女将自慢の手料理
店を出ると、ダラ~っと涙が出てくる。
「メ、メルちゃん!?」
恥ずかしくて、買ったシャツで涙を拭うけれど、ごわごわしていて水分を吸い取らない。なんてことだ。
チラチラと、村人からの視線が突き刺さる。ザラさんに誘導され、人通りの少ない店の壁側に移動した。
「ごめんなさいね、辛い思いをさせてしまって」
「辛いのは、ザラさん、ですよ……」
綺麗な髪の毛だったのに、どこぞの禿げ貴族の鬘になるなんて!
それに、耳飾りだって売りたくなかっただろう。
「メルちゃん、大丈夫」
「だいじょばない、です」
ザラさんは私の肩に手を置き、身を屈めて視線を同じにする。
それから、優しい声で話しかけてきた。
「私ね、メルちゃんや、アメリア、それから、第二部隊のみんな以上に大切な物ってないと思うの。髪の毛はいずれ伸びるし、耳飾りは困ったときにつかうよう、両親からもらった物だから」
「…………」
どちらも、特別な思い入れはないからと言ってくれた。良かった、のだろうか。混乱していて、よくわからない。
だめだ。皆と別れてから、涙腺が弱くなって……。
ザラさんが指先で涙を拭ってくれた。
「あの店も、このままで終わらせる気はないから安心して」
「え?」
なんか策があるんですかと聞いても、「ふふふ」と低い声で笑うばかりのザラさん。きっと、私には到底思いつかないような仕返し(?)をするようだ。
――と、ここでぐだぐだしている暇はなかった。次は食糧確保をしなければ。
食料品を売るお店は平屋建てで、八百屋さんみたいな雰囲気だけれど、雑貨屋同様なんでも屋みたいだ。
パンに野菜、果物、肉に調味料、保存食などなど。雑貨屋とは違い、丁寧に並べてあるのが好印象である。意外と安くてびっくりした。乳製品や燻製肉などは村の家畜から作った物で、野菜、果物などは村で育てている物らしい。売っている物のほとんどが地産なので、こんなにも安いのだ。
第二部隊全員分のパンと干し肉を購入する。それから、アメリアの果物も。
魔法瓶の中にいるスラちゃんに何か食べたいかと聞くと、果実汁のほうでぶるぶると震えた。果物とかじゃなくていいのかと聞くと、いらないとばかりに左右に震えた。
もしや、液体しか摂取しないとか? あとで、ガルさんに聞いてみなければ。
買い物が思いの外安く済んだので、お金が余った。
「メルちゃん、残りは何か食べて行きましょう。着替えもしなきゃいけないから、宿屋をちょっと借りて……」
「ええ、そうですね」
二軒ある宿屋のうち、食堂があるほうを食料品店の店主から教えてもらった。
紹介してもらった二階建ての宿屋は、古びているけれど掃除は行き届いているし、女将さんの愛想が良かった。
食事とお風呂、それから二時間の休憩はいくらかと、ザラさんが尋ねる。
「あら、二時間でいいのかい?」
「ええ、すぐに出ますので」
「あらまあ、急ぐ旅かね?」
「……はい」
親切な女将さんは、一人当たり銅貨五枚でいいと言ってくれた。
「大変だねえ、新婚旅行だろう?」
女将さんの言葉に、ぎょっとするザラさん。
私はなんとなくそういう風に見られているだろうなと、想像できていたけれど。
「え、いや、私達は――」
「そうなんです!」
未婚の男女が急ぐ旅をしているなんて、不審に映るだろう。女将さんは私達が夫婦に見えたからこそ、安価で部屋や食事を提供してくれるのだ。なので、新婚旅行をしているように装わなければならない。
「すみません、うちの人、照れ屋で」
「男はみんなそうなのさ」
女将さんは疑う様子もなく。ひとますホッ。
二階の部屋まで案内してもらう。
「食堂とお風呂は一階、三十分後くらいには準備できていると思うから」
「ありがとうございます」
頭を下げ、お礼を言う。
ぱたんと扉が閉まると、ザラさんが物凄い速さで振り返った。
「し、新婚旅行って!?」
「え、だって、未婚の男女二人旅なんて変でしょう? 宿を利用させてもらえない可能性があったので」
