絶品シュークリーム
やっと、やっと王都に帰って来られた。
しかも、明日から三日、お休みらしい。嬉しい。
けれど、一つだけ問題が。
『クエ~~クエエエ~~』
アメリアが、窓から執務室を覗き込み、切なげな鳴き声をあげていた。
隊長の話を聞きながら、窓越しに視線が突き刺さり、ウッとなる。
なぜ、アメリアが外にいるのかと言えば、扉をくぐることができず入室不可能となってしまったのだ。
『クエ~~クエエエエエエエ~~』
アメリアの切ない声が、執務室に響き渡る。
「わかった。アメリア、わかったから」
さすがの隊長も、話を止めてアメリアに話しかける。
「アメリアが部屋に入れるよう、改装を頼んでおこう。まあ、着工までに時間が掛かるかもしれないが」
『クエ……』
馬と同じか、それよりも大きくなるという鷹獅子。改装して扉をくぐれたとしても、近い将来、この執務室では狭くなってしまうのでは?
しかし、アメリアはあの通り寂しがり屋だし、外に置いておくのも可哀想だろう。最悪、私が常に外にいれば解決だろうが。難しい問題だ。
あれこれ考えていると、隣にいたウルガスが指摘をしてくる。
「あの、リスリス衛生兵。執務室の扉がくぐれないってことは、アメリアさん、寮も入れないんじゃないですか?」
「あ!」
大問題が発覚。夜、一人外で眠ることなんて絶対にできないだろう。
ちらりと、アメリアを見ると――
『クエエエエェ……』
静かに鳴き出すアメリア。微妙に涙目にもなっている。箱入り娘なのに、外でしか眠れないなんて、可哀想過ぎる。
「ア、アメリア、大丈夫です! 私が外で一緒に眠ってあげますから」
『クエエエ~~』
外、うっすら雪が積もっているけれど、大丈夫。きっと、アメリアが私を羽毛で温めてくれるから!
そう宣言すると、リーゼロッテから待ったが掛かった。
「待って、メル。わたくしのお家に泊まればいいわ。お願いだから、野宿は止めて」
「リ、リーゼロッテ……!」
「私も、家が広かったら部屋を貸してあげたんだけど」
「ザラさんも……!」
皆の優しさが身に沁み入るよう。
とりあえず、リーゼロッテの実家にお世話になることになった。
さらにザラさんより、あるご提案が。
「メルちゃん、お休みの三日間の間に、エヴァハルト伯爵家の大奥様を訪ねる約束をしてもいい?」
「あ、はい。よろしくお願いいたします!」
エヴァハルト伯爵家はリーゼロッテの母方のご実家で、遠征をする時にザラさんの山猫を預けている。以前から訪問する予定だったのだが、双方の予定が合わずに実現していなかった。
「では、ブランシュを迎えに行った時に、聞いておくわね。予定が決まったら、侯爵家に手紙を送るから」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
なんとか、寒い思いをせずに済みそうだ。
その後、解散となる。
「寮に服を取りに行って、外泊許可も取らなければいけませんね」
「外泊許可はここで書いて、使用人に届けさせるわ。服は私のを貸してあげる」
「いや、そんな、悪いですし、リーゼロッテの服って……」
すらりと背が高いリーゼロッテ。私とは頭一つ分くらい違う。
それから、凹凸のある体。とても、着こなせるとは思わない。
同じ齢なのに、どうしてこうも身体つきに違いがあるのか。人体の不思議だろう。
「……無理です。とてもじゃないですが、リーゼロッテの服なんて着ることはできません」
「あ、えと、そ、そうね」
気まずい沈黙。
やはり、一回寮に戻るしかない。アメリアの果物も届いているだろうし。
「あ! だったら、わたくしの子どもの頃の服を着ればいいわ。多分、取ってあると思うの!」
「子どもの頃の……服……」
「あ、その、ごめんなさい」
確かに、リーゼロッテの幼少期の服ならば、着ることが可能だろう。しかしながら、子どもの頃の服……。
「だ、だって、メルとゆっくり話したいんだもの! 寮に帰っている時間がもったいないわ!」
「リーゼロッテ……」
なんてことを言ってくれるのか。そういう事情があるのならば、頷くしかないじゃないか。
「ですが、突然押しかけて、迷惑じゃないですか?」
「うちはメルだったらいつでも大歓迎よ」
「アメリアも?」
「もちろん!」
「ありがとうございます」
と、そんなわけで、しばらくリーゼロッテのお世話になることになった。
◇◇◇
夜を知らせる街の時計塔の鐘が響き渡る。
辺りはすっかり暗く、道行く人も急ぎ足だった。
リーゼロッテと共に、馬車でリヒテンベルガー侯爵家に向かう。
アメリアは空を飛んでついて来てもらった。
侯爵家へは二度目の訪問だが、今回も緊張していた。
大勢の使用人に出迎えられ、客室でアメリアと待つように言われたが――
『パンケーキノ、娘ジャナイカ!!』
お茶とお菓子を持って来た老執事に紛れて客室に入って来たのは、妖精のアルブム。
白くてふわふわの可愛いイタチに見えるけれど、悪さを企む妖精だったのだ。
テッテケテ~と、私に近付いてきたが――
『クエエエエ!!』
『グエエエエ!!』
アメリアが頭を踏みつけ、妨害する。ジタバタ暴れるアルブム。容赦ないアメリア。
まあ、ほどほどにね。
お茶とお菓子を勧められたので、ありがたくいただくことに。
アメリアにも、果物が振る舞われた。
そして、お皿の上に鎮座するお菓子に注目。
大きさは拳大。もこもこしていて、上から粉砂糖がまぶされた物である。初めて見るお菓子だった。近くにいた老執事に質問してみる。
「すみません、このお菓子、なんですか?」
「そちらは、シュークリームと申します」
「シュークリーム、でございますか」
なんでも、薄く焼かれた生地の中に、カスタードクリームが入ったお菓子らしい。ふうむ。
「あの、どうやって食べるのですか?」
ナイフやフォークは用意されていない。もしや、手掴み?
