかない。アメリアの果物も届いているだろうし。


「あ! だったら、わたくしの子どもの頃の服を着ればいいわ。多分、取ってあると思うの!」

「子どもの頃の……服……」

「あ、その、ごめんなさい」


 確かに、リーゼロッテの幼少期の服ならば、着ることが可能だろう。しかしながら、子どもの頃の服……。


「だ、だって、メルとゆっくり話したいんだもの! 寮に帰っている時間がもったいないわ!」

「リーゼロッテ……」


 なんてことを言ってくれるのか。そういう事情があるのならば、頷くしかないじゃないか。


「ですが、突然押しかけて、迷惑じゃないですか?」

「うちはメルだったらいつでも大歓迎よ」

「アメリアも?」

「もちろん!」

「ありがとうございます」


 と、そんなわけで、しばらくリーゼロッテのお世話になることになった。


 ◇◇◇


 夜を知らせる街の時計塔の鐘が響き渡る。

 辺りはすっかり暗く、道行く人も急ぎ足だった。


 リーゼロッテと共に、馬車でリヒテンベルガー侯爵家に向かう。

 アメリアは空を飛んでついて来てもらった。

 侯爵家へは二度目の訪問だが、今回も緊張していた。

 大勢の使用人に出迎えられ、客室でアメリアと待つように言われたが――


『パンケーキノ、娘ジャナイカ!!』


 お茶とお菓子を持って来た老執事に紛れて客室に入って来たのは、妖精のアルブム。

 白くてふわふわの可愛いイタチに見えるけれど、悪さを企む妖精だったのだ。


 テッテケテ~と、私に近付いてきたが――


『クエエエエ!!』

『グエエエエ!!』


 アメリアが頭を踏みつけ、妨害する。ジタバタ暴れるアルブム。容赦ないアメリア。

 まあ、ほどほどにね。


 お茶とお菓子を勧められたので、ありがたくいただくことに。

 アメリアにも、果物が振る舞われた。

 そして、お皿の上に鎮座するお菓子に注目。

 大きさは拳大。もこもこしていて、上から粉砂糖がまぶされた物である。初めて見るお菓子だった。近くにいた老執事に質問してみる。


「すみません、このお菓子、なんですか?」

「そちらは、シュークリームと申します」

「シュークリーム、でございますか」


 なんでも、薄く焼かれた生地の中に、カスタードクリームが入ったお菓子らしい。ふうむ。


「あの、どうやって食べるのですか?」


 ナイフやフォークは用意されていない。もしや、手掴み?


「手で持って、がぶっと」

「がぶっと?」

「はい。侯爵様の好物で、三日に一度は召し上がられておりますよ」

「なるほど」


 リヒテンベルガー侯爵が三日に一度も食べるお菓子なんて、相当美味しいに違いないだろう。さっそく、老執事に教えてもらったとおりに、食べてみることに。

 シュークリームを手で掴んでみれば、軽そうな見た目とは裏腹に、結構ずっしりと重たかった。中にたくさんクリームが詰まっているのだろう。

 まぶしてある粉砂糖が落ちないように、がぶっ!


「……ふわっ!!」


 生地はさっくりと軽い食感。バターの風味がとても香ばしい。想定外だったのは、一口噛めばとろりと溢れてくるカスタード。上品な甘さで濃厚だけどしつこくない。

 こんなに美味しいお菓子がこの世にあったのか。思わず、老執事に聞いてしまった。


「侯爵様も同じことをおっしゃっておりましたよ」

「そうなんですね」


 お菓子に関しては、侯爵様と気が合いそうだなと思った。

 アメリアに踏まれているアルブムが『アルブムちゃんにも、一口』とか言っているが、無視した。

 美味しいシュークリームを堪能したあと、リーゼロッテが戻って来る。


「メル、アメリア、お待た……あら」


 アメリアに踏まれているアルブムに気付くと、老執事に侯爵様のもとへ連れて行くよう、命じていた。


 涙目で連れ去られるアルブム。小さな声で『パンケーキ、シュークリームヲ、食ベタイ人生、ダッタ……』と呟く。ちょっと気の毒になったけれど、あいつに逆さ吊りにされたこと思い出し、同情する心はスッとなくなった。


 アルブムは使用人のお姉さんに回収され、静かな部屋となる。


「そうそう、お風呂の準備ができたから、アメリアと一緒に入って来るといいわ」

「ありがとうございます!」


 なんと、侯爵家には五つの風呂があるらしい。その中の、一番大きな浴場を貸してくれるようだ。アメリアも余裕で入れるとのこと。


「着替えなどは準備しているから」

「すみません、何から何まで」

「気にしないで」


 アメリアは念願のお風呂だからか、目がキラッキラに輝いていた。良かったね。

 使用人の案内で風呂場に向かう。

 出入り口は重厚な二枚扉となっており、使用人が左右から同時に開いてくれた。この広さならば、アメリアも余裕で入れるだろう。


「メル様、アメリア様、こちらでございます」

「あ、はい。ありがとうございます」

「手伝いの者は何名必要でしょうか?」

「手伝い、ですか?」

「ええ。お体を清める者と、お拭きする者と、髪のお手入れをする者と――」

「いえ、いいです。自分でできますので」

「かしこまりました。必要がありましたら、いつでもお呼びくださいませ」

「は、はい。ご丁寧に、どうも」


 貴族の高貴な方々は、使用人の手を借りてお風呂に入るらしい。勉強になった。


 私とアメリアが入ると、扉はゆっくりと閉められる。

 まずは風呂場の規模に驚くことになった。脱衣所だけでも寮の部屋よりも広い。

 白くてふわふわのタオルに、着替えと下着類が置かれている。櫛や精油なども並べられていた。


「すっごいですね~」

『クエ~~』


 まずはアメリアを洗ってあげようと、服を脱がずに浴室に入った。


「おお!」

『クエ~』


 広い!!

 まるで湖かと見紛うほどの浴槽に、大理石の広い洗い場。白い壁に白い天井、白い柱とかあって、獅子像の湯口からドバ~と湯が出ている。かけ流しの湯らしい。


 アメリアとはしゃぎながら、体を洗ってあげる。

 結構綺麗に拭き取っているつもりだったけれど、石鹸を泡立てて羽根に揉みこめば汚れが落ちる。


「お嬢さま、痒いところがありませんか~~」

『クエクエ~~』


 アメリアは「苦しゅうない、続けよ」と言っていた。それから「洗ってくれてありがとうね」とも。愛い奴め。

 洗い終わったら湯をざば~っと掛けて、先に湯に浸かっているように勧める。


 アメリアが浴槽に浸かれば、お湯がどば~っと溢れた。半分くらい湯が溢れた。かけ流しのお風呂なので、そのうち溜まるだろう。

 私も服を脱ぎ、髪と体を洗った。

 遠征中、きちんとしたお風呂に入っていなかったので、癒される。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