スラちゃんの力
夜の間、ザラさんが制服を火の近くで広げて乾かしてくれていたようだ。
「ありがとうございます、助かりました」
制服は皺だらけでごわごわだけど、乾いた服があるだけで幸せを感じる。
昨日投げたパンツも回収に行った。丸まったまま乾燥していた。
それは鞄の中に入れる。
鞄の中もほぼ乾燥していた。魔法で作った火の効果なのか。パンツは替えの物に穿き替えた。
制服に着替えると、ザラさんがある提案をする。
「メルちゃん、この前、アメリアの居場所が刻印を通してわかるって言っていたわよね?」
「はい」
「多分、皆と一緒に行動しているだろうから、調べてくれる?」
「わかりました」
手の甲にある刻印に触れてみる。
「――え?」
一瞬だけ、アメリアと視界を共有する。
目の前に映し出されたのは、森の中で蔓に拘束されたリーゼロッテの姿。
「嘘……な、なんでですか!?」
「メルちゃん、どうしたの?」
ザラさんにアメリアとリーゼロッテが置かれた状況を説明する。
「なるほどね……」
今まで呑気に、隊長が私達のことを探してくれていると思い込んでいた。
まさか、拘束されていたなんて。
「すみません。もっと早く、調べたら良かったですね」
「いえ、武器もなく、空腹で、服も濡れている私達にできることは何もないわ」
「……はい」
これからどうするのか。
ザラさんは顎に手を添え、何かを考える素振りをしていた。
ここは渓谷の下流だろうから、崖を登って山小屋のある場所に行くだけでも苦労しそうだ。早くても、半日以上かかるだろう。
近くの村までは馬で一時間ほど。だけど、騎士隊の駐屯地はない。三時間ほど走った先にある街に、騎士隊は配備されている。
今から出発して、上手い具合に辿り着いても、夕方か夜だろう。
夜は魔物が多いので、行動できない。
なので、ここに戻って来られるのは早くても明日の昼くらいか。
それまで、隊長達の身が安全ともわからないのだ。
ザラさんは考えがまとまったのか、落ち着いた様子で話しだす。
「これは推測なんだけれど、山に入った時に戦ったのは、魔物ではなく精霊かもしれないわ」
「精霊、ですか」
「ええ。ガルさんやメルちゃん、アメリアが直前まで気配に気付かないなんておかしいもの。それに、魔物は魔法が使えないわ」
なるほど。そういうわけか。
けれど、いったいなぜ?
「それは……森の精霊の怒りに触れた、とか?」
「そういえば、前に魔法研究局が調査にやって来たとか、言っていましたね」
そうであれば、騎士隊に助けを呼びに行くのは逆効果だろう。
「ザラさんはどう思います?」
「多分、私達二人で行ったほうがいいのかなと」
「私も同じ意見です」
しかし問題もある。どうやって、森の精霊の怒りを鎮めればいいのか。
「私とメルちゃんの村のやり方は、ちょっといただけないわね」
――人身供儀。人の命と魔力を捧げ、許しを乞う。
そんなこと、してはいけない。ぶんぶんと首を横に振る。
ザラさんも絶対にそんなことなどしないと、断言してくれた。
けれど、手ぶらでは行けないだろう。
「だったら、メルちゃんが魔棒グラで作りだした食糧を捧げるのはどうかしら?」
私の魔力で作りだした食材であれば許してくれる――だろうか。
私は魔棒グラを握りしめ、うんぬんと念じる。
「………………」
うん、無理。
術式は発動しなかった。
「多分、空腹が引き金になっているのでは?」
「そうかもしれませんね」
使えない、この能力!!
がっくりと、その場に膝を突いて項垂れる。
時間がもったいない。次の議題に移る。
「メルちゃん、みんながいるだいたいの場所はわかる?」
「え~っと……」
再度、契約刻印に触れる。
場所は、渓谷より南側の森の奥地。それから、アメリアの気持ちが流れ込んでくる。
――何するんだ、この、精霊!!
――リーゼロッテの魔力食べないで!!