「手で持って、がぶっと」
「がぶっと?」
「はい。侯爵様の好物で、三日に一度は召し上がられておりますよ」
「なるほど」
リヒテンベルガー侯爵が三日に一度も食べるお菓子なんて、相当美味しいに違いないだろう。さっそく、老執事に教えてもらったとおりに、食べてみることに。
シュークリームを手で掴んでみれば、軽そうな見た目とは裏腹に、結構ずっしりと重たかった。中にたくさんクリームが詰まっているのだろう。
まぶしてある粉砂糖が落ちないように、がぶっ!
「……ふわっ!!」
生地はさっくりと軽い食感。バターの風味がとても香ばしい。想定外だったのは、一口噛めばとろりと溢れてくるカスタード。上品な甘さで濃厚だけどしつこくない。
こんなに美味しいお菓子がこの世にあったのか。思わず、老執事に聞いてしまった。
「侯爵様も同じことをおっしゃっておりましたよ」
「そうなんですね」
お菓子に関しては、侯爵様と気が合いそうだなと思った。
アメリアに踏まれているアルブムが『アルブムちゃんにも、一口』とか言っているが、無視した。
美味しいシュークリームを堪能したあと、リーゼロッテが戻って来る。
「メル、アメリア、お待た……あら」
アメリアに踏まれているアルブムに気付くと、老執事に侯爵様のもとへ連れて行くよう、命じていた。
涙目で連れ去られるアルブム。小さな声で『パンケーキ、シュークリームヲ、食ベタイ人生、ダッタ……』と呟く。ちょっと気の毒になったけれど、あいつに逆さ吊りにされたこと思い出し、同情する心はスッとなくなった。
アルブムは使用人のお姉さんに回収され、静かな部屋となる。
「そうそう、お風呂の準備ができたから、アメリアと一緒に入って来るといいわ」
「ありがとうございます!」
なんと、侯爵家には五つの風呂があるらしい。その中の、一番大きな浴場を貸してくれるようだ。アメリアも余裕で入れるとのこと。
「着替えなどは準備しているから」
「すみません、何から何まで」
「気にしないで」
アメリアは念願のお風呂だからか、目がキラッキラに輝いていた。良かったね。
使用人の案内で風呂場に向かう。
出入り口は重厚な二枚扉となっており、使用人が左右から同時に開いてくれた。この広さならば、アメリアも余裕で入れるだろう。
「メル様、アメリア様、こちらでございます」
「あ、はい。ありがとうございます」
「手伝いの者は何名必要でしょうか?」
「手伝い、ですか?」
「ええ。お体を清める者と、お拭きする者と、髪のお手入れをする者と――」
「いえ、いいです。自分でできますので」
「かしこまりました。必要がありましたら、いつでもお呼びくださいませ」
「は、はい。ご丁寧に、どうも」
貴族の高貴な方々は、使用人の手を借りてお風呂に入るらしい。勉強になった。
私とアメリアが入ると、扉はゆっくりと閉められる。
まずは風呂場の規模に驚くことになった。脱衣所だけでも寮の部屋よりも広い。
白くてふわふわのタオルに、着替えと下着類が置かれている。櫛や精油なども並べられていた。
「すっごいですね~」
『クエ~~』
まずはアメリアを洗ってあげようと、服を脱がずに浴室に入った。
「おお!」
『クエ~』
広い!!
まるで湖かと見紛うほどの浴槽に、大理石の広い洗い場。白い壁に白い天井、白い柱とかあって、獅子像の湯口からドバ~と湯が出ている。かけ流しの湯らしい。
アメリアとはしゃぎながら、体を洗ってあげる。
結構綺麗に拭き取っているつもりだったけれど、石鹸を泡立てて羽根に揉みこめば汚れが落ちる。
「お嬢さま、痒いところがありませんか~~」
『クエクエ~~』
アメリアは「苦しゅうない、続けよ」と言っていた。それから「洗ってくれてありがとうね」とも。愛い奴め。
洗い終わったら湯をざば~っと掛けて、先に湯に浸かっているように勧める。
アメリアが浴槽に浸かれば、お湯がどば~っと溢れた。半分くらい湯が溢れた。かけ流しのお風呂なので、そのうち溜まるだろう。
私も服を脱ぎ、髪と体を洗った。
遠征中、きちんとしたお風呂に入っていなかったので、癒される。