「あ、そ、そうね……そうだったわ」
なんだろう。雑貨屋ではあんなに堂々としていたのに、些細なことで動転するなんて。
そんなことよりも、気になっていたことがあったのだ。
「あ、そうだ、ザラさん。髪の毛、綺麗にしましょう」
適当にナイフで切ったので、ざんばら髪状態になっているのだ。
「私、弟とか父とかの髪切っていたので、結構上手いですよ!」
いや、そんなに上手いわけじゃないんだけれど、遠慮されてしまいそうだったので。
ザラさんは慎ましいというか、人に迷惑を掛けたくない人なのだ。なので、こちらがぐいぐいと、親切を押し付けるような勢いで行かなければならない。なんだか、最近扱いがわかってきたのだ。
第二部隊の皆も、髪の短いザラさんを見たらびっくりするだろう。理由が、救出に絡んでいたと知れば、悲しむことも想像できる。
だからせめて、見た目をちょっとでも良くしておこうと思ったのだ。
「だったら、お願いしようかしら?」
「任せてください!」
どんな感じにしたいかと、要望を聞く。ザラさんはすっきりしたいと言っていた。なので、結構ザックリ切ろうと思う。
ナイフでちまちまと、髪の毛を切る。家族の髪質と違い、サラサラの細い毛だったので切りにくかったけれど、なんとか頑張って整えた。
肩などに落ちた毛を払い、髪切りが完了したことを伝える。
手鏡を手渡し、確認するように勧めてみた。
「すごい……なんか軽くなったわ」
「ええ」
私に背を向けていたザラさんが振り返る。
髪は肩の高さまであったけれど、中途半端な長さだったのとすっきりしたいと言っていたので、思い切って短くしてみたのだ。それでも、刈り上げている隊長よりは長いけれど。
「メルちゃん、どう?」
「え、あっ、その、ふ、普通にかっこいいと思います」
「そう、良かった」
びっくりした。ザラさんは今までお姉さん感が強くて、男装の麗人って感じだったけれど、髪を短くしたらお兄さん感が強まった。なんだか照れてしまう。
髪型とか長さって、重要なんだなと思う。
いろいろあったけれど、ザラさんに笑顔が戻ってよかった。
いや、問題は何一つ解決していないけれど。
その後、お風呂に入る。
スラちゃんが猛烈にアピールしていたので、一緒に連れて行った。
風呂場は大きな桶にお湯が入っている程度の物だった。それでも十分ありがたいけれど。
湯に指先を浸せば、ほどよい温度だった。温かな湯など期待していなかったので、かなり嬉しい。
女将さんから、湯の中の石に触らないようにと言われていた。覗き込むと、確かに入っている。これは、渓谷で発見した魔石の原石と同じ物だろうか。きっと、そうなのだろう。
スラちゃんを魔法瓶から出す。触手を生やし、湯を掛けてくれと動かしていた。
アメリアだけでなく、スラちゃんまでもお風呂好きだったとは。意外過ぎる。
服を脱いで入浴開始。
まったく泡立たない石鹸で髪と体を洗い、しっかりと湯を被る。
すっきりした!
雑貨屋で購入した服に着替え、食堂に移動する。
ザラさんは私よりもあとにやって来た。なんだろう、この、男性よりも入浴時間が短かいことを知る切なさ。まあ、いいけれど。
席に着くと、すぐに食事が運ばれてくる。
スープとパンと蒸かし芋、チーズに森林檎。それから果実汁。
焼きたてパンの小麦の香りを吸い込んだら空腹を思い出したのか、お腹がぐうと鳴った。
「たんとお食べ」
「ありがとうございます。いただきます」
料理はどれも美味しそうだ。
スープの具は豆と燻製肉! 豆は柔らかく煮込まれており、香辛料の利いた燻製肉とよく合う。
蒸かし芋にはバターが乗っていた。熱でトロリと溶ける黄金色のバター。ホクホクでほのかな甘味があり、バターの塩気と組み合わせは最高としか言えない。
フォークの背でバターと芋を潰し、焼きたてアツアツのパンに塗った。
あまりの美味しさに、溜息が出てしまう。
お腹がいっぱいになり、心も満たされる。おかみ自慢の料理は、どれも大満足の品々だった。