――お腹空いたよ~~
――メルおかあさん……会いたい……
アメリアの言葉を聞いて、ボロボロと泣いてしまう。
お腹を空かせているなんて。それに、私に会いたいとか……。
「メルちゃん?」
「ご、ごめんなさい」
手巾を取り出し、涙を拭ったが――これ、よく見たらパンツ。でも、もう、どうでもいい。
私もアメリアに会いたい。悲しくなった。
けれど、メソメソしたって仕方がない。話し合いをしなくては。
「やっぱり、精霊の仕業みたいです。ザラさん、どうすればいいと思いますか?」
「そうね」
まず、騎士隊の制服のままで行くのは良くないだろうと助言を受ける。
「確かに、森を通った商人などは襲われていないので、服装も見ているのかもしれないですね」
騎士隊の制服と、魔法研究局の制服の意匠はよく似ているのだ。
「だったら、一度麓まで戻って、馬で近くの村まで行って身支度を整えたほうがいいですよね」
「ええ、そうね。でも問題は――」
まず、ザラさんが武器を持っていないこと。魔物との戦闘になれば、圧倒的に不利になる。
「ごめんなさい。ナイフ一本では、とても、メルちゃんやスラちゃんを守れないわ」
「いえ……私も役立たずで……」
どうしようか。そんなことを考えていると、魔法瓶の中のスラちゃんがグラグラと激しく揺れる。
「スラちゃん……?」
「何か伝えたいようね」
昨晩も何か伝えようとしていたけれど、結局ごめんねと謝ってスルーしたのだ。
「ザラさん、スラちゃん出しても大丈夫だと思います?」
「どうかしら? ガルさんはいないし……。でも、昨日よりも何か、強く訴えているような」
「ですよね」
スラちゃんとの付き合いは長くない。でも、逃げたり、悪い事をしたりするようには思えなかった。
ザラさんと話し合った結果、魔法瓶を開けることにする。
蓋を開けると、ぷるんと外に出てくるスラちゃん。
触手のような物を作りだし、身振り手振りで私達に何か伝えようとしているが、まったくわからない。
最終的に、スラちゃんがぶるぶると震え始める。
透明な体が発光し、魔法陣が浮かび上がった。そして――
「え?」
「これは!」
魔法陣から湧き出るように流れ始めたのは、淡く光る水。これは――聖水!
「スラちゃん、これ!」
「聖水だわ!」
凄い。こんな物が生成できるなんて。
聖水を頭から被ると、魔物避けになるのだ。貰ってもいいのかと聞くと、スラちゃんは二本の触手をくっつけて丸を作る。問題ないということだろう。
私とザラさんは、聖水を振りかけた。これで、魔物問題は解決だろう。
「それにしても、スラちゃん凄いですね。聖水を作る力があるなんて」
スラちゃんは否定するように、ぶるぶると左右に震える。
「聖水を作る能力はないってこと?」
スラちゃんは触手で丸を作った。
「どういうことなんでしょう?」
「う~ん。あ、もしかして、今まで摂取した物を、取り出せるような能力?」
スラちゃんはばんざいをして、触手で丸を作った。ザラさんの回答は大正解らしい。
「ということは、聖水の残りはないということでしょうか?」
頭の上からしゅっと、四本の触手を作りだす。聖水はあと四回、出せるようだ。
「もしかして、食事を作っている時も、何か出してくれようとしていました?」
肯定するように、触手で丸を作りだすスラちゃん。
ぶるぶると動くと、魔法陣が浮かび上がる。中から出て来たのは柑橘の欠片と、ひと匙の塩、薄荷草の葉が二枚。
「これ、昨日スラちゃんが飲んだ水の材料です。調味料を提供してくれようと、していたのですね」
「へえ、凄いわね」
第二部隊の飲料水には、殺菌作用のある薬草と絞った柑橘類、塩を入れている。どうやら、飲み物の材料分解もできるようだ。
「スラちゃん、ありがとうございます!」
お礼を言うと、胸を張るスラちゃん。そんな彼女(?)に、深々と頭を下げることになった。




