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久々のパンとスープ

 崖に生えている蔓を伝って、森へ繋がる斜面を登る。

 幸い、上流よりもなだらかで、私でも手助けなしで山道まで到達することができた。

 あとは麓を目指して下りるだけ。

 一応、聖水をふりかけているけれど、ザラさんは警戒のため、鞘からナイフを引き抜いた状態で歩く。私も、魔棒グラをぎゅっと握り締めながらあとに続いた。

 森は不気味なほどに静かだった。不安が掻き立てられる。

 ザラさんも同じだったようで――


「……私の武器も回収できたらいいんだけれど」

「ですね」


 ザラさんの魔斧ルクスリア。崖から落ちる前に放り投げてしまったらしい。やはり、武器がないと心もとないのだろう。


 下山を始めて三時間ほど経っただろうか。

 何か食べられる草木がないかと確認しつつ進んでいたが、どれもこれも毒草毒の実ばかり。これだけ徹底的に何もない森なんて初めてだ。

 そして、当然ながらお腹は空く。


「あ、なんか使えそうな!」


 魔棒グラの食糧魔法。

 棒をぎゅっと握り締め、魔法陣よ出ろと念じる。

 すると、目の前に浮かぶ発光する円形の呪文。


「やった!!」


 やはり、空腹の時限定の魔法のようだ。

 魔法陣の中に円形が浮かぶ。これは、選択肢だろうか? この前は一つしか浮かんでこなかったけれど、今回は三つ出て来た。

 もしや、川鼈スッポン、魚、柑橘類、とか?

 選択肢が増える条件を、食材に触れると仮定し、いろんな物に試していたのだ。

 ドキドキしながら魔法陣を覗き込めば――


 ――食材を選べ


 食材名:川鼈タルタルーガ

 食材名:川鼈タルタルーガ

 食材名:川鼈タルタルーガ


 まさかの、川鼈タルタルーガの三択!! いや、一択か。

 なんで同じ食材の選択肢が三つ出てきたんだよと、怒りがこみ上げてくる。

 お腹がぐうと鳴っていたが、食材は川鼈スッポンのみ。


「ええ~~、川鼈スッポンは、ちょっと……」


 焼いただけの川鼈スッポンは二度と食べたくない。ザラさんにも聞いてみたが、微妙な表情を浮かべていた。

 血を洗い流す川もないし、ここで捌いて食べるのは難しいだろう。


「それにしても、魔力で作れる食材が増える条件は『魔棒グラで触れる』じゃないんですね」

「ええ……もしかしたら、生きている食材に触れる、かもしれないわ」

「なるほど」


 謎はちょっとだけ解明したけれど、空腹問題は解決せず。

 しかし、術式を発動した以上、選ばなければならないらしい。どう頑張っても、魔法陣は消えなかったのだ。

 ならば、選ぶしかない。川鼈スッポンを。

 仕方なく、魔棒グラで川鼈タルタルーガと書かれた文字を突く。すると、カッと光に包まれ、黒い物体が浮かび上がる。


「――え!?」


 が、以前と違うその姿。

 川鼈スッポンはうごうごと動き、長い首を突き出していた。


「嘘……生きてる」


 前回は息絶えた状態だったのに、今回はなぜか生きている。いったいどうしてと、頭を抱えることになった。


 とりあえず考えてもわからないし、逃げそうだったのでザラさんが捕獲して革袋に入れて閉じ込めた。


「この魔法、本当になんなんでしょう」

「不思議ね」


 そうとしか言えない。

 私達は空腹に耐えながら先を進む。

 途中、精霊と戦闘をしたあたりの道に行きあたったが、現場にはアメリアの羽根の一枚も落ちていなかった。ザラさんの魔斧ルクスリアも。

 がっかりと肩を落としつつ、下山した。


 ◇◇◇


 やっとのことで山の麓まで辿り着く。

 管理人のおじさんに、仲間と逸れてしまった旨を説明すれば、同情してくれた。

 しかも、空腹の私達にスープとパン、果実汁をわけてくれたのだ。


 さっそく、スラちゃんに果実汁を与える。

 透明なスラちゃんの体は、紫色に染まった。

 そして、私達も半日振りの食事にありつく。


 温かなスープは疲れた体に沁み入るよう。野菜の欠片と塩のみのシンプルなものだったが、十分美味しかった。

 パンは堅焼きで、スープでふやかしながら食べる。

 美味しい。人の文明が加わっている料理は美味しいのだ。感動した。


「ありがとうございました」

「いえ、村に行けば、もっと美味しい物もありますので」


 川鼈スッポンに比べたらごちそうだ。ありがたい気持ちでいっぱいになる。


「しかし、はぐれた方々も心配ですね……」


 ここ一年ほどで、この森は大きな変化を遂げたらしい。


「元々は、緑が薄く、枯れかけた森だったのです」


 なんの恵みももたらさない森であったが、隣国より繋がる山道があったので、商人などが通ることはあった。長い間、それ以外の者は近寄らない寂しい場所だったとか。


「変化があったのは一年前。驚くほど豊かな森になったのです」


 原因は不明。魔法研究局の人達が調査に当たったが、解明には至らなかったと言う。


「村の爺さん、婆さん達は、精霊様が森に戻ってきたんだと言っていますが」

「今まで、精霊はいなかったのですか?」

「はい、村に伝わる伝承では、半世紀前の山火事でいなくなってしまったと」

「なるほど」


 森や渓谷の魔力上昇の理由は精霊がやって来たことによる物だろう。

 しかし、その点は今回の資料に書いていなかったような。もしや、魔法研究局の局員は聞き込みをしていなかったとか? そうであれば、呆れたの一言だろう。


 私達は管理人のおじさんにお礼を言って山小屋を出て、預けていた馬を駆って村へと向かう。


 一時間後、辿り着いた村で身支度を整えることにした。

 村の規模は民家が三十軒、商店が二軒、食堂が一軒、宿屋が二軒と小さい。村というより、集落と言ったほうがいいだろう。

 石造りの家は初めて見た。隙間なく積まれており、色合いなども綺麗に見えるよう敷き詰められている。見事な職人技で、芸術品のようだと思った。


 さてさて、ぼんやりと村を眺めている場合ではない。


「ザラさん、これ、少ないですが」


 現在の所持金である、銀貨二枚が入った財布を差し出す。


「メルちゃん、そんな」

「どうぞ使ってください」


 ザラさんは武器を手に入れなければならない。多分、ここで武器を取り扱っていたとしても、高価だろう。


 さっそく、お買い物をする。

 二軒ある商店の内の、なんでも屋さんっぽい店に入った。


「いらっしゃい」


 愛想のない初老の店主が、まったく歓迎していない声色で声を掛ける。

 店内は雑多で埃っぽく、靴や鞄、本、服に絨毯など、種類別に積み上げられていた。

 ザラさんは服の山の中から、意匠撚糸ラチーヌの分厚い外套を二枚に、シャツ、ズボンなどを発掘する。


「メルちゃんはこれでいい?」


 選んでくれたのは、灰色の長い外套に白シャツ、黒いズボン。

 値札を見ると、相場の倍以上でぎょっとする。新品ではなく中古品なので、余計にぎょっとした。


 次に武器を選びに行ったが――


「あ!!」

「これは……」


 ザラさんの武器、魔斧ルクスリアがセール品の値札付きで売られていたのだ。

 セール品といっても、値札には金貨一枚とある。


「嘘でしょう」

「きっと誰かが拾って、売りに来たのですね」


 私は店主に抗議を言いに行った。


「あの、すみません、あの武器、私達の所有物なんですけれど!」

「はあ?」

「森で紛失したんです」

「知らねえなあ」


 なんだと~~!?


 ぐぬぬと怒りで震えていたけれど、ザラさんに落ち付くように言われた。


 とりあえず、身分を示す騎士隊の腕輪を見せる――が、店主は眉一つ動かさない。

 それどころか、チッと舌打ちをするばかりであった。

 どうやら、騎士隊の駐屯地がないここの村では、騎士のご威光はゼロの模様。

 何も言っても曲げそうにないので、買うしかないのか。


「盗品を金貨一枚で売るなんて、どうかしています」

「アレは黒鋼製の良い品だ。金貨一枚でも安いくらいだ」


 ぐぬぬとなる。どうやら、店主の目利きは確からしい。


「買うしかないわね」

「ですが」


 ぽんと肩を叩かれる。諦めろということだろう。

 しかしながら、私とザラさんの所持金だけでは足りなかった。


「だったら、これで足りるかしら?」


 ザラさんは赤い小粒の宝石が付いた耳飾りを外す。


「これは――いい品だ」


 いいのかと、ザラさんの顔を見る。いつも同じ耳飾りを付けていたので、大切な物ではないのか? オシャレで付けていたのならば、違う物も装着していただろう。


「あの、それ、本当に大丈夫なんですか?」

「いいの」

「ザラさん……」


 店主のほうを見れば、にやりと微笑む。嫌な予感しかしない。


「まだちょっと足りねえな……そうだ、お前さんの綺麗な御髪を追加で買い取らせてくれたら、品物の引換に加えて、半銀貨一枚やろう」


 店主は、ザラさんのほうを指差しながら言う。

 女である私を差し置いて、ザラさんの髪が美しいと評価する店主。若干悔しいような。

 なんでも鬘を作れば、貴族相手に高値で売れるらしい。髪の毛が売り物になるなんて、知らなかった。

 私は川鼈スッポンの存在を思い出し、買取できないかと交渉を持ちかけたが、半銅貨一枚にもならないと言われてしまった。

 ザラさんは溜息を吐き、返事をする。


「……わかったわ」

「え、ザラさん、そんな」

「大丈夫」

「ですが」

「最近、ちょっと手入れが面倒に思っていたから、ちょうどいいわ」


 そう言って頭のてっぺんで結んでいた髪を解き、纏めて掴むとナイフでザクッと切る。


「これでいい?」

「上等だ」


 危うく所持金ゼロになりそうだったけれど、食材などを買う半銀貨を手に入れることができた。けれど、ザラさんの髪の毛が……。


「すみません、ザラさん、私、なんにもできなくて」

「斧は私のだし、気にしないで」


 でも、でも、ザラさんは大切な物を失ってしまった、ように思える。

 それが申し訳なくて、なんだか悲しかった。


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